「 ダライ・ラマ法王14世が語った3つの事柄に対するコミット 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年11月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1159
11月16日、チベット仏教最高位のダライ・ラマ法王14世は、赤い法衣から右腕を出したまま、にこやかに車から降り立った。衆議院第1議員会館大講堂で超党派の議員団が主催する法王の特別講演会が行われるのだ。
私は議員ではないが、同会の世話人就任を依頼された。理由は5年前、シンクタンク「国家基本問題研究所」が超党派議員団と共にインドを訪れたときに、自民党の下村博文、山谷えり子両氏と共にインド北部のダラムサラにチベット亡命政府を訪ね、法王にお会いし、それが日本国議員団とチベット交流の嚆矢となったからだろう。
共産、社民両党以外の政党の計245人の議員・代理人と国基研関係者の合わせて300人以上が拍手で迎える中、法王は壇上に立った。
立たれたまま合掌して、語り始めた。
「私は81歳、残りの人生をいかに活用するか。3つの事柄にコミットしています。第1は、70億人の地球人口の1人であることへのコミットです。幸福な人類社会をつくる責任を各人が果たすその先頭に立ち続けたい。宗教心の有無を含めて全ての相違を超えて、慈悲と愛を実践し、70億人が1つになることを説き続けたい」
「第2に、仏教徒であることへのコミットです。私は仏の教えを実践する僧です。全ての宗教は同じ目的、愛を実現するものです。慈悲と寛容、自身の足るを知る心を実践し尽くしたい」
1959年にインドに亡命し、以来ダラムサラを拠点にチベット仏教を説く法王をインド政府が庇護して今日に至る背景を示唆し、こう語った。
「インドには多くの宗教が共存し、人々は足るを知り、他者への思いやりの実践を尊ぶ価値観が定着しています。国の在り方としてのよき規範となっているのがインドです」
トランプ、プーチン、習近平各氏の目指す国の在り方を見れば、私たちが住む現在の世界が寛容の精神に満ちているわけではないことが分かる。その中で法王は前出の価値観の重要性を説く。世界で、日本が最も日本らしく生きる道筋も、実はここにある。
第3のコミットは、「チベット人であること」だと語った。
「亡命チベット人と中国内のチベット人の99%以上が私に絶対的な信頼を寄せてくれます。私にはチベット人がチベット人として生きていく環境を守る責任があります。仏教、知識、言語、文化など1000年以上にわたって伝えられてきた価値観を未来においても守っていけるようにしたい」
法王は、チベットが中国から分離独立することを否定して今日に至る。その意味で、チベット問題は決して政治問題ではない。中国の一部であることを受け入れ、たった1つ、チベット人として生きたいと要望しているにすぎない。中国政府にはチベット人の宗教、文化的環境を守る責任はあっても、破壊する権利はないのだ。
法王は、チベットに心を寄せる「外の世界の」人々には、全ての人々が真実を知ることができるような支援をしてほしいと語る。中国人も含めて人々が真実を知れば、それが偏見を打ち砕き、思い込みを是正する力になる。
すでに人々は情報の力で目覚めつつある。法王は、中国で仏教徒が増え、チベット問題を従来の強硬手段ではなく、より現実的な方法で解決すべきだと考える人々が増えていることを強調した。チベット人の不屈の精神に変化はないことも指摘し、日本人のチベット問題への関心に感謝した。
ダラムサラへの旅から5年、今回、日本・チベット議員連盟が発足する。人間の自由と民主主義、各民族の価値観が尊重される世界を、日本が先頭に立って構築する国になれるようにという国基研の理想もここで1つの形になる。下村、山谷両氏をはじめ衛藤晟一氏ら関係者の尽力を私は高く評価する。