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『週刊新潮』’08年10月30日号
日本ルネッサンス 第335回
10月19日夕方、中国の軍艦4隻が船団を組んで津軽海峡を横断、日本海側から太平洋側に抜けた。
『週刊ダイヤモンド』 2008年10月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 761
「アメリカの外交政策に、拉致問題が影響を及ぼすことなんてありっこない」「最初からわかり切ったこと」「それをあたかも希望があるように報じてきた」「日本人って、その辺はお人好しだよね。われわれにはありがたいけどね」――。
ここで「われわれ」の立場から日本を論じているのは、中国外務省の課長補佐である。彼の指摘のように、米国は10月10日に北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除した。中国人課長補佐は、今の日本の立場は一九七二年の米中国交正常化当時と「まったく同じ」とも語る。
彼は、米中接近の結果、日本は取り残され苦汁をなめさせられると言っているのだ。この種の見方は、日本でもつとに指摘されてきた。目新しくはないが、中国がこのように見ていることを確認する点において、興味深い。
彼の発言は今年6月の座談会でのものだ。中国事情に詳しいジャーナリストの富坂聰氏が、自身の人脈で集めた4人の中央官僚による座談会だ。ちなみにその場でほぼ“言いたい放題”で語っているのは外務省課長補佐のほかに、「泣く子も黙る武装警察部隊北京総隊の大佐、国際協力機関の職員、国家シンクタンク日本担当研究員」である。これらの発言は『中国官僚覆面座談会 お人好し日本人フォーエバー!』(小学館)にまとめられている。
同書には、驚くほど率直な中国人の考え方、感じ方が吐露されている。たとえば、北京五輪について、五輪開催が「こんなに大変なことだとは誰も思わなかった」と語る。異民族弾圧や環境問題で非難され、とにかく「無事に祭典を終えられれば、それで御の字」が現実だと告白する。開会式への入場切符は、政府が一万枚も手元に置いて、素性の確かな人間だけを入れたそうだ。国内での聖火リレーが当初予定規模の半分に縮小されたことで、中国のメンツは損なわれたが、それも、もういいという感じで語っている。
中国人がこんな弱気を吐いているのである。司会の富坂氏が、中国をステレオタイプの視点で見てはならないと繰り返し強調する意味がよくわかる。
彼らのひと言からさまざまな中国の実情が見えてくる。中国では共産党と人民解放軍のどちらが優位に立つかについて、軍は党の指導下にあるとする見方と、党が軍に遠慮する立場だとの見方に分かれる。
『覆面座談会』では、全員がおのおの次のように指摘する。「中国で盛んに議論され始めているのが軍の国家化」「軍は国軍でなく、今も党の軍隊」「四川大地震で一早く現地入りした温家宝首相には軍を統括する権限はなく、軍は動かなかった」「党序列三位で、対外的には胡錦濤主席に次いでナンバー2にも映る総理は、党中央軍事委員会のメンバーですらない」。
つまり、彼らは、党には軍を動かす力はないと言っているのだ。四川大地震で軍の救援活動が功を奏さなかったもう一つの理由は、同地域の核関連施設や軍事施設を落ち着かせ、そこで働く人びとの大量脱出を止めることが最優先されたからだ。同地域を走る1,600キロメートルの石油輸送管の安全保護も、人命救助に優先された。瓦礫の下の幾万の命は、放置するのだという。
彼らが語る中国社会の腐敗の実態は驚くしかない。倫理観などには目もくれない彼らは、それでも自信を持って言う。米中戦わば、中国は戦争を貫徹できるが米国にその力はない、つまり、勝利するのは中国だと。さらに言う。台湾と戦争になれば、中国株を買えと。戦争で中国経済がダメージを受けるなどとはまったく考えていないのだ。
