敵味方逆転の摩訶不思議な米露首脳会談 トランプ氏の非難はいつか必ず日本にも
『週刊ダイヤモンド』 2018年7月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1241
7月16日、フィンランド・ヘルシンキでの米露首脳会談はおよそ万人の予想を超えた。米CNNのクーパー・アンダーソン記者は「自分が報じてきたこれまでの如何なる首脳会談に較べても、米国と米国民にとって恥ずかしい内容だった」と伝えた。CNNはトランプ政権に必要以上に厳しいが、今回は、「米国人ならそう感ずるだろう」と、共鳴できた。
首脳会談の前、米国の複数のメディアは、トランプ米大統領が単独でプーチン露大統領と会談することへの懸念を報じていた。どのような言質をとられるやもしれない、単独会談は回避する、もしくはできるだけ短くすべきだという指摘だった。他方、ホワイトハウスはトランプ氏に、プーチン氏には強く厳しい姿勢で対処するように、その方が「トランプ氏自身の見映えがよくなる」と説得していたと、米「ウォールストリート・ジャーナル」紙が伝えている。
ジョン・ボルトン米大統領補佐官らは、トランプ氏に米露関係の分析や各議題での攻め方などを詳細に説明したはずだ。KGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のプーチン氏に関する客観的分析や米露関係の戦略的解釈よりも、「トランプ氏自身が格好よく見える」という、トランプ氏のエゴに訴える論法で説得しようとした事実は、身近な側近でさえもトランプ氏の知的水準をその程度に見ていたということなのだろうか。
結局、首脳同士のサシの会談は2時間も続き、公式の議事録もない。加えて全体会合が2時間、計4時間の会談を受けてトランプ・プーチン両首脳が会見した。
トランプ氏がへりくだり、プーチン氏が自信の微笑をうかべた同会見は、味方が敵になり、敵が味方になる摩訶不思議な歴史の大逆転をまざまざと見せた。トランプ氏を掌中におさめたとでも言うかのような余裕を感じさせたプーチン氏が、トランプ氏の為に記者団の質問に答えた場面さえあった。クリミア半島問題である。
トランプ氏はロシアのクリミア半島の強奪についてさしたる反対論は唱えていない。それどころか、クリミア在住ロシア人の多さ故に、同地はロシア領だとの見方を示したことさえある。
プーチン氏はしかし、トランプ氏をかばうようにこう語った。
「トランプ大統領は、クリミア併合は違法だという主張を維持している。ロシアの考えは別だが」と。
ロシアによる米大統領選挙介入疑惑で米AP通信が、トランプ氏に米国の情報機関とプーチン氏の、「どちらを信ずるのか」と質した。トランプ氏はまともに答えなかったが、プーチン氏はこう語った。
「私は情報機関の一員だった。(偽の)資料がどのように作成されるかも知っている。おまけにわがロシアは民主主義国だ」
米情報機関が偽の資料を作成したとも、「米国同様の民主主義国」であるロシアが、他国の米大統領選挙に介入することなどあり得ないという主張ともとれる。噴飯物である。だがトランプ氏はプーチン氏の隣で頷いていた。
トランプ氏は70年近く同盟関係にあるNATO(北大西洋条約機構)諸国を酷い言葉で非難した一方で、いまや理念も体制も異なるプーチン氏のロシアと、核や中東問題などを共に解決できるという構えだ。
長年ロシアを共通の敵として団結してきたNATOの大国、ドイツは軍事支出がGDPの1.25%にとどまるとしてメルケル首相がトランプ氏に面罵された。日本はドイツ同様敗戦国として、戦後を経済中心で生きてきた。日本はドイツよりも尚、米国頼りだ。ドイツよりも国防費のGDP比率は小さく、憲法改正もできていない。トランプ氏の非難はいつか必ず、ドイツ同様日本に向かってくるだろう。