「 米国の戦略を日本のために使え 」
『週刊新潮』 2004年11月4日号
日本ルネッサンス 第139回
いま、米陸軍第一軍団司令部の日本への移転問題が論じられている。外務省は拒否しているが、その反応は未熟ではないか。また、理屈にも合っていないのではないか。
外務省は第一軍団司令部の座間基地への移行は、日米安保条約第6条に抵触するとして難色を示しているのだが、もっと広く高い視点から日米安保体制を戦略的にとらえることが必要である。
たしかに日米安保条約第6条には、米軍の日本の基地使用は『日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため』と書かれ、米国の出撃範囲に一定の制限を設けている。この極東条項を、いま、外務省が気にするのなら、1996年の橋本・クリントン間で合意された日米安全保障共同宣言はどうなるのか。
その第8項には「地球的規模での協力」として「総理大臣と大統領は、日米安保条約が日米同盟関係の中核であり、地球的規模の問題についての日米協力の基盤たる相互信頼関係の土台となっていることを認識した」と明記されている。
「地球的規模の問題」について日米が協力して解決していく「基盤」が日米安保条約だと謳っているのだ。米軍の出撃が、世界規模に及ぶとしても、日本は日米安保を「同盟関係の中核」として、対米協力を続けると言っていることになる。8年前には日米安保条約第6条の極東条項にこだわらずに日米共同宣言を受け入れたのに、いまこだわるのは外務官僚らが虫の眼の思考に陥っているからだと、国際政治の専門家で杏林大学教授の田久保忠衛氏はいう。
「第一軍団司令部の移転をスンナリ受け入れれば、地元や野党の批判を招くと恐れているのではないでしょうか。日本の真の自立を妨げ続けた日米安保条約の問題点を自覚していれば、米国の動きを好機ととらえてスッと受け入れたはずです」
日本が外交、安全保障上、力を発揮できないできた大きな理由のひとつは、自らの手足を縛って萎縮するその精神性にある。歴史の加害者を自認するバランスを欠いた意識が制度に反映されたのが憲法9条であり、自衛隊を軍隊とは認めない現実遊離の状況を作り出している。
その日本に、米国は普通の成熟した国になれというメッセージを送り続けてきた。2000年10月のアーミテージ報告、「米日の成熟したパートナーシップに向けて」は、21世紀の日米関係は米英関係に学ぶべきだと強調した。日米安保条約の片務的な支援国と被支援国の歪な関係から脱して、対等の立場で補完し合うパートナーになることを、日本側に求めたのだ。集団的自衛権の行使に踏み切ることと、その先の憲法9条の改正を期待する内容だ。そのように変革した日本こそは、英国と共に米国にとっての最重要のパートナーであるとの明確なメッセージを送ったのだ。
米国の警戒とは何か
2001年1月に誕生したブッシュ政権は中国を米国の戦略的パートナーと呼んだクリントン政権の政策を覆し、日本こそが米国のアジアにおける戦略的パートナーであると明言した。中国は戦略的ライバルの位置づけに変更され、中国を米国に対する脅威としてとらえる構図が示された。日本の側に、米国が再び近づいてきた時期だった。しかし、米本土への9・11テロ攻撃で、右の構図はまたもや大きく変わった。米国は当面の脅威をテロリストとその支援国家であるとし、中国への宥和策にシフトしたのだ。同時に米国は従来型の安全保障体制の根本的な組み替えにも乗り出した。
こうして生まれた米国の新戦略は次の大統領がブッシュ氏、またはケリー氏になろうが、基本的に維持されるだろう。ブッシュ氏の再選ならば尚更、新戦略は強力に推進されていく。その新しい米国の戦略の特徴は、日英両国の重要性の高まりとドイツと韓国の重要性の低下である。
アフリカ、コーカサス、中央アジア、中東、南アジア、北朝鮮を結ぶ弧を、ブッシュ政権は「不安定の弧」と呼ぶ。テロリストの暗躍と大量破壊兵器の拡散を防ぐにはテロリストの温床ともなっているこの不安定の弧に対処しなければならないというのが米国の考えだ。
その中では日本を英国と共に、米国のハブ基地とし、ドイツ、韓国の基地は日英の次に重要な基地と位置づけた。その先にテロリストに対し、数時間以内に軍を派遣できるような地理的条件を確保した前線作戦基地、さらにその先により多くの前線作戦地を配置した。
こうした体制を整えることで、テロリズムの新たな脅威にも、従来型の脅威や紛争、戦争にも対処しようというのだ。その米国の戦略のなかで、中国は黙示的に、北朝鮮は明示的に、脅威としてとらえられている。9・11の直後に、宥和策へと傾いた米国だが、中国への警戒を基調とする構えは変化していないのだ。
歪んだ戦後史に終止符を
テロと中国の両方を睨みながら、日本の自立を促しているのが今の米国である。自衛隊を自立した軍隊として位置づけ、憲法9条を改正し、国連が全ての加盟国に認めている集団的自衛権を日本も認めよと、背中を押しているのだ。日本がそのような方向に踏み出すことに、中国を含めてどの国にも反対するべき理由はない。中国の軍事大国ぶり、海軍力をバックにして東シナ海で日本を無視した強硬な資源開発を続ける中国の姿とひたすら耐える日本の姿を見れば、日本が軍事予算を増やしても憲法を改正しても、脅威は日本よりも中国自身であることが明白だ。
そして何よりも、かつて、中国こそが日本に、GNP1%の枠にとらわれず、もっと軍備を増強せよと迫ったことを、日中両国も周辺のアジア諸国も忘れてはならない。79年末にソ連がアフガニスタンに侵攻したとき、中国の実力者鄧小平国家副主席が述べたのである。あの年、中国は米国と国交を樹立し、旧ソ連との同盟条約を終結させた。ソ連に対抗するため、日中平和友好条約を結んだ日本に、もっと軍備を増強せよとハッパをかけたのが、他ならぬ中国だったのだ。国益のためには豹変する。それが国家の常である。
当時、来日した米国のバンス国務長官も日本が「着実で目に見える」(Steady and significant)防衛努力をすることが重要だと演説した。日本が自立の気概を失わない賢い国家であったなら、あの時が憲法を改正して戦後の歪な姿から脱け出す好機だったと田久保氏は見る。
79年の好機は逃した。だが、機会は再びめぐってきたのだ。この機をとらえ、日本の自縄自縛の戦後史に終止符を打つのだ。第一軍団司令部を受け入れ、冷静、沈着に日米関係を対等な関係に作りなおし、憲法改正、集団的自衛権の行使につなげていくことだ。