カテゴリー:北朝鮮・韓国

「 金正日の経済失策、脱北詩人の眼 」

『週刊新潮』 2010年1月28日号
日本ルネッサンス 第396回



「北韓(北朝鮮)では、民心はドルの価値と正比例します。ドルの支配力が日増しに金正日総書記の神格化を圧し潰すはずです」

こう語るのは脱北詩人の張真晟(チャンジンソン)氏だ。氏は、かつて当欄で紹介した詩集『わたしの娘を一〇〇ウォンで売ります』(晩聲社)の著者である。

氏は長く金正日総書記に仕え、その人物像や業績を讃える幾多の詩を書いた。1997年に脱北して金正日に大打撃を与えた黄長燁(ファンジャンヨプ)氏さえ、総書記の三男、正雲氏について知らなかったほど秘密の多い人物が金正日である。だが張氏は金正日の側近くで年月を過ごした。それだけに、氏の語る北朝鮮情報は、黄長燁氏のもたらす情報に較べてさえも、驚嘆と傾聴に値する。

09年11月末に明らかになった北朝鮮のデノミネーション(通貨改革)について張氏が分析した。

「デノミと一緒に断行されたもうひとつの措置に注目すべきです。平壌の国家保衛部が全国の闇ドル両替屋に一斉検挙の網をかけた。これは全土にまたがる闇取引市場を潰す市場クーデターでした」

北朝鮮における公の外貨取引は89年に始まったという。88年のソウル五輪に対抗して、翌年平壌で「世界青年学生祝典」が開催された。訪れる外国人が北朝鮮で外貨を使用出来るように、金正日は特別のウォン「外貨交換札」(以下交換札)を作った。ドルとの交換レートは1対2だった。

交換札は、印刷から預金及び貸し出しまでの全てを、金正日の実妹の金敬姫(キムキョンヒ)が運営する統一発展銀行が管理した。こうして平壌で外貨商店が急増し、同行は外国銀行との信用取引を認められた北朝鮮初で、唯一の国際銀行となった。同行と日本の関わりについて、張氏が述べた。

「統一発展銀行を支えたのが朝銀信用組合の日本からの送金でした。最初の6億円が初期の投資資金となりました。後に朝銀が破綻したのは、金総書記が自分の王朝の神格化のために交換札をまるで空から降ってくる無料の外貨のように、束でバラ撒いたからです。朝銀の破綻で朝鮮総連は麻痺し、金正日は自分で自分の首を絞める結果となりました」


偽ドル・ロンダリング


世界青年学生祝典は北朝鮮に大きな赤字を残した。金正日の交換札の浪費も続いた。ドルと交換札のレートが1対2から1対10に落ち込むのにさほど時間はかからなかった。

統一発展銀行から引き出される交換札には北朝鮮政府の信用の裏打ちがあるはずだが、北朝鮮政府の信用そのものが空疎なため、為替レートは坂を転げ落ちる雪だるまのように膨れ上がり、97年には遂に1対7,000になった。

「つまり紙屑になって消えたのです。そのときから、今度はドルと北韓ウォンの直接交換が始まりました」と張氏。

その前年から金正日は北朝鮮国民に「苦難の行軍」を強いていたが、その中で300万人が餓死した。配給がとまった代わりに市場の設置が許され、市場は急拡大した。そこで通用するのは価値の裏打ちを欠くウォンではあり得ない。ドルである。

「北韓政府はまず、ドルとウォンの為替レートを1対150に設定しました。ところがレートはまたもや急落、09年の年初には1対4,000になりました。平均的労働者の月給が2,000ウォンにすぎないのに、です。北韓政府にとって米国は理念の敵、同時に資本の敵でもあります」

金正日は遂に市場の力に押しまくられた揚げ句のインフレを認め、00年7月1日、市場価格を反映した賃金政策を断行、賃金は大幅に増額された。これは金正日がまたもや判断を誤った瞬間だと、張氏は言う。

「賃金に市場価格を反映させ、同時に市場そのものを押さえればウォンの価値を守ることが出来ると、彼は考えたのです。しかし、市場は増刷されたウォン紙幣によって活性化し、商品価格は天井知らずとなりました。生産のない市場における輸入対消費という不均衡な経済構造が価格高騰をもたらすのは当然です」

ウォンの実勢価格が再び続落し、外貨の闇取引も急増した。01年、金正日は全ての市場に公式の外貨両替所を設置させたが、効果はなかった。そこで彼は偽造ドル紙幣を北朝鮮の貿易会社に割り当て始めた。

「米国政府がスーパーKをはじめ、北韓によるドル偽造に厳しい監視体制を敷いたこともあり、北韓には大量の偽ドルが蓄積されたのです。金総書記の秘密資金を管理する39号室傘下の金融機関、大成銀行は北韓の全貿易会社に偽造ドルを割り当て、2対1で本物にして返還せよと命じました」

偽造ドル10万ドルを受け取り、本物5万ドルを上納せよということだ。北朝鮮の全機関、全貿易会社が死に物狂いでマネーロンダリングに走ったのだ。米国の摘発でさらに追い詰められると、偽造ドルは国内市場で取引きされるようになり、ただでさえ脆弱な北朝鮮の金融流通システムはさらに危機的状況に陥った。




崩れ落ちようとする巨大ダム

米国は05年9月、偽ドル、麻薬取引き、テロ支援などの理由を掲げて北朝鮮に対する金融制裁に踏み切った。北朝鮮と取引きをする金融機関に、米国の金融機関との一切の取引きを禁止するというもので、それはその金融機関の市場からの撤退、つまり閉鎖を意味していた。対象となったのがマカオの銀行、バンコ・デルタ・アジアだった。

金正日は米国の金融制裁を非常に恐れ、制裁解除に向けて必死の交渉を行った。その理由は、金正日が世界の銀行に保有している50億ドル(約4,500億円)を超える資金を引き出せなくなり、軍や組織を支配出来なくなるからだと考えられた。ところが、もっと別の理由があったと張氏は語るのだ。

「米国の制裁で北韓内でドルがさらに暴騰し、市場不安も高まり、政権の命が脅かされます。為替レートの防御能力が皆無の北韓ほど『外貨による侵略』に脆弱な国はありません。ドルの支配力こそが政権を潰しかねないのです」

だからこそ、金正日は次なる抵抗に進んだ、それが去年暮れの通貨改革だというのだ。ウォンを政府のコントロールの下に引き戻し、貨幣価値を自力で調整しようとしたわけだ。外貨闇取引所への一斉検挙も平仄が合う。だが、と張氏は反問する。

「北韓は崩れ始めた巨大ダムのようなものです。砂袋を積んで持ちこたえられるものでしょうか」

政治空白で漂流する鳩山政権は、近い将来予見されるこの朝鮮半島情勢の流動化と有事に対処出来るのか。崩れ落ちようとする巨大ダムを、それでも支え続けて、北朝鮮への影響力確保を至上命題とする中国に、対処出来るか。そのような危機に備えての米韓両国との戦略を構築出来るのか。展望は果てしなく暗い。

