「政治や行政にもっと目を向けゆとりある社会に変えよう!」
『週刊ダイヤモンド』 2009年1月3日号
【激論 日本の変革】櫻井よしこvs勝間和代
勝間 私が今、日本について危機感を持っている第一のことは、若者に元気がないことです。原因の一つは、国も会社も意思決定の仕組みが五十代以上の男性偏重になっていて、資源配分が偏ってしまっているからだと思います。
たとえば国の予算でいえば、家族政策に関する国家支出は、育児手当や保育園への補助金などの総合計がGDP(国内総生産)比でわずか0.75%ほど。先進国で最低レベルです。
米国はさらに下ですが、税金や社会保障費などの国民負担率が低いから、それとのバランスでいうと日本が突出して低い。
一方で、高齢者に対してはGDP比で8%ほどのおカネを使っています。高齢者は大事にしなければなりませんが、いくらなんでも10倍の差は大き過ぎる。他の先進国では、その差はだいたい1.5~6倍程度です。
櫻井 日本の危機は若者の元気のなさに加えて、日本人のほぼ全員が自分たちのあり方について自信を抱けないでいることだと思います。政治家も、官僚も、今世界が直面している金融危機への対処や外交問題の処理を見ると、自ら解決しようという覇気に欠けます。元気のなさは、日本が国家の体をなしていないこと、普通の民主主義の国なら当然の、自立の力を欠いているからだと考えます。
勝間さんが指摘された若い世代への予算の配分が、高齢者へのそれと比べて低いのは確かです。そのこともあって、私は今、与野党で議論している後期高齢者医療制度は必要だと主張してきました。
日本の医療費はGDP比で8.2%で、米国15%、ドイツ10%以上に比べて先進七ヵ国中で最低です。ですから医療費を増額する必要はあるのですが、同時に国民皆保険を維持するためには、全員でこの制度を支えなければならないのも事実です。
後期高齢者医療制度で生じる負担額は、収入や住んでいる地方自治体などによって異なりますが、たとえば東京都に住む75歳の方で収入は年金だけで、それが168万円以下の場合、保険料は一年に5,400円、月額で450円。どうしても払えないお年寄りへの救済策は必要ですが、国民各自に保険制度を支えてもらうことが本当に必要だと思います。一人ひとりの自立と貢献が必要です。
リーダー層の育成を
勝間 長生きの研究というのがあるのですが、それによれば長生きするポイントは、「高齢者が誇りを持って、若年層に敬われながら生きていること」だそうですが、そのためには高齢者がいつまでも自立心を持てる環境が重要です。日本にはその面が少ないですね。
櫻井 親に対する尊敬度も日本は低いですね。内閣府による中高生の意識調査では、「母を尊敬する」が米国95%で日本43%、「父を尊敬する」は米国93%で日本39%と圧倒的に低いのです。
勝間 なぜでしょうか。
櫻井 戦後の日本が国家らしさを失ったように、父親も母親も「らしさ」を失ったのが第一の理由でしょう。家庭も家庭らしさを失い、親子の対話のなかで親が子どもを導くことが少なくなっているようです。
教育の問題も大きい。学校でも家庭でも、おとなが伝えるべきことを伝えていない。道徳も歴史もきちんと教えていない。
親として教師として、自分たちの先輩世代である日本人がどんなことを大切にし、何を守りながら生き、死んでいったのかを教えられないとすれば、子どもの道しるべにもなれませんし、尊敬もされないでしょう。
勝間 リーダー層を育成する制度が弱いことも問題です。リーダーとしての教育をきちんと受けた人の数が非常に少ない。少ない候補のなかから、政治家や官僚や経営者などトップを選ばなければいけないので、結局ありとあらゆる場面で“リーダー不在”という言葉が出てきてしまう。
日本の公教育は同調志向を強く求めます。「KY(空気が読めない)」という言葉に象徴されるように、人と調和しながら、目立たないように、抜きんでないようにという教育をする。突出したリーダーをつくらない教育の仕組みは、変化に対して弱い社会を生み出す危険性があります。
歴史をもっと学ぼう
