「 気概薄弱で、事なかれ主義になりがちな現代の日本人に観て、考えてほしい映画 」
『週刊ダイヤモンド』 2008年3月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 731
安倍晋三氏が首相だったとき、米国下院で慰安婦問題に関して日本政府に謝罪を求める決議案が可決、成立した。
福田康夫首相の訪中に先立って、中国では「南京大虐殺記念館」が大幅改修されて再開された。
いずれのケースにおいても、事実は大幅に曲げられ、捏造されており、日本は理性的に反論すべきだった。しかし、政府は、沈黙を守った。
歴史にかかわるすべての問題について、どんなに理不尽な非難であっても、日本政府はひと言も弁明してこなかった。どの事例でも、非難が収まるのを待つだけの対応に終始した。敗戦による精神の虚脱は絶望的なまでに深く、今も日本を蝕み続けるのである。
そして今、ようやく、私たちは、映画「明日への遺言」の登場を得た。同作品は大岡昇平の『ながい旅』を原作とする。日本の映画界の大御所、原正人氏は、13年前に同作品の脚本に出会った。今回、「自分の最後の作品」という想いで陣頭指揮を執り、若き後輩の小泉堯史(こいずみ・たかし)監督らを従えて製作した。
作品の主人公は東海軍管区司令だった岡田資(たすく)中将だ。彼は戦後、横浜裁判でB級戦犯として裁かれた。名古屋空襲で無差別爆撃を行なった米軍の搭乗員を処刑した罪で、死刑判決を受けた。
映画は、岡田中将が法廷でいかに闘い抜いたかを、記録に残されている実際の尋問をたどりながら描いていく。岡田中将は部下に責任が及ばないように、すべての責任を一身に引き受けながらも、米軍の行なった無差別爆撃の非を国際法に基づいて説き続ける。
あらためて指摘するまでもなく、日本は米国との戦いに敗れたがゆえに犯罪国家として裁かれた。戦争は多くの要因とその時々の複雑な状況下で起きる。必死の外交努力も功を奏さず、やむなく開戦に至るのは、本当に多くの事柄が錯綜する結果である。一方の当事者が100%の責任を負う性質のものでないのは明らかだ。にもかかわらず、戦勝国は、勝ったがゆえに正義は彼らの側にありとして日本を裁いた。
昭和20年5月14日、名古屋の市街地が無差別爆撃を受けた。名古屋城も焼けた。このとき米軍機が墜落、日本側に捕らえられた11人の兵を岡田中将は軍律会議にかけて処刑した。6月9日の名古屋空襲では、工場のあった地域を含む広い範囲が、これまた無差別に空爆され、死者2,068人が出た。「正論」2008年4月号で対談した戦史作家の牧野弘道氏は、「五体満足な遺体はほとんどなく、目をおおうばかりの惨状だった」ことを指摘している。
岡田中将は民間人を襲った名古屋空襲のすさまじい実態を、つぶさに視察した。一連の空襲でさらに多くの米兵が捕らえられた。日本軍は軍律の適用によって、全員を処刑した。この点について岡田中将は罪に問われたのだ。
岡田中将は法廷で主張した。無差別爆撃の下で、軍法会議を開いている余裕はなかった。軍律会議にかけ、その後は軍律を適用したのは、状況を考えれば適切であったと。そして無差別爆撃こそ、国際法に反するものであり、罰せられるべき罪であったと。
詳しくはぜひ、映画を観てほしいのだが、岡田中将はじつに理にかなった立派な主張を展開した。敗戦し、国全体が不安の泥沼に沈み、全権を握った占領軍の顔色をうかがうような空気のなかで、このように立派に、日本国の立場を主張した人物がいたことに、私は限りない感動を覚える。
尋問調書の記録は、敗戦国日本に真の武士が存在したことを、誇らしくも確かに、私たちに伝えてくれる。敗戦下でも、誇りと気概を失わず、他者に責任転嫁しないその精神に触れた米国人の主任弁護人、フェザーストーンも、じつにすばらしい弁論を展開した。歴史から目を背け祖国日本への信頼を失いがちな現代の日本人に、ぜひ、観て、考えてほしい映画である。
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