『週刊新潮』 2010年2月25日号
日本ルネッサンス 第400回
「小さな前進、大きな後退。これが民主党政権の政策です」
小泉政権で日本経済の舵取りをした竹中平蔵慶應義塾大学教授がこう語ると、会場はどっと沸いた。次に、民主党の内閣府副大臣、大塚耕平氏が「消費税」について語ったとき、立ち見も出た会場の聴衆が耳をそばだてた。
「消費税について、次の総選挙では何%にしてどういう使い方をするということを掲げない党は、国民の皆様にむしろ信頼されない、そういう局面を迎えつつあると思います」
「党としての数字は(明言するのは)難しい。私個人が(有権者の気持を)勝手に忖度すれば、恐らく20%まで上げてよいとは思ってもらえない。一方で、現状は一桁で回っていく状況ではない。二桁の、20に至らない数字が現実的だろうなと思います」
「財政を黒字化するために、歳入に手を入れなければなりませんので、消費税が今度の総選挙で、まさしく課題になると思います」
折しも、2月14日、菅直人財務相が消費税率引き上げを含む抜本的税制改正について、3月にも議論を開始する旨、明らかにした。鳩山由紀夫首相は今後4年間の消費税据え置きを明言してきたが、危機的な財政状況を考えれば、税率は上げる方向に進まざるを得ないということだ。その上げ幅の論議が次回選挙の争点になると、大塚氏は述べたのだ。
竹中、大塚両氏の発言は、2月12日、シンクタンク「国家基本問題研究所」主催の月例研究会「民主党の経済政策で日本は生き残れるか」でのものだ。セミナーでの争点は、子ども手当に代表される「分配政策」に加えて、民主党に経済全体を成長させる「成長戦略」はあるのかという点に絞られた。どこまで「大きな政府」を作るのか、財源はどう手当てするのか、民主党よ、答えてほしいという空気が会場に満ちていた。
絶対に持たない政策
子ども手当、農家への戸別補償、母子手当、父子手当、高速道路の無料化などのバラ撒き政策のすべてに関して、誰の責任でどう実施するのか、その結果、日本と日本人の在り方はどう変わるのかを考えなければならない局面に、私たちは立たされている。民主党の大きく優しい政府の実現には、税制も税率も変えてより重い負担を国民に課す必要がある。手厚い行政を賄うための国民負担に言及しないできたこれまでの鳩山政権は無責任なのである。
竹中氏は自助自立の重要性をまず強調し、麻生太郎氏と鳩山氏の政策はマクロ経済において酷似していると指摘した。
「政権交代で変わったのはおカネを出す先です。民主党になって、業界団体や土建屋さんから、農家や家計に出す先が移った。困れば政府が助けてあげますということです」
結果、財政赤字の拡大がとまらず、経済成長が見込めないどころか、いまのままいくと、民主党の政策は絶対に持たないと竹中氏は断言する。政策の転換を迫られるか、大転換の前に市場が破綻してトリプル安のような大きな問題が起きるというのだ。
大塚氏は、自助自立の重要性に同意しつつも、自民党政治では、育つ産業も育たなかったとして医療を例にとった。
「経済の原点は需要と供給です。新しい需要が生まれれば新しい企業や産業が育つ。現在の新需要の典型は医療で、政府の医療支出も確実に増えています。私の世代は、21世紀には世界中から日本に医療を受けにくる、日本はそれだけの医療先進国だと思っていたら、想像も出来ないことがいま起きている。日本に来るのでなく、逆に、外国に医療を受けに行く時代になった」
その原因は、たとえば、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)だという。新薬や新技術の導入に関して規制が強すぎ、許可が下りるまでに時間がかかり、結果、立ち遅れの原因となっている。つまり、従来の政治は十分な規制緩和をしていないではないかというのだ。
そのとおりだ。ただ、民主党の矛盾は自助自立や規制緩和の重要性を言いながら、他方で、たとえば医療について言えば、新たな独法である地域医療機能推進機構を作る姿勢を示すなど、規制強化につながる動きもみせていることだ。国民がいま注視するJAL救済策も自助自立に反するではないか。
大塚氏は自民党時代を「失われた20年」として振りかえり、政府が世界の金融、経済情勢の変化に対処しきれなかったとも指摘した。経済を支えてきた為替、護送船団方式と間接金融資本主義、企業の資本力を支えた含み経営がもはや成り立たなくなったにも拘らず、自民党政府はそうした環境の大変化に対応出来なかったというのだ。
民主党の柔軟さを…
確かにそうした面もある。小泉政権当時の竹中氏の論は非常にわかり易く説得力があった。しかし、氏と小泉首相の5年余は、国民に幸せをもたらし、真の経済成長を生んだのかとの疑問も残る。竹中氏が語った。
「失われた20年ではありません。失われた12年と、下げ止まった5年、最も失われた3年です。経済も確かに成長しました。90年代は10年間で130兆円、GDPの26%も予算を公共事業に積み増して、年1%しか成長出来なかった。小泉内閣の5年半は公共事業を減らしながら2・2%成長し、内70%が内需でした。その間に株価は80%上がり、失業者は100万人減りました。格差拡大というけれど、小泉内閣のときは所得配分の不平等を示すジニ係数は上げ止まった。格差は拡大していないのです」
数字は氏の主張を裏打ちしている。それでも小泉・竹中政策に影を見出す人々が少なくないのは、どこまで自助自立を自身の価値観として身につけているかの問題でもあろう。
竹中氏は、民主党の成長戦略そのものが間違っていると指摘する。
「今後10年間で年率2%の成長と民主党は言います。ここから名目成長分を引けば、実際の成長は、年1・3%です。これは先程指摘した失われた10年の成長率と同じで、低成長戦略でしかありません」
竹中氏はまた、民主党の来年度予算は「オーバーキル(過剰な景気引き締め予算)」だと懸念する。
「今年度の最終的な赤字国債は53兆円。民主党の来年度予算の赤字国債は44兆円です。一気に9兆円、GDPを1・8%下げる計算です。下げてよいのは精々0・5%程度、これは急激すぎる。下げすぎです」
こうした議論の末に、前述の内閣の路線変更策、消費税率上げの発言が飛び出した。民主党の経済政策への疑問や不安は払拭出来なかったが、救いは大塚氏の逃げない姿勢にあった。全体的に不利な状況で議論が進む中、氏の前向きに議論する姿勢こそ、民主党の柔軟さを象徴するものであってほしいと、私は願っている。
『週刊新潮』 2010年2月11日号
日本ルネッサンス 第398回
夢想家、鳩山由紀夫首相の施政方針演説は、空疎で聞くに堪えなかった。「いのち」という言葉を連発し、力を入れるあまり声が裏返っていた。国民の「いのち」を預かる身として、日本の置かれている現実をもっと冷静に見るべきだろう。
