「 中国に屈服する石破・岩屋外交 」
『週刊新潮』 2025年4月17日号
日本ルネッサンス 第1143回
トランプ米大統領の全世界を対象とした相互関税政策が発動した。ノーベル賞経済学者、ポール・クルーグマン氏は「彼(トランプ氏)は完全に狂っている」と、自身のニュースレターで指摘した。
だが、トランプ氏御本人は株価市場の大暴落や諸国の反発はアメリカ再生の「治療」の結果生ずる症状だとして動じず、「私の決意は絶対に揺らがない」と自信満々だ。氏の自信とは裏腹に、氏の真の狙いや戦略を理解し得ない国際社会では、長年の同盟国である欧州を筆頭に少なからぬ国々が米国離れに傾く。中国が好機ととらえ、積極攻勢を強める。
習近平国家主席は乱暴な米国よりも信頼できるのは中国だ、中国こそ自由貿易や国際法の守護神だとの触れ込みで、勢力圏を拡大させる算段だ。その中で最大のターゲットがわが国である。彼らの戦略目標は日韓を米国から遠ざけることだ。
中国は日米同盟の価値、在日米軍基地によって米国が戦略的にどれほどの恩恵に浴しているかを熟知している。日米が進める種々の戦略的、軍事的協力が中国の台湾奪取を阻む最大の脅威であることも知っている。太平洋に展開するとき、中国軍の前方を塞ぐ日本列島の地政学的重要性も十分に認識している。
日本を中国の経済システムに取り込めばわが国の資産も技術も好き放題奪える。大中華経済圏と中国主導の大安全保障圏が出現する。米国には大打撃だ。中国はますます執念を燃やす。
具体策の第一が日中韓の自由貿易協定(FTA)締結と日本国がまとめた環太平洋経済連携協定(CPTPP)への加盟である。しかしこうした中国共産党の思惑へのわが国の危機意識は高くない。理由は二つ、中国の仕掛けが巧妙であるから、そしてわが国外務省が国民や政治家に情報の全体像を見せないからだ。
FTAは文字どおり自由貿易を推進する協定だ。だがルール破りの常習犯である中国はレアアース(希土類)やレアメタル(希少金属)をはじめ、半導体などのハイテク製品の製造に欠かせない重要鉱物の輸出を突然、禁止或いは制限して自由貿易ルールを踏みにじる。
政治主導の親中路線
彼らは国有企業に莫大な補助金を与え太陽光パネル、電気自動車(EV)、鉄鋼などの重要物資をコストに関係なく大量に製造させる。過剰生産を常態化させ、余剰分を安値で輸出する。輸出先の国々の企業は、中国の安値攻勢に対抗できず潰れ、産業全体が消滅する。そして中国が国際市場を席巻する。このルール無視の無頼漢中国が今、日韓両国にFTA締結を掲げて笑顔で接近する。
中国への警戒心を解かず、中国を最大の脅威だと肝に銘じていた安倍晋三元総理は2019年11月にFTA締結交渉を中断した。ところが約5年後の24年5月27日、岸田文雄首相がソウルで李強、尹錫悦両首脳と会談し突然、FTA締結交渉を加速させると発表した。
岸田氏はそれより前の23年11月16日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議のために訪れた米国で習氏と会談し、日中は「戦略的互恵関係」を促進すると発表した。価値観がこれほど異なる日中が如何にして戦略的に互恵関係に入れるのか。自民党が共産党と提携するような考えを岸田氏は了としたのだ。
どうしてそうなったのか。岸田氏は是が非でも習氏と会談したかった。そこで中国側は、それほど望むなら日中関係の基盤に「戦略的互恵関係を置け」と要求し、岸田氏が受け入れた。岸田外交が中国ペースに巻き込まれた生々しい瞬間である。
一方わが国外務省は首相を正しく補佐する役割を放棄したかのように、安易に政治主導の親中路線に乗った。本来なら戦略的互恵関係もFTA締結もTPP加盟交渉の開始も阻止するよう外務省は賢明に首相に助言すべき立場だ。
中国をFTAに入れればサプライチェーンも含めて日中韓は自由に貿易することになる。中国の垂涎の的、日韓の最先端半導体、半導体の製造装置、日韓にしかない貴重な技術を中国は易々と手に入れられる。日米韓の対中枠組みは容易に壊れる。FTAもTPPへの中国の加盟交渉開始も、日本や米国を中心とする貿易体制を中国中心の体制に置き替える一歩なのである。
この壮大な仕掛けを中国が明白に実行し始めた。3月22日、東京における岩屋毅、王毅、趙兌烈、日中韓3外相会談がその現場だった。情報を集めてみれば、わが国は中国の罠に自ら嵌ろうとしているようだ。しかも国民の目を眩まして、国民に知られない形で事を進める魂胆が透けて見える。3か国外相会談では明確にFTA締結交渉の加速で合意しているのだが、日本外務省がこのことを隠しているために、わが国だけがFTA交渉加速が決定事項となったことを報道していない。
なぜ外務省は隠すのか
3月22日、中国政府を代弁する「中国通信」は東京発のニュースで王毅氏が「3者は引き続き3カ国自由貿易協定(FTA)交渉の再開、地域包括的経済連携(RCEP)協定のメンバー国拡大、地域の産業チェーンとサプライチェーンの安定・円滑維持について意思疎通を行う」と発言したと発表。
それでも中国は油断しない。外相会談での合意だけでは心許ないと見たのだろう。その後の3月30日にソウルで開かれた3か国経済貿易大臣会合でも念押しした。共同声明に「日中韓FTA交渉を加速していくための議論を続ける」と書き入れたのだ。
翌日には中国中央テレビ(CCTV)が「中国が日韓から半導体製品の購入」を進め「供給網の協力を強化」し、「3か国がFTAに関して緊密に協力することで一致した」と断定的に報じた。同ニュースは韓国でも報道されたが日本のみ空白である。なぜ外務省は隠すのか。国家基本問題研究所企画委員の細川昌彦氏が解説した。
「中国はわが国の海産物の輸入解禁を口約束しながら実行していません。今回、中国側が解禁と引き換えにFTA交渉加速を言ってきた。問い質すと、外務省はそれを聞き流したと弁明しています。そのことを公表しなかったのは、この不条理な取引を国民に説明できないのでしょう。二つを関連づけないようになるべくFTAの時期を後ろにずらしたい。FTAが海産物輸入とバーターだという印象をつくりたくないということではないでしょうか」
わが国の水産物の安全性は科学的に証明済みだ。それを中国は、処理水は核汚染水だなどと言って輸入しない。自分で問題を作り出し、それを解決する見返りにFTAを要求する。詐欺と強盗を合体させたような外交ではないか。そのような中国外交に外務省、石破氏、岩屋氏らがもっともらしい顔で屈しつつある。これで日米関係がもつわけはない。国民も納得できない。石破外交は亡国外交だと言わずして何と言おう。