そしてダメ押しをする。東シナ海の日中共同開発は「中国の大勝利」であり、米中接近、米朝接近のなかで、「日本は惨めなドタバタ外交」を展開する運命にあると。彼らの本音を知るために、一読をお勧めしたい書である。
『週刊新潮』’08年10月23日号
日本ルネッサンス 第334回
10月11日、ブッシュ政権が、北朝鮮をテロ支援国家のリストから外したことは、安全保障に関して、米国依存の日本に安保・外交体制の根本的かつ前向きの見直しを迫るものだ。
6ヵ国協議を舞台に、一層進む米中関係の緊密化の結果、日米関係はこれから本当に厳しくなるだろう。日本は自ずと厳しさを増す日米関係の齟齬と摩擦を賢く乗り越え、如何に日米関係を長期的に安定させていくかに努力を傾注する必要がある。
ブッシュ政権の北朝鮮の核・ミサイル開発に関する政策には、4本の柱があった。①保有核爆弾の数、②高濃縮ウラン開発の状況、③核拡散につながる国際的取引、④プルトニウム保有量--以上4点の実態を明らかにし、検証可能な方法で核を廃棄させることを目指していた。
米国は、テロ支援国家指定解除を今年8月11日に予定していたが、その段階ですでに、右の目的の①②③を不問に付し、大幅に譲歩した。
8月11日の指定解除が見送られた理由は、④に関する北朝鮮の情報開示が不十分で、何よりも、北朝鮮の核放棄が本物だと判断するのに必要な検証・査察の手続きについて合意が成立しなかったためだ。
北朝鮮の核の脅威に直面する国際社会にとって、厳格な検証と査察体制の確立は最重要課題だ。それを北朝鮮が拒むのは、核開発を諦めていないことを意味する。にも拘らず、妥協に傾くブッシュ政権に、議会から、特にブッシュ大統領の足下の共和党からも強い反対が巻き起こった。
8月の指定解除を諦めたブッシュ政権に対して、北朝鮮は14日には核施設無能力化の作業を中断した。26日には寧辺の核施設の現状復旧を検討すると発表した。9月3日には復旧準備作業を開始、22日にはIAEA(国際原子力機関)が行なった核施設の封印の撤去を開始し、24日までにIAEAの監視要員を追放した。
この間、9月9日の建国60周年記念式典に姿を見せなかったことから金正日総書記の重病説が報じられた。確度の高い情報として伝えられたところによると、金総書記が倒れたのは、米国の指定解除見送りにショックを受けた結果だという。
日本に向けられた北の核
テロ支援国家に指定され、金融制裁を受けてきたことが、どれほど、彼を追い詰めていたか、指定解除を、彼がどれだけ待ち望んでいたかが窺い知れる。米国の圧力外交が功を奏していたことも見えてくる。
もうひとつは中国から5人の医師団が招請されたという情報。従来、中国に強い警戒心を抱いてきた金総書記は、ヨーロッパの医師を頼ることはあっても、中国の医師には頼らなかった。それが今回、事実上生死を握ることになる医師団を中国から招いた。「救う会」常任副会長の西岡力氏は、そのこと自体、事態がいかに緊急であったかを示すと共に、今後、北朝鮮への中国の影響力増大が予測されると指摘する。
今回の米朝合意は、8月時点のそれと何も違わない。西岡氏は語る。
「今回の合意では、北朝鮮が申告書に含んでいない疑惑の施設を査察するには、米朝双方の合意が必要だとされています。隠しておきたいと考える施設の検証に、北朝鮮が同意することは、100%ありません。合意そのものが無意味です。米国が無原則な譲歩をしたのです」
抽出済みのプルトニウムの量を知るには、核廃棄物貯蔵庫の査察と検証が欠かせない。しかし、この点は今回も合意事項に含まれていない。8月に米国が踏みとどまった原因は、今も未解決で残っているわけだ。
その他の当初の課題、保有核爆弾の実数や高濃縮ウランの実態、核関連技術の拡散なども、真っ黒な疑惑のまま残った。つまり今回の合意は、米国が北朝鮮を核保有国として認めるものなのだ。
北朝鮮の核のターゲットは、米国でも中国でも韓国でもない。日本である。日本敵視の北朝鮮政権の核保有を、米国が認めたことの意味は深刻である。さらに、同合意に到る道筋で、米国が頼ったのが中国だ。