首相は、「生まれくるいのち」「育ちゆくいのち」「働くいのち」を守り、さらに「世界のいのち」も「地球のいのち」も守ると、目標値を高めていく。
すばらしいことだ。平和を守ることと同様、反対する人はいまい。だが、いのちを守ることは多くの責任を果たすことであり、首相が語ったように、政治の責任は非常に大きい。
生まれ、育ついのち、そして働くいのちを守るには医療、福祉、雇用など、種々の社会政策が肝要で、それらを可能にする経済成長が欠かせない。だが、鳩山政権の経済政策のどこに成長を促す要素があるのだろうか。そうしたこと以前に、いのちを守るには日本国の安全そのものが守られていなければならない。その点について、鳩山首相の考えは支離滅裂である。
戦後日本の平和と安定の土台は日米安保体制だった。だからこそ、首相の基本的価値観が、明らかに米国と距離を置き、中国に傾く点にあるにも拘らず、首相は演説で「日米同盟の深化」に触れざるを得なかった。
首相の施政方針演説の2日前に演説したオバマ大統領は、しかし、日米同盟にも、日本の存在自体にも触れなかった。鳩山政権の日本は完全に無視されたのだ。首相はそのことを当然知っていたにも拘らず、日本に深刻な影響を与える米国の「日本離れ」にどのように歯止めをかけるのか、そのために何をすべきかについて、演説で何も語らなかった。
ついでに言えば、鳩山政権を事実上差配していると言ってよい小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題についても一言もなかった。都合の悪いことには向き合わないのである。
自己中心的で内向き
首相は、国内のいのちだけでなく、世界のいのち、地球のいのちを守るともいう。そのためには地球環境や諸国間の覇権争いの厳格なコントロールが必要だ。他国を力ずくで抑圧し、異民族を虐殺し続ける、たとえば中国のような国は放置してはならない。中国を含む如何なる国の身勝手な振舞いも許してはならないのだ。
しかし、日本離れを進める米国への対処について語らなかったと同じく、「世界のいのち」に大きな脅威をもたらしている中国についても、首相は一言も言及しなかった。
声を裏返らせていのちを連呼してもなにも起きはしない。首相の言葉に説得力がないのは、その視点が自己中心的で、内向きで、他国の動きを認識していないからだ。
夢見る未熟な政治家、鳩山首相を無視したオバマ大統領も、しかし、一般教書演説で見る限り、極めて内向きである。就任して1年、初の一般教書演説の大部分を、大統領は国内経済の再活性化と雇用創出に割いた。今後5年間で輸出を倍増させ、200万人の雇用を創出するそうだ。
現実的な目標とは思えないが、世界一の大国であり続けると決意する大統領としては、掲げざるを得なかった政治的目標値なのであろう。
日米双方の最高指導者は、共に、理想家である。しかし、両者の違いはそれでも非常に大きい。鳩山首相が中心軸を欠いたマシュマロのように柔らかく頼りなく、言葉に始まり言葉に終わるのに対し、オバマ大統領は、国家の基本を一応は押さえている。それが中国の軍事的脅威、もしくは「テロとの戦い」への対処策としての軍事支出の据え置きである。
大統領はすべての裁量的歳出の伸びを3年間凍結したが、社会保障費と国防費は例外とした。国家の基盤は経済だけではなく、軍事的基盤があってこそ、自国と自国民を守ることが出来ると識っているからだ。
オバマ政権の目下の最大の目標は、国内経済の再活性化である。一方で、GDPの10%を超える140兆円に達する見込みの財政赤字も削減しなければならない。大統領は2月1日に予算教書を発表したが、200万人分の雇用創出につながる経済成長戦略と同時に、財政赤字の削減という相反する課題に取り組む筋道を示した。注目されるのは軍事費だ。
前述のように、オバマ大統領は一般教書演説で、軍事費に伸び率凍結の枠ははめなかったが、内部調整でアフガニスタンへの軍事支出を増やすのとは対照的に、有人月探査計画や宇宙開発計画の予算を削減すると発表した。これは一体、世界の安全保障にどんな影響を与えるのか。
秘かに喜ぶ中国
どの国にとっても月探査は膨大なコストの割に現実的見返りが実感しにくい、いわば金食い虫の企画である。米国はケネディ大統領の提唱で始まったアポロ計画、有人月探査をソ連に先がけて成功させた。75年まで続いて、打ち切られた有人月探査を、ブッシュ前大統領が復活させた。2020年までに、有人月探査を実現する計画だった。それを今回、オバマ大統領が中止させたわけだ。
代わりに5年分の宇宙開発関連予算59億ドルをつけたが、これでは国家プロジェクトとして宇宙開発を続けることは困難だ。月探査計画の2020年の実現は困難であろう。
秘かに喜んでいるのが、中国ではないだろうか。中国はいま、異常な軍拡の真っ只中にある。喫緊の目標と見られる台湾併合に関連して、2002年段階で台湾海峡の制空権を握った。台湾をとらえる短距離ミサイルは1,400基も配備済みである。
台湾併合にはそれだけでは不十分で、中国はどうしても米国の介入を防がなければならない。そのために、米軍事力の強みでもあり弱点でもある高度ハイテク技術への依存性を突く力を、中国は蓄えた。サイバー攻撃と宇宙衛星網の破壊である。
中国人民解放軍にはサイバー攻撃のための部隊として、総参謀本部に第3部及び第4部が設けられている。軍全体、否、国家ぐるみで実施するサイバー攻撃を、彼らは「暗殺者の棍棒」と呼んでいるそうだ。中国を起点とする米国防総省へのサイバー攻撃は09年で年間9万件に迫る勢いだとされている。
中国はまた、2020年には独自の宇宙ステーションを、2030年には月面基地を完成させると見られている。両者を結べば、月と地球の間の宇宙空間も、そこを飛び交う衛星も支配出来る。世界のあらゆる情報を瞬時に入手し、ピンポイントで対処する能力を手に入れられる。現在、圧倒的強さを誇る米軍に対等に立ち向かう能力を、中国人民解放軍が手にするということだ。
理想を語り、その甘い陶酔の海に溺れる鳩山首相の無策は論外として、オバマ大統領の控え目な宇宙、軍事政策を最も喜んでいるのは、中国であろう。
『週刊ダイヤモンド』 2010年1月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 823
鳩山政権下で日米関係はきしみ続け、日米安全保障条約改定調印から50周年の記念日の1月19日、日米両政府が合同で主催する記念式典はおろか、声明の合同発表さえも危ぶまれていた。
