「 株価対策ではなく、経済、企業の体質改善に政府は取り組め 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年1月27日号
オピニオン縦横無尽 第380回
今年7月の参議院選挙で勝つためには、景気回復の実績が重要であるとして、森首相が株価をどう回復させるか、知恵を絞っているそうである。人づてに聞いた話ではあるが、いずれも目前の問題処理に重点を置いた自民党の政策をみれば、森首相の発想も同様なのだろう。
日本経済を大きく左右する米経済をみると、日本は小手先の株価操作など考えている余裕のないことが見えてくる。1月20日に発足するブッシュ政権の経済政策の大枠が固まった。同大統領は景気対策を最優先し、2002年から10年間で段階的に150兆円の減税をするという公約を、今年中にも前倒しで始めると発表した。
ブッシュ政権は、8年前のクリントン政権の負の遺産で減速し始めた米国経済の回復に全力を注ぐ決意を示したわけだ。クリントン政権から引き継いだ負の遺産とは、米国の人も企業もすさまじい借金漬けになってしまったことである。クリントン政権は、たしかに政府の財政赤字を払拭はした。が、他方で、株価高で“資産が増えた”と思い込んだ国民は、含み益を見込んで借金をし、消費へとつぎ込んだ。なんといっても、米国景気を支えた最も大きな要因は、家計消費になってしまっているのである。
株価に頼った体質は企業も同様である。株高によって、企業は容易に資金調達したが、それは膨大な外国資本の米国への流れがあってこそだった。
1992年のクリントン政権の発足とほぼ軌を一にして、米国の企業および家計部門の債務増加率は対GDP比で著しく大きくなってきた。ブッシュ元大統領の任期の終わり当時は、家計部門の債務は減少した。企業部門の債務も減少傾向にあった。が、92年以降、反転して双方ともに増え続け、2000年には企業債務の年間増加率は6.2%、家計債務増加率は5.6%、そして米国全体の対外債務増加率は4.5%にものぼった。いずれも史上最高のペースだ。
クリントン政権の経済政策は一面ではなばなしい成功をおさめたが、それはその土台を借金で支えていたということを、これらの数字は示している。
が、今や、過剰な楽観主義が影をひそめ、株価の下落は明白である。株高の上に築かれてきた繁栄が明らかに終わりを告げていることを、次期米政権は危機としてとらえている。この点について、ブッシュ政権のチェイニー副大統領は「米国経済はリセッションの淵にある」とさえ述べた。
また、ブッシュ次期大統領は「ホワイトハウスにモラルを取り戻す」と述べている。いわばバブルに踊り続けている米国経済の軌道修正を改めて強調したのだ。
日本も否応なく、米国の方向転換に直面しなければならない。いくつかの重要な政策転換が目前に迫っているが、日本にそれらを正面から迎え、取り組む用意はあるか。
たとえば2000年から始まった会計ビッグバンと呼ばれる一連の制度変更は、含み益に依存してきた不透明な財務体質からの決別を企業に迫っている。3月期決算の上場企業が昨年9月期に計上した特別損失は9兆7000億円、半期としては過去最高で前年1年分にも相当した。損失を隠したい企業も、もはや隠すことができなくなっている。企業の業績、財務体質は透明性を強いられていく。
2002年4月からはペイオフも実施される。あと15ヶ月しかないのだ。金融機関はその準備ができつつあるか。外資が、国際競争力を失った企業を次々と掌中に収め建て直していくとき、日本が目前の対処策よりも、根本的な対策に目を向けなければならないのは当然だ。選挙対策としての株価政策に頭を悩ます暇などないのである。