『週刊ダイヤモンド』 2010年6月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 843
菅直人首相はおそらくどの政治家よりも情報公開や説明責任にこだわってきたはずだ。学生時代から消費者運動に力を注ぎ、市川房枝氏の選挙を手伝った。そうした経歴から、情報公開や説明責任を徹底させることで、政治を国民に近づけようという発想が生まれたことは十分、考えられる。
けれど、6月16日に通常国会を閉会し、参議院議員選挙の日程を決定した菅氏は、これまでの氏のそうした信条をことごとく、否定したことになる。
新内閣は発足したものの、1週間あまりで国会を閉会したために、国民に、どんな政治を目指すのかについてなんの説明もし得ていない。荒井聰国家戦略担当相の事務所経費問題をはじめ種々の疑問にもまったく答えていない。
にもかかわらず、16日の民主党参院議員総会で首相は「所信表明、さらに昨日の代表質問と、私なりに精一杯、挑発に乗らないように答弁に努めた」と笑顔で語り、爆笑を誘ってご満悦だ。
「産経新聞」の阿比留瑠比記者は、「議論は、これから選挙になれば、テレビとかいろんな場面でまた、たくさんありますから」という菅首相の言葉を報じているが、瞬間芸で印象づけるテレビ討論と時間をかけて行う国会論戦は別物である。断片的な言葉で国民への説明責任が果たせるわけはない。
こんなとき、「読売新聞」に16日午後の衆院本会議場で、鳩山由紀夫前首相と並んで座り、破顔一笑している菅首相の姿が報じられた。予算委員会の開催にも応じず、党首討論にも応じず、答えたくないいっさいの質問に答えないで選挙に突入出来ることの嬉しさが表現されていたと思うのは、私だけではあるまい。
民主党が参院選を前にして掲げる公約はつい昨年の総選挙で掲げた公約を大幅に修正した内容だ。であるならば、その公約で大勝したにもかかわらず、なぜ、公約を果たすことができないのか、なぜ変更するのかを説明しなければならない。有権者は説明を受けて初めて、民主党の政治姿勢が、真摯で誠実なものなのか、それとも単に大衆受けを狙って軽い約束を重ねたものなのかを判断することが出来る。
政党として果たすべき責任を果たさず60%台の高い支持率で逃げ切れば、輿石東民主党参院議員会長が語ったように、単独過半数獲得を目指すことも出来る。だが、衆院に加えて、参院でもこのような民主党に過半数を与えてよいのか、私は強く疑うものだ。
菅首相と米国のオバマ大統領には共通項が多いと指摘する声がある。両氏共に豊かな家庭の出身ではないこと、早い段階から消費者運動などにかかわったこと、思想が左翼的であること、会社勤めなどをまったく経験せずに政治にかかわり始めたこと、弁論が巧みでいわゆる瞬間芸に強いことなどである。
オバマ大統領は1年半前、高い支持率で発足した。だが、今、メキシコ湾原油流出事故を、当初楽観視し、結果、対策が後手に回ったことを非難されている。事態は深刻なのに対処策を事故を起こしたBPに丸投げし過ぎたとして、さらなる批判も受けている。オバマ政権の対応を評価しない人がギャラップの世論調査では69%に上った。失業率も2ケタに届きそうな高止まりで、51%の人が「再選の資格なし」と答えた。八方塞がりの状況に陥っている。
オバマ大統領の読みの甘さと対応の遅さは、日本の民主党が口蹄疫問題や普天間飛行場移設問題で見せた、現実の厳しさを認識できない甘い対処姿勢と共通している。
憂うべきは、その間にも国際情勢が大きく変化していることだ。その動向が要注意である中国は7月1日から国防動員法を施行し、中央集権体制をさらに強化する。よくも悪くも、国力強化に必死の努力をする中国の前で、日米両国が政治の貧困によって国力を落としつつある。
『週刊新潮』 2010年6月3日号
日本ルネッサンス 第413
5月23日、沖縄を再訪した鳩山由紀夫首相は仲井眞弘多(ひろかず)知事と対面し、立ったまま会話を始めた。「日米間のギリギリの交渉」について報告する首相に知事が声をかけた。
「おかけいただけませんか? どうぞ」
着席を促され、首相は「失礼かと……。よろしいですか? 座って恐縮です」と答えて、ようやく着席した(5月24日付『産経新聞』)。
首相たる者が47都道府県の一知事になんという恐懼恐縮振りか。1986年の初当選以来約四半世紀も政治家をしていて、沖縄海兵隊の抑止力を今年5月になってようやく学び知ったという前代未聞の首相だけに、自らが巻き起こした混乱の渦の中で、恐懼恐縮せざるをえないのは、仕方がないのだろう。
首相は知事の前で用意してきた文書を読み上げた。「辺野古の付近にお願いをせざるを得ない」「混乱を招いたことに、心からおわび」するとしたが、その中で首相は随分とおかしなことを言っている。「(前政権が)米国と交渉さえしてこなかった負担軽減と危険性の除去を(自分は)前進させる」との主張である。
自民党政権は本当に、沖縄の負担軽減や危険性の除去について「交渉さえしてこなかった」のか。06年5月1日の日米合意文書を見てみよう。これは前年10月に合意した「日米同盟、未来のための変革と再編」に基づいて、在日米軍と自衛隊の再編の具体策を詰めたもので、通称ロードマップと呼ばれる。そこには、ざっと以下のように書かれている。
約8,000名の第3海兵機動展開部隊の要員とその家族約9,000名は、2014年までに沖縄からグアムに移転する。対象となる部隊はキャンプ・コートニー、キャンプ・ハンセン、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧及び牧港補給地区から移転する。
結果、「嘉手納飛行場以南の相当規模の土地の返還が可能となる」とロードマップに明記されたように、広大な土地が返ってくる。全面返還されるのは、キャンプ桑江の0.675平方キロ、普天間飛行場の4.806平方キロ、牧港補給地区の2.737平方キロ、那覇港湾施設の0.559平方キロ、陸軍貯油施設第1桑江タンク・ファームの0.16平方キロだ。6.425平方キロのキャンプ瑞慶覧も部分返還される。
首相の発言は事実に反する
また普天間移転に伴って、緊急時の使用には福岡県の築城基地と宮崎県の新田原基地が充てられる。
元航空自衛隊員で安全保障問題に詳しい潮匡人氏が語った。
「普天間移転で沖縄県への負担はかなり軽減される予定で、すでに実現済みの部分もあります。海兵隊員8,000人が家族と共にいなくなり、土地が沖縄に返され、築城や新田原の利用にみられるように、県外に移る機能もあります。そこを見ないで普天間の移転先にだけとらわれ、計画全体を止めるのは愚かです」
普天間移転イコール沖縄県への負担軽減であることに、まず、留意せよと、潮氏は強調する。その軽減が十分か否かの議論は当然あるだろう。だが、日米間で沖縄の負担軽減が全く交渉さえされてこなかったという首相の発言は事実に反する。
