「 福田外交で損われる日本の国益 」
『週刊新潮』'08年1月17日号
日本ルネッサンス 第296回
福田康夫首相の外交から、その父、赳夫元首相の外交を連想する。
両氏とも中国への親愛の情が先に立ち、情に流され、日本の国益を守り得ていない。国家観と、国際情勢の全体を見渡す視点を欠いているため、的外れの外交となっている。
元首相はどの国とも仲よくつき合う全方位外交を主張した。外交には、しかし、相手がある。元首相が願った〝仲よし学園〟成立し難いのが常だ。赳夫氏の首相在任は1976年から78年だ。当時中国は、約2,000万人を死に追いやった文化大革命の嵐の10年が、76年秋の毛沢東の死によって終焉したばかりだった。また中国はソ連の核攻撃を本気で恐れ、日米両国に接近、日本には防衛費をGNPの2%まで倍増せよと提言し、日米中の連携でソ連の脅威に備えようとした。ソ連は、アジアでは中国を牽制しつつ日本取り込み作戦を展開、欧州では西欧、とりわけ西独に照準を合わせた中距離核ミサイルを急ピッチで配備中だった。
元首相が、西独のシュミット首相との会談で、中距離核ミサイルについて問われた際、全く知らなかったことは余りにも有名な話だが、国際政治の実態にこのように無知だったからこそ、全方位外交という超楽観的政策を掲げることが出来たのだ。
そのような外交で、日本の国益は大いに損なわれた。現首相は今回、北京大学での講演で、父親が締結した日中平和友好条約が日中間に「鉄橋」を築いたと誇り、同条約締結30周年の08年を「日中関係飛躍元年にしたい」と語った。
だが、日中平和友好条約は日本に何をもたらしたか。当時、日中両国は尖閣諸島問題で争っていた。日本固有の領土の尖閣諸島を中国が自国領だと主張していたからだ。
他方、10年にわたる文革で国力を疲弊させた中国は、日本の経済・技術援助を死活的に必要としていた。日本優位のこの関係のなかで、尖閣は日本領土だと中国側に認めさせる知恵をなぜ働かせなかったのか。中国が日本領だと認めたとき、初めて援助を与えるべきだった。元首相はそれをせず、中国への情に流され、前例のない大型経済援助を開始する平和友好条約を結んだ。そしていま、尖閣諸島と東シナ海ガス田は日中間の最も深刻な問題となり果てている。
父子で夢見る全方位外交
元首相の秘書官だった現首相は、いま、〝共鳴する外交〟げる。「日本のアジア政策と日米同盟間の共鳴」だそうだ。これが何を意味するのか、明確な説明はないが、底流に父親譲りの〝どの国とも仲よく〟という、国際政治を知らない夢見る中学生のような想いが見てとれる。
全方位外交が無意味だったように、首相の望む〝共鳴〟も起きてはいない。共鳴の一つの振動軸である米国を、首相は11月15日から訪問したが、ブッシュ大統領との会談はわずか1時間、通訳の時間を除けば実質30分だ。帰国後、首相は「自分は冷遇されたのではないか」と語ったが、首相の国際政治への昏さ故に、日本国が冷遇されたのである。
その首相は、満面の笑みで4日間中国に滞在した。胡錦涛国家主席による晩餐会、北京大学での講演の全国中継など、異例のもてなしの一方で、中国は肝心の問題では譲らなかった。尖閣諸島と東シナ海問題は、07年4月の温家宝首相来日時に、同年秋までに解決すると合意済みだった。しかし、福田首相が訪中しても、未だに決着はついていない。
同問題に関しては、過去30年ほどの国際司法裁判所の判決を見ると、国際社会では、海上の境界線は日本が主張する中間線を基本として画定されてきた。中国の〝大陸棚の延長である東シナ海は中国の海だ〟という類の主張は、退けられてきた。
安倍内閣は、07年秋までに中国側が譲らなければ日本側は試掘に向けた条件整備に入ると決めていた。具体的には漁業者団体と漁業権補償交渉に入ると決めていたのだ。だが、福田首相にはそんな気持はない。「日中関係を悪化させることは出来ないのです」と共同記者会見で強調したように、また、先に「相手の嫌がることはしない」と述べ、靖国参拝はしないと表明したように、首相は中国が気分を害したと抗議する類のことは一切しないのだ。
斯くして、首相は中国が強く望む環境技術の移転とそれを助ける環境基金の創設を、一方的に譲る形で約束した。技術移転をするにしても、なぜ、それを日本の国益のために活用しないのだ。東シナ海問題で中国側が国際社会の常識に沿って妥当な譲歩を示したとき、初めて、喜んで世界に誇る日本の環境技術を移転すればよいのだ。
日中友好の言葉の甘い響きのなかで、一人踊り続けるかのような首相の姿は、78年の父首相のそれと重なる。両氏ともに国家観を欠いている。
国益なき卑屈さの危機
たしかに日中友好は大切である。首相は北京大学での講演で、戦略的互恵関係の第一の柱は互恵協力だと強調し、日本が中国にODAの供与をはじめ、そのWTO加盟を、早くから支持したと強調した。だが、日本が国連安保理の常任理事国入りを目指したとき、全力で阻止したのが中国だったことは記憶に新しい。
日本が不快に思って当然の種々の問題があるにもかかわらず、中国は首相が前のめりし易いように、異例尽くしの歓迎をした。一方で、たとえば歴史問題について共同記者会見で温首相が「歴史を正しく見ることが大切だ」と述べたように、釘を刺すことも忘れなかった。それ以前に、12月13日、2年間かけて大改修し規模を拡大した「南京大虐殺記念館」が再オープンした。根拠もない「犠牲者30万人」の数と共に、そこには事実に反する展示がなされている。歴史を以て日本を貶める中国の基本戦略は不変なのだ。
首相は、しかし、北京大学で語った。「過去をきちんと見据え、反省すべき点は反省する勇気と英知があって、はじめて将来に誤り無きを期すことが可能になる」と。中国人学生から大きな拍手が湧いた場面だ。
他国が自国を捏造や事実の歪曲で貶めるとき、一国のリーダーはどうすべきか。一例がブッシュ大統領だ。2002年2月22日、ニクソン大統領の訪中30周年を記念して北京の清華大学で行った講演で、同大統領は米中友好を謳い上げながらも、中国の教科書が米国の姿を正しく教えていないことを明確に指摘し、米国を擁護した。中国では未だに、朝鮮戦争は米帝国主義が仕掛けた、米国は弱者を抑圧する国柄だと教えている。そうしたことに、きちんと反論したブッシュ大統領とは対照的に、福田首相の講演はあまりに遜っていた。ゆえなき遜りは真の互恵関係にも相互信頼にもつながらない。日本の政治史上初めて、揃って首相となった父と子。両者の外交を特徴づける、国益概念なき中国への卑屈さに危機を覚えるものである。