実際には、両国の外相と防衛相、計4人の連名で「日米安保50年 共同声明」が発表された。内容は、「日米安保体制は、引き続き日本の安全とともに、アジア・太平洋地域の平和と安定を維持するために不可欠な役割を果たしていく」「日米同盟は、すべての東アジア諸国の発展・繁栄のもととなった平和と安定を東アジアに提供している」と、日米安保条約を高く評価するものだった。
だが、日本側がひと安心するのは早いだろう。米国は、日米安保体制の「深化」に同意はしたが、具体策は話し合われていない。他方、米国が日本抜きでアジア諸国との絆を深める動きが進行中である。そして、その動きについて、米国は日本にひと言も語っていない。
今年1月12日、岡田克也外相はホノルルでヒラリー・クリントン国務長官と会談した。岡田外相が切望して実現したこの外相会談で話し合われたのは、もっぱら普天間飛行場移設問題だった。長官は過去の日米合意を守るよう日本側に要請することに終始した。
注目すべきは、外相会談のあと、同じ日に、ハワイ大学の東西文化センターで行った長官のスピーチである。「アジア地域連合の構築について、その原則と優先度」というタイトルだ。
読んで、少なからず驚いた。長官はこう語っている。「アジア・太平洋諸国との絆は米国の優先課題である」「オバマ大統領はアジア諸国とアジアの人びとを高く評価し敬意を抱いている。2011年には、米・アセアン会議を、このホノルルで開催したいと、大統領は考えておられるだろう」。
ここで聴衆から大きな拍手がわいたのは当然だ。しかし、その場に居合わせた日本政府関係者は愕然としたことだろう。なぜなら、来年、米国がアセアンとの会議を開催するなどとは、直前に行われた岡田外相との会談では、ひと言もなかったからだ。
長官はさらに語った。米国がアジア・太平洋諸国との関係を再活性化するべく準備を始めたのは、昨年の1月のことだったと。さらに長官は、オバマ大統領がアジア歴訪の折、米国は初めての米・アセアンサミットをすでに開催した、アジアに強力な軍事力を維持し続けることをグアム国際会議で表明した、米国はアセアン諸国と友好協力協定を締結ずみである、オバマ大統領夫妻が迎えた最初の国賓はインドのシン首相であるなどと、強調した。
「米国の未来はアジア・太平洋地域の未来とつながっており、同地域の未来は米国に依拠している」と長官は断じ、同地域への明確なコミットを宣言した。
しかし、前述したようにこの点について、米国政府は、日本に事前に知らせることも、いわんや、日本に参加を要請することもなかった。これこそ、鳩山外交への強烈なしっぺ返しである。
昨年9月23日、鳩山由紀夫首相はニューヨークでオバマ大統領と会談し、その直後、国連演説に臨んだ。首相は、CO2 25%削減案のほかに、東アジア共同体の構築についても提唱した。
寝耳に水の米国側は驚いた。国務省は日本外務省にその種の重要な外交政策を発表するのであれば、事前に同盟国に説明があってしかるべきだと、抗議したそうだ。
今回、米国は、日本がしたことを、そっくりそのまま、日本にして返した。不快感を見せつけたのだ。
米国は言葉どおりの外交政策を進めるだろう。中国の脅威に晒されるアセアン諸国にとって、米国のコミットは歓迎以外の何物でもないはずだ。孤立するのは日本である。鳩山外交では、日本は持たないということだ。
『週刊ダイヤモンド』 2010年1月23 日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 822
今月11日の政府・民主党首脳会議で、永住外国人に地方参政権を付与する法案を18日召集の通常国会に提出することが確認されたと報じられた。
同法案に関して、民主党内にはもともと深い亀裂があった。推進派の小沢一郎、鳩山由紀夫、岡田克也各氏らの勢力に反対する渡辺周、長島昭久、松原仁各氏らが存在し、法案を推進すれば民主党は分裂しかねないと見られていた。だからこそ、マニフェストにもこの項目は盛り込まれなかった。
ところが今、小沢氏らは、一挙に同法案の成立を図ろうとする。この性急さは何故か。
地方参政権問題が再浮上したのは昨年10月、鳩山首相が訪韓したときだ。李明博大統領との共同記者会見で質問され、首相は「国民の感情、思いは必ずしも統一されていない」が、「前向きに検討したい」と表明した。
小沢氏も動いた。民主党政権樹立直後に訪日した李大統領の実兄であるハンナラ党の李相得(イ・サンドク)議員に、「通常国会で目鼻をつけたい」と語っている。
その後、小沢氏は12月に訪韓した。600人の大代表団を引き連れて中国を訪問した帰り、皆と別れてほぼ単身での訪韓である。11日夜に韓国入りし、翌日、ソウル国民大学で講演し、「日本政府の姿勢を示す意味でも政府提案として出す」と語った。
同日、小沢氏は李大統領と非公式の会談を行い、大統領主催の晩餐会にも出席した。だが、氏がどのような会話を交わしたのか、日本側はほとんどつかんでいない。通訳も含めてすべて韓国側が準備を整えたからだ。
政界の実力者、小沢氏が韓国大統領と会うのに日本側の通訳も同行させず、日本政府がその発言を把握出来ないというのは異常である。この秘密めいた実力者同士のサシの会談で、小沢氏が参政権問題についてもなんらかの約束をしたことは考えられる。結果として、通常国会に法案を提出するという現在の民主党の方針がある。
小沢氏は自身のウェブサイトに外国人参政権推進の理由を書いている。要約すれば、(1)永住外国人の大半を占める朝鮮半島出身者は強制的に日本に連行された、(2)参政権取得には帰化が最善だが、国籍取得のための法律的な要件が厳しく、帰化が難しい、の二点に尽きる。
(1)は明らかに間違いである。確かに戦前戦中に強制連行などで日本に来た人々は約200万人に上る。しかし、今日本在住の朝鮮半島出身者の大半は、日本の敗戦で多くが朝鮮半島に戻ったなか、自らの意思で日本に残った人々だ。あるいはさまざまな理由で、戦後日本に来た人々だ。
ちなみに朝鮮半島出身のこれらの人々は永住外国人として分類される。一般永住外国人とは異なり、参政権を除けばほぼ日本人と同等の種々の権利を与えられている。
(2)については、私も疑問に思い、シンクタンク国家基本問題研究所で、帰化の法的要件には改善の余地があると指摘し、具体的に提言を行ってきた。その意味では小沢氏の指摘に同意するのだが、しかし、だからといって、一足飛びに、外国籍のままで参政権を与えるということにはならない。
深刻な問題だと思われるのは、小沢氏らの提案する外国人参政権法案が永住外国人を超えて一般永住外国人に参政権を与えるという内容である点だ。つまり、急増する中国人永住者に参政権を与えるという意味だ。