また首相は、自民党案とほぼ同じ案に戻った点を問われ、24日、「辺野古だが、現行案ではない。住民の安全はもちろん、環境面に徹底的に配慮する新しい形」だと反論した。
だが、96年の普天間返還合意は住民の安全を守り騒音を減らすことが原点だった。環境保護のために何年間にもわたる環境アセスメントも行われた。06年のロードマップにも安全性、騒音、環境への配慮は明記されている。まるで自分だけが住民の安全と環境に配慮しているかのような首相の言い方はおかしいだろう。
普天間問題で認識すべきは、沖縄への負担軽減だけでなく、日米安保体制による日本全体への負担軽減の実態である。防衛費で見てみよう。
日本の防衛費は現在約4・7兆円。米国は50兆円、中国は15兆円と見てよいだろう。中国が年々2桁の伸び率で軍事費を増やしてきたのに対し、過去8年間、日本は防衛費を年平均で2%ずつ減らしてきた。この少額予算は、日米安保条約で日本の安全が担保されるという前提があって初めて可能である。
兵力を見ると、陸上兵力で世界最大規模は中国軍で160万人、米国と韓国がほぼ同じ54万人、日本は韓国は無論のこと、トルコの40万人やミャンマーの38万人よりも少ない13万8,000人だ。
海上兵力はどうか。米国が排水量602万トンに上る軍艦を有し、中国が132万トンに迫るのに対し、日本は34・5万トンである。
航空兵力は米国が作戦機3,890機、中国は1,950機、日本は430機。ちなみに韓国と台湾は各々530機保有する。
国益を損ねた責任
無論、兵力の単純比較だけで物事は測れない。作戦機が同数であっても、その性能と軍の練度が問われるのは言うまでもない。それでも、軍事において量は極めて重要である。日本の軍事力は米中は勿論、韓国や台湾のような周辺諸国に較べてさえも小規模である。それで済んできたのは、前述のように日米安保条約のもたらす抑止力ゆえだ。
4月7日から22日まで、中国は最新鋭のキロ級潜水艦2隻を含む10隻の艦隊を組んで東シナ海で激しい訓練を行い、沖縄本島と宮古島の間を航行してみせた。沖縄を含む南西諸島は鹿児島から長径1,000キロの広大な海に散在する。その守りに配備の陸上自衛隊は2,100人、対して米軍の地上部隊は1万8,000人だ。日本の不十分な兵力を、米軍が補っているのだ。日米安保体制への過小評価は許されないだろう。
21世紀の世界は、21年にわたる異常な軍拡で力をつけた中国の軍事的脅威に直面している。中国の喫緊の目標は台湾を自らの影響圏に組み入れることだ。中国は、台湾海峡に、第4世代戦闘機400機を配備済みだ。中国製の第4世代多目的戦闘・攻撃機も280機、短・中距離弾道ミサイル1,500基も同じく配備済みだ。加えて中国製の第5世代戦闘機は早ければ2017年には配備されると、米国のシンクタンク「国際評価戦略センター」の主任研究員、リチャード・フィッシャー氏が発表した。圧倒的軍事力で抵抗を諦めさせて、台湾を併合する意図だという。
日本は、このような国の隣に位置しているのだ。中国の直近の主戦場は台湾海峡を含む東シナ海と西太平洋である。だからこそ、同海域に中国への抑止力としての軍事力の整備が必要である。普天間の代替飛行場が沖縄でなくてはならないゆえんだ。
首相が現行案の普天間に戻ったのは、抑止を学んだゆえと語った。国民を翻弄し、明らかに国益を損ねた首相は、ここに至った経緯を、国民全員に明確に説明する責任がある。
『週刊ダイヤモンド』 2010年5月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 839
鳩山由紀夫首相の下で政治は機能停止状態だが、日本経済には大きな可能性がある、今後5年ほどで日米独が顕著に浮上すると武者陵司氏は予測する。
氏はドイツ証券東京本社副社長を経て、昨年「武者リサーチ」を設立した。いかにして日本は世界経済の最先端を、再び走り始めるのかを聞いた。
まずドイツの展望である。ギリシャ問題であらためて明らかになったことの一つが、ドイツ経済がEUでひとり勝ちしていたことだ。EUの経常収支は、ドイツのみGDP比約5%の黒字で、他国は軒並み赤字である。財政においてはドイツもGDP比5・3%の赤字ではあるが、EU他国に比べてその赤字は最小である。
そこにギリシャ問題が発生し、EUの通貨、ユーロが値下がりした。ユーロ安はドイツ経済をますます強化し、EUでのひとり勝ち現象はさらに進むというのだ。武者氏が語った。
「ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペインなどのEU諸国の労働生産性、賃金、単位労働コストを2000年を基準にして08年まで比較すると、労働生産性において、ドイツは20%以上改善しています。一方で、賃金上昇率はEU内で最も低く、50%近く賃金を上げたアイルランドやギリシャなどとは対照的です。結果、ドイツの単位労働コストは2000年より下がっています。
ドイツの労働者はよく働いて生産性を上げ、その割に賃金は上がらなかった。一方、ドイツ経済は全体として強い競争力を身につけた。ここにユーロ安が加わるのですから、ドイツ経済はさらに強化されます。EU経済はドイツが牽引し、ドイツ対EU他国の差はさらに開くと思われます」
こうして見ると、EU問題の本質が見えてくる。各国バラバラの財政に対して、金融政策を司る中央銀行は欧州中央銀行一つであるために問題に対処出来ないのだ。たとえば強いドイツ経済にとって通貨はむしろ切り上げ方向で調整されなければならない。弱いギリシャ経済にとっては反対に通貨の切り下げが必要だ。しかし、EUの通貨はユーロ一つで、中央銀行も一つである。ドイツにはユーロの切り上げ、ギリシャを含む諸国には切り下げというような政策は取りようがない。EUの仕組みにはこうした諸国間の格差を回避する術がないのだ。鳩山首相の唱える東アジア共同体構想も同種の問題を抱えると考えてよいだろう。
さて、米国経済の強さも各種数字から見て取れると、武者氏は強調する。
「米国で顕著なのは賃金のすさまじい落ち込みです。企業所得から労働者に払う割合は09年第4四半期で48・3。失業率は08年の5・8%から09年の9・3%に急上昇しました。一方でGDPの落ち込みは09年で2・4%にとどまりました。つまり、企業が経済の先行き不安に過剰反応して、すさまじく合理化し、負担を最小化、非常にスリムになったのです」
ドイツ同様、このことが働く側にとってよいか否かは別問題だが、米国経済の基本は「驚くほど健全」だと武者氏は強調する。
日本はどうか。GDPの落ち込みは昨年5・1%だった。失業率は1・1ポイントの上昇で5・1%、米国と比べればリストラは非常に緩い。その一方で、日米独英仏の5ヵ国中、日本のみ賃金が下がり続けている。結果、労働生産性は5ヵ国で最高水準に達し、単位労働コストは2000年比で20%も下げた。非常に効率がよくなり、企業の基礎体力が強化されたのだ。