米朝合意は、日本にとって、北朝鮮の核の脅威が現実のものとなったこと、対応次第では、米中対日本という構図が生じかねないことを意味する。こうした状況のなか、日本の最重要課題、拉致問題は、どのように解決していけばよいのか。
10月14日、麻生太郎首相は、参院予算委員会で、「生存者全員の帰国につながるよう、引き続き(北朝鮮に)求めていくのが基本方針だ」と述べた。12日には、浜松市内で、指定解除について、「(核問題が)動かない状況のまま置いておくより、きちんとやったほうがいい」「ひとつの方法だと思う」とも述べた。
国益を見極め、発言せよ
他方、中曽根弘文外相は14日、「一連の協議で日米は十分な意思疎通を行った。(日本政府の)意思と無関係に米国が決定を行ったことはない」と語り、指定解除は日米協議の結果と説明した。
中曽根外相はしかし、10月10日夜、ライス国務長官と電話会談し、指定解除は「日韓が納得するまで行わない」「まだ先のことだ」と受けとめた。であれば、その直後の翌日の解除に不信を抱くことはあっても、「十分な意思疎通」などと感じられないのではないか。にも拘らず、日米関係の緊密さを演出するために、日米協議の結果などと発言したのであれば、その種の取り繕いは有害無益だ。いまは、上辺の協調を装うより、正念場の日本外交についてしっかり見据える時である。ここで安易に米国との協調を演出し、優先するのは、米国に日本与し易しの思いを深めさせ、かつ、拉致問題という日本国の根幹に関わる問題の解決をより難しくするだけであろう。福井県立大学の島田洋一教授が指摘する。
「日本が6者協議で今回の米朝合意に安易に賛成すれば、その延長線上で、北朝鮮への軽水炉供与のための膨大な額の請求書が、日本に回ってくると考えるべきです。拉致解決の目処も立たないまま、米朝のペースで、中韓などの圧力を受けて、対北支援に踏み切らされる外交をしてはならないと思います」
まさにいまは、日本外交の正念場である。麻生首相には、対北朝鮮外交が示す米国外交の二重構造性をしっかり見てほしい。米国は国益、または政権の利益のために二重外交を展開しているのである。原則なき米国外交に振り回されないためには、日本の国益がどこにあるかを見極めることが欠かせない。
なすべきことは、明らかだ。6ヵ国協議では、米朝合意がそのまま6ヵ国の合意にはならないこと、特に日本の合意にはならないことを明言することだ。そのうえで、同盟国や周辺国に軽視されないだけの国家基盤を固めるのだ。北朝鮮の核から日本を守るために、非核三原則の見直し、集団的自衛権の行使を含めて、日本の安全保障能力を高めるのだ。
『週刊ダイヤモンド』 2008年10月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 760
三人の日本人学者がノーベル物理学賞を受賞した。受賞のニュースは、金融危機や株式市場の落ち込みで意気消沈しかけていた日本に、大きな喜びをもたらしてくれる。
若き時代に三氏が取り組んだのは、宇宙や物質の成り立ちにかかわるきわめて根源的現象の理論的解明である。各紙は三氏の業績について、紙面を大きく割いて説明している。まるで新聞が物理の教室になったかのようだ。
受賞した南部陽一郎氏は東京大学理学部卒業後、1956年に渡米、米国籍を取得して、現在シカゴ大学名誉教授だ。受賞理由は物質の質量の起源を「対称性の自発的破れ」として理論的に説明したこととされる。
一方、共同受賞の益川敏英氏と小林誠氏は共に名古屋大学大学院で学んだ。五歳違いのこの先輩と後輩は京都大学理学部で、共同研究に入った。両氏の研究は、なぜ宇宙に物質が存在するのかを説明する気宇壮大なものだ。
宇宙は、137億年前、ビッグバンで誕生したが、そのときエネルギーが転化して物質が生まれた。その当時、宇宙には素粒子と質量が同じではあるが、電荷が逆の反粒子が、粒子と同じ数だけあったのだという。