櫻井 リーダー、つまりエリートをつくらないのがいいことだというのが戦後教育の悪しき特徴です。加えて、小学校から大学まであらゆる段階で、歴史や哲学を学ぶ機会が減っています。大学で哲学科が消滅しつつあり、歴史もすでに義務教育段階で社会科の一部に組み込まれ、独立した科目ではなくなっています。こんなでたらめな教育課程で教育をしている国を、私はほかに知りません。
リーダー論でいえば、歴史や哲学の素養のないリーダーなど、歴史上どこの国にもいません。一方で、実利を生むことに直結する授業が急増しています。現実問題としてそういう学問が必要なことはわかりますが、樹木にたとえれば根や幹を疎かにして枝ばかりに注目するようなものです。
財界リーダーを見ても、企業としては当然の利益を生む活動については熱心であっても、経済活動を通じてどんな社会づくりを目指すのかといった志に関して、心に響いてくる人が少ないと思います。
日本が今、直面している金融・経済危機の根底にも、そういう問題があるのではないでしょうか。
勝間 今回の危機は、米国ではリスク管理の失敗に根本要因があり、日本については金融政策の失敗が最大原因だと思います。成熟化した経済では、財政政策より金融政策のほうが重要というのが経済学の常識ですが、日本では金融政策が機動的ではありません。欧米では最先端の金融理論を学んだ人たちが政策運営をやっているのに、日本では法学部卒など専門外の人たちが古い経済学に基づいて政策運営を行なうので、動きが鈍い。
リーダー教育を含めて、ふさわしい教育を受けた人が責任あるポジションについて政策運営を行なうシステムが確立されていない。これが今日の日本の危機を招いていると考えます。
櫻井 決断できず、諸国の動きにただ合わせるだけ。プロの不在です。官僚の世界も仕事が細分化されていて、狭い範囲での専門家はいますが、視野が狭くて全体像をつかめない。
縦割り行政の下では、各分野の専門家になって出世を遂げることを目指すようになりますから、自分の所属部署や自分の利益が優先され、国全体の利益につながらない。民間企業と異なり、意思決定とそれによる結果責任が明確ではありませんから、主体があいまいで政策は無責任になりがちです。
行政においては本当に責任が問われません。たとえば、国会では予算については論議されますが、税金が実際にどう使われたのか、決算への監視機能がほとんど働いていません。しかも予算は、一般会計と特別会計に分かれています。特別会計は、一般会計の5倍弱もの規模であるにもかかわらず、省庁別の所管で国民の目が届かない。これは国民に対する背信です。
予算を道路から保育園へ
勝間 行政に対するチェックや評価の仕組みが働いていないという点では、国民の側にも課題があります。情報公開を求め、不明な点は問い質していく姿勢がもっと必要です。国民全体として自ら稼いだおカネの4割近くが税金や社会保障費として使われているのだから、その使い道についてもっとチェックしていかないといけません。
プライベートセクターでは「社会的責任投資(SRI)」として、投資先企業の資金の使い方をチェックする考え方がありますが、国の予算の使い方についても、国民がもっと関与すべきです。
櫻井 そうした意識が国民に希薄なことの背景には、所得税の源泉徴収制度がありますね。収入の一部を、税金として国に提供していることを実感する場が、多くのサラリーマンにはないでしょう。
勝間 この制度を実施しているのは、先進国では日本くらい。即刻廃止すべきです。
たとえば教育予算はGDP比で3.4%。いかに低いか、多くの国民は理解していません。先進国の平均は約5%です。しかし、日本の親は教育に不熱心なわけではなく、教育費は先進国の平均以上に拠出している。日本は家計に占める教育支出が高いのです。
結果、親の所得格差が子どもの教育格差につながるという現象が起きてくる。高校や大学に関してはある程度の成績の子であれば、親の年収に関係なく進学できる仕組みをつくらないと、国力がどんどん弱くなってしまいます。
櫻井 改革は、現状の官僚主導の行政では容易ではありません。だからこそ公務員制度改革が必要で、安倍晋三元首相のときに発案されて、福田康夫前首相は当初無関心だったのが、辞任近くになってやる気を見せた。麻生太郎首相は「官僚を敵視するのではなく、うまく活用せよ」と言いましたが、使いこなしている様子はありません。改革推進本部の事務局次長に官僚が入り、改革案の骨抜き作業が進んでいる。まさに政治の、つまり麻生首相のリーダーシップが問われています。このままでは2009年、日本の政治も行政も成果を生み出すことは難しいといえます。