加えて、米国はもはや日本を真の脅威とは見ない。かつてのプラザ合意のように、急激な円高で米国以下世界が日本経済をたたきつぶそうとすることもないと、武者氏は語る。日本経済はそのぶん、大いに伸びる余地がある。かくして、数年後、日米独の「三人勝ち」の時代が到来するというのだ。
『週刊ダイヤモンド』 2010年5月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 838
世界諸国のリーダーたちは、日々の政治を大戦略につなげて考える。近未来、中期的展望、長期的展望と三段階に分けて問題を整理し、対策を講ずる。
大戦略を描くには、自国だけでなく周辺諸国がどのような動きを見せるか、地球をいくつかの地域に分けて各地域がどのような状況にあるかを読み取り、予想しなければならない。
では、わが国の鳩山由紀夫首相に、その種の「先読み」能力、戦略構築能力はあるか。答えは言わずもがなである。何かどこかが決定的におかしい首相は、普天間移設問題で初めて沖縄入りするときもなんら「腹案」などなかった。が、側近にこう言ったそうだ。
「目を見つめて語り合えばわかってもらえる」
まことに、首相はどこかが決定的におかしいのである。こんな人物がわが国の政治のトップに居続けるうちに、世界は大きく変わりゆく。どのように変化していくのかについて、最新号の「フォーリン・アフェアーズ」にデイビッド・カプラン氏が寄稿している。
氏は、米国新安全保障研究所の上席研究員で、これまでに多くの優れた分析を世に問うてきた。
「中国の力の地政学」で、氏は陸海双方において、中国がどこまでその力を浸透させていくかを分析、予測する。
歴史を振り返ると、「大帝国」が企図して大帝国になることは稀で、むしろ「有機的」、つまりおのずと大帝国へと成長していくというのだ。国家が力をつけ始めると、そこからさらに新しい需要が生じ、力を伸ばす。あるいは、「一種の不安がさらなる拡張へと走らせる」というわけだ。
カプラン氏は、中国の外交的野心は約一世紀前の米国の野心と同様、積極果敢に中国を駆り立てていくが、米中の勢力拡大への動機はまったく異なると説く。米国が国際社会に一定のモラル、価値観、自由や民主主義政体を広めようとしたのに対し、中国はエネルギー、鉱物資源、稀少金属などを貪り続けるために拡張する。それは世界の総人口の約五分の一を占める中国人の生活水準を上げ、維持するためだと見る。
資源の効率的入手を目指す中国は、必然的に超現実志向の外交・安全保障政策を展開する。たとえば、金正日体制を支持し続けるのも、脱北者を逮捕しては送り返すのも、現体制維持が北朝鮮の有する豊富な資源を入手するのに都合がよいからだ。そこには守るべき価値観などはない。自由も人権も民主主義も埒外なのである。
中国的超現実外交における異常な軍拡の持つ意味を、カプラン氏は次のように読み解く。目にするだけで他国が中国を恐れ、端から抵抗する意思を喪失させてしまうほどの強大さを維持して、結果として戦わずして勝利を得るための軍事力なのだ。
だが、単にショーケースに入れて見せつけるだけの軍事力ではないのは明らかだ。中国が最も力を入れて構築している軍事体制は、敵、即ちこの場合は米国だが、米国海軍がいくら頑張っても攻撃することさえ出来ない中国内陸部に軍事力の中枢機能を完成させるとともに、米海軍の中枢機能である空母を、必要あらば壊滅させるだけの攻撃力を構築することだという。
二一世紀の世界の前に立ち塞がる最大の脅威は拡張し続ける中国の力であり、その前で米国がロシアと手を結ぶことも大いにありうるというのだ。
脅威は軍事力だけではない。中国経済の持つ影響力は言うまでもないが、中国最大の武器の一つは人口力だと、カプラン氏は言う。たとえば、ロシア極東のロシア人は700万人、国境の反対側には一億人を超える中国人がいる。武力よりも経済力よりも、まず、ロシアは人口力によって中国に敗北するというのである。鳩山首相らの唱える外国人参政権がいかに日本を足元から滅しかねないかが見えてくる。
『週刊ダイヤモンド』 2010年4月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 832
米下院は3月21日の日曜日深夜の本会議で、オバマ大統領の悲願である医療保険制度改革法案を成立させた。過去100年間、セオドア・ルーズベルト大統領以来、誰も成し遂げ得なかった改革を実現させたことで、オバマ大統領は歴史に名を刻んだといえる。
大変革だけに現実は厳しさを伴うだろう。それにしても、オバマ改革は米国をどのような方向に変えていくのか、米国の対外政策に、どのような長期的影響を与えるのか、尽きない関心を抱かせられる。
1年半前、オバマ氏は国論を統一して超党派で医療保険改革を成し遂げると公約したが、現実は正反対だった。共和党議員全員が反対したのみならず、民主党からも30人以上の反対者が出て、議会には深い亀裂が生じた。
世論も賛成41%、反対54%(ラスムセン全米世論調査)で、反対が賛成を13ポイント上回って二分された。
メディアも同様だ。「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は3月22日付の社説をこう締めくくった──わが社は同法案に激しく反対してきた。われわれは他国の政府管掌保険を検証し、それが高い税負担、経済の低成長および医療サービスの質の低下を生じさせていることを認識するからだ。(オバマ大統領は)政治的に最初の国民の審判を11月(の中間選挙のとき)に受けるだろう。
他方、「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙は、改革絶賛の社説を掲げた──法案可決は歴史的成果で、時の経過とともに医療保険は劇的に変わる。新医療保険は現行の社会保険制度やメディケア(高齢者向けの公的保険)に比肩する重要性を帯びる制度となる。
インドネシアへの外遊予定を取りやめ、大統領自ら議員らの説得に当たって成立させた「オバマ・ケア」は、米国の医療をどのように変えるのか。
1961年以来、国民皆保険が当たり前になっている日本人には驚きだが、米国の総人口約3億人のうち、医療保険未加入者は5,500万人に上る。オバマ・ケアで2019年までに3,200万人が保険に加入するが、2,300万人は取り残される。うち三分の一が不法移民とその残留者だ。改革に必要なコストは10年間で9,400億ドル(約85兆円)。財源はどこにあるのか。
オバマ・ケアを支持する「NYT」紙などリベラル系のメディアには楽観的見通しが並ぶ。たとえば、「メディケアの支出削減、ムダの排除、民間の高額保険加入世帯への課税、富裕層の投資や資金運用利益への課税によって、85兆円が捻出できるだけでなく余剰が出る」という具合である。