粒子と反粒子がぶつかると、光エネルギーになって両方とも消えてしまうが、今、宇宙には反粒子は存在しない。粒子だけが残ったのは、両者の性質が異なるからで、それを前述のように、南部氏が61年に「対称性の自発的破れ」として理論づけた。
物質の最小単位の素粒子は六種類あるとの推論を実験で証明することで、南部氏の説を、さらに矛盾なく説明し、素粒子論の基礎固めをしたのが、益川、小林両氏だ。
それにしても、今も宇宙に反粒子が存在すれば、粒子でできている銀河は存在しない。反粒子が輝く銀河を消し去り、果てしなく広がる夜空は真っ暗な空間になっていたかもしれないのだ。
それより前に、地球も粒子でできているのであるから、地球自体が消滅していたことになる。となると、私たち人類も存在しなかったはずだ。本当に、科学はおもしろい。
三氏の受賞は私たちにいろいろなことを教えてくれる。まず第一点は、各氏の研究発表は、南部氏が61年、益川、小林両氏が73年。47年前と35年前、ずっと以前のことだったのだ。
科学分野での研究成果は、これだけ長い年月が過ぎなければ、その真価は、常人には判断できないのだ。事実、三氏が研究成果を発表した当時、同僚たちでさえ、疑問の目で見たという。
今日、国際社会が高く評価する研究を、数十年も前に成し遂げていたことは、日本の実力のすごさを実感させる。かといって、日本の底力が依然として強いのか。大いに疑問である。
かつての日本は、今回の三氏らがそうであったように、主として国立大学を拠点として、理学部のような地味な分野の研究と研究者を守ってきた。科学研究費は潤沢ではなかったが、その範囲内で自由な研究が許容された。5年や10年で目に見える成果が出なくとも、研究、特に科学の基礎研究とは本来そんなものだと理解して、研究者を守ってきた。
けれど、その学問的風土がいまや消滅しつつある。法人化された国立大学の教育、研究からは、悪い変化ばかりが目につく。科学分野に絞って見れば、各種研究は6年間で成果を上げることが求められている。しかも、その間、一年ごとに研究の進展具合を報告しなければならず、その内容によって研究費が増減される。
たった6年間で、どんな基礎研究ができるのか。しかも、一年ごとの評価だ。こんなめちゃくちゃな方針で、国立大学が蝕まれている。大学改革の根本的見直しなしには、日本の科学研究に未来はないと、今回のノーベル賞受賞のうれしいニュースが告げている。
『週刊新潮』’08年10月16日号
日本ルネッサンス 第333回
10月3日、最大で7,000億ドル(約74兆円)の公的資金で金融機関から不良資産を買い取ることを柱とする金融安定化法案を、米国下院が可決、同法が成立した。米国発の金融危機が世界恐慌に直結する事態は、とりあえず回避された。
とはいえ、同時期、パリで首脳会議を開催した英仏独伊の4ヵ国は、欧州連合(EU)が歩調を一にする対処策を打ち出し得なかった。日本もまた、10月6日現在、株式市場で今年の最安値を更新した。金融安定化法が出来ても、世界が金融システムの安定を取り戻せるのかは定かではない。
日本の金融機関はバブルがはじけて以降、10年余りを費やして不良債権を処理してきた結果、今回は比較的痛みも苦しみも少ないという。だが、問うべきは、お金がお金を生むマネーゲーム経済で人類はこれからもやっていけるのかという点だ。金融資本主義は恐ろしいほどの勢いで世界経済を左右してきた。マネーの仕組みに通じている人々にとっても、いわんやその仕組みに疎い人々にとっては、モンスターのような金融資本主義に立脚する経済に不安を覚えざるを得ない。
このマネーゲームを推進してきた米国流のやり方に、多くの国々が従ってきた。とりわけ日本は、六十余年間、米国の足跡を辿り、忠実に米国の価値観を踏襲してきた。
