「 玉城沖縄県知事の中国おもねり外交 」
『週刊新潮』 2019年5月16日号
日本ルネッサンス 第851回
少しばかり古い話だが、沖縄県知事の玉城デニー氏が4月18日、沖縄県を「一帯一路」の中で「活用してほしい」と、中国副首相の胡春華氏に要請したそうだ。
一帯一路構想は中国式の世界制覇計画である。手段を選ばないその手法は世界の非難の対象となっており、日本政府も米国政府も強い警戒心を抱いている。
安倍首相は日本も一帯一路に協力していこうと言ったが、前提として各プロジェクトについて透明性、開放性、経済性、対象国の財政健全性が担保されなければならないとした。右の4条件が満たされるなら、日本企業がプロジェクトに参入してはならない理由はなくなる。だが、現実には中国がこれらの条件を満たすのは至難の業であろう。
日本政府はこのように中国に対する慎重な構えを崩していない。玉城氏の中国副首相への要請は、日本政府が国家戦略として厳しい条件をつけて一帯一路を警戒しているときに、直接外国政府に働きかけることで自国政府の外交方針に逆行するものだ。
知事として言語道断ではないか。この件は全国紙では報道されなかったが、沖縄の新聞が取り上げた。私の手元にある「八重山日報」と「琉球新報」が4月27日に玉城氏の定例会見を報じたのだ。中国政府への働きかけは、同会見で玉城氏自身が披露したものだ。
両紙の報道によると、玉城氏は4月16日から19日まで、河野洋平氏が会長を務める日本国際貿易促進協会訪中団の一員として訪中した。18日に胡副首相と面談し、まず、「中国政府の提唱する広域経済圏構想『一帯一路』に関する日本の出入り口として沖縄を活用してほしい」と要請した。胡氏は直ちに「賛同」したそうだ。
習主席の沖縄訪問を要請
中国の巨額融資を受けて借金返済が滞り、港や土地を奪われるリスクについて記者が問うたのに対して玉城氏は、「『情報収集しながら、どう関わっていけるか模索していく』と積極姿勢を示」した(「琉球新報」)。
不安定さを増す安全保障環境や中国の軍事力強化に関して問われると、玉城氏は「国際交流などで国家間の全体的なつながりを深化させるのは有益だ」と答え、習近平国家主席の沖縄訪問を胡氏に要請したことも明らかにした(「八重山日報」)。
玉城氏は自身の発言の意味を理解しているのかと、思わず疑った。何よりも氏は自身の役割をどうとらえているのか。知事に外交権が与えられているはずもない。にも拘わらず、沖縄県を一帯一路に組み入れようと働きかけるのは、知事の権限を超えるだけでなく、日本政府の外交政策に反している。一帯一路構想の旗の下で、どのように危険なパワーゲームが展開されているか、知事として危機感を持つべきであろうに、それが感じられない。
折しも5月2日、米国防総省が「中国の軍事・安全保障の動向に関する年次報告書」を発表し、中国の一帯一路構想の危険性を警告した。
報告書の指摘の中に、日本に最も影響のある点として中国の台湾戦略の分析がある。報告書は、中国人民解放軍の戦略の最重要点は台湾問題だとし、中国は「平和的統一」を提唱しつつ、武力行使に備えて軍事力の増強を着々と進めてきたと詳述している。
台湾海峡有事で中国が取り得る軍事行動としては「航空・海上封鎖」「サイバー攻撃や潜入工作活動などによる台湾指導部の失権・弱体化」「軍事基地や政治中枢への限定的な精密爆撃」「台湾侵攻」などを列挙している。
台湾への軍事力行使を習近平氏は否定しない。国際社会の戦略専門家は中国は必ず台湾奪取に動くと見ている。台湾が中国の手に落ちれば、次に危ないのは沖縄である。だからこそ、沖縄県知事は本来、どの政治家よりも、一帯一路を最も警戒しなければならないはずだ。
奪取の方法は軍事力に限らない。国防総省が指摘するように、21世紀の戦争ではサイバー、情報、経済が大きな鍵になる。その経済力でがんじがらめにして奪うのが一帯一路であろう。
国防総省報告書は、一帯一路に関連する投資が中国の軍事的優位を生み出す可能性について明確なメッセージも発信している。たとえば、中国が特定の国に港を建設すれば、遠く離れたインド洋、地中海、大西洋に展開する中国海軍のための兵站をそれらの港に築くことになり、中国の世界制覇の基盤が自ずとできていくという指摘である。
国防総省の指摘を受けるまでもなく、私たちはすでに多くの事例を体験しているはずだ。顕著な例を、中国初の海外軍事基地を置いたジブチに見ることができるだろう。
すべてが異常
ジブチはアデン湾と紅海を見渡す戦略的要衝だ。中国以外に米仏伊の軍事基地があり、自衛隊の小規模な拠点もある。だが中国の軍事基地は他国のそれとは全く様相が異なる。
中国以外の国の基地はジブチ国際空港を囲むようにして位置しているが、中国だけかなり離れた海岸近くに海兵隊基地を築いた。現地を視察した外務副大臣の佐藤正久氏によれば、中国軍の基地は広く、構造的にまさに要塞の趣きだそうだ。
その基地は、中国の資金で造られた港に隣接しており、中国海軍の軍艦に加えて商船が出入りする。注目すべきは、この港まで鉄道が敷かれ、それが隣国のエチオピアまで伸びていることだ。一帯一路と軍事戦略が合体しているのである。
さらに驚くのは中国がジブチに建設したアフリカ最大規模の自由貿易区と物流センターだ。建設費は35億ドル(約3850億円)、ジブチにとって如何に深刻な債務であるかはジブチのGDPが20億ドル(約2200億円)だと知れば十分であろう。これが中国の仕掛ける債務の罠なのである。スリランカはハンバントタ港を借金のカタに99年間、中国に差し出した。ジブチも同様の運命を辿りかねない。
こうした事実を見れば、玉城氏が沖縄を一帯一路の拠点にしてほしいと中国に要請したことは愚の極みである。氏は、中国の脅威に備える日米安保体制の現状の見直しを求め、普天間飛行場の辺野古への移転などに反対する一方、中国の経済と軍事が一体化した測りしれない脅威に対しては、信じ難いほど無防備である。尖閣諸島を核心的利益とする中国は同島周辺海域に武装した中国艦船をおよそいつも投入している。しかし、この件について玉城氏が中国に抗議したとは寡聞にして知らない。
沖縄県知事の国防に対するこのような考え方を、沖縄のメディアも日本の全国紙も批判するわけでもない。私にはこのすべてが異常に思えてならない。