対して「WSJ」紙はこの種の楽観論を否定し、紙面で、一般世帯への負担は、年額695ドル(約63,000円)もしくは年収の2・5%の課税となる、保険業界など産業界への負担が10年間で1,080億ドル(約9兆7,200億円)に上るなどと具体的に指摘するが、「ムダを削って捻出する」という楽観論者の主張は突き崩せていない。鳩山民主党が、総選挙のキャンペーンで、ムダを省いて子ども手当などの財源を確保すると公約したのに対し、自民党が反証し得なかったのと似た構図でもあろう。
日本からの視点として問題になることの一つは、弱者救済という、どう見ても政治的に正しく、否定しがたい政策の、米国経済にもたらす影響である。米国はすでに国内経済立て直しのために中国による国債購入に深く依存する。そのために米国はアジア外交で中国に遠慮せざるを得ず、負の影響を受けている。医療保険改革でそのような傾向がさらに強まり、米国の中国への気兼ねが強まれば、日本周辺、西太平洋、インド洋での負の影響はより深刻化するだろう。医療保険改革さえ、西太平洋やインド洋の安全保障に結び付けて考えざるをえないほど、中国の脅威が高まっているということだ。
『週刊新潮』 2010年4月1日号
日本ルネッサンス・拡大版 第405回
どうみても、成熟した大人になりきれていない鳩山由紀夫首相は、普天間飛行場の移設先について、閣議決定を前に打つ手もなく、思案投げ首の苦境に陥った。
移設先は、日本国政府、地元、米国政府の三者の合意なしには決められない。たとえ思いつきの移設先を、首相が呟いたとしても、地元と米国の合意がなければ無意味である。
日本政府の提案は、①沖縄県うるま市のホワイトビーチ埋め立て案と、②キャンプシュワブ陸上案だ。
①には、平野博文官房長官が強い関心を寄せていると言われる。沖縄本島中部の勝連(かつれん)半島と津堅(つけん)島の間、もしくは同半島と宮城島、或いは浮原(うきばる)島の間を埋め立てる案である。
この海域は水深十数メートルと浅く、埋め立ては比較的容易である。海域も広いため、本格的な基地建設が可能である。強大化する中国の軍事力とその脅威を考えれば、将来の国防の要のひとつとして、軍事的には極めて有望な案と言える。
②は現行案に比べて短い滑走路を、現存するキャンプシュワブ内に建設し、普天間飛行場の機能を鹿児島県徳之島や馬毛(まげ)島などに分散移転するというものだ。
両案はしかし、まず米国が拒否した。①案はその有望性にもかかわらず、一蹴された。今更鳩山政権の言葉は信用出来ない、どんな提案も実現には結びつかないと判断されたと見る向きもある。②については、とりわけ名護市議会が強く反発し、3月の定例議会で反対の意見書を全会一致で可決した。「体を張ってでも阻止する」との強硬意見さえ聞こえてくる。
だが、地元の声に注意深く耳を傾けると、意外なことがわかってくる。普天間飛行場の移設が、辺野古沿岸部にV字型滑走路を作って行われるのであれば、つまり、現行案どおりに行われるのであれば、辺野古の人々は必ずしも反対しないということだ。
実態はどこにあるのか。「地元の中の地元」、辺野古の人々の言い分にまず耳を傾けてみよう。
ちなみに現行案による移設先は、正式には久辺(くべ)地区と呼ばれ、辺野古、久志(くし)、豊原の3区で構成される。人口は各々約2,000、600、400で計3,000人だ。辺野古区長の大城康昌氏と辺野古行政委員会副委員長の宮城安秀氏に話を聞いてみた。
大城氏は、なぜ、普天間飛行場が辺野古に移設されるようになったか、その経緯を思い出してほしいと、次のように語った。
「自民党政権のとき、政府がどうしても辺野古に飛行場をもってくるというので、われわれは苦渋の選択として受け入れたのです。受け入れに当たっては相互に協議して条件を整えました。騒音は基準値以下、安全対策も、受け入れ地域への経済振興策も住民への経済的補償も含めて話し合い、13年もかけて、話し合いから合意へ、そして実現へと事態を進めてきた。それを、政権交代だといって鳩山首相は地元になんらの説明もなしに政府約束を無視し、新案として辺野古の陸上案やホワイトビーチ案まで出してきた。とんでもない話です」
前述の「意外な」発言は、このあと大城氏の口から飛び出したのだ。
「辺野古沿岸部にV字型滑走路を作るという現行案は政府とわれわれの合意事項です。辺野古のわれわれはいまもこの現行案は生きていると考えています。政府も正式には否定していないはずです。鳩山首相が地元の意見に耳を傾けるというのなら、地元の中の地元のわれわれの声に、なぜ、耳を貸さないのでしょうか」
名護市議会議員で自民党系会派「新風21」に属する人物も、匿名で語った。
「そのとおりです。久辺3区の住民の殆どが現行案は生きているという認識で、同案を容認しています。地元の新聞もほとんどの大手メディアも報じませんが、3区の区長さんらはそのことを頻りに仰っています」
国民新党国対委員長で沖縄1区選出の下地幹郎氏も、「辺野古の地元で現行案に賛成の声が上がっているのは認識している」と語る。
「70~80%が移設を支持」
だが、現実の政治で起きているのは、そのような「地元意見」とは正反対の現象だ。去る1月24日の名護市市長選挙では移設反対派の稲嶺進氏が1万7,950票で、移設容認派の島袋吉和前市長に1,600票弱の差をつけて当選した。沖縄の主要2紙を見ても中央紙を見ても、名護市に普天間飛行場移設を受け入れる声はないように見える。その点を大城区長が説明した。
「地図を広げて名護市をよく見て下さい。山を境にして東部と西部に大きく二分されます。海に面した辺野古は東側、名護市役所や大きな企業、人口の大半が西側に存在しています。先の選挙で辺野古への移設に反対したのは主として西側の有権者でした。たとえ辺野古に飛行場が作られても、彼らには騒音をはじめ基地を置くことの負担はないのです。被害を受けるのはわれわれの地区です。にもかかわらず、この久辺3区の住民は、各報道機関の出口調査によると70~80%が移設を支持しています」
市長選挙で地区毎の票の動向を具体的に知る唯一の手懸りは報道機関による出口調査である。それによると辺野古地区有権者の70~80%が、移設容認の島袋氏に票を投じたとされる。
大城氏が強調した。
「名護市の東海岸地帯には久辺地区3区の他に10の区があります。現行案受け入れの私たちの考えは、久辺3区だけでなく、この10区の区長さんらにも理解されていると思います。これまで、われわれは10区とも協力関係を築いてきましたから。たとえば、飛行場移設に関連して北部振興策がとられてきました。交付金を久辺3区だけが受け取るのでなく、その一部を頭割りで各区に配分するなど、相互に助け合う努力を通して、協力関係を築いてきたのです」
大城氏は訥々とした口調で、自身の考えは、久辺3区の区長らと住民の考えでもあると強調した。地元住民の考えが仮に五分五分に分かれ住民同士が対立していたら、区長としてとてもこのように容認の立場は表明出来ないと語る。先の「新風21」の市議も指摘した。
