「 自民党歴史勉強会に託される課題 」
『週刊新潮』 2015年12月10日号
日本ルネッサンス 第683号
歴史のとらえ方ほど、各国、各人の間で合意し難いものはない。にも拘わらず中韓両国は日本に「正しい」歴史認識を持てと要求し続け、「正しく」歴史に向き合えば謝罪は当然だと言い募る。
ロサンゼルス発で『産経新聞』が、重慶爆撃を題材にした中国映画の完成を伝えた。監督は中国人、俳優陣には「ダイ・ハード」シリーズに出演したブルース・ウィリス氏、「リーサル・ウェポン」のメル・ギブソン氏ら、人気者が顔を揃えている。シルベスター・スタローン氏も続編に名乗りをあげたそうだ。
映画製作者は作品の意図をこう語っている。「重慶爆撃に関して正しい歴史を思い出させ、次世代に文化的遺産として残す」。
製作には実に5年かかっている。習近平指導部は「抗日戦争勝利70年」で日本軍の残虐さを世界に発信すべく、年内完成に拘ったという。
一方、米国の反日政治家、カリフォルニア州選出の民主党下院議員、マイク・ホンダ氏も加わって、「性奴隷制の犠牲者のための国際議会連合」も創設された。委員長を務めるカナダの上院議員も、ニュージーランドの議員も韓国出身で、さらに韓国の現職議員も加わった「国際議会連合」は、国際組織というより韓国の対日歴史戦のための組織である。
中韓両国の対日歴史戦に対して、わが国は歴史の事実を具体的に発信するしかない。折しも自民党が立党60周年に「歴史を学び未来を考える本部」を自民党総裁直属の勉強会として、正式に発足させた。本部長に谷垣禎一幹事長、事務総長に中曽根弘文元外相が就任した。旗振り役を務めた稲田朋美政調会長が本部長代理である。稲田氏が語った。
「自民党として、初めて歴史を学ぶ場を作りました。日本の歩んだ道に関して、歴史の事実は何だったのかを学ぶことが目的です。本当の日本を取り戻すためにも必要です」
この勉強会を東京裁判批判だと反発する声もあるが、稲田氏はそのような見方を強く否定する。
「一定の歴史観を形成するためでは全くありません。本部長の谷垣幹事長のほか、アドバイザーは山内昌之明治大特任教授、オブザーバーに社会学者の古市憲寿さんもいます。この陣容は、むしろリベラルな印象を与えるかもしれません」
激しい歴史戦
確かに、加藤紘一氏の側近だった谷垣氏は党内リベラル派であり、山内、古市両氏も保守人脈というより穏やかなリベラル派といってよいだろう。世論を瀬踏みする現在の自民党の姿勢が滲んでいる人選である。
会合は12月中に1度、来年からは月2回程度開き、約1年で日清戦争以降の近代史を学ぶという。
学校でも家庭でも歴史を教えてこなかった戦後日本ならではの試みであろう。だが歴史を学び、日本の足跡を理解し、その成果を外交に反映させるのは重要なことだ。稲田氏は、勉強会はマスコミにも開放し、結論のまとめはしない予定だという。
「客観的事実を学ぶことが目的です。その結果、どのような歴史観を形成するのかは個々の政治家の判断ですから」と、稲田氏。
選良たちには是非、隣国が歴史をどのように教えているかも一緒に学んでほしい。中韓両国の日本に対する歴史戦の激しさの背景には、とんでもない歴史教育がある。とりわけ中国の歪んだ歴史教育は、将来、今以上に深刻な影響を及ぼしかねない。
ユネスコの世界記憶遺産に登録されてしまった「南京大虐殺」についての中国側の主張の骨格は、H・J・ティンパーリーの著作に基づいている。彼は英「マンチェスター・ガーディアン」紙の記者の触れ込みで活動していたが、国民党国際宣伝処の雇われ外国人であったことは、周知である。
国民党に買収されて日本軍の「蛮行」を喧伝したそのティンパーリーでさえ、南京で「大虐殺」があったとは書いていない。彼と交友のあった金陵大学歴史学教授のベイツもまた、ティンパーリーへの手紙の中で、日本軍が南京で行ったことは「テロ」即ち組織的暴力だったという確証はないと書いている。にも拘わらず、中国はティンパーリーをはじめとする第三国の言論人や研究者を雇い、巧みに利用し、30万人大虐殺説を作り上げた。
中国の捏造は日本との歴史だけではない。シンクタンク「国家基本問題研究所」は、かつて専門家と共に約1年かけて中国と周辺諸国との関係を、歴史を遡って研究した。『対中国戦略研究報告書』としてまとめた研究を通して、中国が全ての国との歴史を捏造してきた事実が判明した。国基研の研究は、中国が国境を接する14の国・地域との関係に的を絞ったが、国境を接していない米国との関係も中国は捏造している。
『百年マラソン』の著者で中国問題の専門家、マイケル・ピルズベリー氏は1989年6月4日の天安門事件を境に、中国共産党はアメリカを危険な覇権国と見做し始め、徹底的に歴史を改竄し始めたと書いている。
反中国の首謀者
中国の歴史教科書を徹底的に調査した氏は、内容が90年以降あからさまに書き改められたこと、今では中国の若い世代が、アメリカは170年にわたって中国の支配を目論んできたと信じている、と断じている。
たとえば、中国の教科書ではリンカーンは反中国の首謀者で、冷厳で残忍な帝国主義者として描かれている。比較的穏当な主張で知られる中国の学者に、人民大学の国際関係学教授、時殷弘氏がいる。氏は著書『米国の対中姿勢と中国の国際社会への入り口』で、「リンカーンは中国が国際社会の中で支配され、搾取されることさえ望んだ」と書いている。氏の冷静な論文を読んできた私にとって、この記述は驚きだった。中国ではこのように書かなければ、教授としてやっていけないのかという暗い気持ちにもなる。
1900年の義和団事件について、中国の教科書には「米国が他の国々をだまして中国を攻撃させた」と書かれているそうだ。
義和団事件では清国駐在武官だった日本の柴五郎が大活躍した。日本人の沈着冷静な戦い振りが注目された事例でもあり、義和団事件の詳細に通じている日本人は少なくない。従って、米国が日本を含む各国をそそのかしたなどという主張は、日本ではおよそ誰も信じないが、中国ではそう教えているのである。
朝鮮戦争も米国が仕掛けた戦争として教えられている。この件について中国の学者になぜかと問うと、朝鮮戦争については歴史の真実はまだ定まってはいないという言葉が返って来た。中国の歴史捏造には限りがないのである。
日本の選良たちはこうした事例も学び、中国及び韓国の歴史捏造に関して深く理解し、国際社会にも警鐘を鳴らし続けなければならない。