「 政府の無責任ぶりを浮き彫りにするケビン・メア氏の問題提起 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年9月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 901
「沖縄はごまかしの名人で怠惰」「日本人は和の文化をゆすりの手段に使う」などの発言をしたとされて米国務省日本部長の職を辞任したケビン・メア氏が反論を世に問うた。『決断できない日本』(文春新書)である。日本国の現状の異常さを知るためにも、日本人全員に読んでほしい本である。
メア氏は日本部長に就く前の3年間、沖縄総領事を務め、大いなる親日家として知られる人物だ。それがなぜ、冒頭のような発言をしたのか。このニュースが報じられたとき、私はただちに「産経新聞」に寄稿し、最も重要なことはメア氏への批判よりも日本政府の国防政策の空白と無責任体制の是正だと指摘した。
今回、氏は、報じられた発言は共同通信編集委員の石山永一郎氏がメア氏の発言を曲解したものだと、詳しい経緯を記している。共同通信社、編集委員の石山氏、さらに石山氏と行動を共にした弁護士の猿田佐世氏は、メア氏の質問に答えるべきだろう。
そして今、日本政府も国民も、とりわけ耳を傾けなければならないのは、菅直人首相以下、福島原発事故を担当した民主党政府首脳の無能と責任逃れについての氏の指摘である。
氏は石山氏の報道で国務省日本部長を辞職すると決意したが、翌日発生した東日本大震災で国務省から「トモダチ作戦」のコーディネーターとして、対日支援の先頭に立つよう要請され、引き受けた。つまり、あの大災害の非常事態下で、日本政府の一連の対応を詳しく知る立場に立った。その体験が第一章「トモダチ作戦の舞台裏」で詳述されているのだ。
氏は、米国政府が一気に危機感を高めた背景に、天皇陛下のお言葉があったと書いている。菅政権からまったく正確な情報が入らないなかで、天皇陛下のお言葉が「明らかに福島第一原発に緊迫した事態が起きていることを告げて」くれたという。菅政権の情報発信のお粗末さをお言葉が補ったのだ。
翌日、自衛隊のヘリが福島第一原発三号機に放水した。民主党は、米国政府はこれを見て「日本は必死に事故封じ込めをやっている。ならば米国も全力で支援しよう」という姿勢になったと説明した。しかし、事実は正反対だと、メア氏は書いている。
「大津波襲来による電源喪失から一週間が経過したその日、日本という大きな国家がなし得ることがヘリ一機による放水に過ぎなかったことに米政府は絶望的な気分さえ味わったのです」
この任務は危険でありながら「二階から目薬」とでもいうべきもので効果の程は疑問だった。氏はこれを「菅首相の政治的パフォーマンス」「政治主導の象徴的な作戦」と断じたうえで、「命令とあれば命を懸けて作戦に赴いた自衛隊員たちには敬意を表したい」と書いた。
しかし、真実は醜悪だった。責任を取りたくない菅政権は、細野豪志原発担当大臣、北澤俊美防衛大臣を含めて、誰も、自衛隊への指示や命令は出さなかった。当時北澤大臣はこう語った。
「首相と私の重い決断を、統合幕僚長が判断し、自ら決心した」
部下が大臣らの気持ちを忖度して、自ら決断したと言ったのだ。政府の命令なしで、自ら踏み切ったのであるから、万一の場合も、政府は責任を逃れられるということか。細野氏は福島原発の事故処理に当たる東京電力関係者らを「非常によくやってくれている。英雄です」と賞賛する。賞賛はよい。けれど、本来政府がすべきことは、法律に基づき、命令を下し、結果の全責任を政府が負う体制を作ることだ。賞賛と名誉を与えることは、そうした政府の責任体制を作ったうえで初めて意味を持つと政治家なら自覚することだ。
民主党政府の徹底した無能と無責任ぶりを浮き彫りにするメア氏の問題提起に、民主党首脳は虚心坦懐に耳を傾けるべきである。