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「 拉致の実態を前にして政府の脆弱性を痛感する 」

『週刊ダイヤモンド』   2009年12月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 818



12月6日、東京都港区の「ゆうらいふセンター」で行われた、「いかに救い いかに守るか」と題された拉致と国防に関するシンポジウムに参加した。実際の議論に先立って、全員で約20分間のビデオを見た。主催者である予備役ブルーリボンの会が作ったものだ。

同会は、自衛官OB、即応予備自衛官、予備自衛官、予備自衛官補によって構成され、北朝鮮人権法の趣旨を踏まえて拉致問題に関する啓発活動を行ない、拉致被害者救出の具体的可能性を探ろうとする純粋な民間団体である。

同会の代表、荒木和博氏は北朝鮮に拉致された可能性が否定できない、いわゆる特定失踪者の調査に関しても地道な努力を続けてきた。荒木氏らは曽我ひとみさんら拉致被害者の証言を基に、実際に工作員らはどのようにして拉致を実行するのか、シミュレーションを行なってみた。拉致する役もされる役も、屈強な予備自衛官が務めた。

曽我さんはお母さんのミヨシさんと一緒に歩いていたところを、背後から来た数人の男たちにあっという間に縛り上げられ、さるぐつわをはめられ、クルマに押し込まれた。シミュレーションでは、縛り上げてクルマに乗せるまでわずか一九秒だった。曽我さん役を演じたのは屈強な男性であるが、それでも複数の男に背後から襲われれば、簡単に引き倒され、足を縛られ、後ろ手に縛り上げられてしまう。

もう一つのシミュレーションは、蓮池薫さんらが体験した事例だった。海岸で襲われ、袋詰めにされるケースだ。これもいとも簡単に実行された。

荒木氏が語った。

「拉致は、向こうがその気になれば、日本の長い海岸線の至るところで可能だということです。海岸線を守る体制がまったくなく、守ろうという気も政府にはないように思えます」

氏は、政府に欠けているのはもう一つ、いかに、拉致されている人たちを救い出すかだと強調する。いま、とりわけ救出作戦を考えなければならないのは、北朝鮮情勢が流動化の度合いを増しているからだ。

たとえば北朝鮮は突然、デノミを行なった。統制経済よりも、闇経済が力を持ち、人びとは手にした現金を貯め込んできた。デノミはそうしたおカネを吐き出させて市場に回し、再び経済を活性化させようという狙いだ。

しかし、新紙幣と交換できる額に10万ウオンの上限を設けたために、多くの庶民の虎の子の貯金が失われることになる。経済の恨みは、金正日政権の崩壊を早める結果につながっていく。

そうしたときに、拉致被害者をどのように救い出すのか、シンポジウムではさまざまな具体論が語られた。荒木氏らが北朝鮮向けに実施してきた短波放送番組「しおかぜ」で、北朝鮮情勢が混乱に陥ったとき、東海岸の特定地点目がけて集結するように呼びかけるというのもその一つだった。海上に船を待機させ、日本人を救出する計画だ。

混乱のなかで、どのようにして拉致被害者らが海岸線まで逃れてくるのか、具体的にどの地点に集合するのか、日本から派遣する船は海上保安庁なのか海上自衛隊なのか、そうした日本の動きは、朝鮮半島、特に韓国の目にどう映るのか、多くの疑問が生じてくる。

本来、こうした事柄は、日韓政府間で詰めるべきことだ。当然そこには米国も入っていなければならない。また作戦を成功させるには情報を収集していなければならない。そしていま、その気になれば情報は取れるのである。多くの脱北者から事情を聞くこと、彼らに、有力な情報にはそれなりの対価を支払うという日本政府の意思を明確にするだけで、それは口コミ社会の北朝鮮に広がり、情報が集まってくる。

民間人が一堂に集い、こんな作戦を議論しながら、国民を守るという国家の基本的役割を忘れ去ったかのような政府の脆弱さを痛感した。

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「 米海軍・コリアン漁師拉致事件 」

『週刊新潮』 2009年12月10日号
日本ルネッサンス 第390回



もうすぐ12月8日が巡って来る。68年前のその日の日本軍による真珠湾攻撃は、すでに険しくなっていた米国白人社会の日系人に対する視線を一層険悪なものにした。やがて日系人は敵国日本と通ずる危険性があると見做され、カリフォルニアやハワイで強制的に収容された。収容所には日系人に加えてドイツ軍やイタリア軍の捕虜、それに多くの朝鮮半島出身者が収容されていたという。

朝鮮人捕虜の実態はこれまで殆ど知られていなかった。それを明らかにしたのは、ハワイ州立大学コリア研究センターの崔永浩(チェ・ヨンホ)教授である。

今年4月21日に発表した「ハワイにおける第二次世界大戦時朝鮮人捕虜」と題した崔教授の論文によると、2,700名もが捕虜となっており、43年末から44年初め頃に収容され始めたことがわかる。彼らはいずれも非戦闘員で、彼らを収容するために日系人とは別棟の建物を造ったと、ホノウリウリ収容所の資料に書かれているという。

朝鮮人捕虜の中には、日本軍から脱走して苦難の旅を経て捕虜となり、OSS(戦略事務局・CIAの前身)で働き、日本関係の情報分析に当たった3人の学生もまじっていた。やがて彼らはホノウリウリの捕虜問題を暴く働きもすることになった。彼らが暴いた捕虜問題の中に、気の毒な運命を辿った3人の漁民の事例が登場する。

3人の漁民は日本軍が力を失いつつあった1945年に、米海軍に拉致されたというのだ。3人は如何にして拉致されたか。崔教授は以下のように描写している。

45年4月6日、米海軍潜水艦「ティランテ」号は、慶尚道の港・三千浦(サムチョンポ)近くの静かな海に浮上した。多くの漁船が忙しそうに引網漁に専念している中、突然、ティランテ号が数ある漁船の中の比較的大型の漁船を目がけて攻撃を始めた。彼らの目的は日本軍が投錨・使用している可能性のある港湾関係の情報を得るために漁民を捕え、米国に連行し、尋問することだった。


漁民をハワイに連行


崔教授は作戦がどのように遂行されたかを、ティランテ号の当日の航海日誌を引用して描写している。

[1918](午後7時18分、以下同)浮上。大き目の2本マストの帆船追跡。

[1930]横付け難行。標的船協力せず。40ミリ砲発射。帆、大破。30口径機関銃攻撃で帆の動索大破、標的船は帆を降ろす。

[1949]横付けす。わが船体巨大なり。E・ピーボディ大尉、H・W・スペンス水兵の2名、威嚇的、完全武装で標的船に乗り移る。大声で叫びつつ、機関銃を乱射。恐怖で完全に打ちのめされ、泣き続ける漁民3名を確保。

こうして彼らは米海軍の潜水艦に移され、ハワイに連行された。崔教授は書いている。

「米海軍による3人の漁民拉致は、それが戦争中であったという時代背景を考慮に入れても我々の常識とモラルの許す限界をはるかに超えた狂気に満ちた許し難い行為である」

崔教授は、これを北朝鮮による日本人拉致と比較して、米国政府も同様の許し難い蛮行を犯したと、論難する。そのうえで「時間はすぎたが、米国政府及び海軍は正式の謝罪をし、3人の漁民の家族への経済的補償を行うべきだ」と指摘している。

