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2026.05.14 (木)

「 核論議なき安保政策論はもはや無意味 」

『週刊新潮』 2026年5月7・14日合併号
日本ルネッサンス 第1194回

知っている人は知っている話なのだが、約4年前、人類は第三の「広島の悲劇」に直面するかもしれない危機の中にあった。

2022年9月のことだ。その年の2月にウクライナを侵略したプーチン大統領のロシア軍は、ウクライナ東部のハルキウ州を占領した。ウクライナは予想外の力を発揮してキーウから反撃を開始し、精鋭の機甲部隊がロシア軍を追い返し一気にハルキウ州まで進んだ。驚くべき速度で進軍したウクライナが国境まで一気に攻勢をかけるかに思われた。

攻め込まれたロシア側は、戦術核を撃ちウクライナ軍の潰滅を計ることを考え始めた。22年10月、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相(当時)は、放射性物質をまき散らす「汚い爆弾」をウクライナが使う可能性があると一方的に訴えた。ロシアが「敵の攻撃」と偽装する「偽旗作戦」を準備中との観測が広がった。

米国のCIAはロシア政権中枢部への盗聴でロシアが戦術核使用に踏み切る可能性が高いと察知。11月、CIA長官(当時)のウィリアム・バーンズ氏が露情報機関の対外情報庁長官、セルゲイ・ナルイシキン氏とトルコで会った。

バーンズ氏は断固たる姿勢で牽制した。核を使えば、米国はウクライナに入っているロシア軍全軍を、通常戦力で殲滅すると脅したのだ。プーチン氏は核使用を諦めざるを得なかった。戦後初めて核が使われたかもしれなかった危機はこうして回避された。

この事例は二つのことを教えてくれる。私たちは核の使用は広島、長崎で終わり、二度と戦争で核は使われないはずだと信じてきた。なぜなら何十万人もの生命が瞬時に失われ、犠牲が余りにも大きいからだ。しかし、米国に阻まれたとはいえ、プーチン氏の策略は地球社会が現実に核が使われるかもしれない時代にあるのだと教えてくれた。

もうひとつの教訓は核と通常兵器の関係だ。核に対抗し得る兵器は存在しないと考えられていたが、実は圧倒的な通常戦力があれば、核を抑止できるという事実が明らかになった。

イランに輸出していた武器

現在、ロシアと北大西洋条約機構(NATO)を通常戦力で比較すれば、NATOの力がロシアのそれを上回っている。その差を埋めるために、ロシアは核兵器の製造に血道を上げてきたのだ。しかし、NATO側は通常戦力で優るが故に、ロシアの蛮行を止めることができるということだ。

こうした中、わが国最大の脅威である中国の戦力はどこまで整っているか。日本と台湾を擁する東シナ海、南シナ海、西太平洋で、中国の通常戦力は米日台の合計を越えた。

通常戦力にも核戦力にも使えるミサイルはどうか。シンクタンク・国家基本問題研究所の中川真紀研究員によれば、日本本土への攻撃に使えるミサイル総数は3450基に上る。ミサイルには、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、中距離弾道ミサイル(IRBM)、準中距離弾道ミサイル(MRBM)、短距離弾道ミサイル(SRBM)、地上発射巡航ミサイル(GLCM)の5種類がある。

これらミサイルの保有部隊は、北は北朝鮮との国境近くから、南は台湾対岸の福建省まで9か所ある。南シナ海に的を絞った部隊や対艦ミサイル部隊はここに含まれていない。

日本及び台湾を狙うミサイルで最も厄介なのがIRBMのDF‐26だと中川氏は指摘する。射程3000~5000キロ、核と通常兵器、どちらも搭載可能で、対地、対艦双方に使える。

日本及び米軍のレーダーにかからないように、南方の基地から発射される可能性もある。一旦発射されたとして、積んでいるのが核か通常弾頭か分からない為に、こちら側の反撃を核にするのか通常弾頭にするのか、当然迷うことになる。わが国は勿論、核兵器を保有していないが、同盟国の米国には核がある。だが、一瞬の判断で迎撃ミサイルのボタンを押したり、反撃のミサイルを発射しなければならない局面で、相手の正体が分からないのは一番厄介だと専門家は言う。このミサイルを、中国は250基も持っている。

4月21日、トランプ米大統領はイランとの2週間の停戦を期限直前に突然延長した。同日、米CNBCテレビに対し、米国の拿捕したイラン船籍の貨物船に「あまり良くないものが積まれていた。おそらく中国からの贈り物だ」と述べた。「贈り物」はかねて中国がイランに輸出していた武器である可能性が高い。

中東情勢は日々、米戦略の迷走と、この際に対米優位を確立したい中国の本音を剥き出しにする。米中の対立は根本的に相容れない両国の性格から、長期にわたると見るべきだろう。

戦後最も厳しい局面

中国を軸にロシア、イラン、北朝鮮が足並みをそろえる構図の下で、米国の軍事的優位は徐々に失われていきかねない。この間、高市早苗氏は首相就任半年ではあるが、着実に手を打ち続けている。米国との協力をゆるがせにすることなく、日本国の自立性を高める。中国の脅威に対する抑止力強化策、たとえばインテリジェンス能力強化の基本となる国家情報局の設置や、防衛産業の育成につながる防衛装備移転三原則と運用指針の改定などが実現しつつある。

わが国の安全保障環境はいま、戦後最も厳しい局面にあり、日本国はこれまでとは異次元の国防力強化の施策を講じなければならない。高市氏はそうした状況を踏まえて安全保障戦略三文書の改定作業も進めている。

そこで国基研は、中国が2030年代には核戦力で米国と対等の立場に立ち、いずれ米国を凌駕するのは必至との厳しい現実から目を逸らさずに、高市政権への2つの提言をまとめた。⓵日本が再び核攻撃を受けないために何が必要かについて、政府が主導して国民的議論を起こすことを「国家安全保障戦略」に明記すること。⓶2032年以前のできるだけ早い時期に、日本に必要な核抑止の在り方について検討の上、必要な措置を講じることを「国家安全保障戦略」に定めよ、である。

⓵の国民的議論の必要性は説明するまでもないだろう。政治家のみならず、国民が中国の核戦力の実相を知らずして、適切な国防政策を実現することは不可能だ。唯一の被爆国であるわが国が核なき世界を理想とし続けるのは当然だ。それが実現するまでの間、しっかりと現実を見て、わが国として核にどのように取り組むべきか、あらゆる情報を国民全員で共有して、考えなければならない。それは一にも二にも日本が再び核攻撃を受けないためである。

一方で「2030年問題」がある。米国は現在海洋発射型の核巡航ミサイル(SLCM・N)を開発中であり、32年までにそれを限定的に運用配備すると公表した。

6年後には核搭載の原子力潜水艦がわが国、恐らく横須賀に寄港するという意味である。わが国を守るための核搭載の米原潜にどう相対するのか、国民皆で議論をしておかなければならない。政府も国民もいま現実に基づいて考えるときなのだ。

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