「粗にして雑、移民国家の自民党案」
『週刊新潮』’08年9月4日号
日本ルネッサンス 第327回
少子高齢化問題の解決には「海外からの移民の受け入れ以外にない」、日本は「移民立国への転換」を果たし、「総人口の10%を移民が占める移民国家」へ変身すべきだと自民党の中川秀直元幹事長らが提言した。自民党国家戦略本部「日本型移民国家への道」プロジェクトチームの「人材開国!日本型移民政策の提言」だ。
日本が政治難民や優秀な人材を受け入れることや、アジア諸国の人材を受け入れ育成することも、私は大賛成だ。それは、長年の私の持論でもあり、私は中川氏らの提言を注目して読んだ。だが、率直に言って、あまりにも粗にして雑な論理構成だ。現在、教育現場や職場で、工夫と苦労を重ねて外国人を受け入れている日本国民や自治体に対して驚くほど無責任でもある。
提言の最大の欠陥は間違った問題設定にあると喝破するのが、移民政策を研究してきた名古屋大学大学院国際開発研究科講師の浅川晃広氏だ。
「日本の人口危機の解決には移民受け入れ以外にないと決めつけ、その他の選択肢を最初から排除しています。日本の問題は人口の減少よりも、生産年齢人口の減少です。生産活動に従事する人を増やすことが大事で、この視点に立てば、直ちに幾つかの策が思い浮かびます」
浅川氏は、具体策として少子化対策で出生数を上げることや機械化や自動化を進めて生産性を向上させることに加えて、これまで生産活動に従事してこなかった「高齢者、女性、障害者」の能力活用が大事だと強調する。
世界一の高齢化国家、日本で、気力体力も充実し、経験や知識を蓄えている「常識ある大人」たちが60歳や65歳で定年退職してしまうのは社会の損失だと、浅川氏は言っているわけだ。日本での再雇用が侭ならないために、経験と技術を見込まれて、中国をはじめとするアジア諸国に再就職して厚遇されている人々もいる。このような人材をこそ、日本で活用するための制度改革が必要だ。
女性も同様だ。結婚や出産後に再度職場に戻り易い制度改革、被扶養者の103万円の枠を取り払って、それ以上の仕事をし本格的な社会参加を奨励する税制改革も必要だ。
障害をもつ人々の社会参加にも、もっと手厚い政策が要る。
受け入れ態勢がない
日本の労働力不足は、まずこうした人々の能力と時間の積極活用で解消をはかるべきなのだ。これらの点に全く触れない提言は、浅川氏の指摘のように問題設定そのものを間違えている。間違った問題設定からは間違った策しか生まれない。
同提言は「欧州の移民先進国の受け入れ数や日本社会の受け入れ能力などを勘案すると」50年後に1,000万人、「人口の10%程度の移民を受け入れるのが相当である」と断言する。なぜ、1,000万人かについての説明はない。一体どんな状況を目指しているのか、判断に苦しむのだが、とりあえず、現状をみてみる。
現在日本には215万人余りの外国人が住んでいる。近年、中国人が急増し、61万人弱で最大の外国人グループだ。外国の人材が日本にもたらすメリットも多いが、問題が増加したのも事実だ。最大の原因は日本語能力の欠如だと氏は指摘する。
ブラジルの日系人を例にとってみよう。日系人ではあっても、必ずしも日本語能力が高いわけではないために、彼らの多くは定職につけず、単純労働に従事するケースが多い。経済的には恵まれず、子どもの教育も十分ではない。親は福祉への依存を強め、子どもは登校拒否に陥る例も少なくない。社会にとけ込めず、犯罪に走るケースも目立つ。
先述のように日本在住外国人は約215万人、内、約60万人が、幾世代も日本に住み日本語を母語とする在日韓国・朝鮮と台湾の人々だ。彼らを除いた150万人余りの外国人でさえも、日本政府は日本語能力を身につけさせるだけの教育を施していないのである。
「然るべき受け入れ態勢がないなかで、十分な日本語能力のない人たちを大量に入れれば、それは即、低賃金労働者の増加、社会問題の発生につながります。少子高齢化は先進国共通で日本だけの問題ではないのです。日本が必要とする若い労働力は他国も必要としています。中国を含めてアジアでも若年層は無尽蔵ではありません。台湾ではベトナム人花嫁が増えていると言われ、韓国も外国人の受け入れを打ち出しました」
働き手不足の国際状況下、日本が数だけを目指して外国人を受け入れれば、当然、質は落ちる。日本語を解さない外国人労働者が増加する。
中国人ばかりが増える
「移民を受け入れてきた豪州は英連邦の一員で、英語圏の国ですから、人材確保も比較的容易です。しかし、世界には日本語圏はありません。強いて挙げれば漢字圏になります」
浅川氏の指摘は意味が深い。現在日本在住外国人の最大のグループが中国人であることはすでに指摘した。昨年度学業を修了して日本で就職した留学生1万262人の内、7,539人、約75%が中国人だ。1,000万人の移民受け入れは、中国人の飛躍的増加を意味する側面がある。
日本にとって21世紀の最大の問題は中国との関係だ。この点からも、日本における外国人問題の核心は中国人問題である。それだけに、日中両国の国民が互いに評価出来る賢い選択を日本はしなければならない。
自民党の中川提案に欠けているもうひとつの重要な点はコストの明示である。たとえば、提言は留学生を100万人に増やすという。
「2007年度、外国人留学生の予算は396億9,500万円でした。2006年5月の統計で留学生総数は11万7,927人。単純計算で100万人の留学生に必要な費用は年間3,360億円。学生寮建設や就職支援などの施策も打ち出していますから、より多くが必要です」
看護師や介護福祉士も30万人に増やすそうだ。ここでもコストは触れられていないと浅川氏は述べる。
「これまで日本が受け入れてきたベトナム人看護師養成の費用は一人600万円でした。単純計算では30万人で1兆8,000億円。一体これだけの予算をどこから持ってくるのか、説明も議論もありません」
提言は、打ち上げ花火のように華々しく躍る。だがもっと深刻なのは、この移民政策遂行のために、永住許可制度と帰化制度の運用を緩和し、入国後7年以内に永住許可を、10年以内に国籍を付与するとしていることだ。
永住や帰化が単なる時間軸ではかられるはずがない。その人物がどのような点で日本国の利益に合致するのかこそを公正かつ厳正に審査しなければならないのだ。
このように、同提言には深刻な欠点が余りにも多い。根本的な見直しが必要であろう。