それにしても、崔教授の論文には、米潜水艦への日本帝国海軍の迎・攻撃は全くなかったと記されている。45年4月に、朝鮮半島の港近くまで、米国の潜水艦が、かなりの自由度を以て、横行していたということだ。日本軍が如何に劣勢の極みにあったかが窺えるくだりでもある。

崔教授が3人の漁民のその後について書いている。

「3名の年齢は42歳の崔、43歳と44歳の2人の金だった。3人の内、船長はたった一度釜山まで行ったことはあったが、2人の漁民は自分の生まれ故郷である三千浦の外に出たことはなかった。無学の彼らは尋問されても、米国が知りたがっていた軍事情報についてはなにも提供できなかった。ほぼ無知の彼らだったが、朝鮮半島周辺海域の様子については語ることが出来た。彼らの内、43歳と44歳の2人の金の名はホノウリウリ収容所の捕虜名簿に載っているが、42歳の崔は尋問後、消息不明となっている」

崔教授は憤りを込めて結論づける。

「2,700人のコリアンは、自分の意思に反して日本によって働かされていた非戦闘員の労働者にすぎない」

「3人の気の毒な漁師は米海軍の兵士に銃を突きつけられ、真珠湾に連行された。これらの捕虜はみな、戦争の悲劇的犠牲者で、描写できない苦痛を味わった」

「現在、収容所跡に日系人の犠牲をいたむ碑が建立されつつあるが、コリアンの碑も、ともに建立し、未来の人々の戒めとするべきだ」


不掲載となった論文


たしかに、米国政府は謝罪せよという教授の主張はもっともだ。教授は右の論文を、ハワイ州立大学コリア研究センターが出版する学会誌に提出した。現地の有力新聞「ホノルルアドバタイザー」にも投稿した。だが、いずれも不掲載となったという。

理由について、崔教授はなにも語らないが、これまで光を当てられてこなかったコリアンの不法、不適切な収容について、当時の資料を駆使して書かれた論文も記事も、掲載に値する十分な価値があると思える。だが、米国の学会誌とメディアの双方がこれを拒否した。なぜだろうか。幾つか理由は考えられる。

そのひとつは米国人の歴史への想いであろう。第二次世界大戦は、日本が仕掛けた卑怯な戦争だと彼らは考える。その中で、当時、日本国民だった朝鮮半島の人々を乱暴かつ違法に扱おうが、今更問題にはしないという意識だ。また有体に言えば、人種的な差別意識もあるだろう。

ここで想い出すのは1927年に大西洋横断の単独飛行をなし遂げた英雄の著した『リンドバーグ第二次大戦日記』である。その中で氏は戦時中の米兵の、日本兵に対する残虐ぶりを書いている。

「1944年7月13日。…わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない」

「8月30日…海兵隊は日本軍の投降をめったに受け付けなかった…捕虜を…一列に並べ…英語を話せる者は尋問を受けるために連行され、あとの連中は『一人も捕虜にされなかった』という」

つまり、その場で殺害されたのだ。

崔教授ならずとも、米国の非道に憤りを禁じ得ないゆえんだ。だが、米国では未だに第二次世界大戦についての米国自身への批判は封じられている。日本とは正反対の現実のなかで、崔教授の論文の存在を、日本人にこそ知ってほしいと思う。

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「 北朝鮮による中国人拉致事件が多発 放置する中国政府の実態を直視せよ 」

『週刊ダイヤモンド』   2009年11月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 815



11月17日、東京文京区民センターで横田早紀江さんのお話を、救う会全国協議会常任副会長の西岡力氏とともに、じっくり聞く機会を得た。めぐみさんが拉致されて11月15日で満32年。子どもを奪われた空白の32年は、どれほど長く、つらい日々だったことだろう。

畳をかきむしって泣き叫び、隣家のお婆さまが気づかって見舞ってくださった日々。めぐみさんの拉致が判明してからは、寒い日も暑い日も、救出を訴え続ける日々。こうしたことをあらためて2時間にわたってうかがった。

「涙が枯れるといいますが、本当に涙が出てこなくなりました」

早紀江さんはそう言いながら日程表を見せてくださった。心底、驚いた。かなり忙しいと自分では考えている私よりも、なお、早紀江さんのほうが忙しいように思えた。私の日程は、取材して書く人間としては当然の結果だが、彼女はもともと家庭の人である。しかも、お年も七十代の半ばである。

拉致被害者の母というだけで身を粉にして訴え続けてきた。民主党政権ができたときも、政府、各党を回り、解決を頼んだ。早紀江さんは語る。

「こうしたことは本来、政府の役割です。政府のほうから、こういう措置を取りますという報告や説明が、家族になされるのが通常の国家ではないでしょうか」

早紀江さんの言葉が示すように、拉致問題解決への政治の動きは、家族が引っ張ってきた面が否めない。疲れた体に鞭打ちながら全国を巡り、夜、休むとき、時々、こう思うという。

「この苦しみはいつまで続くのか。こんな苦しい日々が人生なら、もう二度と、生まれてきたくない。そしてハッと気づくのです。私よりも、もっと深い苦しみや絶望の中に、めぐみも他のお子さん方も、ずっと、いるのだと」

思い直して決意する。翌朝目覚めて支度をして出かける。その決意を早紀江さんはこう語る。

「いつどこで倒れて死んでも、悔いのないように、命ある限り、拉致の解決を訴え続けます」

金正日政権との交渉が、非常に困難なものであることは確かだ。国際的な包囲網なしには難しいことも明らかだ。その際忘れてならないのは、中国の果たしている役割である。

中国はずっと、北朝鮮を経済的、軍事的に支えてきた。金正日政権が今も存続しえているのは、一にも二にも、中国が水面下で支えてきたからだ。

だが、中国の仕業はそれだけではないことが、早紀江さんの会での話で判明した。中国は長年、北朝鮮の拉致の片棒を事実上担ってきたというのだ。これは西岡氏が脱北者の姜哲煥(カン・チョルファン)氏の記事を紹介するかたちで語った。姜氏は、生きて出る人は稀といわれる政治犯収容所の地獄から生還し、中朝国境の鴨緑江を渡り、中国経由で韓国に逃れ、今新聞記者として活躍する人物だ。

その姜氏が、脱北者を支援してきた中国の朝鮮族多数が、北朝鮮に拉致され続けていると、11月17日付の「朝鮮日報」で報じたのだ。中国公安当局は拉致被害者は200人に上ると考えているとも報じられている。

北朝鮮保衛部は、脱北者が急増した1990年代後半から、北朝鮮住民の脱北を支援する中国の朝鮮族に標的を定めて拉致を開始したという。北朝鮮は問題外だが、もっと深刻なのが、中国政府による拉致被害者の返還要求や抗議がほとんどないことだ。朝鮮族であっても、中国籍の中国国民であるにもかかわらず、中国政府はこの一連の拉致事件を事実上、放置し、北朝鮮の蛮行を見逃し、結果として拉致の片棒を担いでいるのである。

日本人の拉致解決を阻む大きな要因に、こうした中国政府の姿勢があることを認識しなければならない。拉致解決は、北朝鮮一国が相手ではない。真の相手は中国だということだ。

