「 イラン攻撃、背景にトランプの思惑 」
『週刊新潮』 2026年3月12日号
日本ルネッサンス 第1186回
2月28日、トランプ米大統領がイラン攻撃に踏み切った。イスラエルとの連携で最高指導者ハメネイ師のみならず、参謀総長、革命防衛隊司令官、国防軍需相らイラン政府の中枢を占める幹部らを一挙に殺害した。米国及びイスラエルのインテリジェンス力の凄まじさ、またその情報に基づき迅速に正確に標的を破壊し尽くす軍事力の凄まじさを思い知らせた攻撃だった。
トランプ氏はハメネイ師を史上最悪の邪悪な人間の一人と呼んだ。その邪悪な人物を米国が倒した、イラン国民は今こそ立ち上がって政権交代を実現せよと、呼びかけた。
イラク戦争、アフガニスタン戦争での米国の敗北を考えれば、現地の政治体制の変革に米国は直接関わらないとするトランプ氏の考え方は、恐らく正しいだろう。
いまどの国も米国のイラン攻撃を自国の命運に結びつけて考えているはずだ。たとえばわが国にとって、米国が中東での戦争にのめり込む状況は、中国の脅威を念頭におけば、最大限避けてほしいことだ。
中国はロシアとも米国とも異なり、現在進行中の地球上の戦争に表向きは関わらないポーズをとる。巧妙にロシアの戦争を支えているが、それを経済取引の形で行い、中国自身が実利を得ながらロシアの戦争を長引かせる。戦争の長期化自体が中国にとって好ましいのだ。彼らはロシアを秘かに援助しながらも自国の武器装備は決して浪費しない。逆に着実に備蓄して軍事力を強化する。
対照的に米国は米国製の武器装備を他国に売り続ける。生産能力を超えて売却契約をする。加えてイランを攻撃する。イラン攻撃が長引けばミサイルも弾薬もその分消費される。中国が来年にも台湾有事を引き起こす可能性が高い中で、米国の武器装備の備蓄の減少を、米国の軍事力に頼るわが国が心配するのは当然だ。だからこそ、アジアの平和のためにイランとの戦いに深入りしてほしくないと考える。
「最も恐れているのが習氏」
中国の考え方は逆だ。米軍がのっぴきならない程中東戦争にのめり込み、中国と対峙する前に力を使い果たすことを願っている。だからこそ、イランの新体制作りにアメリカは関わらず、イラン国民に任せようとするトランプ氏は正しいと思う。しかし、広く専門家らが指摘するように空爆だけで政権交代を実現するのは困難だ。
ハメネイ師らは排除されたが、イランにはハメネイ師の跡を継ぐ人材も多い。最も強硬な革命防衛隊もそのまま残っている。イラン軍の精鋭が構成する革命防衛隊の力は過小評価できない。彼らの闘志は米軍の凄まじい攻撃で萎えるどころか燃え盛る。
インドの戦略研究家、ブラーマ・チェラニー氏は、革命防衛隊を主軸とする反米勢力がハメネイ師らの死を殉教として反米戦争を聖戦に仕立て上げ、イラン国民の蜂起はいよいよ困難になると予測する。すでに革命防衛隊による苛酷な取り締まりで、多くの反政府系の人々が処刑され、追放された。新政府を創る新しい政治運動を主導し得る人材はいるのか。組織力、資金力、十分な武器、国民を奮い立たせる魅力をもつリーダーはいるのか。チェラニー氏は容易ではないと見る。
どの国も固唾をのんでイラン戦争の展開を見詰めているが、そもそもトランプ氏のイラン攻撃の意図は何なのか。米国の大戦略の中に今回の攻撃を置いて考えることは可能だろうか。米国の大戦略とは、昨年12月発表の国家安全保障戦略と今年1月発表の国家防衛戦略に示された国防政策の全体像である。
米政府は一連の戦略書の中で、米国の勢力圏は南北アメリカ大陸を中心とする西半球だと定義した。米国の影響下にまとまるべき西半球においては他国の跋扈は許さない。とりわけ中国などが南アメリカ大陸で様々な国に影響力を行使することは許さない、と表明した。中国は大国だが、彼らが米国と並び立つことも許さない、米国の一等格下にとどまるのが正しいという考え方だ。そのような勢力圏を米国は確立してみせるとの決意が明示されている。
勢力圏は西半球だと言いながら、トランプ氏はそれ以外の国々で軍事力を行使し続ける。イランがその一例だ。昨年6月に続く今回の空爆は中国にとってどのようなメッセージになるのか。
他に類例のない米軍の実戦能力を見せつけられた習近平国家主席はどう思ったか。ワシントンの情報筋は「独裁者ほどわが身が可愛い。米軍の斬首作戦の遂行能力を見て、最も恐れているのが習氏ではないか」と言う。
支持率回復が大きな目標
習氏はしかし、軍改革と軍事力構築を着々と進めてきた。中国人民解放軍(PLA)の台湾侵攻準備について、国家基本問題研究所はつぶさに調べ、発表した。陸海空宇宙の全分野で米軍及び自衛隊の台湾援助活動を阻止し、台湾上陸を果たすためのPLAの準備は驚くべき水準だ。国基研は習氏が国家主席としての4期目に入るであろう来年、台湾侵攻に踏み切る可能性が高いと結論づけた。
しかし、いくら最新の武器装備、ミサイル、戦艦などが揃っていても、PLAには近代戦の経験がない。彼らを圧倒する力をイラン攻撃戦でトランプ氏が見せつけた。そこには中国牽制の狙いがあるのではないか。
加えて、ベネズエラとイランは中国にとって大口の原油供給国である。ベネズエラは2025年時点で全石油の約50%を中国に輸出していた。イランは約90%を中国に輸出している。今や両方共に止まらざるを得ない。わが国にとってエネルギーは切実な問題だが、エネルギー輸出国の米国は少しも困らない。トランプ氏の攻撃を対中政策の一環と見ることは可能ではないか。
東京国際大学副学長のジョセフ・クラフト氏は、考えようによっては全てが関連づけられるとしながらも、トランプ氏の攻撃は、今落ち目になっている支持率回復が大きな目標だと指摘した。
「日本では殆ど報じられていませんが、テキサス州の共和党上院議員予備選挙が大変な状況なのです。結果次第で共和党を取り巻く状況が大きく変わると思います」
氏はざっと次のように説明した。
「ニューヨーク市長選の民主党予備選では従来の民主党候補とは一味も二味も違う極左のイスラム教徒が勝ち抜きました。余りにも左なので民主党は以降の本選挙で戦いにくくなりました。共和党の岩盤支持州、テキサスで似たようなことが起きています。本来右に寄るべき局面で、党を中道に引っ張っていくような候補者が優勢なのです。大統領首席補佐官のスーザン・ワイルズ氏は、トランプ氏の支持率を上げて、共和党本来のベテラン現職議員、保守のジョン・コーニン氏を勝たせたい、そのあとの本選挙でも勝たせなければならないと必死です。だから派手なイラン攻撃をしてみせたとも言えます」
トランプ氏の行動の原点に選挙があるのは確かだろう。












