「 米大統領の要請を拒絶してなお好感を与えたイスラエル首相の演説 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年6月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 889
指導者の真価は試練のなかでこそ発揮される。国家と指導者にとって国難はテコのようなものだ。能力ある指導者を擁する国は国難を踏み台としてよみがえり、能力なき指導者の国は国難ゆえに沈没する。
菅直人首相は5月24日、主要国首脳会議出席のためパリに到着、翌夕方には経済協力開発機構(OECD)で演説した。首相は晴れやかな笑顔を見せながら、太陽光や風力などの自然エネルギーの発電量を現在の9%から「2020年代のできるだけ早い時期」に20%に引き上げると公約した。
大地震、大津波、原発事故と国難の真っただ中にある日本は、世界の同情を集めながらも原発事故の収拾に手間取り、情報開示も不十分であるために急速に信頼を失いつつある。国難を乗り切るには、まず、原発事故の詳細かつ論理的分析と新たな合理的エネルギー政策の構築が必要だ。それを自信を持って国際社会に説明し、日本の力をもってすれば必ず実行出来ると力強く伝えるのだ。そうしたことなしに笑顔をどれほど見せても国際社会を納得させることはできない。わが国首相の笑顔がこれほど虚しいことを突きつけられるのは、国民の1人として口惜しいこと限りない。そんな首相に聞かせてやりたいのが、イスラエル首相が米国議会で行った演説だった。
イスラエルは今、窮地にある。オバマ大統領の5月19日の中東政策は、イスラエルに占領地からの撤退という非常に厳しい譲歩を求める内容だった。これまでイスラエルの後ろ楯として振る舞ってきた米国が、いきなり最も厳しい要求を突きつけたのだ。イスラエルの直面する問題は米国の方針転換だけではない。パレスチナで、穏健派のファタハとイスラエルの生存権自体を認めない強硬派のハマスが和解し、統一政権を発足させつつある。イスラエルは文字どおり、腹背双方から圧迫されているといってよい。
この苦境をどう打開するのか。5月24日、米議会の演壇でネタニヤフ首相はきっぱりとオバマ大統領の要請を拒絶した。驚いたのは、米議会で米大統領の外交方針を受け入れられないと突っぱねた50分余の演説に、米国議会の面々がなんと26回もスタンディングオベーションを送ったことだ。
CNNやBBCが中継した同演説を中東専門家がただちに分析した。彼らが一様に指摘したのは、ネタニヤフ演説の内容の見事さだった。私も同感だった。私が最も感じ入ったのは、米国の中東政策を否定する、ある意味で敵対関係を生み出しかねない演説でありながら、ちりばめられたユーモアで幾度も笑いの渦を巻き起こしたことだ。イスラエルの主張を、歴史をひもときながらていねいに繰り返し、オバマ政策の見直しを求めるのだが、それらが具体的事実に裏づけられているために納得させられてしまうことだ。
ネタニヤフ首相はイスラエルの価値観がどれほど米国のそれと一致しているか、エルサレムで信仰の自由を保障してきたのは民主主義国のイスラエルだけだったと述べたときにはとりわけ大きな拍手が長く続いた。
米国の政策を受け入れられない主要な理由として、ネタニヤフ首相は国土の狭さを挙げたが、そのとき、バイデン副大統領を振り返って言った。
「副大統領閣下、しかし、これだけは言っておきます。イスラエルはデラウェアよりは大きいのです」
議場は爆笑に包まれたが、デラウェア州はバイデン氏の故郷である。最後にネタニヤフ首相は、イスラエルには大きな譲歩の用意があること、平和構築にパレスチナが真剣であればパレスチナの国連加盟推進の先頭に立つとまで述べた。まず強硬に主張し、納得させ、後に譲歩を見せたのがイスラエル首相だった。前段も中段もなく、首相が譲歩やよい話ばかりをするのでは、日本の国益は未来永劫守られない。