「 中国の覇権に連合体制で対応せよ 」
『週刊新潮』 2025年4月24日号
日本ルネッサンス 第1144回
「中国はたった20年で国際社会の商船の半分以上を建造する大造船国となったが、米国はシェア0.1%の国になり果てた」
これは米国を代表するシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が先月報告した内容だ。中国が2024年に建造した商船の総排水量は、米国が第2次世界大戦以降の約80年間で建造した全商船の合計トン数を上回っていたという。
商船だけでなく、軍艦建造においても米国は中国の後塵を拝し続けている。23年時点で中国保有の軍艦は234隻、米国は219隻だった。海軍帝国としての米国の地位は既に中国に奪われている。米中両海軍の展望について最も悲観的な数字は、30年までに中国が460隻を保有する見込みであるのに対して、米国は260隻にとどまるというアメリカ海軍協会(US Naval Institute)の予測である。
国防総省次官に就任したエルブリッジ・コルビー氏の主催するシンクタンク「マラソン・イニシアティブ」は中国船舶工業集団公司(CSSC)傘下の江南造船(上海市)だけで、米国の全造船所の建造能力を上回ると報告した。
かつて800の造船所があった米国で現在機能しているのは太平洋側のプジェット・サウンド、大西洋側のノーフォークとポーツマス、ハワイの真珠湾の4か所のみだ。米国は1970年代には年毎に新造船25隻を就役させていたが、80年代には年に5隻となり、現在は先述のように殆ど造れなくなっている。対照的に中国は300を超える造船所を擁し、その大半で軍民双方の船を造っており、米中の造船能力の比較は1対230になる。驚愕の格差はにわかには信じ難いが現実である。
著書『拒否戦略』でコルビー氏はインド・太平洋で中国の覇権を阻止すべく、日本、インド、豪州は台湾、東南アジアを含めて、米国を軸とする反覇権連合を立ち上げるべきだと説いた。そのコルビー氏が国防次官に就任したことの意味は大きい。米国防長官のピート・ヘグセス氏はFOXニュースの元司会者、副長官のスティーブン・ファインバーグ氏は投資会社の元社長だ。トップ2人が軍事の素人である今、軍事戦略の専門家、コルビー氏がナンバー3の地位に就いたことはすなわち、氏の戦略が米国防政策の基本となるということだろう。
中国の怒涛の軍拡は海軍にとどまらない。元インド太平洋軍司令官、アキリーノ氏が退役直前の2024年3月に、「中国は過去3年間でミサイルの在庫を倍増させた」と発言した。中国は世界最多、かつ最も洗練されたミサイルを保有するが、短期間で倍増という衝撃的な能力強化を示したことに関してコルビー氏は、アキリーノ氏が「(任期の終わりでなくそれより前の段階で)このような危機的な状態にあることを、アメリカだけでなく世界に対してもっとうまく説明すべきだった」と嘆く(『アジア・ファースト』文春新書)。
日本は3%を確保すべき
冷厳な現実の前では、岸田文雄前首相が22年12月、国家安全保障戦略でわが国の防衛費を現状のGDP比1%から27年までに2%へふやすと公約したことも「ジョークにしか受け取られない」とコルビー氏は厳しい。日本は少なくとも3%を確保すべきだとする氏の論拠は、まさに中国軍拡の凄まじさにある。
氏は習近平国家主席の考えを理解するためにも現実を直視せよと繰り返す。そう言いながら他方で氏はアメリカの情報収集・分析能力の限界についても書いている。
「中国はほとんどの大国よりもさらに秘密主義的であり、その理由の一端は、外国人、特に米国人が、中国共産党が何を計画しているのかを理解する能力を妨げる秘匿や欺瞞などの手法を特別に重視する中国共産党特有の性格である」(『拒否戦略』日本経済新聞出版)
米国の専門家が中国の軍事戦略はこうだと考えても、それは常に大きく修正されかねないとして、「経験的情報からでは、米国はただガラス越しにぼんやりと中国を見ることができるにすぎない」(同前)と言うのだ。
戦略的に不確実で、軍事的に米国を猛追し、幾つかの分野で米国をはるかに凌駕した厄介な国が中国だが、彼らに対処する方法はあると氏は自信を示す。中国を完全に理解したり行動を予測したりすることは最重要ではないというのだ。
大事なことは米国の重要な利益に反する行為を中国にさせないことだ、と氏は強調する。中国が彼らの考える重要情報を懸命に秘匿しても中国にとって最適の戦略は客観的な事実から見えてくるというわけだ。
中国が台湾を最も重要な標的ととらえているのは習氏の言葉からも明らかだ。台湾は米国の完全な同盟国ではないが、米国がその防衛を拒否すれば、アジアのみならず全世界において米国の信頼性は著しく損なわれる。これも中国にとっては魅力的なことだ。軍事的にも台湾は魅力的だ。なぜなら台湾は第一列島線を越えて戦力投射をするためのさらなる基地を中国にもたらすからだ。
危険な兆候
一旦台湾を取れば、その先には弱い国、フィリピンがある。ベトナムもある。軍事的に比較的弱いこれらの国々を制すれば、米国を軸にして成り立つ反覇権連合は弱体化する。日米豪印だけでは中国を抑止できないかもしれない。こうして中国が東南アジア諸国を制すれば、30年までに10兆ドル規模の地域経済を擁することになる。中国は中央アジア、中東、西半球にまで戦力を投射できる国になる可能性があると、コルビー氏は予測する。
また習氏には戦争に踏み切る合理的な理由があるのであり、中国が経済不振の中でも軍事力の増強を続けていることを含めて、習氏の行っていることの全てが戦争準備につながっているとコルビー氏は強調する。シンクタンク「国家基本問題研究所」の総合安全保障研究会でも中川真紀研究員が、今年3月の全国人民代表大会(全人代)で習氏が「戦備強化」(いつでも台湾侵攻ができる態勢の維持)を重要項目として挙げたことを指摘済みだ。
全人代の人民解放軍・武警代表団全体会議で習氏は軍事委員会主席として、ミサイル陣地を建設中のロケット軍に注目する姿勢も見せた。米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)のサイロ建設を非常に重視しているということだ。
アジアにおける反覇権連合も拒否戦略も米国なしには成立しないが、この中で米国に次いで最も重要な役割を果たし得るのが日本だということは、コルビー氏が指摘しなくとも自明であろう。
中国の軍事行動に関する危険な兆候がより鮮明になるいま、私たちは米国単独で中国を抑止できないことを受けとめ、誰のためでもない、わが国のために米国を主軸とする反覇権連合構想に全面的にコミットし、まず防衛費増額を目指すべきではないか。