現在、日本在住外国人の最大勢力は中国人で65万5,000人強、うち永住資格を取得ずみの人々は14万2,000人余だ。この数は年々際立って増えている。これでは中国共産党員の資格を持つ人々が、日本で投票権を行使して日本の政治を動かす事態を招きかねない。まさに悪夢ではないか。
以上の理由で私は民主党の外国人参政権付与案には断固として反対である。
『週刊新潮』 2010年1月21日号
日本ルネッサンス 第395回
1月19日、海上自衛隊は碇泊中の艦船を満艦飾に装い、夜には各艦にライトを当てて、50年前のこの日、日米安保改定条約が調印されたことを祝うという。同じ日、駐日米国武官主催の「ホームパーティー」も開かれる。関係者への招待状は 1月12日配達という直前のタイミングだが、鳩山政権の空虚な安全保障政策に危機感を抱く人々は、同会への招待を前向きにとらえ、日米の絆の確認につなげたいと期待する。
50年前の1月19日、岸信介首相はホワイトハウスで、クリスチャン・ハーター国務長官と共に安保条約改定の調印式に臨んだ。
岸は57年6月に行ったアイゼンハワー大統領との首脳会談で初めて、米国側に安保改定を申し入れたが、その主張は日本は防衛力の増強に努める、米国に可能な限りの軍撤退を求める、安保条約を合理化し、大幅に改定して、日本の自立を高めるというものだ。岸は10年後の沖縄、小笠原諸島返還も求めた。
日本の要請を米国に受け入れさせるために、岸の行った訪米前の準備は真剣かつ徹底していた。原久氏の『岸信介 権勢の政治家』(岩波新書)に詳しいが、岸は駐日大使マッカーサー(マッカーサー元帥の甥)との予備会談を少なくとも7回行い、東南アジアをも歴訪してアジアにおける日本の地位の重要性を米国に印象づけた。国内では防衛力強化を目標に、第一次防衛力整備三か年計画(1958~60年)を策定した。3年間で、陸自として18万人、海自12万4,000トン、空自1,300機の整備を目指すと明記した。
対等な安保協力を求める限りは、自国の戦力を強める意思を明示し、米国の眼前で実行する必要があることを知悉していたのだ。米国は、言葉だけでなく、戦力を養って真の独立を確立していきたいとする岸に安保改定の合意を与えた。
命を懸けての安保改定
岸はしかし、国内で苛烈な抗議運動に直面した。30万の大群衆が反対の気勢をあげて首相官邸を取り囲み、警視総監は警備に「自信がない」として、官邸脱出を勧めた。側近が一人去り、二人去る中で「殺されようが何されようが(安保改定は)絶対必要」と思い定めた岸は、法案の自然成立に必要な30日目の6月19日の朝をデモ隊が取り囲む官邸で迎えた。4日後、新条約の発効を見届けて辞任したが、大戦略を描き得た岸であればこそ、文字どおり命を懸けての安保改定だった。
岸が心を砕いたのは、冷戦の深まりとともに日本に尚、浸透しようとする社会主義、共産主義勢力を如何に食いとめるかでもあった。安保改定の前年、北京を訪れた浅沼稲次郎は「米帝国主義は日中両国人民共同の敵」と述べた。岸の求める安保改定に応じなければ、日本が「中立化」或いは「共産化」していきかねないと米国が恐れたほどの力を、浅沼ら、左派勢力は誇示した。
改定安保調印から50年、いま日米間の溝は深い。鳩山首相は日米の対等という、岸と同じ表現を用いながら、内容がまったくないのである。
対等な同盟国、或いは対等な協力者に必要なのは自助及び相互援助の力を有していることである。その力は、経済力などの非軍事力ではあり得ず、軍事力そのものである。だが、民主党の象徴的リーダーとしての鳩山首相も実質的リーダーとしての小沢一郎幹事長も、その点の認識を欠いている。両氏とも自らの意識と現実との距離を認識できないのである。
本誌が発売される頃には、自衛隊のインド洋における補給活動は中止される。普天間飛行場の移転問題は展望が見えない。そうした中で、インド洋での給油給水活動を中国海軍が肩代わりする可能性も指摘されている。海自の幹部の1人は、中国海軍はすでにソマリア沖で自国艦船への補給活動を行っており、インド洋で海自に取って替わることは、技術的に不可能ではないと推測する。
アフガニスタンの活動全体がテロとの戦いであるだけに、中国が申し出れば米国側に拒む理由はないとも見る。その場合、日本の立つ瀬は失われていくだろう。右の幹部が語る。
「自衛隊が情報収集において米軍に依存している以上、政治的齟齬によって情報提供を受けられなくなれば、わが国の防衛は支障を来します。海上艦艇の動きなど、戦術面の情報は掴めても、中国軍の動きや北朝鮮の弾道ミサイルなどの戦略情報については全くわからなくなります」
鳩山首相は岸と異なり、対等な関係の基盤となる情報力や軍事力の整備を考えず、逆に自衛隊の定員も装備も減らす政策である。「対等」の主張とは裏腹に、対米依存を高めざるを得ない矛盾の中にある。
虚ろな対等論
もう一点、岸政権当時も警戒すべきであった体制も価値観も異なる中国は、いまや誰の目にも尋常ならざる軍事的脅威を形成する。対して、日本は万全の守りを実現出来るのか。東シナ海における一方的開発や尖閣諸島領有権の譲らぬ主張を見るまでもなく、中国の脅威は厳然としてあり、現時点で日本が独自に対抗出来るとは思えない。どうしても、米国との連携が必要で、それは、アジア全体の自由と民主主義にとっても必要である。日米の緊密な連携は米国にとっても不可欠なはずだ。
その意味で1月19日は、両政府がともに祝うべき記念日なのだ。しかし、合同式典を考える雰囲気さえ、両国間には存在せず、米国政府は、鳩山民主党の虚ろな対等論を疑問視する余り、日本政府とまともに話し合えるのかと疑っている。
去る9日、北澤俊美防衛相が日米両首脳が50周年を機にそれぞれ声明を発表する方向で調整中だと明らかにした。何もないよりも、声明だけでもあったほうがよいという苦肉の策にすぎない。
この現状に強い危機感を抱くのが、日米関係の重要性と中国の軍事力の脅威を実感している日米両国の軍当事者らである。日米関係の空洞化が中国に誤ったメッセージを与える危険性を、彼らは十二分に承知しているからだ。だからこそ、駐日武官がホームパーティーを開くのだ。
世界の大国米国と、相対的に力を落としつつあるといえどもこれまた大国日本の軍事同盟の調印を祝うにしてはささやかな武官主催の会、公式の催しの色彩から遠くはなれた形のホームパーティーに期待が集まるのも、それが政治の齟齬を埋めたいという当事者相互の意思確認の肯定的な動きととらえられるからだ。岸が命を懸けて成立をはかった改定安保条約は、紛れもなく50年間、日本を支えてきた。自衛隊は同盟関係の基盤を成す信頼醸成に努めてきた。
それを鳩山政権はいとも簡単に崩しつつある。日本に死活的に必要な日米同盟を空洞化させ、大戦略の片鱗も想像出来ない鳩山民主に政権与党の資格がないのは明らかだ。
