「 キッシンジャー元国務長官の影響で暴言沈静化 くすぶるトランプ大統領が中国と手を結ぶ可能性 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年2月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1170
リチャード・ニクソン元米大統領に仕えた元米国務長官、ヘンリー・キッシンジャー氏は親中派の中の親中派である。1923年生まれの高齢の氏がいまワシントンと北京、ドナルド・トランプ米大統領と習近平中国国家主席を「つなぐ人物」といわれる。
氏は昨年秋にはヒラリー・クリントン氏への支持を表明していたが、トランプ氏が勝利すると、10日後にはニューヨークで次期大統領と会談、ロシア、中国、イランおよびEU(欧州連合)情勢を語ったと発表された。
公式発表では幅広い議論だったと強調されたが、重要な部分を占めたのが中国問題だったことは、2週間後にキッシンジャー氏が93歳の身を押して北京に飛んだことからもうかがえる。
2016年12月1日木曜日、氏は左手に握ったつえを頼りに北京にいた。中国共産党序列6位の常務委員、王岐山氏がキッシンジャー氏の右手を取って労り、2日には、氏が人民大会堂で習主席に丁重に迎えられた。
大統領選挙キャンペーン中、トランプ氏が中国を為替操作国とし、中国からの輸入品に45%の関税をかけるなどと厳しく非難したのは周知の通りだ。
こうした状況下では、中国はトランプ新政権の真の狙いを見極めるべく注意深く観察すべきだというのが、「人民日報」や「環球時報」の社説、つまり、共産党政権の考えだった。
会談では習主席が「全身を耳にして貴方の発言を聴いている」とキッシンジャー氏に語ったと報じられた。キッシンジャー氏は何を語ったのか。習主席との会談後に、氏がCNNのファリード・ザカリア氏に述べた言葉が、発言の一端をうかがわせる。
「選挙キャンペーン中のトランプ氏の言葉について、われわれは釘を刺すべきでない」
キッシンジャー氏はさらに12月18日、CBSの「Face the Nation」で以下のようにトランプ氏を評価した。
「トランプ氏は、従来の世界秩序と大胆に決別するという点で、歴代大統領中、歴史的に最重要の大統領として名を残す可能性がある」
クリントン氏支持の一方、トランプ氏を忌避していた氏は、なぜトランプ氏を褒め始めたのか。
興味深いのがトランプ氏の発言内容が変化してきたことである。大統領選勝利以降、氏の中国非難は鳴りを潜めた。45%の関税にも南シナ海での蛮行にも触れなくなった。1月31日には「中国は為替操作で通貨安を誘導している」と非難したが、このときは日本も一緒に非難され、またトヨタ自動車が名指しされ、日中逆転が起きたかのようだ。
対中暴言の沈静化は、キッシンジャー氏がトランプ氏の脳裡に米中関係重視の必要性をとことん刻み付けたからではないのか。キッシンジャー氏が11年に上梓した『中国(On China)』から氏の中国への入れ込みぶりが伝わってくる。同書は586ページの大著だが同じ写真が2枚ずつ掲載されているなど編集は粗っぽい。
同書で氏は中国を世界の中心とする中華思想を説明し、偉大な中華と良好な関係を築くことの重要さを強調する。中国との良好な関係に反対する理由は全くない。しかし、キッシンジャー氏の語る米中が目指すべき関係は、中国が年来主張してきた「新型大国間関係」とそっくりだ。中国政府の代弁者かと思われても仕方がない面が目立つ。その親中派の人材を仲立ちとして米中関係を築こうとするのがトランプ氏であろうか。
激しい罵り言葉とは対照的にトランプ政権が中国と手を結ぶ可能性を否定できない理由の1つがここにある。ジェイムズ・マティス米国防長官は安全保障面で心強い発言をした。だが明らかなのは、日本はそればかりを頼みにしてはいられないということだ。