「 ライス新国務長官の世界戦略 」
『週刊新潮』 '04年12月23日号
日本ルネッサンス 第146回
1月に2期目に入るブッシュ政権の対外政策の担い手、コンドリーザ・ライス新国務長官の考え方を鮮烈にまとめた論文がある。2000年1・2月号の『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載された「国益追求」(Promoting the National Interest)である。世界の指導者層にとって必読の書といわれる外交専門誌でライス氏は米国の立場を次のように定義した。
「新外交政策の構築は、米国が注目されるべき地位にあるとの認識から出発しなければならない。米国社会の力強さこそが世界を開かれた経済体制と、諸国間で多少のバラつきはあるが、民主主義と個人の解放へと導きつつある」「米国とその同盟諸国はまさに歴史の正しい側に立つ」
自信に満ちた自己定義のうえで、共和党のなすべきことは米国の国益に再び注目し、諸課題に明確な優先順位をつけて取り組むことだと強調する。このくだりは「危機が発生する度に、その日その日に」課題に取り組んだクリントン政権の「対症療法」への痛烈な批判である。
ライス氏が掲げた最優先課題は5つである。①強力な軍事力の構築、②経済成長、③米国と価値観を共有し、したがって国際社会の平和と繁栄と自由のために負担をも共有する同盟国との絆の強化、④中露両大国との幅広い交流の実現、⑤ならず者国家への厳しい対処、がそれである。
ここまで見てくれば、ライス氏の考えがブッシュ政権の外交政策にそのまま反映されているのは明らかだ。氏は中国政策についても、非常に明確に分析した。
「中国及び北朝鮮への対処は日本と韓国との協調の上に行われなければならない。我々の真のパートナーにどんなシグナルを送るかが重要である。米大統領が9日間にわたって北京を訪問しながら、往路も復路も東京にもソウルにも立ち寄りを拒否するなど、二度としてはならないことだ」
最大の脅威は中国
クリントン大統領は9日間北京を訪れ、中国を「戦略的パートナー」と呼んだが、ライス氏は「中国は戦略的競争相手であり、戦略的パートナーではない」とクリントン氏の中国政策を真正面から否定し、中国はむしろ、「アジア・太平洋地域の安定への潜在的脅威」だと喝破した。
「我々の認識は、中国は台湾及び南シナ海への、未達成かつ強い野望を抱く国だということだ」「中国はアジア・太平洋地域での米国の役割を否定する」「中国は現状維持を望まず、中国優位の形でアジアにおける力の均衡を逆転させたいと望んでいる」……だから、中国は米国にとって戦略的パートナーなどではないという主張なのだ。
彼女はさらに烈しい言葉で中国の意図を定義した。
「イラン及びパキスタンへの中国による大陸間弾導ミサイル技術の譲渡が安全保障上の問題をひきおこしている」「中国は自国の立場を強めるためには核技術を盗みとることも台湾を脅すことも含めて、如何なる手段をもためらわずにとる」
ライス氏の論文は、クリントン政権当時の米国の中国外交からは想像も出来ない政策の転換を示しており、中国を抑止出来るのは米国だけだとも説く。
「力の均衡を自国有利にコントロールしようという中国の目論見が成功するか否かは米国の反応次第である。米国は(中国の野望を抑制するために)日韓両国との協力体制を深め、同地域での強力な軍事的プレゼンスを維持しなければならない」
2000年の論文に書かれた中国への対立的な政策は、9.11事件をきっかけに大きく転換されたかにみえた。米国の当面の最大の敵は中国ではなくなり、テロリズムとなったからだ。加えて、アフガニスタンからイラクへと戦いが拡大するにつれて、さしもの米国の軍事力も手一杯になり、北朝鮮のコントロールを中国に依存せざるを得なくなった。その結果、米国は朝鮮半島で〝借り〟を作り、それを台湾で返す型が出来たとみられていた。
だが、現在進行中の米軍再編成の内容と、このライス論文をじっくり眺めると、異なる結論が導き出される。米国は、21世紀の最大の脅威は中国であるという認識を変えていないということだ。中国が虎視眈々と狙い続ける台湾についてもライス氏は書いている。
「台湾の安全に米国は深い関心を有する」「解決に長い時間がかかる懸案もある」「中国政策には微妙な意味の汲み上げとバランスが必要だ」
当面、「ひとつの中国」政策を支持しながら、中台双方に「現状維持」を守らせる目的をライス氏は「民主主義的な状況の下での政治的決着が可能になるまで」とし、それまで「米国が(現状維持に)固い決意を示す」とする。
どんな状況になっても、中国の台湾併合を断じて許さないと、ライス氏は言っているのである。台湾の独立を支持しないと明言したクリントン政権との大きな相違である。
独立国としての基礎を作れ
現在進行中の米軍再編成にも、黙示的に中国を最大の脅威とする姿勢が貫かれている。日本をアジアにおける最重要の戦略的パートナー、ハブ基地と位置づけつつ、北朝鮮への対決姿勢を明確にした。同時に、台湾が望む最新鋭の武器及び装備の売却も決定した。インド、パキスタンへの目配りも厚くしたこの再編成の真の狙いは、紛れもなく、北朝鮮を超えてその背後に控える中国封じ込めだと考えるべきだろう。
米軍再編成の基軸をなすこの〝中国封じ込め〟の考えこそ、ライス氏が書いた論文の主旨に他ならない。氏は、中国の力と野望を封じ込めつつ、経済交流を介して中国内部からの民主化への変革を促すことの重要性を強調して、こうも記している。
「協調は大事だ。しかし、利害が相反するとき北京との対立を我々は決して恐れてはならない」。
ライス氏の世界戦略の基軸は、民主主義と個人の精神の自由である。自由を支え責任を完うするための十分な経済力の涵養である。それらを担保する比類なく強い軍事力である。軍事力が物を言うとの氏の考えは、間違いなく今後4年間のブッシュ政権の外交政策となる。
そして同政権は日本にハブ国としての役割を求めている。それをどう受けとめるか。押しつけと考えるか、日本の自立を実現していくきっかけと考えるか。中国による海洋権益の侵犯事件も、北朝鮮による拉致事件も、軍事行動をとらない日本への侮りである。国家の構造から軍事の柱が抜け落ちているとき、諸国は安心して日本の国益を損なうのだ。
中国の野望を考えれば、日本のとるべき道は明らかである。日本の自立を望むブッシュ政権の4年間を天与の時間ととらえ、その間に憲法改正をはじめとする国家の基礎作りを急がなければならない。