「 サウジ攻撃に見る世界戦争の劇的変化 」
『週刊新潮』 2019年10月3日号
日本ルネッサンス 第870回
せいぜい数万円の無人機が数十億円、或いは数百億円のミサイル防衛網をかいくぐって壊滅的な被害をもたらした。9月14日、サウジアラビア東部の石油施設アラムコへの攻撃は戦争の形が根本から変わっていくことを示している。サウジ攻撃こそ、恐るべき新型戦争の始まりなのではないか。
サウジは一挙に日量生産能力の半分以上に相当する570万バレル、実に世界生産量の5%の生産停止に追い込まれた。株価は地政学的リスクや世界経済の減速懸念を反映して16日の市場で142㌦も下がった。小型無人機による攻撃が石油大国サウジの生産量を激減させ、世界経済に動揺を与えたことは大方の人々の虚を衝いた。
攻撃後、イエメンのイスラム教シーア派民兵組織、フーシが犯行声明で無人機10機で攻撃したと発表したが、これには当初から疑問符がついた。イエメンのフーシ支配地域からサウジ東部までは約1300㌔、小型無人機にそれ程の距離が飛べるのかとの基本的疑問だった。
攻撃当日からポンペオ米国務長官は「攻撃がイエメンからだという証拠はない」とツイッターで発信し、イランの関与を示唆した。4日後にはサウジアラビアを訪れ、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との会談に先立って、攻撃はサウジに対する「直接の戦争行為」だとしてイランを非難した。
サウジ国防省は米国と歩調を合わせるかのようにイランの関与についての具体的情報を公開した。攻撃には無人機18機、巡航ミサイル7発が使用されたとし、兵器の破片からミサイルはイラン製の巡航ミサイル「ヤ・アリ」、無人機は「デルタ・ウイング無人航空機」だったと断定した。攻撃はイラン・イラクの北方向から行われており、南のイエメンからではないとも公表した。「ヤ・アリ」の射程は700㌔で、イエメンからだと届かない。
対するイランのザリフ外相はサウジや米国がイラン攻撃に踏みきるなら、全面戦争だと即、警告した。
尖閣や沖縄奪取に投入
「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙によると、米国やサウジの防空システムは「世界で最も高度」だ。にも拘らず、無人機攻撃を回避できなかった。既存の態勢では防御できない事態が全世界の眼前で進行中であり、日本はこの事例を対岸の火事と見てはならない。
中国は無人機の開発にかけては世界最前線を走る。すでに1000機以上を保有し、2017年には119機のマルチコプター無人機を同時に飛ばし、AIを組み入れた全機が自律的に任務を遂行した。
仮にこれらの無人機が尖閣や沖縄奪取に投入されれば、どうなるか。中国は今年7月24日発表の国防白書で、これまで触れていなかった「尖閣諸島の防衛」を明記した。彼らは尖閣・沖縄の先に長崎県五島列島も見据えており、7月25日には五島市沖の排他的経済水域で海底を不法調査し、海上保安庁の警告を無視して4時間も居座った。日本の領土も資源も狙う中国の攻撃がないとは断言できないだろう。わが国に防衛、対抗手段はあるのか。ないではないか。足下に迫る危機を深刻にとらえよと、サウジの事例が警告している。
それにしても犯人は何者か。安倍晋三首相が6月13日、イランの最高指導者ハメネイ師と会談した当日、会談を嘲笑するかのようにホルムズ海峡で日本向けの石油を満載したタンカーが攻撃された。米国は直ちにイラン革命防衛隊の犯行だと主張したが、サウジのケース同様、イラン側は否定した。どの国のどの勢力が犯人なのか、現在まで特定されていない。
イランにおける最強の組織が革命防衛隊だ。安倍・ハメネイ会談に合わせて日本のタンカーを攻撃したのが彼らだとすると、最強の暴力組織はハメネイ師の命令を聞かないと見て良いのか。攻撃がハメネイ師の意向だとすれば、なぜか。私たちはここから何を読み取るべきなのか。
イランも北朝鮮も米国の出方をじっと見詰めている。彼らは押せると判断すれば押し、待つべしと判断すれば待つ。タンカー及びサウジの石油施設攻撃には、さらに押せるとのイランの判断があったはずだ。なぜそう判断したのか。
WSJは9月16日の社説で「ボルトンは正しかった」と見出しをつけて解説した。
「トランプ氏がテヘランに柔軟対応を考えている最中のサウジ攻撃は偶然ではない」と。
当のジョン・ボルトン氏が9月18日、プライベートな昼食会で生々しく語っている。
「今年夏、米国の無人機をイランが攻撃したとき、トランプ氏は報復しなかった。その失敗がイスラム勢力による攻撃を促した」
イラン側は「彼の自制は我の勝利だ」と見て、安心して事態をエスカレートさせたというわけだ。
「中東情勢は激変」
ボルトン氏はいま、「トランプ氏の北朝鮮、イランとの交渉は失敗する運命にある」と断じている。
トランプ氏は18日、対イラン制裁強化策を48時間以内に発表すると語り、急いでつけ加えた。「軍事攻撃という究極の選択肢もあるが、それ以下の選択肢もある」と。恫喝し、同時に恫喝は言葉だけだと打ち明けた。軍事攻撃に消極的な姿勢を見せることで足下を見られている。
ボルトン氏の後継者、ロバート・オブライエン氏はポンペオ氏の考え方に近い。ポンペオ氏はトランプ大統領の指示に従う話し合い路線重視派だ。斯くしてトランプ氏を妨げる人物は消え、トランプ流外交が主流となるが、これは、氏の弱点、自信過剰で戦略なきディール外交が際立つことと背中合わせだ。
戦略論に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が語る。
「トランプ大統領がイランにソフトな話し合い路線をとり、イランの核開発阻止に失敗すれば、中東情勢は激変します。イランはイスラエルを滅ぼすと宣言しています。イランの核に対抗するためにイスラエルは反イランのサウジやアラブ首長国連邦と連携を強め、この二つの国がイスラエルの核の傘の下に入る可能性もあります」
米国の影響力は相対的に低下し、ロシア、中国の力がゼロサムゲームで伸びるだろう。トランプ外交への不安を心に刻みながらも、日本はトランプ外交のプラスの面を支えていく。それしか選択すべき道はない。一例が中国に対する強硬策だ。トランプ大統領は2017年12月に堂々たる国家戦略報告を発表した。それは中国の意図も脅威も過小評価しないという決意表明だった。同盟諸国を重視する伝統的戦略でもある。戦争の型が激変するとしても、国防は同盟国との連携強化で当たるのが正しい道だと、日本は行動で示し続けるのがよい。