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「 切迫する朝鮮半島の有事 民主党政権は“備え”を急ぎ考えよ 」

『週刊ダイヤモンド』   2009年9月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 806


ソウル発時事電が、9月13日、平壌の一般家庭向け有線ラジオ放送で、金正日総書記の三男の正雲氏が実名報道され、氏の資質や能力が賞賛されていると伝えた。金総書記が後継者の国民への認知、徹底を急いでいるのであろう。

金総書記が死亡や、さらなる重病で執務不能となるとき、北朝鮮は大混乱に陥ると思われる。1994年には、金日成主席の死で正日氏への権力委譲がスムーズに行われた。当時と今、状況はまったく異なる。正日氏は74年2月、33歳で「主体事業の偉大な継承者」として推戴され、党政治局員に就任した。以来、父親の死まで20年間、自身の権力基盤を固めた。

対して、正雲氏は今26歳、父親が権力基盤を固めえたのと同じ時間的余裕はない。経験もない。北朝鮮の疲弊し切った現状を、正雲氏が改善し、統率できるとは思えない。


歴史的に国際政治の利害が激しくぶつかり合ってきた朝鮮半島には、どの国も、大きな関心を抱いている。日清、日露の両戦争は朝鮮半島問題そのものだった。だからこそ、情勢がきわめて流動的な今、日本は取るべき戦略を策定しておかなければならない。


しかし、民主党にも、自民党にも、その種の研究や戦略が存在するとは、寡聞にして知らない。事の核心は、朝鮮半島の真の問題は中国だという点だ。中国共産党は一党統治制度を維持するために、内外で自由や民主主義の拡大を阻止してきた。北朝鮮の自由化も民主化も全力で阻止するだろう。彼らの戦略目標は、朝鮮半島に影響力を及ぼす体制をつくること、特に北半分には中国に従う従中政権を立てることだ。


中国の意図をどの国も無視できない。だが、日米韓など、自由と民主主義を尊ぶ国としては、そのまま受け入れることも出来ない。米軍は2004年、08年8月、そして今年7月の3度、北朝鮮有事の対応について、中国に協議を申し入れた。中国は応じず、米国は韓国と作戦計画を策定した。いわゆる「5029」作戦である。


朝鮮半島問題の専門家、西岡力・「救う会」全国協議会常任副会長は、5029作戦は、(1)クーデター、住民暴動、金総書記死去などで内戦が発生、(2)反乱軍が核、化学兵器など大量破壊兵器を奪取、(3)住民の大量脱出、(4)韓国人人質事件の発生、(5)大規模自然災害の発生などによる混乱を想定し、米韓両軍の兵力、装備の配備・運用まで、具体的に定めたものだという。


右の作戦に対応するために韓国政府は行政計画、「忠武3300」や「忠武9000」も策定ずみだ。


西岡氏は、忠武3300は、北朝鮮にいる韓国人の救出と、韓国に流入する難民を20万人と想定し、体育館や学校に収容する具体策だと説明する。ちなみに同計画は金日成主席が死亡した九四年に策定された。


忠武9000の別名は「応戦自由化計画」である。有事から全面戦争に突入するとの想定で、韓国による北朝鮮統治を実施するために、統一部長官を本部長とする「自由化行政本部」を北朝鮮に設置する内容だとされる。


一方、複数の情報は中国政府が中国軍派遣計画を策定ずみであることを示しているが、中国政府の戦略は不明だ。


日本にとって肝要なのは朝鮮半島における中国の力の増大を防ぐことだ。そのために、韓国による朝鮮半島全体の自由統一推進を支えることだ。


李明博大統領とオバマ大統領は自由民主主義と市場経済にのっとった平和統一のための統一ビジョンを発表ずみだ。日本はこれを支持し、同時に、いかにして米韓両国との協力で拉致被害者を救出するのかを、詰めておかなければならない。民主党政権は朝鮮半島有事に備えて、韓国による自由統一への支援、自由と民主主義を共有する国同士として、日米韓友好の土台固めの戦略策定を急いでほしい。

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「 死後なお激しい金大中氏の毀誉褒貶 」

『週刊新潮』 2009年9月3日号
日本ルネッサンス 第376



8月18日、金大中韓国元大統領が死去、李明博大統領は金氏を国葬で送った。23日午後、ソウル市内の国会前広場で行われた告別式には、李大統領をはじめ各界及び市民代表ら2万人を超える人々が参列した。

その後、棺はソウル市内の自宅や想い出の場所を辿り、ソウル国立墓地に運ばれた。棺は国防部(省)儀仗隊によって、墓所に運ばれ、棺を覆う国旗、太極旗が外された。儀仗隊は太極旗を作法に従い、美しく整った三角形に畳み、金大中氏夫人の李姫鎬氏に手渡した。

午後6時、棺は墓所に掘られた穴に降ろされ、カーネーションなどが献花された後、金氏の古里の生家から運ばれた土がかぶせられ始めた。その時だ。李夫人が「これも遺品だから家に持っていくより故人が持っていくのがよいだろう」と述べて、太極旗を関係者に渡したのだ。太極旗は故人の棺の上に置かれ、棺とともに完全に土で覆われた。

一連の作業が終了したあと、ソウル国立墓地側から遺族に重大なことが告げられた。太極旗を埋葬したのは国旗法違反だというのだ。韓国の国旗法は、「国旗で霊柩を覆うときは、国旗が土につかないようにし、霊柩と一緒に埋葬してはならない」と定めている。

歴代大統領で国葬で見送られた人物は、朴正熙大統領につぎ金大中氏が二人目である。大きな名誉である国葬が、金大中氏の場合、国旗法違反の汚点で締め括られたわけだ。

午後8時すぎ、慌てた遺族側の意向を踏まえて墓が掘りかえされた。日は暮れ、暗闇のなかで、真新しい墓所から国旗が回収された。

「こんな不手際は前代未聞です。しかし、このことは、金大中氏の一生を象徴しています。最後まで、法を犯したということです」

韓国の若手記者が語る。同記者は、李明博大統領が金大中氏に国葬の礼の対処をとったこと自体、韓国の国柄に対する冒涜だと非難する。自由と民主主義が国是であるべきときに、事実上、そうした価値観を踏みにじり、韓国よりも北朝鮮を評価した金大中氏をあがめ奉ることは、韓国の土台を弱体化させる行為だと、手厳しい。


近くでよくよく見れば

金大中氏ほど毀誉褒貶の激しい人物も少ないだろう。評価における落差は、金大中氏の言葉を重視するか、行動を重視するかで生まれてくる。

金氏は、長く日米両国で事実上の亡命生活を送り、朴正熙政権を「言論の自由と民主主義を弾圧した」と非難し続けた。が、政権を取ったときに誰よりも言論の自由を弾圧したのは金大中氏だった。

かつて当欄でも紹介した韓国の言論人、李度珩(イ・ドヒョン)氏の闘いは、大統領権限を最大限に使って言論の自由を締め上げる権力者、金大中氏との闘いだった。

また、2000年6月の南北首脳会談を行ったことで、金大中氏はノーベル平和賞を受賞したが、金正日総書記との会談では北朝鮮に囚われている韓国の拉致被害者については、一言も言及しなかった。

