「 日本の運命を決する情報戦 情報発信本部の設置が急務 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 976
訪米の成功と日米同盟の強化、さらにTPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加決定で、安倍晋三首相の支持率が右肩上がりである。内政外交共にスピード感を伴った政治を見るのは久しぶりであり、大きな山場を、安倍首相は一つも二つも越えたといえる。
順風満帆の安倍自民党政権だが、依然として大きな問題が残されている。戦後レジームからの脱却を標榜してきた安倍首相にとっても決して避けて通ることのできない歴史問題だ。
中韓両国の対日歴史認識の歪曲ぶりは年ごとに深刻化する一方だ。
例えば、長崎県対馬市の観音寺などから昨年10月に盗まれた2体の仏像の件である。盗んだのは韓国人で、仏像は韓国内で回収された。本来なら、ただちに日本に返さなければならない。ところが、韓国の地方裁判所は2体のうちの1体を日本へ返還することを差し止めた。14世紀に作られたこの仏像がどのような経緯で日本に渡ったかを調べてから返還すべきか否かを考えるというのだ。
600年以上も前の仏像の渡来と、昨年の窃盗を、同列に並べるかのような韓国の司法判断は法治国家のそれとは思えない。思わず「韓国は正気だろうか」と疑ってしまうこのような判決がまかり通る現状こそ、韓国の歴史認識の歪曲ぶりを象徴しているといえる。
反日歴史認識を強める韓国は、慰安婦問題で官民挙げて日本に不条理な非難を浴びせ続け、その主張を米国や欧州諸国で大々的に展開中だ。日本政府や軍による強制連行がなかったことは、すでに日韓両国の研究によっても明らかにされている。にもかかわらず、強制連行の象徴として慰安婦の像を各地に建てているのも周知の通りだ。
中国も同様である。中国は韓国よりずっと戦略的で、韓国をはるかに凌駕する凄まじいばかりの資金と精力を情報戦に注いでいる。彼らの対外広報予算は約9000億円に上る。その膨大な予算を米国のシンクタンク、一流大学などにばらまき、親中的な研究を進めさせてきた。結果、米国では中国研究者が急増する一方で、日本研究者は探すのも難しいというべき状況が起きている。中国を理解し代弁する知識層は確実に増えているが、日本を理解し代弁してくれる知識層が限りなく先細りしているのだ。これこそ日本の深刻な危機である。
中国政府が標的とするのは知識層にとどまらず、広く米国民全般である。中国文化を米国に浸透させて米国全体を親中の国家として教育するために各地に孔子学院を造った。米国民取り込みの中国の意図が見えてくる。
加えて中国版のCNNも開設し、米国全土で24時間365日、中国の考え方を巧みに盛り込んだ情報を発信中だ。こうした画面には中国人はなるべく出ない。報道であれ文化的な番組であれ、表に出てくるのは米国人である。優秀な記者やキャスターを引き抜き、流暢な英語やスペイン語で中国の考えや主張を、あたかも彼ら自身の考えであり、感じ方であるかのように語らせるのだ。この形の情報戦略で、日本が1930年代の南京での事件について手ひどい被害に遭ってきたのは周知の通りだ。
このような事態を放置すれば、日本は未来永劫立ち行かなくなる。なんとしてでも日本なりの情報発信を始めなければならない。だが、肝心の日本国外務省は、歴史問題については最初から諦めているかのようだ。慰安婦問題のときも、靖国神社参拝のときも、彼らは十分な情報発信をせず、結果として中国の主張を受け入れてきた。
加えて、日本の対外広報予算はわずか170億円余りだ。安倍政権は対外広報予算を10倍、20倍に増やし、外務省とは別に情報発信本部をつくるべきだ。情報戦こそが日本の運命を決することを肝に銘じて、この問題に真剣に取り組み始めることが急がれる。