「確かに3月8日、名護市議会は陸上案への反対意見と抗議決議案を全会一致で可決しました。しかし、注意してほしいのは、昨年末から俎上に載せられていた県外・国外移設を求める意見書は全会一致どころか可決もされなかったことです」
陸上案反対決議の中に現行案を示す沿岸部案反対の言葉はない。また、県外・国外案への不同意は現行案受け入れの余地を担保するものでもある。「新風21」の市議は、『県外・国外案』に反対の3つの理由を挙げた。
①現政権も現行案を否定していない。②政府との合意があるからこそ、北部振興事業が、10年来、約789億円規模で行われてきた。③久辺3区の住民の大半が現行案は生きていると考え容認している。
同市議はこうも語る。
「地元の側から辺野古へ基地を誘致したことは一切ありません。ただ、名護市長選挙の結果をうけて、平野官房長官が『結果を斟酌しなければならない理由はない』と言った。移設反対の声に対しても、必要なら国の判断は覆らないとの認識を示唆したように、政府決定には抵抗出来なかった歴史が幾つも重なってきた。であれば、現実論として一体、どうすればよいのか。だからこそ地元は長年、政府と地道に交渉し、辿りついたのが現行案です。その現行案を地元がいまも否定しないのであれば、その声を吸い上げ市政に反映させるのが、市議会の役割です」
ここまできて、気づくはずだ。普天間の移設先を決定する重要な2つの要素、地元と米国の賛同を、辺野古の現行案は満たしているということに。
米国側は一貫して、現行案の実現にこだわってきた。ホワイトビーチ案もキャンプシュワブ陸上案も拒絶したことはすでに述べた。つまり、米国側は現行案にこだわり、地元はそれを受け入れると言っているのだ。残るは鳩山政権だけである。
無視される住民の真の声
それにしてもなぜ、こうした地元の声を、鳩山政権は政策に反映させないのか。理由は2つ、メディアの偏向報道と鳩山首相の定見の欠如である。
先の宮城安秀氏が訴えた。
「本当の地元のわれわれの所には、政府の人たちは意見を聞きに来ません。岡田(克也)外相は名護市には来ましたが、西側だけに行って、反対派の人たちばかり集めて意見を聞きました。東側の辺野古には来ない。マスコミが取材に来て、われわれの意見を聞いたとしても、報じてはくれません。久辺3区の全世帯の住民が安心して暮らせて、しかも、国防に貢献するにはどうしたらよいか。われわれは一応、きちんとした案をまとめていて、政府に提案したいと考えています。しかし、政府はわれわれに目を向けず、提案には至っていません。メディアは移設反対派の意見ばかりを伝え、真実を伝えてくれません」
先の名護市議が訴えた。
「現行案容認派は保守派だと見做され、沖縄の新聞は取り上げないのです。われわれが地元の声を代弁しようと行動に出ても、無視される。『基地は撤去せよ』という社是の前で、住民の真の声が打ち消されるのです」
メディアの問題に加えて、鳩山首相の国防に対する無責任さが混乱を深めてきた。現行案を否定するなら、首相は、理由を説明する責任がある。だが、明確な説明がないばかりか、首相の言葉は虚構に満ちている。首相は「沖縄の皆様のお気持を大事にしたい思い」を幾度となく強調したが、「沖縄の皆様」の中の、地元の中の地元の皆さんが、政府が頼むのなら現行案でもよいと言っているのだ。その声を無視して実現不可能な県外や国外を主張し続けるのは欺瞞である。
そもそも鳩山首相は政権発足から半年もの長きにわたって、国家の基盤である安全保障問題、そのまた基盤である日米安保体制について、見苦しくも絶望的な迷走を重ねてきた。国民の生命財産を守り、日本の国土と海を守る最高責任者としての任務を全く果たしてこなかった。
空しく現行案を否定し続けて今日に至った真の理由は、単に自民党政権時代の決定には反対するということではないのか。
今回、現行案支持の声の受け止め方について、政府に質問状を送ったが、回答は得られなかった。回答がなくとも、合理的な解決策はひとつしかない。それは結局、現行案に戻ることだ。但し、単に戻ることは許されない。国政の基盤である安全保障を蔑ろにし、日本国は果たして信頼に値する国なのかという疑念を国際社会に抱かせた首相として、恥を知り辞任すべきなのはいうまでもないだろう。
『週刊新潮』 2010年2月18日号
日本ルネッサンス 第399回
日本時間の1月13日にハイチで起きた地震は、総人口1,000万人の国に死者21万人強、被災者300万人強の被害をもたらした。90%以上の建物が崩壊し、首都ポルトープランスは壊滅した。あれから約ひと月、瓦礫の片づけははかどらず、医薬品も食糧も水も不足している。
地理的に見てハイチは米国の裏庭である。それだけにオバマ大統領は直ちに反応した。ハイチ問題についての、最初の演説でこう語っている。
「ハイチ問題最優先」で「米国の指導力」を発揮する。「神の恵み」の下で、「南の隣人たちと連携」する。「陸軍、海軍、海兵隊、コーストガード」を投入し、「米軍は24時間体制の」救出活動を行い、「政府は1億ドル(約90億円)を支出する」。
ハイチは数年前まで、激しい反政府武装勢力の活動で社会不安が続いていた。国連は04年に、PKO部隊、「国連ハイチ安定化派遣団」を送った。06年の選挙で新政府が発足し、ようやく治安が回復しつつあった矢先の地震だった。
このハイチに外交攻勢を強めたのが中国だ。中国は04年以降国連PKOに150人の警察部隊を派遣していた。今回の地震で中国部隊の幹部8人が死亡、中国政府は彼らを「英雄」として国葬で讃えた。
中国がハイチに力を入れる理由に、中南米における台湾の影響力排除があるのは明らかだ。現在、中国とハイチ間に国交はない。台湾と国交を維持する国は現在23ヵ国で、内12ヵ国が中南米に集中しており、ハイチはそのひとつなのだ。
もうひとつの理由は米国の裏庭に影響力を及ぼすことだ。中国の動きは素早く、中国軍の第一陣は地震発生から33時間でポルトープランスに到着した。米国、アイスランド、プエルトリコに続く早さだった。
日本はどうか。施政方針演説で声を限りに「いのち」と連呼した鳩山由紀夫首相は、ハイチの地震発生から約36時間後の1月14日夕方、記者団の質問を受けて、述べた。
「多くの人命が失われたこと、心からお悔やみを申し上げたい」
陸上自衛隊の国際緊急医療援助隊(国緊隊)が派遣されたのは地震発生から9日目の1月21日だった。彼らは23日に現地入りし、医療活動を開始した。
サマーワと同じ構図
自然災害時の援助では、何よりも即応することが大事である。だが、被害国の状況によっては、医療活動といっても危険が伴う。ハイチの場合、元々の社会構造の不安定に加えて、食糧や水不足による不安と不満が募り、国連援助隊が住民に襲われるケースも多発した。逃げきれず、国連側が催涙スプレーをかけたケースさえある。医療隊といえども、身を守る武器携行が必要である。