日本人拉致の犯人だと判明していた、当時韓国で服役中の北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グアンス)らを、自由の身にして北朝鮮に送還した。

南北首脳会談実現のために、裏金5億ドル(1ドル100円で500億円)を金総書記に渡したことが、後に明らかになったが、同資金は金正日政権を支えはしたが、北朝鮮の国民を支えたわけではない。

金大中氏は南北朝鮮統一の形として連邦政府制度を唱えたが、これはまさに金日成の主張だった。

遠くから眺めれば、金大中氏は人権と民主主義の旗手に見えがちだ。しかし、近くでよくよく見れば、厳しい批判をせざるを得ない。

「韓国の左傾化を促し、北朝鮮の韓国併合に道を開く政策を取り続けた金大中氏を、李明博大統領は本来、取り調べの対象としなければならないのです。しかし、大統領にそのような問題意識はないのです」

こう述べるのは、早稲田大学客員研究員の洪熒(ホン・ヒョン)氏である。

「北朝鮮は金氏の死を間髪を容れず活用しました。弔問団を送る決定は韓国政府ではなく、金大中氏の関係者にだけ伝えられました。李大統領は無視され、軽く扱われているのです。大統領は恐らく弔問団に会いたくなかったと思いますが、弔問団が滞在を一日のばして、粘った。左翼陣営の批判を恐れる大統領は抗しきれずに会ってしまったのです」

李大統領と金己男(キム・ギナム)朝鮮労働党書記ら弔問団は約30分間、面談した。北朝鮮側は晴れやかな笑顔で「すべてうまくいった」とコメントした。

李大統領の北朝鮮政策は、核・ミサイルの開発中止なしには、いかなる経済援助もしないというものだが、今後、北朝鮮は李大統領の政策変更を迫ってくるだろう。そのとき、李大統領は内外の世論を自分の政策の下にまとめきれるか。


金大中外交の功罪

問題は米国のオバマ政権だと指摘するのは、梨花女子大学教授で未来研究院所長の李春根氏である。

「オバマ政権の北朝鮮外交の目的は、明らかに北朝鮮の核開発放棄ではなく、核技術の拡散防止にあると思われます。オバマ大統領は、『北朝鮮がこれ以上、核を開発して挑発を続けてはならない』と発言しました。開発済みの核は認めるという意味です。米国は韓国にも、この路線をのませようとするでしょう」

李春根氏は安全保障戦略論の大家である。氏は、米国がもう十数年も前から、北朝鮮が数十にのぼる核を作り、中東諸国などの国々に拡散していくことは問題だとしていたが、開発済みの核爆弾1~2個なら認めようとしていたと指摘する。

米国のその路線は今日まで基本的に変わらない。背景に、北朝鮮の実力に対する韓国政府の甘い見方があると、氏は警告する。

「8月9日のニューヨーク・タイムズ紙は北朝鮮は戦争を挑発する状態になく、長時間滞空できる程のジェット燃料も不足しているとして、北朝鮮の脆弱さを、韓国政府筋の情報として報じていました。この考え方は誤りです。戦略論の基本原則は楽観的な状況を仮定しないことです」

米国への脅威ではなくとも、北朝鮮の核は韓国や日本にとっては大いなる脅威だ。金正日政権の核開発能力を殺ぐべきとき、北朝鮮の攻めの外交の前に、李政権の無防備が目立つ。

北朝鮮に最大限の譲歩をしてきた金大中氏死去のいまこそ、李大統領は金大中外交の功罪を冷静に調査、分析させるべきなのだ。李政権は、それをせず、検証すべき政敵を国葬で賞賛した。金大中路線つまり、経済支援の先行と核開発阻止の失敗という10年来の敗北の構図に、韓国が三度落ち込むことを意味する。金大中氏の価値観に抗せずに、国旗を泥で汚すだけでなく、韓国の未来を危うくさせてはならないだろう。

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「 知って驚く自衛隊規制の異常 」

『週刊新潮』 2009年6月18日号
日本ルネッサンス 第366回


北朝鮮は相変わらず暴走中だ。4月5日の長距離弾道ミサイル発射、5月25日の核実験及び短距離ミサイル3発発射、26日の短距離ミサイル2発発射、29日にも短距離ミサイル1発を発射。そしていまは、朝鮮半島日本海側の南東部、江原道(カンウオンド)・旗対嶺(キテリヨン)で新たな発射準備ととれる動きが進んでいる。

言葉の攻撃も激烈だ。6月6日の「労働新聞」は、韓国の李明博政権が米国主導のPSI(大量破壊兵器拡散防止構想)への全面的参加を決めたことに対し、「売国行為」と非難し、「無分別な挑戦には強力な報復で立ち向かうのが、われわれの革命的気質」、「想像も出来ない報復攻撃で遺されるのは灰だけ」、「武力衝突と全面戦争は時間の問題だ」と、警告した。

ちなみに、PSIは03年5月、米国のブッシュ政権が提案した。北朝鮮船舶への貨物検査活動とも密接につながる、大量破壊兵器の拡散を止めるための国際社会の取り組みである。現在90を超える国々がPSIを支持し、参加、協力中である。

北朝鮮の国際社会への挑戦は、彼らの常套手段である人質作戦としても進行中だ。6月8日、北朝鮮中央裁判所(最高裁判所)が、拘束中の米国人女性記者2人に、12年の労働教化刑を言い渡した。2人には「朝鮮民族敵対罪」と「不法国境出入罪」が適用された。

オバマ米国大統領は6月6日、フランスのサルコジ大統領との会談後、北朝鮮の行動は「極めて挑発的」だとし、「北朝鮮が地域を不安定化させるなかで、われわれが同じ対応を取り続けると決めてかかるべきではない」と警告した。つまり、米国外交は「話し合い」や「外交的解決」だけではないと警告したのだ。

不条理な行動制約

大統領発言直後の7日朝、クリントン国務長官が、北朝鮮を再びテロ支援国家に指定することを検討すると語った。そのためには「国際的なテロ活動への支援の最近の証拠が必要」という前提条件つきではあるが、北朝鮮を動かすためには、力による外交も辞さないと言ったに等しい。

女性記者への労働教化刑12年について、同長官は「人道的見地から即時釈放」を求め、核、ミサイル問題などと連動させることを拒否した。だが、北朝鮮の狙いは、2人の身柄問題を他のすべての問題に連動させ、人質として利用し、対米関係で有利な状況を作り出すことにある。言葉による説得だけでは北朝鮮は動かないことを米国は否応なく知らされるだろう。その場合、残る有効手段は力の行使しかない。

そこで国連安全保障理事会における北朝鮮制裁決議が焦点のひとつとなる。安保理常任理事国に日韓を加えた7ヵ国は大使級会合で、全加盟国に北朝鮮関連の船の貨物検査を義務づけることで、基本的に合意した。公海上では、当該国、つまり北朝鮮の合意が必要という制約がついたために、実効性は疑問だが、「臨検義務づけ」の意味は大きい。北朝鮮に対して、国際社会は、北朝鮮の行為を許す気はないと宣言したに等しいからだ。