勝間 働く場での日本の課題についていえば、女性や若者を活用しないことが第一に挙げられます。その裏返しとして、男性の働き過ぎ問題があります。多くの男性は、「そんなに働きたくない」と思いつつ、やむをえず働いている。そして、うつ病の多発につながっています。
櫻井 うつ病の背景には、労働時間のほかに、人生に向き合う際の価値観などもあるのではないかと思います。女性に限らず、定年退職した高齢者なども、働くことへの興味と意欲のある人たちはもっと活用すべきです。
たとえば定年退職した人たちは、まじめに勤め上げたという実績とそれに伴う人生経験や知識を持っている人たちです。彼らに補助教員的な立場で働いてもらえば、先生たちも助かります。核家族化で高齢者との触れ合いがない子どもたちにもいい経験になります。
勝間 働く親たちの子どもを放課後に面倒を見る「放課後子どもクラブ」などでも、定年退職者や高齢者に参加してもらう動きがありますが、そのシステムを動かすための予算が、これまた少ない。おそらくプラス数百億円単位の予算で、もっと多くの地域で広がり、社会は活性化すると思います。
櫻井 道路関係に6兆円規模の予算を使っているのと比べたら、微々たるものですね。配偶者特別控除などの税制も、女性の社会進出を阻害しています。控除対象の所得上限枠を設けているために、そこに達したら働くのをやめようという気持ちを誘発しています。
勝間 配偶者特別控除を廃止して、それによって増えた税収を保育園の整備に回すと、雇用が増え、働きたい人が働けるようになります。
現在、3歳未満の児童の数は約360万人ですが、保育園のキャパシティは65万人、わずか六分の一しかありません。
保育園不足は少子化とも関係しており、子どもをもっと生みたいと思っても、保育園がないから制限しているという女性も多い。
待機児童の数は公式には2万人といわれていますが、実際は子どもを預けて働きたいと思っている母親はもっとたくさんいます。厚生労働省の試算では、仮に保育園のキャパシティを2万人広げたとしても、待機児童の数は2,000人しか減りません。保育園に入れられるチャンスが増えると、自分も子どもを預けて働きたいという母親が新たに手を挙げるからです。
櫻井 需要は多いのに、予算が増えない。国民の声が行政に届かない。社会システムの不全ですね。
同一労働・同一賃金に
勝間 先ほど述べた、男性の働き過ぎ問題も密接に絡んできます。出生率と強い相関関係にあるのが、男性の育児・家事参加時間です。日本は6歳未満の児童を持つ父親で1日1時間弱。OECD諸国では平均2~3時間です。
少なくとも平日のうち週2回くらいは、父親が家族と家で夕飯を食べられるような環境をつくらないといけない。今後の企業責務だと思います。
櫻井 企業の責任ですが、経営側も社員側も、働き方を工夫するのがよいと思います。日本のホワイトカラーの生産性は欧米に比べて低いのが現実です。余計な書類作成やムダな会議をなくすなど、働き方を見直す余地は多いはずです。
勝間 もう一つ重要なポイントは正規・非正規雇用の待遇を均等化し、ワークシェアリングを図ることです。同一労働・同一賃金を導入することによって、労働力のムダづかいが減ります。企業として競争力のある分野にリソースを投入するようになり、結果として、日本の産業競争力が上がり、収入と消費が増え、経済が活性化する。
労働時間の短縮や、正規・非正規の待遇均等化。企業としてはいやがるこうした案件は、自主性を求めても無理だから、政治主導で、法律で規定するしかありません。
ワークシェアリングで非正規雇用が増えればそのぶんの消費が増える。それとともに、正規社員の余暇時間が増えればそれもまた消費につながる。もちろん、人生もそのぶん豊かになります。総労働時間規制と、正規・非正規雇用の待遇均等化。これを実現するだけでも、日本は大きく変わります。
櫻井 雇用条件の改善とともに、日本社会全体を見て、歴史も学んで、日本の持てる力を前向きに活用したいものです。働き過ぎで余裕がなく、視野も狭く、知識も浅いというのは、本来の日本人の姿ではありませんから。