「 習近平、社会主義は米資本主義に勝つ 」
『週刊新潮』 2022年12月22日号
日本ルネッサンス 第1029回
戦略的に見てこれ以上のタイミングはなかっただろう。臨時国会閉幕の12月10日、萩生田光一自民党政調会長が台湾を訪問した件だ。与党三役としては19年ぶりで、台湾の平和と安定を重視する日本の決意を内外に示した。中国には強い抑止力となったはずだ。
安倍晋三元総理の暗殺以降、台湾に芽生えた心細さ、誰が日台関係強化の推進軸となってくれるのかという蔡英文総統以下、台湾人の懸念も払拭されたことだろう。蔡氏との会談では、「日台連携の強化」「力による現状変更は認めない」「台湾の環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟推進」「半導体分野での協力加速」などで合意がなされた。会談後に萩生田氏は、日台は同じ危機感を共有すると語って、中国の脅威に共に備える強い思いも確認された。産経新聞の台北支局長、矢板明夫氏が語った。
「萩生田氏は日台関係強化に向けたフォーラムでも基調講演をし、安倍元総理同様大いに台湾人を勇気づけたと思います。台湾人は安倍総理が大好きで台湾重視の姿勢に本当に感謝しています。でも、それ以上に、政権中枢にいる現役の実力者の訪問を重く受けとめています。蔡氏は『萩生田氏の下、安倍氏の台日友好の信念が必ずや引き継がれると信じている』と語ったのですが、萩生田氏を安倍総理の有力な後継者と見ている人も多いと思います」
習近平国家主席の歴史観や世界戦略を知れば、台湾防護は日本国と世界の自由主義陣営防護と同義だと思い知らされる。中国が台湾を制覇すれば、日米のみならず全世界が危機に陥る。習氏の凄まじいまでの米国への憎悪については後述するが、日本は壮大な米中対立の価値観のぶつかり合いの最前線に立っている。
10月の中国共産党大会で習氏は誰一人反対できない最強の権力基盤を築いた。常務委員会(最高指導部)も政治局も、中央軍事委員会も徹頭徹尾、「イエスマン」で占められた。習氏は人類運命共同体、グローバル安全保障イニシアチブ、一帯一路などのスローガンを掲げるが、それは国連を主軸にして自由と民主主義を守ってきた戦後体制を根底から覆し、中華の価値観と中国主導の新秩序を打ち立てて世界を一変させるという意味だ。
暗くておぞましい野望
トランプ政権で大統領副補佐官を務めたマット・ポッティンジャー氏らが習氏の目指す世界について「フォーリン・アフェアーズ」誌(11月30日)で鋭く分析した。元「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙の北京特派員だった氏は習氏の演説や発言を中国語で丁寧に読み通している。ポッティンジャー氏は、習演説は全文ではなく、世界に知られたくない中国の本音や本心を省いて公表されると指摘する。
元々中国共産党の文献は冗長で無味乾燥な常套句が繰り返されるために、読み通すのは苦痛である。西側で最も優れた中国研究者の一人とされているシモン・レイ氏が中国共産党の文献読破は「バケツ一杯のオガクズを呑み込むような作業だ」と語ったエピソードを、ポッティンジャー氏が紹介しているほどだ。
それほどに面白くない文書から、最も知りたい中国共産党の本音や意図は省かれている。読むのは更に退屈で苦痛だ。どんなに熱心な記者や研究者でも中国の真意と企みに気がつかない仕組みと言ってよい。
中国共産党が隠したい暗くておぞましい野望は、数か月後或いは数年後に、原文にそっと挿入され公表されてきたが、西側の記者や研究者は、過去の文書がこんな形でいじられていることを見抜けない。従って公表されても中国の邪悪な企みに気づかずにいるというのだ。
習氏の考え方を知るには彼の歴史に対する見方を知ることから始めなければならない。プーチン露大統領が20世紀最大の地政学的悲劇と語った旧ソ連崩壊が、習氏にどんな影響を与え、中国共産党指導部の政策決定をどのように揺り動かしたかを見る必要がある。
この点について、2012年12月、習氏は広東省における非公開の会議で「ソ連崩壊は我々にとって重大な教訓だ。ソ連とソ連共産党の歴史を忘れること、レーニン、スターリンを忘れること、その他全てを忘れることは歴史のニヒリズムに陥ることで、我々の思想が混乱し、全てのレベルで党組織が弱体化することだ」と警告した。
右の演説で「旧ソ連崩壊を止めるために立ち上がった男はいなかったのか!」と習氏が憤ったことはこれまでにも報じられてきたが、より重要なのは、ソ連崩壊はソ連が「独裁政権を支える道具立て」を欠いていたからだという習氏の指摘だ。
「国を滅ぼすことも躊躇するな」
ソ連では軍は共産党ではなく政府、つまり国に所属していた。それゆえにソ連共産党は軍を介入させてソ連崩壊を止めることができなかった。中国の人民解放軍は政府でなく党に所属する。習氏は中国共産党中央委員会総書記、また中央軍事委員会の主席だ。習氏一人が党を支配し、軍を支配する。習氏をはじめ歴代の中国共産党政権は大衆の反乱や下からの革命を最も恐れている。だからこそ習氏は「独裁政権の道具立て」としての軍、世界第二の規模を誇る人民解放軍を完璧に自らの支配下に置き、誰も逆らえない体制を作り上げているのだ。
13年1月の就任演説ともいうべき演説は6年間も公開されなかったとポッティンジャー氏は指摘する。この中で習氏はマルクス・エンゲルスの理論の正しさを主張し、資本主義は滅亡し社会主義が勝利する、それが歴史の必然で回避はできないと語り、米国憎悪の姿勢を隠さない。但し、社会主義勝利に至る道には曲折があり、目標達成には長い時間がかかるとも語っている。この長い時間において中国共産党は鉄のルールで規律を強め、集中力を発揮して党の支配を維持し強化せよというのが、10月の党大会で習氏が強調した点だ。
習氏は人類運命共同体の考えを内外で強調してきた。人類全体が中国共産党の価値観に基づいた秩序の中で「ウィンウィン」の関係で暮らすという考えだ。中国共産党の価値観に染まって暮らすなど、日本人にとっては真っ平ご免であろう。他ならぬ習氏も「中国の考えと社会制度は基本的に西側社会のそれと合わない」と認めている。その上で「我々と西側のせめぎ合いから生まれる苦しみと戦いは和解不可能で、複雑で長期にわたって先鋭化する」と断じている。毛沢東に倣って「新国家建設のためにはその国を滅ぼすことも躊躇するな」とも語っている。プーチン氏のウクライナ侵略戦争を決して非難しない習氏らしい発言だ。
わが国が中国に対する構えを全力で強化すべきなのは明らかだ。国の安全が危うい今、あらゆる手段を講じて軍事力強化に邁進するのが岸田文雄首相の責任だ。