「 町議の合意で議員報酬を日当制に 真の自治確立を目指す矢祭町の心意気 」
『週刊ダイヤモンド』 2008年1月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 723
「これが矢祭町の議員の心意気です。この自治の精神が他の自治体を刺激し、広がっていってほしいものです」
福島県最南端に位置する人口7,000人弱の矢祭町が、昨年12月28日、議員報酬を現行の月額制から日当制に変更すると決定したことを、前町長の根本良一氏はこう語った。
「月額20万8,000円の報酬から、議会への出席や成人式、消防団の出初め式など町の公式行事への出席のたびに日当三万円を払うことにしました。これはすべて町議の皆さんが自ら提案し、実現したものです」
現町長の古張允氏も、こう述べて町議の心意気を評価した。
3万円の根拠は、仕事量が最も多い課長職の平均日給4万4,772円の七割である。役場職員はフルタイムだが議員は半日で仕事が終わることもあるため、課長職の七割とした。
町議の年間出勤日は定例、臨時議会など、最大で30日以内だ。日当制導入で10人の町議の報酬は、種々合わせて年間3,400万円から900万円に減る。古張町長は、しかし、日当制は財政が理由ではないと強調した。
「財政は着実に改善しています。財政調整金(貯金)は2001年度の約6億円から07年度は12億円に倍増、起債も繰り上げ返済しています」
日当制にした理由は、町議は生活のためではなく、町民と町のために働く奉仕の精神にたっているからだという。
矢祭町は01年10月31日、全国で初めて「合併しない宣言」をした。翌年七月にはこれまた全国に先駆けて「住民基本台帳ネットワーク参加見合わせ」を発表した。ことごとく国の方針に逆らったが、その心は逆らうことにあるのではなく、真の自治の確立にある。彼らは志を実行すべく町ぐるみで取り組んだ。根本前町長は「隗より始めよ」で、まず町長の交際費を廃した。助役も議長もこれに倣った。定員18名だった議会を04年4月から10名に削り、政務調査費も費用弁償と呼ばれる交通費も廃した。
支出抑制で生じた余剰を、子育て支援や医療サービスの充実、教育に回した。矢祭町の子どもたちは中学三年になると全員、町費で海外へホームステイの旅に出る。「こんな田舎町に生まれ育つと、外に大きな世界が広がっていることに気がつかずに大きくなる。それでは未来の日本を担っていくのに不足です。それで、海外での生活体験を全員にさせるのです」と根本氏。
子育て支援も怠らない。若い夫婦が沢山の子どもを作れるように第三子には誕生祝と健全育成金として100万円、第四子、第五子には各々150万円、二百万円が贈られる。保育料は半額で、三歳児は月額9,050円、三歳未満児は1万1,950円だ。近隣市町村と較べて格段に安い。
一方、町は立派な図書館も作った。全国に本の寄贈を呼びかけると目標の40万冊を超える43万余冊が寄せられ、寄贈で12億円を節約した。
こうして歩んできた道を、町民は高く評価する。合併拒否から五年後の06年、町民の78%が「自立できる町づくり」の取り組みを評価した。住民サービスを83%が、子育て支援を78%が、町財政の改善を82%が評価した。国に逆らったことで道路や公共施設の整備の遅れが危惧されたが、55%が「遅れを感じない」とし、70%が「以前よりも町政に関心を持つようになった」と答えた。
島根大学名誉教授の保母武彦氏は「以前よりも」が重要だと指摘する。強い関心を抱く住民が70%を占めたことは、矢祭町に真の自治が育ちつつあることを示している。
政治は生業ではない、故郷を自らの手で守り、運営するための奉仕が政治なのだと語っている矢祭町の実践が、他力本願の多くの自治体に教えることは多い。政府も矢祭町をいじめるのでなく、彼らから学んでほしい。