「 拉致問題を解決出来るのは日本だけ 」
『週刊新潮』 2014年3月13日号
日本ルネッサンス 第598回
3月3日午後、参議院議員会館の講堂で「北朝鮮は世界の拉致被害者をすぐに返せ!」と題した国際セミナーが、韓国やタイなどからの参加を得て開かれた。
横田めぐみさんのお母さんの早紀江さんも楚々とした佇まいで参加していたが、被害者の家族はどの国でも、皆、高齢化しつつある。
セミナー開催の目的は、2月17日にジュネーブの国連・北朝鮮人権調査委員会が発表した報告書を現実の国際政治に反映させることだ。400頁に迫る報告書は、驚くほど踏み込んだ内容だった。240人以上の脱北者らに聞き取り調査を行い、政治犯収容所での拷問、処刑、強制労働などに加えて、計画的な餓死で被収容者の数が減らされていることも詳述された。こうした人権侵害は「人道に対する罪」であり、北朝鮮指導部、最高指導者、国家安全保衛部などの責任追及を、国連安全保障理事会は国際刑事裁判所(ICC)に付託すべきだとの結論が盛り込まれている。報告書が安保理に受け容れられれば、歴代の最高指導者、金日成、正日そして正恩は、全員刑事責任を問われる。
国際社会の人権問題に取り組んでいる「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の日本代表、土井香苗氏はセミナーで、報告書を「百点満点」と讃えた。だが、報告書が国連で決議されて具体化するには大きな問題がある、即ち、「恥知らずな中国」の妨害だと、非難した。
右の人権調査委員会の報告書を受けた決議案は今月中に開かれる国連人権理事会に提出され、採択される。その場合、金日成らの刑事責任追及への第一歩となる。
問題は、個人の刑事責任はICCで追及されるが、北朝鮮がICCに加盟していないことだ。それゆえ、北朝鮮指導者の罪を問うためこの件をICCに付託するには安保理での決議が必要となる。
「けれど、中国は必ず反対するでしょう」と、土井氏は断言する。
気兼ねするアメリカ
中国は北朝鮮がどれ程の悪事を働いても、常に北朝鮮を擁護するのみならず、北朝鮮と一緒に自らの手も汚してきた。具体例が、脱北者を逮捕して北朝鮮に強制送還することだ。
これまでに中国が強制送還した脱北者の正確な数はわからない。「朝鮮日報」は、中朝両国が1960年代に脱北者引き渡しについて合意しており、当時から年間約5,000人を強制送還してきたと報じている。それを元に計算すれば、今日までの約50年間でなんと25万人に上る。それらの人々の多くが拷問され処刑されたと見てよいだろう。
報告書は中国の強制送還に関して、名指しで厳しく非難している。
中国側は早速反論した。中国共産党機関紙の人民日報傘下の環球時報が2月19日、報告書の「主要な情報源は脱北者だ。事実の誇張や歪曲も少なくない」「中国の社会主義制度を転覆させようとする陰謀の一環だ」などと書いた。
救う会会長の西岡力氏が強調した。
「2006年に北朝鮮がミサイル実験を強行した直後、国連安保理で北朝鮮への制裁決議が議論されました。第1次安倍政権下の日本は、『拉致問題をはじめとする人道上の懸念』という表現で制裁の文章を起草しました。ところが、中国が拉致の件を外したのです。日本が丁度議長ポストにあったので、議長声明でようやく『人道上の懸念』には拉致問題が含まれると明言して、入れたわけです」
国際社会のあらゆる局面で、中国は人権を否定し異端の価値観を広げる。中国の恥知らずな行動は、脱北者の強制送還に見られるように、実際、幾万人もの生命を奪ってきた。中国の所業はまさに悪魔というべきだ。
その中国が拒否権を持つ国連安保理で、北朝鮮指導部をICCに付託して、刑事罰を科すことなど、到底、出来そうにない。では、どうするか。土井氏が指摘する。
「報告書にも記されていますが、安保理で中国が拒否権を使えば、総会で決定する方法が残されています。クメール・ルージュを裁くカンボジアの特別法廷は、国連総会で決議して設置されました」
国際社会は人権侵害の国、中国が拒否権を用いて横暴を続けることを許さない仕組みを持っているということだ。
しかし、ここにもうひとつの問題がある。北朝鮮の背後にいる中国に、アメリカがはっきりと物を言おうとしないことである。北朝鮮問題は中国問題でもある。中国の支えがあって北朝鮮の体制がもっている。北朝鮮の人道に対する罪を止めさせるには、中国を止めるしかない。中国に物を言える国はアメリカしかないが、そのアメリカのオバマ政権が中国に気兼ねしているのだ。
人権にも拉致にもそっぽを向く中国と、中国に遠慮するアメリカの前で、今こそ頑張るべきは日本である。幸いにも、今月17日の国連人権理事会に提出する決議案の第1ドラフトを書くのは、日本の役割である。その第1案は、安保理に行動を促す最大限強力な内容でなければならない。
「腰砕け」の外務省
だが、土井氏は外務省作成の草案は、国連安保理に具体的行動を促す要請が入っていないこと、人道に対する罪及び北朝鮮指導層の責任についての言及が不十分ないし欠落していること、脱北者に一切の言及がないことなどから「腰砕けの文言」だと指摘する。
そうした中で、タイからセミナーに参加したバンジョン・パンジョイ氏が訴えた。氏は78年にマカオから拉致されたアノーチャーさんの甥である。
「私たちが頼れるのは日本と韓国だけです」
韓国から参加した金聖浩さんは、牧師だった父が50年、自宅から拉致された。「朝鮮戦争拉致被害者家族協議会」の名誉理事長の金さんは「韓国では政府も社会も無関心な中、安倍政権と日本の人々が韓国の拉致被害者についても心配して下さることに感動しています」。
朝鮮戦争後、漁師の父が拉致された安炳璿(アンビョンスン)氏も戦後の拉致被害者組織を代表して語った。
「韓国では私たち拉致被害者家族は、冷たい目で見られています。生活も苦しい。その中で、日本の官民一体となった拉致被害者救出・支援の動きが頼りです」
平たくいえば、拉致問題に前向きに努力を重ねているのは日本政府だけなのだ。そして、いまここに国連人権理事会が強力な助っ人として出現した。
この機会を、日本は活かすべきだ。国連人権理事会の場で、北朝鮮の非道とそれに加担する中国の「人道に対する罪」を明らかにすることだ。歴史物語を捏造し続ける中国や韓国と日本は違うことを、眼前で命を奪われる人々を救い、被害者全員を救い出すことで証明するのがよい。