だが、この件も中国政府が決め手だ。9日現在、中国政府の明確な意思表示はなく、今回もまた、中国は北朝鮮擁護に終始するかもしれず、予断は許さない。

他方、日本政府は、対北朝鮮強硬策を主唱し、米国のテロ支援国家再指定の意向を歓迎する。問題は、国連が強硬な制裁決議を行えば行うほど、実は日本は窮地に立たされることだ。自衛隊のいかなる力の行使に関しても法的整備がまったく出来ておらず、自衛隊は、国際社会で、事実上、武力を使えないからだ。

自衛隊に関する法律がどれほど不条理にその行動を制約しているか、結果、国際社会に出たとき、自衛隊がどんな活動をしているか、先述のPSIを例に見てみる。

日本はPSI発足以来の参加国で、07年10月には、PSI海上阻止訓練「Pacific Shield 07」を主催した。日本主催の国際的合同訓練で、自衛隊が成し得たことは何だったか。平成20年度版の防衛白書にはこう書かれている。

「自衛隊は統合訓練として、洋上における海・空自による捜索・発見・追尾および海自による乗船、立入検査並びに陸自による港における容疑物質の除染などに関する展示訓練を行」った。

軍事評論家の潮匡人氏は元自衛官として、普通の民主主義国家の軍隊では考えられない類の活動の制約をかつて体験した。氏は、防衛白書の右の文章の、一般人にとっては一読するだけではわかりにくい意味を、さっと、次のように読みとった。

パネル展示が訓練

「『洋上における』という言葉から『容疑物質の除染などに関する』までをカギ括弧に入れて再読してください。つまり、自衛隊に許された参加は、一連の活動に関連するパネルを展示することだったという意味です。現行法ではそれしか出来ない、許されないということです」

日本政府は、PSIには「積極的に参加してきた」と苦しい主張を展開してきた。だが、日本が合同訓練を主催する場合でさえも、また「実動訓練に参加」と銘打っている場合でさえも、実際の活動は「実動」とは程遠いパネル展示などにとどまる。その他の国の主催する合同訓練では、日本はいずれもオブザーバー参加などとなっている。一人前の国家としての参加ではない、という意味だ。

有体に言って、私は非常に驚いた。過去6年間、日本はずっとPSIに参加して、日本なりに大量破壊兵器の拡散防止に協力してきたと思っていたからだ。しかし、日本の自衛隊の実績はこれほど貧困なのだ。

中国政府が北朝鮮への貨物検査に支持を表明して、それが国連の正式決議となったと仮定しよう。その場合も、PSI活動と同様、日本は間違いなく不名誉の極みに立たされる。現行法では、海上臨検で自衛隊に出来ることは、怪し気な船舶に船名や船籍、積み荷、目的地などを問い質す類のことだけで、強制的に停船させることも出来ず、船舶が逃げれば追尾しか許されていないからだ。

手も足も出してはならないとして自衛隊を縛る一連の異常な防衛関係法を正すことなく、北朝鮮関連の貨物検査など、本来、主張すること自体が恥ずかしい。言い出しっぺの日本が、いざというとき貨物検査には参加出来ないなどと、どんな顔で言えるのか。早急な法改正が必要だ。

自民党では性急な北朝鮮外交に反対の立場の「北朝鮮外交を慎重に進める会」などが中心となって、この惨状を変えるべく、論議がなされてきた。北朝鮮の船や貨物などの臨検を可能にするには、現行法の手直し程度では不可能として、新法を目指している。こうした立法作業を私は大歓迎する。だが、事は急を要する。急いでほしい。

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「 自衛隊には実質的に“出来ない” 北朝鮮に向かう船への臨検 」

『週刊ダイヤモンド』   2009年6月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 792



4月5日、北朝鮮は人工衛星と称して長距離弾道ミサイルを発射し、5月25日には2度目の核実験を断行した。

2006年の前回の核実験を機に、国連は北朝鮮制裁決議1718号を採択した。だが、北朝鮮はこの国連決議に違反し、強行策に突き進んでいる。

国連安全保障理事会は北朝鮮制裁向けの新たな決議づくりに取りかかっているが、北朝鮮の核、ミサイル開発を阻止するには、開発に必要な技術、機械、素材、部品、エネルギー、外資など、つまり北朝鮮へのヒト・モノ・カネの流れの完全な遮断が最も効果的だ。

北朝鮮のミサイルと核は日本にとって最も切迫した脅威だ。多数の日本人も拉致されたままだ。日本は米中をはじめどの国よりも現実の脅威に晒されている。その意味で、日本のヒト・モノ・カネの遮断の要求には正当、かつ合理的な根拠がある。

国連安保理では中国が北朝鮮への厳しい制裁に留保の姿勢を見せており、予断を許さない。仮に、日本の主張が通って全面禁輸措置を取る場合、日本にとって新たな問題が浮上する。

全面封鎖には陸海双方の輸送手段への検査が必要で、特に、北朝鮮の港に向かう船の臨検は欠かせない。そうしたとき、海上自衛隊にはきわめて多くの“出来ないこと”がある。元自衛官で軍事、戦略問題の専門家、潮匡人氏が語る。

「国際社会が一致して北朝鮮を取り締まる場合、どこまで効果的に船舶検査を行なえるかが鍵となります。わが国は『周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律』で、『実施の態様』を規定していますが、その内容は噴飯ものです」

船舶検査として出来ることは以下のように七段階に分類されている。潮氏が説明した。

「一は、船舶の航行を監視すること。二は、信号弾などの実弾の使用を除く手段で自己の存在を示すこと、です。

通常各国の信号弾は10発中1~2発が信号弾で残りは実弾です。日本の場合は、まず、第一歩で単なる信号弾や照明弾に限定しています」

工作船や海賊船らしき船に、臨検を前提に接近するときは、いつでも武力を行使できる構えで行くのが普通の国のやり方だ。日本は基本的姿勢から異なるわけだ。潮氏が続けた。
「三は、船舶の名称、船籍、出発地、目的地、積み荷など必要事項の照会。四は、船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て、停止した船舶に乗船して検査、確認するというものです。

船が停止せず船長が同意しない場合、向こうの船に乗り移っての臨検は出来ないのがわかります。核やミサイル物資を積んでいるかもしれない船が、簡単に停船することは考えられないわけですから、わが国の現行法では、臨検は出来ないのです」

そこで船舶検査法は、五として次のように定めている。再び潮氏が語る。

「五、当該船舶の船長に対し、目的地の変更を要請する。六、目的地変更に応じない船舶の船長に対して、説得を行う、となっていて、まったく強制力がないのです。そして、以上のすべてが機能しないとき、七として、海自に許されているのは、『必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走および進路前方における待機を行うこと』です。自衛隊は武力行使なしに、怪しい船にまとわりつくことしか出来ないのです。

武力行使を仕掛けられれば、自衛隊も武器を使用出来ます。ただし、その場合も『人に危害を加えてはならない』とされており、相手が工作員でも海賊でも、死傷させてはならないのです。これでは、他国の軍艦と一緒に北朝鮮関連の船の臨検など出来ません。国際社会から日本は口先だけの国かと言われるのは見えています」

