「 米外交は親中路線に変質するか 」
『週刊新潮』 2013年4月25日号
日本ルネッサンス 第555回
4月15日、東京砂防会館で開かれたシンクタンク「国家基本問題研究所(国基研)」主催の月例研究会は人で溢れていた。論者は国基研副理事長の田久保忠衛氏、同企画委員で産経新聞特別記者の湯浅博氏、米国で長年過ごした前民主党衆議院議員の北神圭朗氏、それに私である。テーマは「米は変質するか―4月28日主権回復の日、日本の対処は」だった。
折しも米国務長官、ジョン・ケリー氏が韓国、中国歴訪後に来日した。東京での氏の一連の会見も併せ読みながら、米外交を展望してみたい。
セミナーでは、まず田久保氏がざっと以下のように問題提起した。
政権2期目のオバマ大統領の政策は国際社会の紛争から可能な限り手を引き、米国内問題を優先するというものである。これまで日本をはじめ多くの国々が米国の軍事力によって維持される世界秩序に依拠しながら、自らは軍事費を抑制しつつ福祉や医療、教育などの国内政策に力を入れてきた。いま、オバマ大統領も軍事費を大幅削減し、国内政策を充実させるべく舵を切りつつある。他の普通の国同様、米国も福祉国家に向かおうとしているのである。外交においては当然、消極的に、内向きになると予想される。
ピボット(軸足)政策でアジア・太平洋の秩序と安全の維持にコミットし、対中牽制を強めていたこの3年ほどの米外交が内政重視に方向転換する結果、米国は対中融和策に傾くのではないか、というものだ。
北神氏は、米国は「道徳的に正しい国」であることに拘り、民主主義、自由、国際法遵守をあるべき基準とする国柄だと分析したうえで、軍事費の削減は民主党だけの傾向ではなく、共和党も同様だと指摘した。従来、共和党は強い米国を標榜し、軍事費削減には反対し続けてきたが、それがいま変質し、オバマ政権の軍事費削減に同調しているとの見方だ。
中国の影響力を過大視
湯浅氏は、米国は危機の度に官民共に総力をあげて問題解決に取り組んできたこと、旧ソ連にスプートニクで宇宙開発に先行されたときはアポロ計画で、「経済戦争」といわれた日本との摩擦はコンピュータ革命で、各々危機を乗り越え超大国の地位を守ってきた。いま、中国とのせめぎ合いをシェールガス革命で乗り切れるかが注目点だと指摘したうえで、共和党には極めて保守的な政治団体、ティーパーティーの支持を受ける政治家が少なくないこと、従ってティーパーティーの主張する「小さな政府論」に自ずと同調する傾向があり、国防予算削減の動きが共和党からも出るのだとつけ加えた。
いま米国は、10年で少なくとも50兆円に及ぶ歳出削減を行おうとしている。削減の最大のターゲットが軍事予算で、全削減幅の6割が軍事予算から捻出されると見られている。対中政策のみならず、外交、国防政策の見直しを迫られているのだ。
米国の対中政策は、その時々の状況によって「関与」(engagement)と「防御」(hedging)の間を行き来してきた。関与政策は、交流を深めることによって民主主義や法治などの価値観を受け入れさせようというものだ。
政権1期目のオバマ大統領は政権発足当初の1年目は関与政策をとっていたが、クリントン国務長官の考えに従い、政権2年目からは防御政策へと変化した。防御政策は対話を重視しつつも、暴走抑止に足る十分な体制を作るというものだ。それは主として十分な軍事力を構築することだが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に見られるように、中国も従わざるを得ない国際秩序を形成して牽制するのもひとつの方法である。
明確な対中関与政策論者のケリー氏が国務長官となったいま、米国が対中融和策に必要以上に傾くのではないかとの懸念が、日本のみならず、東南アジア諸国にもインドにも広がっている。
10日間の外遊の最終訪問国として日本を訪れたケリー氏はそうした懸念を払拭するかのように、東京工業大学での4月15日の演説では次のように語った。「(米国は)太平洋の一国であり、太平洋におけるパートナーシップを重要なものと受けとめ、積極的かつ持続的な関係構築を継続するというのが私のあなた方に対するコミットメントだ」。
今回のケリー長官の歴訪の最重要課題のひとつが北朝鮮への対処である。ケリー氏は歴訪の成果のひとつとして、中国が北朝鮮の非核化を実現するために、「これまでにない厳しい姿勢を見せたこと」「先例のない共同声明を発表したこと」を挙げている。しかし、北朝鮮の核及びミサイル開発を阻止するために始められた6ヵ国協議で、中国はこれまで一度も北朝鮮のミサイルも核も阻止することが出来なかった。北朝鮮は中国を筆頭に諸国の反対にも拘わらず、すでに3度の核実験を行っている。中国の北朝鮮への影響力を過大視することは危ういのである。
ケリー長官の高揚感
にも拘わらず、ケリー長官が、対北政策で中国が米国と共同歩調をとると決定したことを、驚くほど高く評価するのはなぜか。氏が北京訪問の最終日に行った記者会見からその答えが見えてくるような気がする。
時間に遅れてきた長官はいきなりこんな発言で会見を始めている。
「非常に建設的で前向きな一日の出来事を皆さんにまとめてお話ししたい。率直にいって、色々な意味で、私が期待したよりもずっと多くの分野で、殆どの分野で、いや全ての分野で、不同意よりも同意が実現した。私のカウンターパートである王(毅)外相に加えて習(近平)主席、李(克強)首相にお会いするという特典を与えて下さった中国政府に感謝する」「全ての人にとっても絶対的に明らかなのは、世界最強の2ヵ国、世界最強の2大経済国、2大エネルギー消費国、国連安保理の2大国が、国際社会の隅々の事象にまで関心を抱くとき、(この2大国の間で)相乗作用が生じるということです」
世界最強かつ最大の米中が協力する限り、およそ全ての問題は解決されると語るケリー長官の高揚感が伝わってくるような会見である。右の発言は氏が国務長官に指名され、上院外交委員会での公聴会で語ったことと同じである。日本に言及せず専ら中国について語ったその姿勢は、顕著な対中関与策であり、対中融和策だった。米国は内向きになり、かつ本格的に対中融和策に傾くと見ざるを得ない。
安倍首相も岸田外相も、日本から見る中国外交の実態を詳しくケリー長官に伝えているはずだ。法を無視し、力に任せて他国の主権を脅かす国であると米国が気づくか否か、注意深く見守ることだ。やはり大事なのは、日本が米中の谷間に沈み込むことの決してないように、日本自身の力を強化することだ。