「 中国の人権侵害に初めて物言う日本 」
『週刊新潮』 2022年12月15日号
日本ルネッサンス 第1028回
相手が中国となると、わが国は政界も財界も信じ難いほど卑屈になる。一例が、中国の人権侵害問題には一言の抗議もできないという事実である。ところが12月5日、ようやくこの悪弊が破られた。超党派の「中国による人権侵害を究明し行動する議員連盟」が設立総会を開いたのだ。
これまでわが国にはチベット、ウイグル、南モンゴルの3民族の問題にそれぞれ取り組む議員連盟が存在し、各自、中国の暴圧と闘ってきた。今回、右の3つの議連が連帯して、中国の「人権侵害」は許さないという旗印を掲げて闘うことになったのだ。
会長にはウイグル議連会長で元国家公安委員長の自民党・古屋圭司氏、会長代理には南モンゴル議連会長で経済安全保障相の高市早苗氏が就いた。日本維新の会の馬場伸幸代表、立憲民主党の松原仁元拉致問題担当相、国民民主党の玉木雄一郎代表らも名を連ね、代理出席も含めて国会議員約60人が総会に出席した。
高市氏は外国における重大な人権侵害に制裁を科す人権侵害制裁法(マグニツキー法)を、先進7か国の中で日本だけが有していないのは残念だとし、新しい議連で同問題に取り組んでいきたい旨、語った。
設立総会には中国に弾圧され続けている3民族の代表らも招かれた。チベット亡命政府のロブサン・センゲ前首相は、3民族はみな同じ弾圧を受け、同じ苦しみを体験してきた、中国は自らを平和国家だと言うが事実は全く異なるとして、以下のように語った。
「中国は、自分たちは他国を侵略しないと言い続けてきました。実態は逆です。万里の長城は1000年も2000年も前に彼らが外敵の侵入を防ぐために築いた。長城の内側だけが中国だったのです。ところが中国の領土は今、それをはるかに越えて膨張しています。
彼らはウイグル人の土地を新疆と呼びます。新しい領土という意味です。ウイグル人の国土が古代から中国領であったなら、新疆とは呼ばないでしょう。新たに奪った国土だから新疆と呼ぶのです。このように、中国は他国から土地を奪い続け、現在の国土を有するに至りました。そしてその60%、半分以上が私たち3民族から奪った土地なのです」
安倍総理と同じ気迫で…
中国は狙いを定めた国を、あらゆる手段で取り込む。甘い言葉で騙し、無尽蔵かと思えるカネでエリート層を買収する。センゲ氏が語る。
「何も心配しなくて大丈夫ですと、中国は言います。その言葉こそ警戒すべきです。私たちの国を見て下さい。油断するとこうなります」
世界ウイグル会議のドルクン・エイサ議長も異論をはさませない迫力で危機感を表明した。100万人規模の同胞が収容所に閉じ込められ、この世の出来事とは思えない拷問が執行されジェノサイドが進行中なのである。エイサ氏の青白い炎のような舌鋒鋭さは当然だ。
「日本に要望します。現在進行中のジェノサイドを止めるため、何としてでも手を打ってほしい。中国が大国だからといって、中国の側に立たないでほしい。種々の国際会議で日本国首相は習近平にウイグル人弾圧をやめるように言ってほしい。安倍晋三首相は習近平にウイグル問題を指摘した。安倍首相の対中外交を引き継いでほしい」
安倍元総理は2019年12月23日、北京で首脳会談を行った。事前の打ち合わせで中国側は「絶対にウイグル問題に触れてくれるな」ときつく要求した。安倍氏はそれを無視して習氏にウイグル人弾圧について質した。安倍氏が私に語った。
「そのとき、空気が凍りつきました。そして習主席がこう言ったのです。『台湾問題ならまだしも、ウイグル問題に触れるのか』。緊迫の場面でしたが、その後は習氏も私も平静に対話を続けました」
この逸話をウイグルの人たちはよく知っており、心から感謝しているのだ。エイサ氏は、日本の現政府は安倍元総理と同じ気迫でウイグル人虐殺に抗議してほしいと繰り返した。エイサ氏の家族状況を考えれば、切羽詰まったような氏の言葉に大いに納得する。
氏は大切な母親、アヤン・メメットさんを収容所でなくしている。4年前の5月、78歳だった。エイサ氏はドイツ国籍を取得して世界ウイグル会議の代表としてドイツから発信を続けていた。息子が海外で「勝手な言論」により中国政府を非難しているとの理由で、高齢の母親が逮捕されたのだ。彼女は劣悪な状況下、尋問責めに遭い続けた。
中国当局は収容者に一体どんな責め苦を与えるのか。私が聞いた事例の中に、随分前の、日本人女性に対する責め苦がある。時期も異なり、拘束されたのは日本人女性でウイグル人に対する状況と必ずしも同じではないかもしれない。また、その詳細は残念ながら明らかにできない。それでも尋問の苛酷さの一端は日本人としてどうしても知っておくべきものだ。
何が良識の府だ
彼女は逮捕され、全裸にされ、両手両足を椅子に固定されたまま拘束され続けた。大小便は垂れ流しだった。地獄さながらの状態は月単位で続き、発狂しそうになったという。
前述したようにこの事例はかなり以前のことだ。しかし中国共産党の右の女性に対する所業は、清水ともみさんの本をはじめ、さまざまな形で伝えられているウイグル人弾圧の詳細と重なる。彼らは本質において全く変わっていない。そのことを胸に刻んで、私たちは断じてこんなことは許さないと、決意を新たにするべきだ。
静岡大学教授の楊海英氏が南モンゴルを代表して語った。来日して33年、日本国籍を取得した楊氏は、「わが国が中国に与えてきた前代未聞の巨額の政府開発援助(ODA)が悪魔の国を創りました。今、わが国はそのODAで他の発展途上国を扶(たす)けていますが、その中に3民族も加えてほしい。中国の人権侵害の実態を示す資料を集めて人権資料センターを作ってほしい。そうすれば、日本は中国の人権侵害研究において国際社会の拠点のひとつとなるはずです」
大事なことは人権無視、国際法無視の中国の勝手な行動を止めることだ。日本の役割は非常に大きい。中国にまともに物が言えるアジアの国は日本以外にない。それだけに、責任もある。
だが永田町を眺めると、多くの政治家が中国には沈黙を守ろうとすることに驚く。古屋氏らの議連が発足したのと同じ日、参議院は「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」を採択した。反対意見に配慮したことで、人権侵害でなく人権状況という文言になってしまった。決議文には中国の国名もない。参院の体たらく。何が良識の府だ。だからこそ、私は新しく生まれた議連に期待し、日本の政治家らしい行動を待つのである。