今回、国緊隊の派遣に関して政府決定が遅れたのは、まさに隊員の「いのち」をどう守るのかについて、判断出来なかったからだ。関連法は国緊隊の武器携行を禁じている。かといって、ハイチでは国連PKO活動が続いていたのである。それは紛争が続いていることを意味する。刻々と入ってくる情報も、ハイチの社会不安と危険性について警告するものばかりである。そのような地域へ自衛隊を丸腰で派遣して、隊員の安全を担保出来るのか。その見極めに時間がかかり、9日がすぎたのだ。
安全確保に目処がついたからこそ、派遣に踏み切ったわけだが、具体的にはどういうことだったのか。国緊隊の約100名は、首都から西方約40キロの町、レオガンの、エピスコパル大学の敷地に診療施設を設営し、すでに千数百名の患者を手当した。
その彼らの安全を守るのはスリランカ軍である。エピスコパル大の設営場所から1.5キロ先に、国連のスリランカ軍2個中隊が設営しており、国緊隊に危険が及ぶような場合、目と鼻の先から救援に駆けつけてくれるという想定なのだ。国緊隊の設営場所は、スリランカ軍との距離の近さもあって決定されたといえる。
そのことを知って思わず嘆息するのは私だけではあるまい。イラクのサマーワで活動したとき、自衛隊の安全を英国軍やオランダ軍に守ってもらったのと同じ構図である。だが、スリランカの人口は2,000万人強、およそすべての面でわが国よりはるかに小国だ。その小国に、日本を守る負担をお願いしなければならないのだ。スリランカの人々に感謝しつつも、このような体制からは一日も早く脱しなければならない。
日本が国緊隊を派遣した1月21日、国連は軍事部門で2,000名、警察部門で1,500名のPKOの派遣を諸国に要請、日本政府は応えて、2月5日に自衛隊員350名の派遣を閣議決定し、一次隊の6日の派遣にこぎつけた。護身用の武器として、拳銃、小銃、機関銃も携行を許された。自衛隊のPKO部隊は避難民収容施設の用地造成や瓦礫の撤去、道路整備などを担当するという。
鳩山首相はこの展開について、「2週間という(短時間で)PKO派遣を決めることが出来た。今までになかったことで、感慨無量の思いがございます」と語っている。
自衛隊派遣の恒久法を
たしかに従来のPKO派遣に要した数ヵ月単位の時間に比較すれば、今回の派遣はかなり早い。理由は大別して2つある。
ひとつは防衛大臣直属部隊としての中央即応集団が07年3月、自民党政権のときに創設されていた点だ。中央即応集団は陸上自衛隊朝霞駐屯地に本部を置き、約4,000名の隊員で構成する。目的は「国際平和協力活動や国内の各種事態への即応」だ。すぐ任務に飛び出せるように、あらかじめ種々の予防接種を受けている。全員のパスポートは金庫に保管され、装備も整えられている。同集団創設以前は、隊員への予防接種だけで月単位の時間がかかっていた。
別の理由は、与党となった社民党が日本国の責任を認識し現実路線を選んだせいか、自衛隊のPKO派遣に反対しなかったことだ。野党の自民党も無論、反対しなかった。
自衛隊のPKO部隊の派遣に米国は好意的である。「米国の裏庭」で進む中国の影響力拡大の動きに当然、彼らは苦々しさを覚えているであろう。そこに価値観を共有する同盟国として、本来、協力が期待されている日本がかつてない早さで援助に入ったのだ。インド洋からの撤退や普天間飛行場移設での迷走が、これで帳消しにはならないが、鳩山政権への否定的見方を幾分緩和する材料にはなるだろう。
それにしても、この機会に鳩山政権が手をつけるべきことがある。自衛隊のPKO派遣をその度毎に決め、常に行動が遅れて評価されない現行制度から脱却して、今回のように素早い対応を可能にする自衛隊派遣の恒久法を制定することだ。自民党に異論があるはずはない。外交・防衛で一致協力するよい機会である。
『週刊新潮』 2010年2月11日号
日本ルネッサンス 第398回
夢想家、鳩山由紀夫首相の施政方針演説は、空疎で聞くに堪えなかった。「いのち」という言葉を連発し、力を入れるあまり声が裏返っていた。国民の「いのち」を預かる身として、日本の置かれている現実をもっと冷静に見るべきだろう。
首相は、「生まれくるいのち」「育ちゆくいのち」「働くいのち」を守り、さらに「世界のいのち」も「地球のいのち」も守ると、目標値を高めていく。
すばらしいことだ。平和を守ることと同様、反対する人はいまい。だが、いのちを守ることは多くの責任を果たすことであり、首相が語ったように、政治の責任は非常に大きい。
生まれ、育ついのち、そして働くいのちを守るには医療、福祉、雇用など、種々の社会政策が肝要で、それらを可能にする経済成長が欠かせない。だが、鳩山政権の経済政策のどこに成長を促す要素があるのだろうか。そうしたこと以前に、いのちを守るには日本国の安全そのものが守られていなければならない。その点について、鳩山首相の考えは支離滅裂である。
戦後日本の平和と安定の土台は日米安保体制だった。だからこそ、首相の基本的価値観が、明らかに米国と距離を置き、中国に傾く点にあるにも拘らず、首相は演説で「日米同盟の深化」に触れざるを得なかった。
首相の施政方針演説の2日前に演説したオバマ大統領は、しかし、日米同盟にも、日本の存在自体にも触れなかった。鳩山政権の日本は完全に無視されたのだ。首相はそのことを当然知っていたにも拘らず、日本に深刻な影響を与える米国の「日本離れ」にどのように歯止めをかけるのか、そのために何をすべきかについて、演説で何も語らなかった。
ついでに言えば、鳩山政権を事実上差配していると言ってよい小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題についても一言もなかった。都合の悪いことには向き合わないのである。
自己中心的で内向き
首相は、国内のいのちだけでなく、世界のいのち、地球のいのちを守るともいう。そのためには地球環境や諸国間の覇権争いの厳格なコントロールが必要だ。他国を力ずくで抑圧し、異民族を虐殺し続ける、たとえば中国のような国は放置してはならない。中国を含む如何なる国の身勝手な振舞いも許してはならないのだ。
しかし、日本離れを進める米国への対処について語らなかったと同じく、「世界のいのち」に大きな脅威をもたらしている中国についても、首相は一言も言及しなかった。
声を裏返らせていのちを連呼してもなにも起きはしない。首相の言葉に説得力がないのは、その視点が自己中心的で、内向きで、他国の動きを認識していないからだ。
夢見る未熟な政治家、鳩山首相を無視したオバマ大統領も、しかし、一般教書演説で見る限り、極めて内向きである。就任して1年、初の一般教書演説の大部分を、大統領は国内経済の再活性化と雇用創出に割いた。今後5年間で輸出を倍増させ、200万人の雇用を創出するそうだ。
