「 トランプの独批判は即日本批判だ 」
『週刊新潮』 2018年7月26日号
日本ルネッサンス 第812回
この記事はヘルシンキでトランプ・プーチン会談が行われている日に書いている。米露首脳会談の結果はわからないが、プーチン大統領にとって開催しただけで得るものが多く、トランプ大統領にとっては、「シンガポール型首脳会談」になると見てよいだろう。トランプ氏の「大言壮語」の割には米国が得るものは甚だ少ないという意味だ。
私たちは、米朝協議で米国が明らかに北朝鮮のペースに嵌まっていることを認めないわけにはいかない。初の米朝首脳会談は、共同声明に北朝鮮のCVID(完全で検証可能かつ不可逆的な核の解体)という大目標を明記するものと期待されたが、CVID抜きの漠とした内容にとどまった。
7月上旬の3回目の訪朝で、米国の要求する「非核化」の内容を改めて突きつけたポンペオ国務長官を、北朝鮮は「強盗」にたとえた。この大胆な非難は、金正恩氏がトランプ氏はもはや軍事オプションなど取れないと、足下を見抜いたからであろう。
プーチン氏との首脳会談でも、トランプ氏の準備不足とロシアの脅威に対する認識の欠落が米国にとって決定的に不利な状況を生む可能性がある。ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会議を終えて7月12日、英国に到着したトランプ氏は米露首脳会談について記者団に語った。
「君たちお気に入りの質問をするさ。(選挙に)介入したかと聞くよ。彼は否定するかもしれないが。自分が言えることは『やったのか、二度とするなよ』ということだ」
NATO首脳会議から英国訪問へ、その後の米露首脳会談に至る旅で、トランプ氏は「一番たやすい(easy)のはプーチンとの会談かもしれない」と語っている。トランプ氏は自分の向き合う人物が、ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的大惨事」と見做し、28年間ソビエト帝国建て直しを夢見てきた男であることを知らないのか。米国を外敵ナンバーワンと位置づけ、愛国心で国論を統一したいと願うプーチン氏は2007年2月、ミュンヘンでこう述べている。
「アメリカはあらゆる分野で己の国境を踏み越えている。経済、政治、人文の分野で他国に対して自己流のやり方を押しつけようとしている」
ロシアの存在感
13年9月には「ニューヨーク・タイムズ」に寄稿した。
「米国は己を他国とは異なるユニークもしくは『例外的な存在』と見做し、『世界の警察官』としての役割を果たすとの大義名分を掲げ、かつ実際に他国の内政に干渉している」(木村汎、『プーチン・内政的考察』藤原書店)
実はプーチン氏の寄稿と同じ時期(13年9月10日)に、オバマ大統領(当時)は内戦が激化したシリアについて、「軍事介入はしない」「アメリカは世界の警察ではない」と演説した。これは米大統領による近代稀な戦略的大失敗とされ、ロシアによるシリア介入を招いた。国際社会は異なるイデオロギーや価値観を持った国々があらゆる野望と力でせめぎ合う場だ、という現実から目を逸らし、平和を希求する話し合いで解決できると考えたオバマ氏の浅慮だった。プーチン氏は間髪を入れず、この機を利用して中東におけるロシアの存在感を飛躍的に高めた。
陰謀を巡らす指導者は陰謀を恐れる。プーチン氏はジョージアやウクライナの「カラー革命」、アフリカ北部や中東諸国の「アラブの春」は米国の経済的、軍事的支援があって初めて可能だった、ロシア国内での反プーチン運動も米国の陰謀ゆえだと信じていると見られる。
決して人を信じず、妻にも心を打ちあけないが、狙いを定めた人物の取り込みには巧みなプーチン氏を、プーチン研究の第一人者、木村汎氏は「人誑し」と呼んだ。そのプーチン氏とトランプ氏の首脳会談で、米国が戦略的後退に陥り、その結果、ヨーロッパ情勢が歴史的大激変に追い込まれる可能性がある。そのとき、NATO諸国はどうなるか、日本にとって他人事ではない。
7月11、12の両日、ベルギーで開かれたNATO首脳会議でトランプ氏が迫った要求は、表面上の粗野とは別に、国際政治の常識に基づけば十分正当なものだ。1949年創設のNATOは、旧ソ連の脅威から西側陣営を守るために結成された集団安全保障の枠組だ。これまでずっと米国が経費の70%強を担ってきた。
トランプ氏は米国の負担が多すぎる、NATOの取り決めであるGDP比2%の国防費という約束を守れと言っているのだ。メルケル独首相は「我々がもっと努力しなければならないのは明らかだ」と述べ、NATO諸国も、先にカナダで開かれた先進7か国首脳会議(G7)のような後味の悪い結末だけは避けようと必死だった。
日本はどうするのか
トランプ氏とG7で激しくやり合ったカナダ首相のトルドー氏は、NATO首脳会議初日に、イラク軍の軍事訓練強化のために、カナダ部隊250人を新たに派遣する、今年後半には現地部隊を車輌整備、爆弾処理、治安活動で指導する、と語った。
「カナダは向こう10年間で軍事予算70%増を目指す。それでもGDP2%には届かないが……。冷戦真っ只中の時代同様、NATOはいまも非常に重要な軍事同盟だ」
NATO軍は、今秋、500人の新部隊をイラクに派遣するとし、さらにアフガニスタンでも、駐留米軍約1万5000人に対し、1万3000人だった部隊を1万6000人に増やすと発表した。トランプ氏の「足りない、もっと増やせ」という要求に追い立てられるNATO諸国の姿が見える。
それでもトランプ氏は言い放った。「4%だ!」と。だが、氏の悪態にも非礼にもNATO諸国は反論できない。国防が当事国の責任であるのはトランプ氏の言うとおりだからだ。
NATO諸国で2%条項を守っているのは今年でようやく8か国になる見通しだ。米国を筆頭に英国、ギリシャ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニアである。
エストニア以下バルト三国は旧ソ連の下で苛酷な歴史を生きた。ポーランドとルーマニアも東欧圏の一員として息が詰まるようなソ連の支配下にあった。小国の彼らは再びロシアの影響下には入りたくないのだ。
では、日本はどうするのか。ロシア、中国、北朝鮮、左翼政権の韓国。日本周辺は核を持った恐ろしい国々が多い。だが、わが国の国防費は、トランプ氏に激しく非難されているドイツよりもずっと低い1%ぎりぎりだ。遠くない将来、「シンゾー、いい加減にしろよ」と、トランプ氏は言わないだろうか。
日本は安全保障も拉致問題の解決も、およそ全面的にアメリカ頼りだ。国防費はGDPの1%、憲法改正もできず、第二のNATO、第二のドイツにならないという保証はない。その時取り乱すより、いまから備えなくて、日本の道はない。