米国や欧州で生まれた価値観や制度、金融システムも金融商品も、それなりの合理性とともに、したたかな戦略を反映する。彼らによる国際金融や経済の制度設計は自国の金融や経済を如何にして守り、強めるかという目的から発して、自国の利益のために他国の力を如何に利用するかという地平に着地する戦略だ。勝者がすべてを奪い、敗者は徹底的に敗れ去る。敗者復活の道はあっても勝敗の差は極めて大きく激しい。日本は、こうした制度の受け手ではあっても、設計の側に立つことはなかった。その結果、翻弄されてきた。
欧米の経済基準の狭間で
たとえば、85年9月のプラザ合意だ。ドル安円高の構造が作られ、ドル安の米国は輸出拡大に成功し、極端な円高に直面した日本は、汗と涙を流しながら、国内産業構造を変えて対応した。それでも米国の対日貿易赤字は減らず、プラザ合意から4年後、米国は構造協議で日本国内の仕組みを変えるよう、迫った。郊外に大規模小売店が立ち並び、週末には広い駐車場が満杯になるほど、買物客が押し寄せる光景は、いまや日常風景だ。これも日米構造協議の結果、大店法の改正などに、日本が踏み切った結果である。大型店は生活を便利にしたが、日本社会から、さまざまなものを消し去った。中小の店々、地元商店街、人間関係。そして、町の佇まいまで変わった。
バブルがはじけ、金融機関は貸し渋りから、かつての日本の金融機関の選択にはなかった貸しはがしに移った。資金とともに時間を貸してきたのが、日本の金融だった。2年契約で借りた事業資金が、3年や4年の返済期間に延びるのは珍しくなかった。借り換えを繰り返すのも、当然だった。そのような日本的慣習を否定して、何が何でも、契約どおりに返済を迫り、結果として、多くの、実態は悪くない会社を潰したのが貸しはがしだった。
それでも経済の国際化のなか、日本全体の生き残りと発展のためには、国際基準に合わせるしかないと結論づけられた。政府も金融機関も、経済学者も専門家も、米欧諸国に合わせることに精一杯で、彼らの制度設計に挑戦し、日本の文化文明、商習慣を反映した日本的システムの長所を国際基準に仕立て上げる発想を欠いてきた。
けれどいま、金融資本主義が危機に瀕し、世界経済はさらなる深みに嵌ろうとしている。米欧式制度に危機が発生したいまが、好機だ。受け身から攻勢に転ずるときだ。これまで言えなかった、日本の主張や価値観を、金融資本主義に替わるものとして世界に発信していくべきだ。
健全な経済に自信を持て
日本初の独立系投資信託会社、さわかみ投信を設立した澤上篤人氏は語る。
「金融は、世界経済の拡大発展を下支えするためのものであるはずです。けれど、それが、金融プレーヤーのための巨額の利益創出のゲームになり果てています。金融派生商品(デリバティブ)の取引高は、07年12月末、国際決済銀行(BIS)統計で596兆ドル、6京3,772兆円という途方もない額になっています。マネーがサイバー空間を飛び交って、いまやどこも軒並み巨額の損失を蒙っているのです。本来、経済の潤滑油であるはずの金融が、逆に足枷になっている。こんな経済や金融が、よく働くことを大事にしてきた日本人や日本の経済に馴染むはずがないのです」
まず、世界を揺るがしている金融危機と実体経済は全く別物だと明確に認識することだ。日本は金融ゲームでは米欧にかなわないが、実体経済は健全である。よく働くこと、人が喜ぶよい製品や商品を作ることを第一義としてきた日本人の考え方と経済運営は間違ってはいない。むしろ、これからの人類のお手本になるべきものなのだ。だからこそ、澤上氏はお金の運用に関しても、日本なりの健全な運用の形を世界に示すべきだと語る。
「お金の運用を、どのように本来の金融に戻すか。経済の潤滑油、或いは、経済の成長を支える力に戻していくかを考えなければなりません」
日銀統計で、今年3月末時点での日本の個人の金融資産は1,490兆円、世界最大規模の資金だ。
「政府系ファンドで高い利回りを稼ぎ、国家財政を潤すという国もありますが、シンガポールや中東諸国の政府系資金、すべて合わせても約300兆円しかありません。日本国民の金融資産は本当に凄いのです」