国民も国土も守れない現行法の一日も早い改正が必要だ。

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「 『盧武鉉・韓国前大統領』転落死が映し出す異常な『韓国情勢』 」


『週刊新潮』 2009年6月4日号
日本ルネッサンス拡大版 第364回




2002年4月、韓国で『妻よ、少し助けてくれないか』という著書が再出版された。このくだけた題名の書の著者は、5月23日に「自殺」した盧武鉉前大統領である。同書には次のようなことが書かれている。


「子どもの頃、ひどい劣等感をもっていた。心の奥底に他人への恨みや敵対心を抱いていた」「これは、常に不遇を嘆いていた母の影響が大きい」「ある日学校で、金持ちの子の鞄をカミソリで切り裂いた」「結婚生活では女房をいつも殴ってでも、言うことをきかせることが大事だ。これは(私の場合)言葉だけのことではなかったこともある」「男なら、少なくとも女3人くらいは常に周りにはべらせておかなければならないと考えたこともある」

これらが「当たり前だと思っていた」盧武鉉氏は「左翼運動圏」、つまり左翼勢力と出会って転機を迎えたそうだ。たしかに、弁護士時代、氏は、左翼運動家の弁護人を務めた。氏はさらに書いている。

「自分は左翼思想を通じて目覚めた」「以前の自分の悪い面は、資本主義の悪弊だった」

研究対象にしたいほど奇妙な考え方だ。事実、盧武鉉大統領が誕生して1年目の2003年、韓国政治学会で「盧大統領の性格類型とリーダーシップ類型についての研究」という論文が発表された。全体として氏の性格に疑問をつきつけた論文だったが、著書が示す盧武鉉氏は、まず、論理的に支離滅裂だ。「女房を殴った」り、「女3人をはべらせる」願望と資本主義と、どんな関係があるのか。すべて氏自身の問題にすぎない。

自分の欠点を資本主義の所為だと考える人物が大統領となり、最高権力者として、種々の新法を施行した。もはや、資本主義の“悪弊に汚染”されるのではなく、反対に、自分の考えで韓国を導く強い立場に立ったとき、氏は何をしたのか。

後述するように、氏は大統領任期切れを前に膨大な量の国家機密を盗みとった。また、氏の、夫人や子どもらは、巨額の収賄事件を起こした。氏自身も4月30日、大検察庁中央捜査部によって、「特定犯罪加重処罰法上の賄賂収受嫌疑」の被疑者として、10時間に及ぶ事情聴取を受けた。

疑惑の真っ只中で氏の突然の死が発生した。そのことに対する韓国社会の反応はこれまた極めて奇妙だ。前大統領の死を悼むあまり、検察官らを“人殺し”とののしり、李明博政権を“虐殺政権”と呼んで退陣を求める極論もある。

ソウルでは、ちょうど昨年の今頃、BSEと米国産牛肉の輸入をめぐる非科学的な捏造報道で政権打倒を叫ぶ大々的な違法デモが展開された。李大統領はその悪夢の再来を恐れるかのように、今回も、ひたすら低姿勢を保った。盧武鉉氏の葬儀を国民葬とすると即決し、法務部(省)長官(大臣)は早くも盧武鉉氏自殺の当日、「盧武鉉前大統領関連の捜査打ち切り」を公式に発表した。

国家反逆に値する罪

これらは果たして適切な判断なのか。盧武鉉氏の行状で見逃せないのは退任1年前から周到に準備されていた国家機密情報持ち去り事件だ。07年4月、盧氏は大統領記録物管理法を制定し、現政権が大統領府記録館に引き渡す情報のうち非公開と指定した件については、国会在籍者の3分の2の同意なしには、15~30年間、閲覧禁止とした。

そのうえで氏は、青瓦台のイントラネットシステム(e―知園)とまったく同一のもう一つのe―知園を、ペーパーカンパニーを通して外注し、離任直前、5日間かけてほぼすべての情報を持ち去ったのだ。

新たにつくったe―知園は慶尚南道金海市烽下の盧武鉉氏の私邸に設置された。
持ち去られた240万件の情報はすべてオリジナルの情報で、人事、北朝鮮、警察、国防機密、外交機密など、全重要情報が含まれていた。大統領府記録館に移された情報のうち、40万件は前述の大統領記録物管理法第17条によって現政権の閲覧は出来なくなっている。

韓国には国家反逆罪があるが、盧武鉉氏が犯した前代未聞の国家機密丸々持ち去り事件は、そのような罪に値するものではないのだろうか。しかし韓国では、この事件よりも収賄事件が注目を浴びているのだ。

清廉だったはずの“愛するノムヒョン”までもが汚職にまみれていたことへの、庶民の支持者の失望は深い。

検察側が突きつけた収賄容疑から主な項目を拾ってみる。①07年6月29日、青瓦台で権良淑(クオンヤンスク)夫人が朴淵次(パクヨンチヤ)氏から100万ドルを受けとった、②盧夫妻の長男らがタックスヘイブンのバージン・アイランドに設立した会社に08年2月、500万ドルが、朴淵次氏から振り込まれた、③盧夫妻の還暦祝いとして、夫妻は朴氏から時価1億ウォン(約725万円)のピアジェの時計、計2個を受けとった。


①について良淑夫人は100万ドルの受け取りを認め、「借金返済に使った」と述べた。だが、なぜ、ドルなのか。早稲田大学客員研究員の洪辭秩iホンヒョン)氏が語る。

「夫妻には娘と息子がいます。夫人は、子どもたちが米国滞在中の07年5月に、20万ドル、9月に40万ドルを送金しています。長女はニューヨークで160万ドルの高級マンションを契約していました。夫人が朴氏から受け取った100万ドルと送金したカネは同一なのか。検察官が盧武鉉氏に尋ねたところ、妻から説明は聞いたが、内容は公開出来ないと回答しています」

②の500万ドルは退任後の事業資金とみられるが、捜査打ち切りで真相は不明だ。米国への送金について、良淑夫人はざっと次のように語ったと洪氏。

「良淑夫人は、息子も娘も、大統領の子息として、韓国で多くの人の目に晒されて不自由に暮らすよりは、アメリカで自由に暮らさせてやりたかった、そのために、家がほしかったと語ったそうです。盧武鉉氏は大統領になる前からも、反米でした。結果、韓国の若者たちの間で、米国と北朝鮮が戦えば、北朝鮮と共に米国と戦うという声が大きくなったほどです。その反米を煽った人物と夫人が、子どもは米国で自由に暮らさせてやりたいと言うのです」

第3の疑惑について、盧武鉉氏は、当初、知らなかったと述べ、次に、妻に問い質して知ったが、妻は高価な時計の受け取りは問題だと悟り、時計を田んぼに捨てたので、もはや手元にないと語った。

「結果、韓国では田んぼに2億ウォンの宝物を探しに行こうというジョークが広まった。バカバカしい言い訳です」と洪氏は憤る。

ちなみに、夫妻をカネと宝石でもてなした朴淵次氏は盧武鉉氏の最有力後援者である。彼は盧武鉉政権と結びついて、本来の運動靴製造の他に不動産取引などで巨額の富を得た。また彼は千信一氏という人物と非常に親しく、千氏は李大統領と高麗大学の同期、大統領の親友である。

