「 「イラン紛争」で中東の勢力図は大転換 」
『週刊新潮』 2026年3月19日号
日本ルネッサンス 第1187回
3月9日、殺害されたイランの最高指導者・ハメネイ師の後継者が、師の次男・モジタバ師(56)に決定した。イラン・イスラム共和国の新たな最高指導者となったモジタバ師は長年、裏方として活動し、イスラム革命防衛隊とは深い関係にあると、「イラン・インターナショナル」紙が報じた。
米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)は3月9日、モジタバ師の就任は「これまでのイランの戦略が継続されることを意味する。国内での抑圧と国外への抵抗だ」と分析し、モジタバ師を以下のように紹介した。
師はイスラエルと米国の「壮絶な怒り」作戦で父のハメネイ師のみならず、母親、妻、息子を失った。革命以前、彼は父親がパーレビ国王の秘密警察に繰り返し逮捕され殴打されるのを見せられたという。幼い頃から父の受けた弾圧を目にし、心の奥深くに憎悪の種を宿したであろうことは容易に想像がつく。
彼は父の教えを受け、指導者向けの学校で育てられ、エリートの道を歩む。1980年から88年のイラン・イラク戦争では非戦闘員としてサダム・フセインのイラク軍と戦った。
モジタバ師は世界に約2億人いるシーア派イスラム教徒の最高指導者に就いたが、父親とは異なり卓越した宗教的権威とは見做されていない。ハメネイ政権に反発して国民が大規模デモを行ったとき、数千人の国民が殺害された。モジタバ師がそれと無関係であるとは思えず、「国内での抑圧と国外への抵抗」が続くとのWSJの分析は正しいだろう。
トランプ米大統領は、モジタバ師は受け入れられない、無条件降伏せよと発信したが、イランは独自路線を貫くと宣言したわけだ。
2月末の米国・イスラエルによる軍事攻撃から10日が過ぎた。米イの攻撃に怒ったイランは当初凄まじい勢いで近隣湾岸諸国を攻撃した。これまでイランは子飼いのテロリスト勢力、フーシ派などを使って代理攻撃をさせてきた。しかし今回は主権国家のイランが近隣の主権国家を攻撃した。油田、空港、淡水化施設などにミサイルやドローンを撃ちこまれた国は12に上る。それまで中立を保っていた湾岸諸国が流石に怒った。
どのように終息するのか
彼らはまた、冷静に状況を読みとった。イランの空軍機Yak-130はイスラエルの戦闘機に容易に撃墜されている。5日のWSJは、イラン機はキーキーと音を立てて飛ぶ90年代の機種で博物館入りすべき代物だと報じた。湾岸諸国のUAE、カタール、サウジアラビア、バーレーン、ヨルダン、クウェートは武器装備で米国やイスラエルの敵ではないイランの側に立つのでなく、イランが繰り出した無差別のミサイル及びドローン攻撃を米国と共同で非難したのだ。
イランはなぜ近隣諸国を怒らせる無差別攻撃を仕掛けたのか。経済を悪化させ中東の緊張を高めれば、湾岸諸国は米国にイランへの攻撃をやめるよう圧力をかけると考えたからだという解説がある。であったとしたら、イランの思惑は外れたのだ。彼らは湾岸諸国を敵に回し、孤立を招いた。ミサイルのみならず戦闘機も少なからず失ったイランの大規模攻撃は、初日から1週間程しかもたないと言われる中、イスラエルと米国はさらなる大規模攻撃を行うと明言した。
イランの孤立はさらに深まる。彼らはロシア、中国の双方と戦略的パートナーシップ協定を結んでいる。半ば運命共同体のような形で相互に扶(たす)け合うという意味であろう。加えて今年1月29日に、中露イランは「3国戦略協定」に署名した。核問題を含む軍事、経済、外交で連携する、イランの核開発への制裁には共同で反対するという内容だ。
今回、米国とイスラエルの軍事作戦は核開発を問題視するところから始まっている。ならば、中露にはイランの為に何らかの行動を起こすことが期待されるのではないか。しかし両国は言葉で米国の国際法違反などを非難するが、イランを助ける行動には出ていない。ロシアが米軍部隊や艦船などの位置情報をイランに教えたり、武器装備関連物資を積んだ船が中国から出港したなどの情報はあるが、両国とも米国を恐れて、公には行動しない。ここでもイランの孤立が見える。
今回の紛争がいつどのように終息するのかは予測し難い。しかしここで想い出すのは2024年7月、イスラエルのネタニヤフ首相が行った米国議会の上下両院合同会議での演説である。
氏は、イスラエルとアラブ諸国の関係を正常化するアブラハム合意が、その精神を更に発展させたアブラハム同盟に至る可能性について語ったのだ。米国議会での演説を、氏は、23年10月7日、突然ハマス勢力がイスラエルに侵入し、1200人を殺害し、255人を連れ去った事件の描写から始め、こう述べた。
「文明の勢力が勝利するためには、米国とイスラエルが協力し合うことが必要です。私たちが共に立ち向かえば、ごく単純な結果が生まれる。私たちが勝利し、彼らが敗北する」
本格的な戦闘同盟
1年と8か月前、ネタニヤフ氏が語った構想は、当時は誰も実現するとは考えなかっただろう。しかし、今はどうか。ブルームバーグのコラムニストで著名な国際問題研究家であるハル・ブランズ氏は、イスラエルと米国の本格的な戦闘同盟(warfighting alliance)の台頭こそ、イラン攻撃がもたらした歴史的意義だと書いた。その上で、同盟は米国における超党派の政策が産み出した成果だと強調する。この同盟によって、両国は中東再構築で主導的立場に立つと予測するのだ。
イスラエルはサウジをはじめ穏健なアラブ諸国との関係を深め、米国は地域全体を見守る役割を果たす。日本も欧州もこの輪の中に入る。他方イランやシリアの力は失われていく。イランと戦略的パートナーシップでつながる中露の影も薄くなる。
中東の勢力地図が大きく変わるとの予想の下に、私たちはこれからの戦略を考えなければならない。とりわけわが国はブランズ氏の指摘を深い問題提起として受けとめるべきだろう。なぜなら、アジアに「戦闘同盟」が必要だとしたら、その対象は当然、わが国になるからだ。日米にとって最大の戦略的脅威が中国だというのは否定しようのない現実である。わが国こそがアジアにおけるアメリカの力強いパートナーでなければならない。
無論わが国とイスラエルは国情が全く異なる。米国との同盟の組み方も全く異なる。しかし、わが国にはわが国の強さがある。わが国の国柄に基づく人間に対する優しさと、義に基づく力強さを活かすのだ。
今は、米国との同盟を強化するための最大限の国防努力を、具体的に米国そして国際社会に示す時なのだ。わが国がわが国らしい道を歩むこと、それに必要なあらゆる力を構築する決意を明示することが、中国に対する最も効果的な抑止力となる。












