「 米国は本当に日本の同盟国か 」
『週刊新潮』 2007年7月5日号
日本ルネッサンス 第270回
6月19日、参議院外交防衛委員会で民主党の浅尾慶一郎議員が興味深い質問を行った。5月12日の「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)で、キーティング米国太平洋艦隊司令官が中国の空母建設に米国は手を貸す用意があると発言した件についてだった。
キーティング司令官は「もし中国が航空母艦建造計画を進めるのであれば、彼らが望むレベルまで、また我々が可能なレベルまで助力するであろう」と5月12日の記者会見で発言したのだが、同会見に先立ってウー・シェンリ中国海軍副司令官と会食し、空母の建設や維持の複雑さと困難について中国側に詳しく説明したそうだ。
上記のVOA放送から1か月と1週間後、浅尾氏の質問に対し、外相も防衛相もキーティング発言については全く知らなかったと答えた。同発言への認識を質されて、久間章生防衛相は「何ともコメントしようがございません」と答えている。
久間防衛相はさらに、中国に対しては空母の保有は莫大な維持管理費を要すること、限られた予算のなかで一方を確保すれば他の分野を削ることになると伝えてきたことなどを紹介し、「これから先、注目していこうとは思っております」と答えた。
キーティング司令官や久間防衛相が指摘する莫大な予算の必要性などは、中国は疾うの昔に承知であろうに。言っても意味のないことは言わないのがよいのである。
空母についての中国の考え方はすでに明確にされてきた。1989年3月17日の『解放軍報』は、中国が空母を保有する問題は中国の経済力・技術力の問題ではない、中国の国益の問題であるとして、次のように書いている。
「今世紀の初頭に艦載航空兵が出現して以来、海洋制空権がなければ制海権はないこと、制海権は海洋制空権と一つの統一体をなしていることが実戦により証明されている。艦載航空兵は海軍航空兵の主体であり、航空母艦は艦載航空兵が欠くことのできない活動基地である。航空母艦が必要であるかどうかは、装備建設の問題でなく、つまるところ海洋制空権を必要とするかどうかの問題である」(『甦る中国海軍』、平松茂雄著、勁草書房)
台湾併合後も見据えた中国
空母保有はコストや経済を超えた中国の大国家目標なのだ。中国問題の専門家、平松茂雄氏が語る。
「中国は1970年代半ばにすでに南シナ海の西沙諸島に手を伸ばし、中国領土としました。当時から強力な海軍力の構築、そして空母保有への野望は明らかでした」
中国が南シナ海の島々全て、南沙、西沙、中沙、東沙の諸島全てが中国領土だと宣言したのは1974年1月11日だった。続く1月15日、彼らは南ベトナム軍を攻撃し1月20日には西沙諸島を支配下に入れた。
表向きは中国とベトナムの戦いだったが、背景にはソ連海軍のアジア進出と、それに断固対抗する中国の決意があった。当時、米国はベトナム戦争で苦戦し、英国も60年代後半にはスエズ運河以東から撤退していた。ソ連はその機に乗じてインド洋に進出し、勢力を拡張していたのだ。
ソ連太平洋艦隊がマラッカ海峡を通過するようになり、閉鎖されていたスエズ運河の通航が再開されようとする状況を、中国は脅威ととらえ、1974年5月12日の『人民日報』は次のように報じた。
「(スエズ運河の再開によって)黒海から紅海、インド洋、ペルシア湾にいたる(ソ連の)海上補給線は1万1,000マイルから2,000マイルへと短縮され、かつソ連のインド洋における海軍力を一歩強めさせる」。
中国の対ソ恐怖心は募り、中国はソ連に対抗するため79年1月に米国と国交を樹立した。当時の中国は、日本に対してもソ連の脅威に備えるために軍事費をGNP比1%から2%に倍増すべしと勧めていたほどだ。
そして85年、中国は豪州から空母「メルボルン」(1万6,000トン、55年就役)を購入、暫くして一般に公開した。平松氏が語る。
「ウクライナから購入した空母ワリヤーグも、中国は公開しました。空母保有への意図を見せつつも、直ちに空母建造に取りかかる段階ではないことを知らしめ、国際社会に不必要な疑念を抱かせないようにと、考えているのです。しかし、彼らはメルボルンの隅から隅まで眺めたはずです。他国にとってどれだけ老朽化したものであろうと、中国軍人にとっては初めて目にする空母です。必要な知識を全て吸収したうえで、スクラップにしたはずです」
中国の空母購入に国際社会は「老朽艦にすぎない」と冷ややかだった。この冷めた見方も、ある意味で中国の狙いでもある。
「中国は慎重です。彼らは空母保有を悲願としてはいますが、当面の目標は台湾併合です。それを達成するまでは空母は必要ではないし、保有しないと、私は思います」と平松氏。
「作戦対象は米国と日本」
だが、台湾を手に入れたとき、状況は大転回する。中国は南シナ海、東シナ海から一挙に西太平洋を手中におさめ、太平洋及びインド洋を望む立場に立つ。西太平洋を挟んで、米国と対峙する構図だ。それが中国の長期戦略である。太平洋全体の制海権を手にすると考えるからこそ、彼らは日本の領土である沖の鳥島を島と認めず、その周辺を日本の領海とも排他的経済水域とも認めずに海洋調査を繰り返してきた。米海軍と覇を競うには、まずその海域を熟知しておくことが必須条件である。
「台湾を奪ったとき、中国は初めて空母を駆使して西太平洋から外洋へと展開するはずです。そのときに備えて彼らは空母を建造し外洋海軍の精鋭を育てるでしょう。その時期は2020年から2030年以降、遅くとも建国100年にあたる2050年頃だと考えます」
この際中国軍の最高教育機関である中国国防大学がまとめた「2010年の中国国防計画」を、日本人は心に刻んでおくべきである。そこにはこう書かれている。
「2010年以前に、中国が航空母艦を就役することはない。だが日本の『大隅』級の揚陸艦に似た準空母を建造して、空母建設、使用経験を蓄積し、水陸両用作戦の要求に応じることはできる」「今後十年の中国の主要な作戦対象は、台湾と台湾海戦に介入する可能性のある米国と日本である」。
日米両国を当面の敵としたうえで、上計画はこうも記す。「(対日米の)作戦には陸地発進の戦闘機で基本的に任務は達成できる」。
中国軍の自信過剰なほどの姿が見えてくる。だが、中国の空母建造に手を貸してもよいと語る米軍司令官や、その重要発言を一か月以上も知らずにいた日本の防衛相の迂闊さを見れば、中国が自信を持つのも当然なのである。