左傾化する韓国社会

洪氏の怒りとは反対に、韓国世論には奇妙な盧武鉉夫妻擁護の声が目立つ。たとえば「生計型犯罪」という主張だ。

盧武鉉大統領の首席広報官だった趙己淑梨花女子大学教授は、600万ドル受け取りは、「生計型犯罪」で、全斗煥、盧泰愚大統領らの「組織型犯罪」と区別し、特段咎め立てするべきではないと主張する。

「つまり、盧夫妻は貧しい家庭の出身だからこそ、おカネを必要とし、受け取ったのであり、元々富める権力者階層出身の全斗煥元大統領らの犯罪とは異なる、だから、罪に問うのは酷だと言っているのです。韓国世論がこの種の暴論に同調しているとは思いませんが、盧武鉉氏支持の左翼活動家らは、このような考えを発信し、韓国を再び、盧武鉉時代の左傾社会に引き戻そうと画策しているのです」

ここで、2006年11月に起きた衝撃的な事件を振りかえってみる。11月1日、国家情報院長の人事が、盧武鉉大統領によって一新された。国家情報院は韓国の諜報情報をはじめ、内外の機密情報を一手に握る機関だ。旧院長の下で、韓国唯一の社会主義政党、民主労働党の李政螢氏iイジヨンフン)前中央委員と崔基永(チエキヨン)事務副総長らが逮捕された。両人と北朝鮮の密接な関係を示す大量の指令文や通信文も押収された。06年10月26日のことだ。ところが11月1日、突如、旧院長は“辞任”し、新院長に盧武鉉氏が全幅の信頼を置く金萬福氏が就任した。結果、韓国を揺るがしたスパイ事件の摘発は、あっという間に終息したのである。

洪氏が語る。

「盧氏の周りにはこんな疑惑が一杯です。北朝鮮と一体化した左翼勢力にとっては盧武鉉氏こそ、彼らの砦だったのです。その盧氏が、収賄で泥にまみれて死亡したということには、左翼は絶対にしたくない。だからこそ、生計型犯罪などという滑稽な理屈をもち出して、盧武鉉擁護の世論づくりに必死なのです」

李明博大統領はしかし、先述のように、盧武鉉氏の汚職事件にも、機密情報事件にも終止符を打った。なぜか。洪氏は言う。

「反逆とか不法に対する怒りがないのです。商売人にすぎないのです。加えて盧武鉉夫妻に巨額のカネを渡した朴氏のバラ撒き先には、複数のハンナラ党議員も入っていると見られています。李大統領の足下も、確かなわけではないのです。皆、さまざまな意味で、盧武鉉氏の死に、ほっとしている可能性があります」

大統領の国家機密持ち去り事件も、スパイ摘発の中止事件も、収賄という卑小な事件とともに、闇の中に塗り込められようとしている。国家の危機に目をつぶる韓国の異常が見えてくる。

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「 拉致被害者、横田めぐみさんをなぜ北朝鮮は必死に隠すのか 」

『週刊ダイヤモンド』   2009年5月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 788


4月25日のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」で「横田めぐみさんも有本恵子さんもすでに死亡している」と、総合司会の田原総一朗氏が、“外務省二番目か三番目”の高位の人物の情報として、語ったそうだ。恵子さんのお父様の有本明弘さんが怒っていた。めぐみさんのご家族も、その他の拉致被害者のご家族も、同じ思いだった。

明弘さんの怒りが爆発したのは、5月6日、日比谷公会堂で開かれた「拉致被害者の早期救出を求める国民大集会」でだった。家族の皆さんは問うているのだ。なぜ、北朝鮮の言い分を、確証もないのに確定事実であるかのように主張するのか、と。

折しも、国民大集会では、約10年ぶりに語り始めた金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏の、めぐみさんについての新証言が報告された。大韓航空機爆破(KAL機事件)犯の彼女に対して、韓国の人びとの視線は厳しい。しかし、彼女は、金正日自筆のKAL機爆破指令書を受け取って、犯行に及んだ人物だ。そこに至るまでの過程で、拉致被害者の田口八重子さんに日本語を学んだのは周知であり、他の拉致被害者についてもよく知りうる立場にいた彼女の証言の価値は高い。

金賢姫氏の新証言は、韓国で最も信頼されている言論人、趙甲済(チョウ・カプチェ)氏によって報告された。氏は語る。

「金賢姫氏は三つの重要証言をしました。一、自分の同僚工作員の金淑姫(キム・スクヒ)がめぐみさんから日本語を習ったこと。二、死亡と発表された田口八重子さんは生きていると確信すること。三、自分に中国語を教えたのは、マカオから拉致されたミス孔(ゴーン)であり、彼女は、日本の『救う会』が3年前に探し当てた人物だったことです」

中国政府は拉致問題には冷淡だが、中国も拉致被害国なのだ。

趙氏の伝える金賢姫証言と、日本外務省高官の伝える情報は一見、逆の内容だ。しかし、両者を合わせ鏡のようにすれば、金正日が懸命に、KAL機事件を隠蔽しようとしていることが見えてくる。

金賢姫氏が逮捕され、初めての記者会見で実名、生い立ちなどについて詳しく語ったとき、北朝鮮は北朝鮮における金賢姫氏の存在そのものを否定した。その後、金大中、盧武鉉両政権は北朝鮮に迎合し、KAL機事件は韓国政府の自作自演だったという報道を奨励した。韓国でいまだに自作自演説を信じる人が少なからず存在するのは、それが理由だ。

北朝鮮がめぐみさんを決して出してこないのは、めぐみさんがなんらかのかたちで金正日王朝の内部を比較的知り得る立場にいたのが要因ではないかと、拉致問題に詳しい、救う会事務局長の西岡力氏らは推測する。

金賢姫氏は、彼女の同僚工作員の日本語教師がめぐみさんだったと新事実を語った。めぐみさんを日本に戻したりすれば、KAL機事件をはじめ、種々の国際犯罪が金正日の仕掛けであることが解明されてしまう。めぐみさんは、結果として、金正日の悪事に関する多くの事実を知ってしまったと思われる。だからこそ金正日は、めぐみさん死亡説を流して、その存在を隠そうとするのだ。であれば、私たちは、金正日の情報に騙されてはならない。かつて一度も、自らの言葉を忠実に守ったことのないのが金正日総書記である。そんな人物の意を体する情報に振り回され続けるのは愚かなことだ。

幸いにも、4月28日に、日本政府と韓国政府が金賢姫氏と一堂に会して彼女の話をじっくり聞いたという。李明博政権の誕生で、ようやく、事態が少しずつ変わり始めたのだ。これまで発言を封じられてきた金賢姫氏に発言の機会が与えられ、日韓両政府も耳を傾けることになった。麻生太郎首相も「全力で闘う」とのメッセージを国民大集会に送った。その言葉を信じて、金正日をさらに追い詰め、拉致された人々の救出につなげたい。

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プロフィール

櫻井よしこ Yoshiko Sakurai

職歴

1971~74
クリスチャンサイエンスモニター紙
東京支局勤務
1975~77
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  記者
1978~82
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  東京支局長
1980~96
TVニュースキャスター
1980~現在
ジャーナリスト

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