『週刊ダイヤモンド』 2010年1月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 821
藤井裕久財務大臣の辞任など、鳩山民主党は年初から波乱含みである。藤井氏辞任の背景に、小沢一郎幹事長との齟齬があったと指摘されている。民主党政権の展望が一に小沢氏の意向や決定にかかっているといっても過言ではない現在、氏の目指すものは何なのかを、明確に把握しておきたい。
『日本改造計画』(講談社)を世に問うた1993年、氏が主張した政策、憲法改正を実現して日本は普通の国になる、自己責任を旨とし小さな政府をつくる、小選挙区制導入で二大政党制を実現するなどは真っ当な主張だった。
しかし、その後、氏の主張は著しく変化した。すべての根幹である日本国のあり方についての考え方も変わった。憲法改正、普通の国という考えが後退し、国連重視の度合いが強まった。
たとえば、『日本改造計画』では憲法九条を離れて日本は普通の国になるべきだと主張した。集団的自衛権を行使するための「小沢調査会」も設置した。96年の『小沢一郎 語る』(文藝春秋)でも、「日本だけが、お巡りさんの役は御免こうむります、消防士にはなりません、清掃作業も御免こうむります、汚いこと、嫌なこと、危険なことは私ら全くやりません、と言って済みますか」と問うている。
しかし、氏は同書でこうも書いていた。個別的、或いは集団的自衛権で平和を保つ時代はすぎて国連中心の平和維持活動以外に平和を担保する道はないのだから、平和維持のための御親兵を日本が国連に提供すべきだ、と。
ついに、日本は国連に「御親兵」を捧げて、国連の理想を広める先頭に立つべきだと主張するに至ったわけだ。これでは普通の国ではなく、夢見る異常の国である。
それからさらに10年後の2006年、『小沢主義(オザワイズム)』(集英社インターナショナル)で変化はさらに際立った。
「明治維新の際、新政府は当初、自前の軍隊を持たず、薩長をはじめとする旧藩の『多国籍軍』によって国家防衛、治安維持を行っていた。今の国連と同じである」「この明治維新にならって、日本は今こそ国連に『御親兵』を出して、世界平和への我が国の姿勢と理念を世界にアピールしていくべきだ」
なんと明治新政府と国連を同一視しているのだ。維新のとき、確かに明治新政府には自前の軍隊はなく、旧藩が御親兵を奉じた。しかし、それらはいずれも日本人の軍隊であり、出身藩は異なっても目標は一つだった。富国強兵を進め、欧米に追いつき、日本が陥っている国家存亡の危機から脱することだ。それは、すべての日本人が等しく抱いた共通の目的だった。列強の脅威の前に、日本国民は藩の境を越えて団結したのだ。
だが、国連のメンバーは、国も民族も、それぞれの目標もまったく異なる。国連は第二次世界大戦の戦勝国連合にすぎず、いまだに敵国条項をもって、日本を敵国と位置づけている。加えて常任理事国には、中国など、必ずしも日本と価値観を共有しない国がある。
そのような国連に日本が御親兵を奉じて使ってもらうという考えのなんと幼稚で自虐的なことか。
憲法改正と集団的自衛権の双方を否定し、国連重視に傾いてきた小沢氏がたどり着いたのが『小沢主義』である。そこには、「自分の脚で立ち、自分の頭で考えて決断」すること、つまり自己責任の重要性が強調されている。
だが、国連にすべてを託そうという氏の考えは、自己責任の対極にある。壮大な自己矛盾だ。氏がたどった普通の国構想から国連至上主義構想への変化は、憲法改正論から憲法擁護論への変化でもある。結局、小沢氏はいつの間にか、現行憲法の比類なき擁護者になったのだ。日本の歴史を加害者の歴史と位置づける東京裁判史観の信奉者だともいえる。氏の対中政策が朝貢的色彩を帯びる一つのゆえんである。
『週刊新潮』 2010年1月14日号
日本ルネッサンス 第394回
2つの国が領有権を争う領土について、それぞれ主張を展開するのは当然のことだ。しかし、日本政府はまず相手国の立場を度し、日本の立場を十分に主張してこなかった。そのツケは北方四島にも竹島にも明らかで、主張なき無策は必ず、尖閣にも影を落とすだろう。
昨年12月25日に発表された高校の学習指導要領解説書では、領土問題としての竹島の記載が見送られていた。学習指導要領はほぼ10年に一度改訂され、解説書も更新される。したがって、高校教育では向う10年間、韓国と領有権を争う竹島についての教育が不徹底になる可能性がある。
川端達夫文部科学大臣は、解説書を公表した日の記者会見で「竹島はわが国固有の領土であり、正しく認識させることに何ら変更があるわけではない」と述べた。
氏は保守派の政治家であり竹島を解説書に記載することは、氏にとっても文科省にとっても既定方針だった。にもかかわらず、蓋を開けてみれば解説書は一変した。日本が竹島の領有権を諦めたととられ、歴史的な汚点となりかねない解説書は如何にして生まれたのか。
日本政府の領土問題に関する発言や外交姿勢の及び腰は自民党時代からのものだ。学習指導要領とその解説書に、領土問題として明記されてきたのは北方領土に限定され、竹島はまったく触れられてこなかった。
他方、韓国の竹島不法占拠は年毎に昻じ、いまや警備部隊が常駐し、電話線が引かれ、郵便番号も住所も定められている。竹島を所管する島根県は思い余って05年、「竹島の日」を設けた。韓国の反発は凄まじかったが、島根県の動きは、改めて、日本人に領土や国土についての教育の重要性を気付かせた。こうした中、新学習指導要領の中学社会科の解説書に竹島を「我が国固有の領土」と明記するかどうかの問題がまず、持ち上がった。05年のことだ。
火に油を注ぐ生半可な配慮
文科省の立場は明確だった。05年3月に中山成文科相(当時)が新指導要領に明記すると答弁。しかし、3年後の08年2月、新指導要領案が公表されたとき、竹島の文字は消えていた。理由は、反日政策を掲げた盧武鉉大統領の後に、李明博氏が登場し、竹島問題の主張を控えることがより良い日韓関係の構築につながると日本政府が期待したからだ。
学習指導要領の改訂は解説書の更新を意味する。韓国は日本への働きかけを重層的に展開した。08年5月19日、韓国外相は駐韓日本大使を呼びつけ警告した。7月、洞爺湖サミットへの参加直前に、李大統領が共同通信と会見して「日本の指導者たちが無理に(竹島を)載せることはしないと信じている」と牽制した。来日した大統領は、9日、福田康夫首相と立ち話形式で短時間会談し、慎重な対応を求めた。韓国大統領府は、大統領が「深刻な憂慮」を伝え、福田氏は「十分に分かっている」と答えたと発表した。
国内では文科省が「我が国固有の領土」と明記すべきと主張し、外務省は反対に見送りを求めた。そして結論は中途半端なものになった。