氏はこれを「日本ならでは」の長期戦略に運用するのがよいと強調する。日本ならではの運用は、マネーゲームに注入された巨額のマネーの動きとは全く別物で、投資の対象を、金もうけをさせてくれる企業ではなく、人間を幸せにする企業に絞ることだ。
日本には世界の先頭を走る企業群、産業群が存在する。こうした企業や産業を元気にするための資金を、長期かつ安定的に供給する。そうして支えられた日本企業はグローバルに展開していくことが出来る。
日本が世界をリードするのは、代替エネルギー、新素材、工業における中間財を始め、きめ細やかさで知られる機械、電化製品など多岐にわたる。日本の強さに自信をもって、日本ならではのお金の流れを創生すれば、経済の潤滑油としての健全なる資本が日本に集まる。こうして、日本ならではの経済、金融モデルで、21世紀の世界を牽引するのだ。
『週刊ダイヤモンド』 2008年10月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 759
麻生太郎首相の所信表明演説をめぐって、メディアの、とりわけテレビメディアの評価が辛らつだ。本来、首相の所信を表明すべきものなのに、民主党に問いかけたのが不満らしい。
『週刊新潮』’08年10月9日号
日本ルネッサンス 第332回
中国の軍事戦略の基本を表わすものに、鄧小平の「24字戦略」がある。4文字の成句を6個連ねた文字どおりの24文字の訓示で、鄧小平は命じている。
「冷静に観察せよ、己れの立場を固めよ、冷静に対処せよ、能力を隠し好機を待て、控えめな姿勢を得手とせよ、突出した地位を求めるな」
およそ戦いに勝つための要諦がここに含まれている。強さは、それを見せても支障のない水準に達するまでは、決して誇示してはならない、相手に悟らせてはならない。相手が警戒心を抱く前に、どの国も抗し得ないだけの力を身につけてしまえ。そのとき、勝利の果実は確実に中国のものとなるというわけだ。
9月25日、当初10月だった予定を早めて、中国は有人宇宙船「神舟7号」を打ち上げた。27日には中国初の船外活動も行った。有人宇宙計画は92年に発表され、以来着実に進み、2020年までに独自の宇宙ステーション建設を目指す。
彼らの宇宙開発は軍事と表裏一体である。中国の軍事力分析の第一人者、平松茂雄氏が指摘した。
「中国は07年10月に、新たな衛星観測艦、遠望5号を就航させました。宇宙船を誘導し、軌道上に保ち、情報収集の中継基地となるのが衛星観測艦です。米国は世界各地の基地でこれを行いますが、中国は基地を持っているわけではありませんから、艦船を使います。遠望1号は早くも70年代に造られました。中国は5号艦に続けて6号艦も予定しています。今回恐らく、南太平洋、北太平洋、インド洋、大西洋の全海域に遠望を派遣したはずです。
中国は、宇宙開発とそれに整合する海軍力の増強を70年代から30余年間継続してきました。その軍事力の日本への脅威は極めて深刻ですが、日本の弛緩した空気、特に、海上自衛隊の現状は寒心に堪えません」
潜望鏡と鯨の尾
海自に関して抱く直近の疑問は9月14日、イージス艦「あたご」が発見した「潜水艦らしきもの」を見失った事件だ。
報道によると、14日午前6時56分、高知県足摺岬沖の豊後水道周辺の日本領海内で、潜水艦の潜望鏡らしきものを、あたごが発見した。あたごはソナーによる捜索を続け、P3C哨戒機や護衛艦なども出動させたが、1時間半後に見失った。
発見水域は日本領海内に7キロも入り込んだ地点である。外国の潜水艦が領海内を航行する際は浮上しなければならない。浮上せず潜望鏡で周辺を窺いながらの航行は国際法違反の情報収集活動であり、意図的な領海侵犯だ。それを追尾しきれずに見失ったのは大失態である。
その後、あれは潜望鏡ではなく、鯨の尾だったのではないかなどという弁明が流された。つまり見間違いだった可能性があるというのだ。
