「 「石破立憲民主党」になった自民党 」
『週刊新潮』 2024年11月21日号
日本ルネッサンス 第1123回
11月11日午後、衆議院における首班指名で自民党総裁の石破茂氏が103代の日本国首相に選ばれた。そのとき、氏の表情に笑みはなく、大きな吐息をついたのが見てとれた。
決選投票での氏の得票は221票、立憲民主党代表の野田佳彦氏は160票、無効票、つまり、国民民主党の玉木雄一郎氏らに入れたのが84票だった。石破氏の政治基盤の脆弱さが読みとれる。
どこから眺めても石破氏の自民党は詰んでいるのだ。にもかかわらず自民党内にはそんな石破氏を総理・総裁の座から降ろそうという動きもない。石破氏を降ろすとしても、誰が、如何にして難局を乗り切れるのか。誰にも自信がないのだ。多くの自民党議員が諦めの心境で様子見に徹しているのであろう。政党としてのエネルギーが枯渇しかかっている。
これからの国会運営で、自民党は立民に主導権を奪われ続ける恐れがある。衆議院の委員会17の内、最重要の予算委員会の常任委員長ポストは立民に与えられた。委員長は安住淳氏だそうだ。
どの組織もそうだが、金庫を握る意味は限りなく重い。国の予算を仕切る権限ほど強大なものはあるまい。政治評論家の田﨑史郎氏が語る。
「これまでは絶対多数を持っていた自民党が委員長ポストを割り振っていました。しかし立憲民主党が国会内の勢力図の変化に伴い、委員長ポストをドント式計算法で配分してほしい、予算委員長か議院運営委員長のどちらかが欲しい、自民が受け入れないなら採決で決めようと、圧力をかけたのです」
前述のように自民党が絶対多数を誇っていた時には自らが17の委員長ポストを決めていた。だが少数与党となった今は野党と話し合うか、採決で決めるしかない。採決に持ち込まれ、野党がまとまれば、自民が委員長ポストを全くとれないことさえあり得るのだ。政治ジャーナリストの石橋文登氏が解説する。
「野党がまとまって多数決ルールを適用すれば、ポスト争いで自民党の完敗もあり得ます。しかしそんなことではまともな政治はできません。そこから様々な駆け引きが生まれるわけです。自民党一強のときは、委員長ポストを主として自公でとり、野党には慣例として特別委員会の委員長ポストを配分していました」
衆議院には8つの特別委員会がある。委員長には、立派な部屋と秘書、黒塗りの公用車が用意される。体面を保ち満足感を野党に与える形を整えているのだ。こうした慣習がいわゆる「スムーズ」な国会運営をもたらしてきたということだろう。
自民党は立民に予算委員長だけでなく、法務委員長のポストも与えた。野田氏は同ポストの獲得は「選択的夫婦別姓の実現が狙い」だとして、野党だけでなく「公明党も多分賛成だ」、「自民党を揺さぶるには非常に効果的な委員会だ」と語っている。
私は右の野田氏の発信を見たとき、石破氏はある特定の意図をもってこのポストを立民に与えたのではないか、野田氏を介して夫婦別姓制度の確立を実現するのが真の狙いだったのではないかと感じたのだ。これは或いは考えすぎかもしれない。しかし石破氏は元々夫婦別姓や女系天皇に賛同してきた人物だ。満更、外れてもいまい。
価値観のせめぎ合い
これらの問題では自民党内の意見は激しく対立している。たとえば夫婦別姓だ。安倍晋三氏の流れを汲む人々は反対の立場から、通称の活用で解決できるとする。現に、公務員として働くにしてもパスポートを取得するにしても旧姓、つまり通称でできないことは殆どなくなっている。
9月の自民党総裁選でも同問題は議論された。旧姓では不動産登記もできないと小泉進次郎氏が具体的に批判した。が、すぐにこれは間違いだと、高市早苗氏が反論した。今年春の法改正で旧姓での不動産登記も可能となったのだ。
夫婦別姓制度を新設せずとも、現実生活の中ではすでに旧姓使用が幅広く許容されている。それでも何らかの問題が残っているのであれば、個別に対応すればよいというのはいわゆる保守の人々の考えだ。彼らはまた、夫婦別姓は戸籍制度の廃止につながりかねないとの危惧も抱いている。こうした懸念を真っ向から否定するのが野田氏であり、石破氏ら自民党内のリベラル勢力だ。
まさに価値観のせめぎ合いである。ここから私は米国でのトランプ氏vsハリス氏の戦いを想起する。ハリス氏大敗北の原因はインフレに加えて価値観の闘いで左路線に傾きすぎたことだと私は見ている。バイデン民主党政権とそれをそっくり継続するハリス氏の下で急速に進んだ行きすぎたリベラリズムに、国民の多くが「もう沢山だ」と反旗を翻した。その中に、多くの元々の民主党支持者が含まれていた。
急な坂を転げ落ちて…
際限なく増える不法移民、巨額の予算を投じてその人々を保護する民主党。彼らはまた完全にLGBTの人々の側に立った。トランスジェンダー女性が種々の女性スポーツ分野に進出すれば、体力の相違から容易に勝利を手にしていく。そうしたことをバイデン政権は法律で担保し、ハリス氏は熱狂的に支持した。
少数の人々の生き方や価値観を受け入れることは無論、大事である。社会の悪しき慣習で傷つく人がいればそれも正すべきだ。しかし社会の大多数の人々の生き方、価値観も大事にすべきなのだ。少数の人々のために社会の法や制度を、性急に、根本から、変えることには極めて慎重でなければならない。
トランプ氏は「Agenda47」(第47代大統領の公約)として20項目を掲げた。とりわけ私の目を引いたのが、前文のタイトルにある「常識に立ち戻ろう」だった。常識、つまり大多数の人々が是とする価値観を大事にしようという。トランプ氏が七つの激戦州の全てを制して大統領選に圧勝した大きな理由のひとつだろう。
石破氏は明らかに米国のバイデン・ハリス路線的なリベラルな道を歩もうとしている。元々、石破氏と野田氏は考え方や価値観が奇妙なほど似ている。余計なことだが風貌も似ている。こんなことから石破氏は野田氏に委員長ポストを含めて少なからず譲ることで、自身の考えている価値観を実現しようとしているのではないかと推測した次第だ。
石破氏が立民に譲ったもうひとつが憲法審査会の会長ポストだ。立民はこれまで憲法改正の審議が進まないように妨げ続けてきた。彼らが会長職を手にした今、憲法改正に向けての動きはいったん止まると考えてよいだろう。
安倍総理の目指した方向とは正反対の方向へと、これから暫く、石破氏は進むのであろう。それは自民党というより「石破立憲民主党」の道である。日本国にとって決して明るい展望を示すものではない。一日も早く次なる指導者を選び出さなければ、自民党も日本国も急な坂を転げ落ちていくことだろう。