「 比較第一党論、驚きの卑劣戦略 」
『週刊新潮』 2025年7月31日号
日本ルネッサンス 第1157回
参院選大敗を受けて石破茂首相が放った言葉に驚いた。
「比較第一党の議席をいただいた」「政治には一刻の停滞も許されない。比較第一党としての責任を果たさなければならない」
これまで聞いたことのない「比較第一党」という語が突然出てきた。この悪知恵は誰が編み出したのか。
氏は敗北を受けての記者会見に臨む前に、森山裕幹事長と打ち合せを行っている。森山氏も石破氏と同様のタイミングで「比較第一党の責任を果たす」と語っていることから、両氏はこの決め台詞で合意したのであろう。これで押し通そうと二人で考えたのは間違いない。石破・森山チームの正体がここにある。
ここまで書いたところで投開票日前日の19日夜に、都内ホテルで石破氏、村上誠一郎総務相、岩屋毅外相、中谷元・防衛相、青木一彦官房副長官がひそかに集まり、「過半数割れでも続投」することを決めたとの『朝日新聞』(22日朝刊)の記事に気づいた。村上、岩屋両氏ら側近と共に、続投に意欲を燃やす石破氏の姿、石破自民に明確な「ノー」を突きつけた国民の気持ちとはかけ離れた独善的な姿が目に浮かぶ。
石破氏は選挙前は自公で50議席が必達目標だと言った。それによって参議院での過半数を維持するとの公約だ。自公で50は改選前の66から16議席減の、低い目標値だ。
キリスト教徒の石破氏が2020年から提言してきた祈りの中に安倍総理を念頭に置いたと思しき一節がある。「偽りの神々に仕える人々」を「退けて下さい」、それ以上に「『願わしき人々』が、ふさわしいポジションに着けるように」「まことの神に向かって熱心に祈り」ましょうという内容だ(『石破茂語録 共に祈りましょう』あだむ書房)。
安倍氏を偽りの神々に仕える人物にたとえた言葉に、氏に対する石破氏の暗い情念と嫉妬を、私は感じとっている。だが自公50議席の低い目標値でも過半数を維持できるのは、氏が排除の呪いをかけた安倍総理の置きみやげのお陰であろう。石破氏には無論そのことへの感謝などない。ないまま、最低限のそのまた最低限の目標値で自身の生き残りをはかった。それでも、それさえも達成できなかった。
首相の言葉は重い
結果として自民党は結党以来初めて衆参両院で過半数を失ったのである。安倍総理の下で自民党は結党以来初めて憲法改正に必要な3分の2の勢力を衆参両院で勝ちとった。安倍氏の歴史的偉業である。それを石破氏は首相就任から10か月で、両院で3分の2どころか、過半数を失った。まさに歴史的敗北なのだ。
それなのになぜ居座るのか。わが国が抱える国難としての諸問題解決のために「優れた政策を作り上げていきたい」からだそうだ。諸問題の中には、米国の関税と共に物価高、自然災害なども入っていた。
淀んだ佇まいと両目のすわったある種異様な表情で、氏は自分自身が首相であり続けなければならない理由を丁寧な表現を多用して説いた。「真摯に向き合う」「お困りになっている国民の皆様のために」「誠心誠意」などである。どの政治家よりも首相の言葉は重い。しかし石破氏の場合、言葉と実態が余りにもかけ離れている。首相の言葉は表面的には美しいが、有り体に言って醜悪である。
続投するとして、氏の挙げた国難級の諸問題はどう解決するのか。たとえば大地震や大津波、大雨などの自然災害問題をどう回避するのか。何ら具体策はない。
関税問題では、赤澤亮正氏を米国に派遣したが、アポイントなしの訪米を繰り返させるのは解決どころかわが国の恥だ。国際社会は赤澤氏の「ひたすらお願いする姿」、「会って下さい」という姿勢をどう見るのか。水面下で交渉が進んでいるにせよ、石破氏がトランプ大統領にきちんと伝えられない限り、交渉は進まない。つまり停滞の真の原因は石破氏なのだ。こんな石破外交は世界の冷たい視線を受け続けるだけだろう。
こうしてみると、続投の理由として石破氏が挙げていることは何ひとつ実行できていない、首相の言葉はおよそ全てデタラメだ。即ち、石破氏の本質は限りなく詐欺師に近いということだ。
石破氏の正式続投宣言は21日、党本部で行われた。同席した党役員は菅義偉副総裁、森山幹事長、小野寺五典政調会長、鈴木俊一総務会長、木原誠二選挙対策委員長らであった。私の目には彼らは石破色に染まった覇気に欠ける集団に見えた。
石破氏は安倍氏を念頭に置いた批判の中で「組織は頭から腐る」とも書いている。まさに現在の石破自民党がその状態であろう。
石破党にすぎない
党本部に集った役員の姿は自民党が腐り始め、大漂流が避けられないことを明示していた。だからこそいま、自民党を石破氏の手から取り戻さなければならない。石破氏の即辞任しか活路を拓く方途はないだろう。
自民党高知県連は、副会長の尾崎正直衆院議員が首相早期退陣を党本部に申し入れると決めた。三重県連顧問の鈴木英敬衆院議員の下、三重県連も同様に申し入れる。地方の首相及び党本部への不満は日毎に広がっていくことだろう。
現在の自民党は実は本来の自民党ではなく、石破党にすぎない。党内野党として常に「背後から撃つ」言説で、朝日新聞に賞賛されてきた石破氏の仲間内の政党にすぎない。その石破自民党から、国際情勢を踏まえて日本国を正しい方向に導く哲学が全く見えてこないのは当然だろう。彼らは眼前の政策課題への解決策も持ち合わせていないのである。余りの勉強不足故に石破氏は一世代も前の古い知識しか持たず、国際社会の潮流についていけないのである。
しかし石破グループから目を転ずれば、自民党内にはかなりの人材がいる。世間の期待が高い高市早苗氏を筆頭に、小林鷹之氏も頭脳明晰さと爽やかさで首相候補として取り上げられてきた。前述の鈴木英敬氏は知事としての経験を積んだ実力ある政治家であり、国家観も持ち合わせた優れた人材の一人である。熊本選出の前防衛相、木原稔氏の揺らがぬ国家観と国際的視野、真っ当な政策は、大臣時代に定評を得た。佇まいも穏やかで首相に相応しい人物の筆頭でもあろう。
このように少なからぬ人材を擁しながら国民の多くが自民党に見切りをつけたのは、いま党の前面に立つ人々が余りにも「体をなさぬ」からである。そんな石破自民党を打ち壊し、新しい指導者の下で立て直すしかない。
内外の情勢が余りに厳しいために、一体誰が手を挙げるのかと危ぶむ声もある。しかし一番槍の担い手は恐れてはならない。なぜなら、国民は必ず、日本国立て直しに政治生命をかける人物を見分け、応援するからだ。人材が立ち上がらずして自民党再生は金輪際ないのである。
