「 危機高まる、実戦並みの中国統合演習 」
『週刊新潮』 2025年5月15日号
日本ルネッサンス 第1145回
世界各地で「醜い紛争」が続発している結果、米中2大国及びその周辺国が戦争勃発の引き金を引く可能性がかつてなく高まっている、と米国の著名な論客、ウォルター・ラッセル・ミード氏が4月29日、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)に寄稿した。
米国のインド・太平洋軍司令官、サミュエル・パパロ将軍は4月10日の上院公聴会で、強軍化を進める中国に関して、台湾周辺での北京の積極攻勢は単なる訓練ではなく台湾統一の実戦さながら(dress rehearsal)になっていると証言した。
4月に入って人民解放軍(PLA)傘下の海警局の艦艇4隻が金門島周辺海域を2日間にわたって「パトロール」した。金門島は中国大陸の福建省・アモイからわずか2キロの距離だ。海警の「パトロール」は去年の2月に始まり今年4月まで68回、毎週行っているということだ。その目的は法執行にある。金門島などは中国の領有する島々だとして、その法的立場を周知徹底させているのだ。
WSJの社説は、中国が金門島の領有権を主張し、仮りに台湾と米国に金門島を非武装にせよと要求する場合、米国は何をすべきかと問うている。背景は複雑だ。
金門島には今、米国の特殊部隊、グリーンベレーが駐留している。1947年、トルーマン米大統領はトルーマン・ドクトリンを発表し、世界規模で共産主義と戦うことを明確にした。50年に朝鮮戦争が勃発すると、トルーマンは第7艦隊を台湾海峡に派遣し、中国共産党の台湾侵攻を牽制した。そのとき、金門島やその周辺の島々の防御を米軍の任務から外した。島々が大陸に近すぎるため、中国を刺激するのを恐れたのだ。
米国のこの判断に、台湾で政権を樹立した国民党の蒋介石は立腹した。同件は米国内でも尾を引き、60年の大統領選挙時、ケネディVSニクソンのテレビ討論で重要な議題となった。
特殊部隊の台湾駐留は、2023年、バイデン政権の国防権限法によって定められ今日に至る。
米特殊部隊が駐留
米国の著名な中国専門家、マイルズ・ユー氏はそのことの意味は非常に大きいと説く。第一に米国精鋭部隊の駐留は中国の侵略に対する重要な抑止力となり、さらに中国及び国際社会に対して揺るぎない米国の関与を示すことになるからだ。
ユー氏は1年前のコラムで特殊部隊の金門島配備は米国のアジア政策の基盤となるかもしれないと書いた。このような意味を持つ米特殊部隊が駐留する金門島周辺で、今、海警局が行動を活発化させているのである。
米国の危機感は尋常ではない。ひと月前の4月7日、『産経新聞』が1面トップで、24年2月に行われた日米共同指揮所演習(図上演習)、「キーン・エッジ」の内容をスクープ報道した。
初めて本格的に台湾有事を想定したこの図上演習は、台湾に侵攻するPLA艦艇に自衛隊機がミサイル攻撃をかける判断が下されるなど、危機感に溢れている。
しかし、実際にはこの時、日米間に統合作戦を遂行する体制はできていなかった。統合作戦司令部は今年3月にようやく発足した。軍事において各軍種をきちんと統合できるか否か、異なる国の軍隊を十分な意思疎通を行った上で統合できるか否かは死活的な意味を持つ。日米同盟軍は、中国軍に備えるための第一歩をようやく踏み出したばかりという段階であろう。
中国は日米のはるか先を行っている。習近平国家主席はこれまで統合演習の重要性を繰り返し強調し、訓練を重ねて抑止力を高めよと指導してきた。習氏の言葉は神の言葉だ。中国の軍人たちは一心不乱に統合力、抑止力強化の訓練に励む。
シンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の中川真紀氏が、4月1~2日にPLA東部戦区が実施した統合軍事演習「海峡雷霆(海峡の稲妻)・2025A」の意味するところを解説した。台湾を標的にした陸、海、空、ミサイルの4軍による演習は宇宙から空、陸、海まで、巨大なバルーンで台湾を包みこむような構想で、台湾の完全制圧を目指すものだ。
台湾有事の際、米軍や自衛隊の来援を阻止しつつ確実に台湾を制圧するために、PLAは演習対象を台湾の港湾をこえてシーレーン上での取り締まりにまで拡大した。
完全制圧にはまず海でも空でも台湾を孤立させる。次に台湾の最も弱いところ、たとえばエネルギー供給を断つ。中国軍は台湾南部の高雄市にある永安LNG備蓄基地とそっくりの模擬目標を設置し、ミサイル攻撃を加えて破壊してみせた。
台湾にはLNG備蓄基地は2か所しかない。備蓄量は冬期が13日分、夏期が7日分にとどまる。完全封鎖で物資の搬入を不可能にし、エネルギー施設を破壊する。東部戦区はその映像を公開して台湾人の心を砕こうとした。訓練に参加した空母「山東」の参謀が語っている。
「これまでの演習と較べ、今回の作戦指揮は刺激的で戦争への没入感が非常に強かった」
正と邪の立場
演習は限りなく実戦に近かったという意味だ。先述のパパロ司令官の指摘は正しいのである。
そして今、わが国は尖閣諸島問題で新たな局面に立たされている。沖縄県尖閣諸島周辺で5月3日午後、わが国領海に侵入した中国海警局の船からヘリコプターが飛び立ち、領空侵犯した。ヘリは15分間、領空内を飛行した。空は海とは異なり絶対主権の領域である。領空に外国の軍用機が侵入することは許されない。にもかかわらず、中国機は侵入した。
海警の船は4隻、全隻が領海に相次いで侵入した。その全てが76ミリ機関砲を搭載していた。尖閣の海に展開する海警局の船は長い間、1隻のみが76ミリ機関砲で武装していた。日本人がその状態に慣らされた今、4隻全てが76ミリ機関砲で武装しているのである。同機関砲は海上保安庁の巡視船の胴体を貫通して破壊する力がある。
航空自衛隊のF―15戦闘機2機がスクランブルをかけて対応し、わが国外務次官の船越健裕氏が駐日中国大使の呉江浩氏に電話で「極めて厳重に抗議し再発防止」を求めた。
すると中国外務省は北京の日本公使、横地晃氏に「不法な権益侵害活動を直ちに停止」するよう、逆に抗議したのである。
中国側の言い分は「中国の領空に日本の民間機が違法に侵入した。中国海警局は、法に基づいて必要な措置を取った」というものだ。つまり、正当な法執行であったというのだ。
武装船が尖閣の海に常駐し、中国機は領空侵犯も厭わず侵入する。わが国の抗議に、中国流の理屈に基づいて法執行する立場から逆抗議をする。完全に正と邪の立場を入れ替えようとしている。この中国が日米をはじめとする自由陣営に挑戦する状況下では、緊張緩和には至らず熱戦の可能性が高まる。ここまで危機は深刻だと自覚しなければならない。
