「 トランプ氏と語れるか、高市氏の試練 」
『週刊新潮』 2025年12月4日号
日本ルネッサンス 第1174回
米国大統領トランプ氏の言動に戸惑う中、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)紙が11月22日の社説でこう書いた。
「ここ数週間、欧州要人らは、戦争終結にはロシアの指導者プーチン氏への圧力強化しかないとする欧州の考え方に、トランプ氏が近づいてきたと思い始めていた」
トランプ氏がロシアの石油企業ロスネフチ及びルクオイルに制裁を科し、ウクライナへの米国製武器の売却を承認したことなどが欧州の希望的観測の要因となっていたと、FT紙は解説し、にもかかわらず11月21日、豹変したと憤っているのだ。
その日、米国は突然、28項目に上るウクライナ・ロシア和平計画(以下、計画)を発表した。どう読んでもロシアの主張が優先され、ウクライナには到底受け入れ難い内容が列記されている。
たとえば現有戦力90万のウクライナ軍を60万に制限する。ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)に加盟しない。ウクライナはクリミアと、ルハンスク、ドネツク両州をロシア領として認め、ヘルソンとザポリージャは現時点での接触線で凍結する。ウクライナ軍は現在支配しているドネツク州の一部から撤退し、撤退区域は中立の非武装緩衝地帯となるが、国際的にはロシア領土と認める、などである。
ウクライナは右の条件を断固受け入れないだろう。万万が一、受け入れたとして、そこでロシアの侵略が終わるはずはない。将来、必ず、ウクライナ全土を彼らは奪うだろう。
「計画」は第16項目で「ロシアは欧州及びウクライナに対する非侵略政策を法に明記する」としたが、国際法破りの常習犯、ロシアが取り決めを守る保証はない。
「計画」はウクライナが100日以内に選挙を実施することも規定した。選挙でゼレンスキー大統領を追放し、ロシア寄りの人物に継がせてウクライナを併合するのが、自身は一度も民主的な選挙をしたことのないプーチン氏の企みだ。ロシアがあらゆる手段で選挙に介入するのは目に見えている。
「有権者の共和党離れ」
23日、ジュネーブで開かれたアメリカとウクライナの協議ではいかなる合意においてもウクライナの主権は守られるとされたが、米国の「計画」はロシアのG8への再加盟を認めるなど説得力はなきに等しい。
『アトランティック』誌のアン・アップルバウム氏は22日、米提案はウクライナを弱体化させ、米欧を分断し、将来のより大きな戦争への道を開くと断じた。これはロシア、ウクライナの歴史的、地理的、文化的知識のない不動産開発業者のウィトコフ中東担当特使らの提案であり、アメリカの評判を永久的に損なう、と手厳しい。
引き続きジュネーブで行われる米ウ欧の協議で修正される見込みだが、計画の第一案の不公正さ、一方的親ロシアの内容の酷さをわが国は忘れてはならない。なぜトランプ氏は極端な偏りの案を第一案とは言え、了承したのか。
同政権の内情に詳しい経済評論家のジョセフ・クラフト氏が指摘するのは「トランプ氏の焦り」である。氏は中国の習近平国家主席が高市早苗首相の国会答弁で焦っているように、トランプ氏は全く異なる理由で焦っていると説く。
「11月の選挙でトランプ氏の共和党は三連敗しました。ニューヨーク市長選とバージニア及びニュージャージー州の知事選です。元々民主党が強い地域で共和党の勝ち目は少なかったとはいえ、彼らは冷水をかけられた思いでしょう。この先に共和党は来年の中間選挙を控えている。有権者の共和党離れの理由の第一は物価高にあります。ですから、トランプ氏はすぐさま220品目の相互関税を撤廃したのです」
原産国を問わずコーヒー、牛肉、バナナなど日々の暮らしに欠かせない品目の値段はトランプ関税発動以来、上昇し続けている。明らかにその現実は「自分が大統領になれば、すぐに物価を下げる」というトランプ氏の公約に反する。
氏はまた、勤労世帯に「トランプ関税配当金」として2000ドル(約31万4000円)の小切手を来年支給する考えも示している。現在41%に落ちた支持率、逆に58%に上がった不支持率を突きつけられて焦っているのだ。
トランプ氏のさらなる手が、「平和の創造者」としてのアピールだ。氏は11月19日、2期目の10か月を振り返り「私は8つの戦争を解決した。あとひとつ残っている」と語った。クラフト氏の説明である。
「ウクライナ戦争停戦の中身は、トランプ氏にとってどうでもよいことです。戦争を止めさせて平和をもたらす。それで支持率を上げて、来年の中間選挙で勝つ。ロシアとウクライナ、両方が満足して戦争をやめる案は中々見つからない。どちらかが不利な条件を呑まなければならない。どちらに呑ませるかだけでしょう。そこでの理(ことわり)は関係ないのです」
日本で示した親愛の情
トランプ氏が胸を張る「自身が解決した8つの戦争」のひとつが印パ戦争だ。インドの戦略研究家、ブラーマ・チェラニー氏が指摘する。
「今年5月、インドとパキスタンが3日間の戦いを終えたとき、トランプ氏は自分が停戦させたと主張しました。モディ首相はパキスタンとの戦いについてトランプ氏と一言も言葉を交わしたことがないとして、トランプ氏の貢献を否定し、ノーベル平和賞にも推薦しませんでした。米国との関係は悪化し、米国はそれまで折に触れて批判していたパキスタンとの距離を縮めました」
米パの接近について、インドにはトランプ氏の支持率へのこだわりとは別の見方がある。チェラニー氏はトランプ家が過半の株を保有する暗号資産企業、ワールド・リバティ・フィナンシャル(WLF)とパキスタンが結んだ協定に注目する。WLFのCEOは現在中東担当特使のウィトコフ氏の子息、ザック氏で、パキスタンとの事業から生まれるWLFの利益を受けるのはトランプ家とウィトコフ家だというのだ。
「インド、パキスタン両地域ではトランプ外交が優先するのは個人的利益だという見方がもっぱらです」とチェラニー氏は語る。
欧州と南アジア双方でトランプ氏の政策が混乱を生み出しているのは事実だろう。一連の政策はトランプ氏の「何が何でもアメリカ第一主義」を表している。その中で、わが国は米国の同盟国として、何をすべきか。
眼前の利益を追うトランプ氏がレアアースで攻められて中国に譲る危険もゼロではないかもしれない。この場面で、高市氏はトランプ氏が日本で示したあの親愛の情を活かしていくべきだ。トランプ氏は高市氏に言った。「問いたいこと、疑問に思うこと、知りたいこと、してほしいこと、日本のためにできることがあれば言ってくれ。われわれは駆けつける」
トランプ、高市両氏は電話会談を行った。安倍晋三総理の後継者として日米の絆を確認し合うのがよい。