現実的な目標とは思えないが、世界一の大国であり続けると決意する大統領としては、掲げざるを得なかった政治的目標値なのであろう。
日米双方の最高指導者は、共に、理想家である。しかし、両者の違いはそれでも非常に大きい。鳩山首相が中心軸を欠いたマシュマロのように柔らかく頼りなく、言葉に始まり言葉に終わるのに対し、オバマ大統領は、国家の基本を一応は押さえている。それが中国の軍事的脅威、もしくは「テロとの戦い」への対処策としての軍事支出の据え置きである。
大統領はすべての裁量的歳出の伸びを3年間凍結したが、社会保障費と国防費は例外とした。国家の基盤は経済だけではなく、軍事的基盤があってこそ、自国と自国民を守ることが出来ると識っているからだ。
オバマ政権の目下の最大の目標は、国内経済の再活性化である。一方で、GDPの10%を超える140兆円に達する見込みの財政赤字も削減しなければならない。大統領は2月1日に予算教書を発表したが、200万人分の雇用創出につながる経済成長戦略と同時に、財政赤字の削減という相反する課題に取り組む筋道を示した。注目されるのは軍事費だ。
前述のように、オバマ大統領は一般教書演説で、軍事費に伸び率凍結の枠ははめなかったが、内部調整でアフガニスタンへの軍事支出を増やすのとは対照的に、有人月探査計画や宇宙開発計画の予算を削減すると発表した。これは一体、世界の安全保障にどんな影響を与えるのか。
秘かに喜ぶ中国
どの国にとっても月探査は膨大なコストの割に現実的見返りが実感しにくい、いわば金食い虫の企画である。米国はケネディ大統領の提唱で始まったアポロ計画、有人月探査をソ連に先がけて成功させた。75年まで続いて、打ち切られた有人月探査を、ブッシュ前大統領が復活させた。2020年までに、有人月探査を実現する計画だった。それを今回、オバマ大統領が中止させたわけだ。
代わりに5年分の宇宙開発関連予算59億ドルをつけたが、これでは国家プロジェクトとして宇宙開発を続けることは困難だ。月探査計画の2020年の実現は困難であろう。
秘かに喜んでいるのが、中国ではないだろうか。中国はいま、異常な軍拡の真っ只中にある。喫緊の目標と見られる台湾併合に関連して、2002年段階で台湾海峡の制空権を握った。台湾をとらえる短距離ミサイルは1,400基も配備済みである。
台湾併合にはそれだけでは不十分で、中国はどうしても米国の介入を防がなければならない。そのために、米軍事力の強みでもあり弱点でもある高度ハイテク技術への依存性を突く力を、中国は蓄えた。サイバー攻撃と宇宙衛星網の破壊である。
中国人民解放軍にはサイバー攻撃のための部隊として、総参謀本部に第3部及び第4部が設けられている。軍全体、否、国家ぐるみで実施するサイバー攻撃を、彼らは「暗殺者の棍棒」と呼んでいるそうだ。中国を起点とする米国防総省へのサイバー攻撃は09年で年間9万件に迫る勢いだとされている。
中国はまた、2020年には独自の宇宙ステーションを、2030年には月面基地を完成させると見られている。両者を結べば、月と地球の間の宇宙空間も、そこを飛び交う衛星も支配出来る。世界のあらゆる情報を瞬時に入手し、ピンポイントで対処する能力を手に入れられる。現在、圧倒的強さを誇る米軍に対等に立ち向かう能力を、中国人民解放軍が手にするということだ。
理想を語り、その甘い陶酔の海に溺れる鳩山首相の無策は論外として、オバマ大統領の控え目な宇宙、軍事政策を最も喜んでいるのは、中国であろう。
『週刊ダイヤモンド』 2010年2月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 824
1月24日の沖縄県名護市の市長選挙の結果は、鳩山政権の終焉への第一歩となる可能性が大きい。どの国の、どの時代の歴史を見ても、国防の基本を蔑ろにした国は滅びている。鳩山由紀夫首相の友愛外交は、その背後に強固な軍事的備えがあって初めて生きてくるのだが、首相の外交は単なる空疎な言葉だけであり、これでは日本は持たない。
普天間飛行場の移設がより困難になり、日米安全保障体制が機能しなくなったとき、日本の国防の危うさは文字どおり日本の浮沈につながる。北澤俊美防衛相や平野博文官房長官は危機を実感しているのであろう。選挙結果は受け止めるが、「手続きも含めて法律でやらなければならない部分もある」(平野官房長官)の発言に見られるように、移設が全面的に選挙結果によって左右されるわけではないとの姿勢を示している。
なぜ、今、普天間飛行場移設問題を含めて日米安保の万全の体制が必要か。中国の軍事的脅威の高まりが尋常ではないからだ。米国は、2002年から毎年、国防総省の報告書「中国の軍事力」を発表。一方、共和・民主超党派の米中経済安保調査委員会も報告書を発表、QDRと通称される「4年ごとの国防計画見直し」などで中国の軍事力を分析してきた。
そうした情報を読めば、首相の唱える安保・外交政策がいかに的はずれで問題外であるかがわかる。米国の分析をざっと紹介する。たとえば、日本が将来直面するであろう中国の脅威を、すでに現在体験中の台湾のケースである。米国は、02年の段階で、すでに、台湾は台湾海峡の制空権を中国に奪われたと分析する。その年、台湾海峡に臨む中国大陸の沿岸には、台湾を狙う短距離ミサイルが350基配備ずみだった。09年には、その数は1,150基に増えている。毎年100基以上増え続けているのである。
むろん、右のミサイルへの核弾頭の装備は可能であり、方角を変えれば、ただちに日本攻撃にも使えることは言うまでもない。
中国は、軍事力で台湾を制圧出来る水準をすでに確立済みだが、それでは不十分だ。台湾問題に米国が介入出来ない状態をつくらなければならない。そこから、すさまじいとしか言いようのない「介入阻止作戦」が展開されてきた。その方法は二つ、サイバー攻撃で米国を機能不全に追い込み、潜水艦を駆使して空母を足止め、あるいは破壊することである。
第一の作戦は、米軍の強みでもあり弱点でもあるハイテクへの高度の依存性を突くものだ。そのために、中国人民解放軍には二つの特別部隊がつくられた。国防総省、国務省をはじめ、考え得るすべての研究機関や大学のコンピュータに侵入して情報を盗む部隊、もう一方は必要なときにコンピュータ網を攪乱し、破壊する部隊だ。ちなみに、中国軍では、これらサイバー攻撃部隊を「暗殺者の棍棒」と呼んでいる。
「暗殺者の棍棒」が、たとえば国防総省に仕掛けたサイバー攻撃は、07年に4万3,880件、08年は5万4,640件、09年は前半だけで4万3,785件だった。年間9万件に迫るすさまじさである。
この数は、国防総省一省に対する攻撃であり、有事の際には米国全土に一斉攻撃が始まると考えてよい。
第二は空母に対する潜水艦の攻撃能力の強化である。06年10月、中国の攻撃型潜水艦が沖縄沖で訓練中の米空母「キティホーク」にまったく気づかれることなく、8キロメートル地点まで接近して浮上したように、中国は米空母を攻撃する能力を十分に備えてしまった。