08年7月14日に発表された解説書には、「我が国固有の領土」という表現はなかったが、竹島について、「韓国との間に主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要」と書き込まれていた。婉曲な表現ながら、初めて、竹島を領土問題として盛り込んだわけだ。日本の視点に立てば「竹島はわが国固有の領土」と書いて当然だが、そうは書かずに婉曲な表現をとったことについて町村信孝官房長官は、「日韓関係をぎくしゃくさせてはいけない」と説明した。
だが、このあと、日韓関係は「ぎくしゃく」どころか、大荒れとなった。李大統領は「断固たる措置をとる」よう指示し、柳明桓外相は駐韓日本大使を呼びつけて抗議し、駐日韓国大使を召還した。29日には韓昇洙首相が、首相として初めて竹島に上陸。30日には韓国軍が最新鋭戦闘機、F-15Kを含む大部隊を動員し「独島(竹島)防衛演習」を行った。
福田首相は解説書発表の直前まで、自ら文言をチェックし、韓国への配慮に努めたが、李大統領は8月15日に、「韓国が強い国になれば、日本が私たちの領土を不当に欲しがることもなくなる」と演説した。
日本が「竹島は紛れもなく韓国固有の領土です」とでも言わない限り、韓国側は納得しないのである。生半可な配慮は、むしろ火に油を注ぐ。
そして今回の高校用の学習指導要領解説書である。文科省は、大臣、副大臣、政務官の三役以下、中学用の解説書同様、竹島の記述は当然と考えていた。が、三役会議で提示されたのは、竹島を除外した案だった。
竹島の二文字が落ちたのは…
川端大臣が三役会議で、文科省としては不満だが、内閣の一員として上の決定に従うとの意思表示をしたのは、小沢一郎幹事長の訪韓時期と重なる12月中旬だと思われる。小沢氏は中国訪問後、12月11日夜にほぼ単独で韓国入りした。李大統領と2人だけの非公式会談の内容は非公開である。韓国側が通訳を務めたために、日本政府は小沢氏が何を語り、何を聞いたかも把握出来ていない。だが、その席で、李大統領がかねてより関心を示していた外国人参政権、天皇陛下御訪韓などとともに、高校指導要領解説書問題に触れた可能性は大きいと見るべきだろう。
したがって、小沢氏が李大統領の要請を受けて影響力を行使し、解説書の内容を大幅に変更させた可能性は少なくない。一方で、元凶は鳩山由紀夫首相その人だとも考えられる。首相は11月15日、シンガポールでのAPEC首脳会議で、李大統領と歩きながら短時間、2人だけの会話を交わしている。そのとき、李大統領が、「教科書の件、重要ですので宜しくお願いしたい」と述べ、鳩山首相が「分かっています」と答えていたことは取材で確認出来た。
小沢、鳩山両氏との会談が、解説書問題で12月の発表を前にした重大な時期であることを李大統領は意識していただろう。大阪生まれで日本人の感情の機微にも通じている大統領だけに、その説得が功を奏したと考えて、ほぼ間違いないだろう。つまり、最終的に竹島の二文字が落ちたのは、小沢、鳩山両氏かまたはいずれか、民主党トップの「政治決断」ゆえだったと考えてよいだろう。
自民党はそれでも竹島の二文字をどうにか書き込んだ。民主党はそれを水泡に帰しかねない決定をした。一方韓国では、12年からの中学社会の解説書で竹島について「日本が継続的に国際紛争に訴えようとする意図を分析し、領土を守る方法も考える」とし、生徒たちに具体策を考えさせるよう踏み込んでいる。
国益を害する点において、民主党外交の罪は重いのである。
『週刊新潮』 2009年12月31日・2010年1月7日合併号
日本ルネッサンス 第393回
民主党の小沢一郎幹事長が絶対的権力者の風貌を見せている。政府の要職にあるわけでもないが、氏は事実上、日本国の政治を動かしている。内政・外交において氏の声はまさしく天の声としての力を発揮する。
強大な力をもつ氏の、2009年12月の韓国での発言には、外国人参政権問題をはじめ、受け入れ難いものが多かった。それらの点については、すでに論じられているが、私は、氏の発言のうち、余り目立ちはしないが、日本の外交政策を左右しかねない重要な要素として、氏が語った対米観に注目したい。ソウル国民大学での講演でこう語っている。
「私はアメリカ人は好きなんですけれども、ややもすると、割合、単純でしてね」「その中でたとえば、(中略)ニクソンさんは、大変な、私はいい政治家だと思っています」
「単純」な国民だと、米国人を卑しめる一方で、ニクソンを「いい政治家」と語る小沢氏の対米観は明らかに間違っている。
米国人は率直ではあっても、決して単純ではない。いわんや国際政治における米国人の考えには、こちらの肝胆を寒からしめる奥深さがある。日米関係の歴史を遡れば遡るほど、そのことは明らかだ。国際政治や安全保障について、これほど洞察鋭い戦略を考え、実行する国は多くはない。米国人の戦略の奥深さと、日本政府の戦略の欠如の余りの対比に、私は脱力感さえ抱く。
古くは1921年、ワシントン会議で、米国は日英同盟を破棄させた。それは、1905年、ロシアとの戦争に勝った日本を米国の将来の敵と見て、日本の力を殺ぐために米国が準備した戦略だった。
アジア進出を考えていた米国は、将来日本と対立し、戦うときがくると見ていた。そのとき、当時の世界最強の国家であった英国と日本が同盟関係を結んでいては、米国にとって厄介だ。中国への肩入れと日本への憎しみが加わって、日英同盟を破棄させ、英国と日本を切り離さなければならないと目論んだ。企みに気が付かなかったのは日本だけだった。
単純なのは日本
同会議で日本は米・英の各5に対して3という艦艇の保有比率を呑まされ、そのうえ、中国の現状維持を守ると合意させられた。欧米列強が中国においてすでに勝ちとっていた特権や領土をそのままにして、日本の新たな中国本土への進出を禁ずるということだ。この後、日本の孤立は決定的となり、歴史が示すように日本は戦争への道を歩み始めた。
日本を敵と見て、日本の孤立化をはかったにも拘らず、米国は日本に対して友好的に快活に、さらに紳士的に振舞い、中国などともはかりながら練り上げてきた「日本外し」の計画を日本に気取らせないよう、万全の準備で臨んだ。笑顔で背中から斬りつけるかのような戦術は、見事に成功した。日本は自らの陥った危機的状況に対して、まったく危機感を抱かなかった。自らが標的になっていることにさえ気付かなかった。
米国も英国も、単純どころではない。単純なのは日本である。
さて、小沢氏はニクソンを「いい政治家」と語ってもいる。どういう意味か。ニクソンは日本をいわゆるニクソンショックに突きおとした大統領だ。1971年7月15日、電撃的に中国訪問を発表した。中国敵視をやめて、味方として取り込む関与政策に華々しく踏み切り、米国のアジア政策を根本的に転換した。そして、日本の重要性は相対的に低められていった。