鯨の尾ヒレだとして、鯨が海面上に尾ヒレを出せば、周辺に波が立つ。尾を立てて潜ったのであれば、大波が立ち、しぶきも飛び散る。あたごはそのような光景を目撃したのか。潜望鏡らしきもの発見との見張りの情報は、艦長も望遠鏡で確認したのではなかったのか。それでも鯨の尾ヒレだと言うのなら、あたごの監視能力は一体どうなっているのか。
平松氏が強調する。
「厳しい見方かもしれませんが、自衛隊全体が、全体像を見る力、全体像に立脚して国防を担うという考え方や能力を失っているのではないでしょうか。個々の分野で、眼前のミッションを達成するだけでは、国防は果たせないのです」
たとえば、去年12月、海自は初めてミサイル防衛システムの基幹をなす海上配備型迎撃ミサイル(SM3)の迎撃訓練に成功した。ハワイ沖での実射成功について、防衛省は「今回の成功は日米同盟関係の変革を現すもの」とまで、高く評価した。日本の安全を、事実上、一方的に米国に依存してきた従来の状況を一変させて、日本もまた米国の安全に直接寄与出来る立場に立ったとの主旨である。全体の一部を歯車として担うのではなく、日米同盟全般に目配りした動きが出来るという意味でもあろう。果たして海自は、ミサイル迎撃の技術的成功にとどまらず、どれだけ国防の責務を遂行し得ているだろうか。イージス艦という優れた船と装備を使いこなすだけでは足りないのが国防の任務である。
力をつけ続ける中国海軍
私は元来自衛隊に敬意を抱いてきたものだが、それでもおかしいと思う幾つかの事例がある。たとえば、あたごでは、漁船との衝突事故を機に、見張りが不十分だったとして、見張りに、24時間体制で監視カメラがついたそうだ。監視されているから見張りの役割がきちんと果たされるということではないだろう。むしろ、国防はどうあるべきか、海自の隊員としてどう取り組むのかという根本を徹底することが、本来の見張りの責任を果たすことにつながるはずだ。
究極の場合、生死を賭して戦う軍人として、如何に任務を遂行するのか。国民、国土、領海を守る海自の最先端の現場で、隊員は如何に己れの責務を果たすのか。こうした基本を学んではじめて、役割が果たせるはずだ。自衛隊は民間のガードとは異なるのだ。国防の任についているのだ。監視カメラの発想には、どうしても馴染めない。
想起するのは04年11月、中国の原子力潜水艦が沖縄の先島諸島周辺の領海を侵犯したときのことだ。海自は2日間にわたって追尾し、ソナーを投下し続けたが、彼らは一度も浮上することなく、逃げおおせた。海自は一度も中国の原潜を目視出来なかったが、自らの追尾能力の高さを強調し、中国原潜恐るるに足らずとした。
2年後の06年11月、沖縄沖で訓練中の米空母キティーホークの8キロ地点まで、中国の潜水艦が接近し、急浮上した。ミサイル攻撃で空母に甚大な被害を与えられる距離まで、気づかれることなく接近する能力を中国海軍は身につけたわけだ。
さらに2年後の今年、海自は最新鋭の装備を以てしても、中国海軍の潜水艦と思しきものを追尾することさえ出来なかった可能性が強い。彼らは鄧小平の教えのように、力不足を装いながら、力をつけたのだ。
その中国に、米国が同盟国や自陣営の国々の利益を損ねても配慮する兆候が見てとれる。一例が台湾問題だ。国民党の馬英九政権は、前任の陳水扁政権当時は反対し続けた米国からの武器装備の購入を予算化した。これまで台湾に武器購入を迫ってきた米国がいま、売却を止めている。中国への配慮ゆえだと見られており、米中接近の、ひとつの明白な証しである。 力をつけ続ける中国と中国に傾斜する米国との間にあって、日本の自衛隊は文字どおり一騎当千の働きをしなければならない。海自にその気概はあるか。否、政治に、現状の厳しさについての認識はあるか。
『週刊ダイヤモンド』 2008年10月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 758
自民党に麻生太郎氏、民主党に小沢一郎氏。真っ正面から闘う構図のなかで、私はどうしても、民主党の高速道路無料化の公約に注目してしまう。
『週刊新潮』’08年10月2日号
日本ルネッサンス 第331回