こうした状態があるからこそ、米国は日米安保条約をも踏まえて備えを固めたいと考えている。米国との協力は日本の安全を守ることにつながる。それが鳩山首相にはわからないのだ。
『週刊新潮』 2010年2月4日号
日本ルネッサンス 第397回
1月24日、米軍普天間飛行場の移設問題を最大の争点とする沖縄県名護市市長選挙で元市教育長の稲嶺進氏(64)が当選した。氏の公約は辺野古の海に基地は造らせないというもので、日米の長年の合意である辺野古への移設は非常に困難となった。
沖縄に関する特別行動委員会(SACO)の最終報告書には、沖縄県米軍区域の総面積の21%にあたる5,002ヘクタールの返還が普天間移設の柱として明記されている。それに伴って訓練場や通信所を県内の他施設に統合し、パラシュート降下訓練は伊江島に、実弾砲兵射撃訓練は本土に、12機のハーキュリーズ航空機は岩国飛行場に移すなどが決められている。すでに準備は進んでおり、岩国のハリアー航空機14機は米国に移駐済みだ。
辺野古移設が頓挫すれば、これらすべての移設も白紙に戻されかねない。政府合意の白紙撤回は異常事態であり、米国の信頼を著しく損なう。5月には移設先を決めるとの鳩山由紀夫首相の言葉が実現されない場合、責任は極めて重大である。
首相も岡田克也外相も、複雑な歴史を背負った沖縄で、県知事や名護市長が辺野古移転計画を容認するまでにどれほどのハードルを越えなければならなかったか、その苦労を想像出来なかったのだろう。だからこそ、簡単に国外や県外移設を公約し、自縄自縛に陥った。
名護市長選挙の時期、私は沖縄八重山諸島のなかでも、最も革新勢力が強く先鋭的な反米反自衛隊の地という評判がある石垣島にいた。同島では2月28日に市長選挙がある。5選を目指すのが大浜長照(ながてる)現市長だ。氏の特徴はなんといっても軍事的な事柄への徹底した反対姿勢である。
氏と、米海軍との間に起きた或る出来事を見てみる。私はこれを、便宜的に「非常事態宣言事件」と呼ぶ。
デモ隊が港のゲートを封鎖
発端は在日米海軍が09年4月1日から3日まで、掃海艦2隻を石垣港に寄港させたいと通知したことだった。米艦船の寄港は日米地位協定で認められているのだが、島では反対の声が起きた。八重山地区の労働組合協議会、九条の会やえやま、いしがき女性九条の会など8団体15人が会見し、「身の毛のよだつ思い」「軍服を着て、市街地を歩くことは許さない」などと非難した。
大浜市長は接岸可能な岸壁はクルーズ船などの予約で一杯で、掃海艦の接岸は物理的に不可能だとして拒否回答を送った。さらに「観光客に無用の不安と混乱を招く」「子どもたちに強い恐怖を与える」「市民感情に配慮を欠いた一方的な押しつけ」「寄港は平和行政と相いれず、内政干渉」だとして、強く反対した。
これに対し3月17日、米軍側は寄港予定を2日延期し、民間の船が出港する後の3日に入港したいと改めて通知した。
地元紙の「八重山毎日」は翌3月18日、「米艦船は来ないで!」との見出しで社説を掲げ、米艦船は「招かざる迷惑な客」だ、米艦船の寄港を「果たして台湾や中国などがどう受け止めるか」と問うた。
石垣島の鼻先の日本の領海を中国の潜水艦が侵犯し、逃げ去ったのは04年11月だった。中国は台湾及び沖縄諸島を照準にとらえた短距離ミサイルを1,150基も配備済みだ(08年9月時点)。しかも、毎年約100基ずつ、増やしている。先の社説子は、こうしたことについてどう考えるのだろうか。沖縄(日本)への軍事的脅威を構築済みで、それをさらに拡大する中国に、的外れの配慮を示し、一方で同盟国の掃海艦という比較的小さな艦船の入港の「危険」を煽りたてる。中国にどう思われるかを心配するより、中国の短距離ミサイルや潜水艦の脅威こそを心配しなければならないはずだ。が、国際情勢への目配りを欠く社説子は「米軍であれ、自衛隊であれ軍隊と名のつくものがこの八重山に出入りすることを一切お断りしたい」と断じるのだ。
さらに驚くべき反応が、今度は大浜市長から起きた。米艦船の寄港予定日近くの4月1日、市長は「寄港した場合は非常事態宣言をして対応せざるを得ない」と述べたのだ。同盟相手が、「乗組員の休養と地元との交流」を求めたのに、市長は極論で息巻いたわけだ。
当時の在沖縄米総領事のケビン・メア氏は、「米海軍の沖縄での活動自体が日米安保の下で日本を守る責任を果たす用意が、米国にあると示すことになる。石垣港は南の海路の中心にあり、寄港の経験を通してこの海域を知っておく必要がある」と記者会見で述べたが正論であろう。
このような経緯を経て、掃海艦2隻は4月3日午前9時前後に石垣港に入港、接岸した。待ち受けていたメア総領事は艦船に移り、艦長以下乗組員を歓迎した。その後、メア総領事と2人の艦長ら幹部が港内から市街地に出ようとしたときだ。反対派が組織した約300人のデモ隊が港のゲートを封鎖してメア氏ら全員を7時間以上封じ込めた。
空疎な友愛精神
地元紙「琉球新報」は、「兵士入れるな」「市民抵抗にらみ合い」などの見出しでこれを報じた。記事にはデモに駆けつけた8歳の小学3年生の、「戦争が起きそうな気持ちになる」との言葉を引用している。相も変わらぬ陳腐な報道である。
沖縄県警は、しかし、港を実力封鎖した人々を解散させるところまでは動かず、メア総領事らに裏口からの脱出を提案したという。メア氏は、米国の代表として裏口からの脱出は断固拒否すると断り、車を降りて、徒歩でデモ隊の真ん中を突っ切った。
石垣島にも、無論、日米安保を高く評価し、同盟の絆を深め、島に自衛隊を誘致したいと考える人々は存在する。だが、掃海艦の寄港に非常事態宣言を口にするなど、常軌を逸していると言われても仕方がない人物が5選を目指すのが「革新の島」石垣の実態である。それは沖縄全土に共通する政治風土でもある。
反米軍、反自衛隊の気風の強いこの沖縄で、普天間の移設先になることを名護市が受入れたのは実に大きな決断だった。それを空疎な友愛精神で反転させたのが鳩山首相だ。
閣僚らはすでに、何を優先すべきかに気付いている。選挙結果について北澤俊美防衛大臣は「沖縄の皆さんに、政府が本来決めるべき選択を過重に任せる風潮は良くない」と語り、平野博文官房長官は「一つの民意の答えとしてはあるだろうが、検討していく上では、(それを)斟酌しなければいけないという理由はない」と語った。他方、首相も、「選挙の結果は名護市民の一つの民意の表れ」「ゼロベースで、5月末までに結論を出す」と語った。余りに軽い首相の言葉だけに意味は不明だが、1,600票弱の差で導き出された選挙の結果と日米安保体制と、どちらが日本の国益にとってより重要なのかを、未だ判断出来ないのではないか。
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