米国の国益を睨んで決断したニクソンの力量と戦略性に深い敬意を抱くのは自然かもしれないが、日本の国益の観点に立てば、ニクソンを「いい政治家」として持ち上げるのは不適切だ。小沢氏の「いい政治家」という表現は、恐らく氏の語彙の乏しさから出たもので、「優れた政治家」の意味でもあろうか。であるなら、小沢氏はニクソン外交そのものをどう見ているのだろうか。
ニクソンの外交は、国益のためには敵とさえも手を結ぶ現実主義外交である。国際政治は、夢や理想や価値観ではなく、現実の力で動くという信念がニクソン外交の基盤である。敵の片割れだった中国と手を結び、ソ連を包囲したニクソン、その流れをくむ米国の共和党外交は、やがてレーガン・ブッシュの時代にソ連を追い詰め、崩壊させた。このように、ニクソンの戦略は冷戦における米国の勝利と、ソ連の敗北への呼び水となった。この対中関与政策は、いまも米国のアジア外交の基調である。
ニクソンを評価するなら、その現実主義を見習うのではないかと、普通は思う。しかし、小沢氏は、そして氏が影響力を行使する民主党は、現実主義外交には向かおうとしない。
日米安保葬送の年
ちなみに小沢氏は、英国首相だったサッチャーを、「大変なリーダー」と評価する一方で、「あまり好きにはなれない」と退け、鄧小平については言葉少なく、「非常に感銘を受けた」と語っている。
政治家の資質という点でいえば、両氏ともに炯眼の士だ。国際政治の現実の細部が示す意味を見逃さず、大きな戦略を考え出す能力において、いずれ劣らぬ逸材である。
だが、小沢氏はサッチャーは好きになれないが、鄧小平には感銘を受けたという。ひょっとして小沢氏は、自由や民主主義をそれほど大切な価値観だとは考えていないのではないか。だからこそ、社会主義的体質に陥り国民が働く意欲もなくしていた英国を立ち直らせ、強い民主主義の国としての英国を再建したサッチャーは「好きになれ」ないが、同じく強力な国家の土台をつくったけれど、自由も民主主義も置き去りにして強い統制で国民を締め上げ続けた鄧小平に「感銘を受け」るのではないか。
改定から50年という節目の年の2010年、日米安保は、祝賀祭典どころか葬送の年を迎えるとさえ、言われ始めている。普天間飛行場の移転問題をはじめとする日米間の懸案事項への対処の仕方は、紛れもなく鳩山政権の米国離れ願望を示す。そして明らかに、日本は米中の狭間でいよいよ存在感を失いつつある。
かつて、「単純な」日本の指導者は、ワシントン会議で謀られ、孤立へと追いやられたことに気付かなかった。いま小沢氏や鳩山由紀夫首相らは、米中接近の中であのときと同じように日本が孤立へと追いやられつつあることに気付いているだろうか。気付いているに違いない。にも拘らず、異常なほどの米国離れに邁進するのはなぜだろうか。小沢、鳩山、岡田克也各氏が米国に抜き差しならない不信感を抱き、中国に不合理なほどの信頼を寄せているからである。つまり、現執行部の下の民主党がその実態において、社会主義政権そのものだからである。日本をそんな政党に任せておいてよいとは、私は断じて思わない。
『週刊新潮』 2009年12月24日号
日本ルネッサンス 第392回
日本人は昔から皇室を権威とし、権力によって支えられる政党や政治家との間に一線を引き区別してきた。
時代によって皇室を巡る状況は変化し、歴史を振りかえれば、皇室が権威の次元を超えて権力を握ったときもある。反対に、経済的逼迫の中で権威を保つことさえ侭ならなかったと思われる時代もある。
そんな苦労の時代の典型が大永(だいえい)6(1526)年の天皇崩御によって践祚(せんそ)した第105代後奈良(ごなら)天皇の時代だったと、竹田恒泰氏が『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP新書)に書いている。
著書によると、その頃は、御所の築地塀(ついじべい)が崩れても修繕出来ず、三条大橋から内侍所(ないしどころ)の灯火を見通すことが出来たそうだ。内侍所は宮中三殿のひとつで、三種の神器のひとつである八咫鏡(やたのかがみ)を模した神鏡を祀る神聖な場所である。その神聖な内侍所の灯を遠くから見通せるほど無防備な状況にあっても、御所が襲われたり、天皇が傷つけられたりすることはなかった。皇室が日本人の心の中に、大切な存在として刻みこまれていたことの証左である。
権威としての存在と権力者としての存在の決定的な相違は、生存の形にも表れていた。たとえば、江戸城や大坂城は外堀、内堀で守られ、城壁は堅牢な造りで敵の侵入を防いだ。権力者としての武将たちはそうした砦の中に住み暮した。一方、天皇のおわします御所は敷地のまわりにささやかな疏水を走らせているだけの造りだった。民と共に在り、民のために祈る権威としての存在だからこその佇まいだ。
これも竹田氏の著書で学んだことだが、鎌倉時代の蒙古襲来のとき、亀山上皇は石清水八幡宮に行幸して、敵の降伏を祈願した。加えて、8ヵ所の御陵(天皇、皇后の墓所)に勅使を送り、宣命を持たせた。宣命には、自分の命はどうなってもよいから、国と民を守ってほしいと書かれていたという。日本が大東亜戦争で敗れたとき、昭和天皇が占領者として来日したマッカーサーに語られたのと同じ言葉である。
鳩山氏の知的特徴
お言葉は、昭和天皇のお人柄を示していたというより、民を守る祈りから発せられた日本国の天皇としての特徴を表わしていたと考えてよいだろう。
このような皇室であればこそ、御所の周りのささやかな疏水を乱暴にまたぎ、侵入する者はいなかったのだ。権威は鎧をまとわずして、自ずと国民の上に君臨する。皇室と政府、権威と権力の共存が日本国の特徴である。
今回、民主党政権が強引に実現させた天皇と中国の国家副主席、習近平氏の会見は、日本人が幾世紀にもわたって大切にしてきた権威と権力を隔てる仕切り線を乱暴に踏み越えるものだった。鳩山政権はまさに皇室を政治的に利用したのである。
羽毛田信吾宮内庁長官の怒りの会見をきっかけに、鳩山由紀夫首相や平野博文官房長官らの宮内庁への働きかけの実態が明らかになった。14日の小沢一郎氏の会見から、同件に関する氏の考え方の一端も明らかになった。
三氏はいずれも、今回の件は天皇の政治利用ではないと強弁する。が、聞けば聞くほど、三氏の主張は皆、絵に描いたような政治利用である。彼らは、まるで、自分たちの政治目的のために皇室を活用するのは当然だと考えているかのようだ。
鳩山首相は、天皇の会見は1ヵ月前に申請しなければ受けつけないという内規、「1ヵ月ルール」は知っていたと述べ、しかし、「杓子定規が、国際的な親善の意味で正しいことなのか」と疑問を呈した。
