「 米国の後退、戦略3文書を見直せ 」
『週刊新潮』 2025年4月10日号
日本ルネッサンス 第1142回
「石破さんも中谷さんも自衛隊ではどんなに頑張っても3佐どまりでしょう。船や装備の性能、軍事技術に詳しくても戦略や政策は理解できない。そんな2人が首相と防衛大臣ですから、わが国の防衛戦略が行き詰まろうとしているのは当然です」
右は複数の安全保障の専門家からきいた話だ。ちなみに3佐とは3等陸佐、海佐、空佐のことで、かつての少佐である。大臣や首相の資質はとても覚束ないということだ。
懸念されているのは、わが国が安全保障戦略3文書を正式に決定した2022年12月当時と現在の国際情勢には天と地程の差があり、見直しが必要なのだが、石破茂首相の頭の中には全くその種の発想がないということだ。自ら望んで防衛大臣になったにもかかわらず、中谷元防衛大臣も日本国の国防政策の適否について考えている様子がないのである。
今、安全保障政策を根本から強化しなければ、わが国は国家として存亡の機に耐えられないかもしれないという緊迫感が首相にも防衛相にも欠けているのである。
一般論として、国家の根幹を支える基本政策は、たとえば5年計画なら3年目に入る頃から次の5年に向けての見直し作業が始まる。安保戦略は3年目に入ったところであるから、本来ならすでに現路線で十分か、不足はないか、強化すべきところはどこかなどの見直しが始まっていなければならない。だが、鈍いことこの上ない石破氏は音なしの構えだ。
22年2月にロシアがウクライナ侵略戦争を始めて以降、国際情勢は激変した。米国も大きく変化した。脆弱な国家に住まう私たち日本人は他のどの国の国民よりも尚鋭敏にその変化を心に刻んでおきたいものだ。
3月31日、国家基本問題研究所で吉田正紀元海将・双日米国副社長と国基研企画委員で元陸上幕僚長の岩田清文氏を中心に一連の変化を分析する研究会が開かれた。
中国に勝てない可能性
研究会ではまず世界情勢の変化として、ロシアの侵略戦争を支える中露イラン北朝鮮、新「悪の枢軸」による連携が24年に目に見えて強化された点が指摘された。去年6月19日には露朝の「包括的戦略パートナーシップ条約」が締結され、両国の血の同盟が強調された。北朝鮮はウクライナ戦に1万2千人の兵を派遣し砲弾も提供した。いまロシア軍がウクライナ戦争に使用している砲弾の6割が北朝鮮製だと見られる。
イランも自爆ドローン及び弾道ミサイルをロシアに提供し続けて今日に至る。
中国はロシアと「全面的戦略協力パートナーシップ深化に関する共同声明」を去年5月16日に発表した。中国はこの間、軍民両用物資をロシアに供給し続けた。半導体、ボールベアリング、工作機械、エンジンなどの幅広い供給のみならず、大量の天然ガス、原油の輸入によってロシアの戦争を支えてきた。
さらにトランプ2.0成立後の今年2月24日、中国の習近平国家主席がプーチン露大統領と電話会談した。習氏は「中露関係を引き離すことはできない」と述べ、プーチン氏にアプローチするトランプ米大統領を牽制した。ウクライナ戦争を「24時間で」或いは「半年で」などと期限を切って終了させ、対中戦略に専念したいとトランプ氏が考えてもそうは問屋が卸さないと言っているのだ。
木原稔前防衛大臣はこのような状況について、国際社会が戦後最大の試練の時を迎えており、わが国を取り巻く安全保障環境は戦後最も厳しく複雑なものとなったと、24年度の防衛白書の巻頭言に書いた。
バイデン米前政権も同様の認識を共有していた。超党派の米国防戦略委員会は米国の直面する脅威について「近い将来の大戦争の可能性も含む」と言い切った。「多くの点で中国は米国を凌駕しており、20年にわたる集中的な軍事投資により、(中国軍は)西太平洋における米国の軍事的優位性をほぼ否定し」たと認めている。
米国における軍事戦略の専門家、ハル・ブランズ氏は米中の戦力比較を通して米国が中国に勝てない可能性を率直に語り、こう指摘する。
「米国の軍事力と戦略的関心を圧倒的にアジアに集中させることは、いかなる状況においても米国の世界的リーダーシップに打撃を与える」
中国に対峙するためにアジアに集中しても、米国の主導力は陰っていくとして、こうも警告する。
「防衛費を大幅に増加させても、目に見える軍事的効果を得るには時間がかかる。米国政府とその友人たちには時間がないかもしれない」
米国防戦略委員会も昨年9月18日、「台湾海峡や南シナ海、東シナ海で戦争をすれば負ける可能性がある」と、同様の主旨の指摘をしている。
非常に厳しい認識である。そうした中、トランプ2.0の重要閣僚らはどう考えているか。
超大国でも特別な国でもない
マルコ・ルビオ国務長官は世に知られた対中強硬派だ。その人物はXに次のように書き込んだ。
「米国の責任ある外交政策は、理想主義的な幻想ではなく、米国の核心的な国益を何よりも優先する現実的な決定に基づいていなければならない。そのような国際情勢の時代に私たちは今いる」
氏が「理想主義」を諦めたというより、そうした理想を願うだけではダメだと言っているわけだ。ウイグル人や民主化運動の人々への弾圧に力強く反対し、抗議し、中国を厳しく罰する法整備をしてきた氏は、今必要なのはアメリカ第一主義であり、米国が損をする枠組みには協調しないとの外交政策を展開中だ。トランプ2.0の枠内での外交であり、パリ協定からの離脱も決定した。一方国防次官就任が予定されるエルブリッジ・コルビー氏はXにこう書いた。
「『ルールに基づく国際秩序』と『同盟は神聖である』という外交政策は、いたるところで紛争が起きるこの悲惨な状況に私たちを導いた。私たちは行き過ぎており、アメリカ国民は永遠の戦争にうんざりしている。私たちの国際的アプローチを救う方法は常識だ」
ヴァンス副大統領と近い関係にあるといわれるコルビー氏の発信には十分に留意しなければならない。氏はアメリカはもはや超大国でも特別な国でもないと言っているのであり、台湾に対しては国防費を対GDP比10%に上げなければ米軍は台湾有事の際に動かないと言い切っている。米国は自らの国力に応じて役割を担う、同盟関係を公平な基盤で再構築し、不均衡を是正するということだ。
トランプ2.0のこの先の政策遂行には不確定要素が多い。確かなことは、自力を強化しなければわが国は本当に危ういということだ。わが国と国民を守る手立てとしての軍事力強化が必要である。足下の一歩として戦略3文書の見直しを進めるべきなのだ。だがそのような問題意識も気概も実力もない石破政権ではそれは到底望めないであろう。一日も早く次の政権を立てて、安全保障力を強化することである。