首相は、「日中関係において非常に重要な方なので、何とか(会見を実現)出来ないか」と、平野官房長官に働きかけの指示を与えたという。
宮内庁側は、まず、宮内庁式部職が、打診してきた外務省に断り、次に、羽毛田長官が平野官房長官の要請を断っている。平野官房長官は「首相の指示を受けての要請だ」として、再度要請した。この2度目の要請に、宮内庁は屈服した。
このように事実を辿ってみると、政治の力で内規を変えさせたことは明らかだ。首相自身、「杓子定規」を批判して、政治力で変えさせたことを公にしているにも拘らず、それが政治的圧力であることを、理解していないのだ。自分の語る言葉の意味を理解出来ないのが、鳩山氏の知的特徴であることに、この約3ヵ月、私は驚き続けてきたが、その場その場を無意味な言葉で弁明する姿は見るに堪えない。
中国の従属関数国として
小沢氏は、皇室の政治利用を認めたり、恐縮したり謝ったりするかわりに、内規自体、誰が作ったのかも不明で、法律でもないとして、それに縛られることはないとの姿勢を強く打ち出した。憲法には天皇の国事行為は内閣の助言と承認で行われると明記されており、今回の件もその範疇だと、逆に、主張した。
この内規は、陛下の御体調を考えて政府と宮内庁が合意して決めたものである。作者不明ではなく、日本国政府の意思が明確に示されているので、内規を守ろうとした宮内庁長官を責めるのはおかしい。
今回の件を、小沢氏や鳩山氏らの言葉尻を捕えての論争で終わらせては、日本が直面する危機の本質を見失うことになる。民主党中枢部がどっぷりと浸って染まりきってしまっている中国の影響が、これからの日本の外交を決定的に変えていく危険性に目を向けなければならない。
小沢幹事長と胡錦涛国家主席は10日の会談で、「日米中の3ヵ国はバランスの取れた正三角形の関係であるべきだとの認識で一致した」と、山岡賢次氏が語っている。
「正三角形」論を証明するように、鳩山首相は14日、「(天皇との会見は)日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味がある。判断は間違っていない」と強調する一方で、同日午後には、社民党などとの連立を重視する立場から普天間問題を先送りする決定を下した。問題の早期決着と日米合意の尊重という、同盟国の強い要望を拒否したのである。小沢氏も民主党議員の半分近くを率いて、中国への接近を印象づけた。民主党は、同盟国よりも社民党を、そして中国を選んだのだ。
首相はそれでも「米国との交渉で是非、理解を求めていきたい」と語る。まさか再び「Trust me」と言うつもりではあるまい。
恐ろしいことに、私たちの国は国会での論議もなしに、安全保障政策の大転換をはかりつつあるのだ。鳩山政権は日米同盟を日中関係に置き換えようとしつつあるのだ。日中関係では、わが国は間違いなく、中国の従属関数国として扱われる。それを象徴するのが今回の天皇陛下の政治利用である。
『週刊ダイヤモンド』 2009年12月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 818
12月6日、東京都港区の「ゆうらいふセンター」で行われた、「いかに救い いかに守るか」と題された拉致と国防に関するシンポジウムに参加した。実際の議論に先立って、全員で約20分間のビデオを見た。主催者である予備役ブルーリボンの会が作ったものだ。
同会は、自衛官OB、即応予備自衛官、予備自衛官、予備自衛官補によって構成され、北朝鮮人権法の趣旨を踏まえて拉致問題に関する啓発活動を行ない、拉致被害者救出の具体的可能性を探ろうとする純粋な民間団体である。
同会の代表、荒木和博氏は北朝鮮に拉致された可能性が否定できない、いわゆる特定失踪者の調査に関しても地道な努力を続けてきた。荒木氏らは曽我ひとみさんら拉致被害者の証言を基に、実際に工作員らはどのようにして拉致を実行するのか、シミュレーションを行なってみた。拉致する役もされる役も、屈強な予備自衛官が務めた。
曽我さんはお母さんのミヨシさんと一緒に歩いていたところを、背後から来た数人の男たちにあっという間に縛り上げられ、さるぐつわをはめられ、クルマに押し込まれた。シミュレーションでは、縛り上げてクルマに乗せるまでわずか一九秒だった。曽我さん役を演じたのは屈強な男性であるが、それでも複数の男に背後から襲われれば、簡単に引き倒され、足を縛られ、後ろ手に縛り上げられてしまう。
もう一つのシミュレーションは、蓮池薫さんらが体験した事例だった。海岸で襲われ、袋詰めにされるケースだ。これもいとも簡単に実行された。
荒木氏が語った。
「拉致は、向こうがその気になれば、日本の長い海岸線の至るところで可能だということです。海岸線を守る体制がまったくなく、守ろうという気も政府にはないように思えます」
氏は、政府に欠けているのはもう一つ、いかに、拉致されている人たちを救い出すかだと強調する。いま、とりわけ救出作戦を考えなければならないのは、北朝鮮情勢が流動化の度合いを増しているからだ。
たとえば北朝鮮は突然、デノミを行なった。統制経済よりも、闇経済が力を持ち、人びとは手にした現金を貯め込んできた。デノミはそうしたおカネを吐き出させて市場に回し、再び経済を活性化させようという狙いだ。
しかし、新紙幣と交換できる額に10万ウオンの上限を設けたために、多くの庶民の虎の子の貯金が失われることになる。経済の恨みは、金正日政権の崩壊を早める結果につながっていく。
そうしたときに、拉致被害者をどのように救い出すのか、シンポジウムではさまざまな具体論が語られた。荒木氏らが北朝鮮向けに実施してきた短波放送番組「しおかぜ」で、北朝鮮情勢が混乱に陥ったとき、東海岸の特定地点目がけて集結するように呼びかけるというのもその一つだった。海上に船を待機させ、日本人を救出する計画だ。
混乱のなかで、どのようにして拉致被害者らが海岸線まで逃れてくるのか、具体的にどの地点に集合するのか、日本から派遣する船は海上保安庁なのか海上自衛隊なのか、そうした日本の動きは、朝鮮半島、特に韓国の目にどう映るのか、多くの疑問が生じてくる。
本来、こうした事柄は、日韓政府間で詰めるべきことだ。当然そこには米国も入っていなければならない。また作戦を成功させるには情報を収集していなければならない。そしていま、その気になれば情報は取れるのである。多くの脱北者から事情を聞くこと、彼らに、有力な情報にはそれなりの対価を支払うという日本政府の意思を明確にするだけで、それは口コミ社会の北朝鮮に広がり、情報が集まってくる。
民間人が一堂に集い、こんな作戦を議論しながら、国民を守るという国家の基本的役割を忘れ去ったかのような政府の脆弱さを痛感した。