「 国会決議を反古にする国立大学への予算削減案 審議自体に根源的矛盾あり 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年11月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 520号
来年4月から法人となる国立大学の予算に、危険信号が点滅している。国立大学を一般の独立行政法人と同様に扱い、運営費交付金を一律年2%ずつ削減しようという動きがあるのだ。
これに対し、東京大学総長で国立大学協会会長の佐々木毅氏が、11月12日付で反対を表明。道路建設や郵政関連をはじめとする一般の独立行政法人に効率化を求めるのと同様のやり方で、国立大学の経費を削減させようとすることに次のように反発した。
「このようなことは、国立大学法人法制定の経緯、趣旨および同法案の国会の委員会審議における附帯決議などに悖(もと)ることであり、まことに憂慮する」
国立大学法人化については小欄でもたびたび取り上げてきたが、最大の問題は、法人化構想が行政改革推進の枠内から生まれたことだ。そこには、教育・研究に対する敬意も配慮も見られない。人材を育て、科学技術の基礎を担っていく大学教育の重要性への認識も欠落している。繰り返しになるが、たとえば金属鉱業事業団や都市基盤整備公団のような他の独立行政法人組織と大学を同列に論じて、経費削減や効率化を求めることには根源的な矛盾がある。国立大学をこのような枠組みで論ずること自体、日本の国力を知的分野から切り崩していくことになる。
しかし、国立大学法人化の国会論議はきわめて速いスピードで進み、それを止めることはできなかった。そこで、与野党が議論し、衆参両議院で一連の附帯決議を付けた。そのなかに次の2決議がある。
「法人化前の公費投入額を十分に確保し、必要な運営費交付金等を措置するよう努める」「法人化前の公費投入額を踏まえ、従来以上に各国立大学における教育研究が確実に実施されるに必要な所要額を確保するよう努める」
附帯決議には、「“従来以上に”教育研究に必要な額を確保する」と明記されている。もともと日本政府が大学教育に使う予算は、欧米諸国に較べて格段に少ない。率で見ると英仏両国の半分、米国との比較では4割見当でしかない。だからこそ、法人化する際にムダを省くことは必要ではあるけれども、世界の先進国と比較して半分以下の大学教育にかけるおカネを、これ以上減らしてはならないとして附帯決議がなされた。それが今、反古にされ、教育研究費は、従来以上どころか、毎年2%ずつ減額するというのだ。毎年2%なら、5年で10%、さらにあと5年で20%である。
その一方で、大学側が独自に財源を確保する方法に関しては、欧米諸国に較べて厳しい制限がある。ハーバード大学やイエール大学など、欧米の大学の資産は10兆円単位で、驚くほど豊富である。大半が、民間からの寄附金である。米国における最新の数字は、個人と法人を合わせた民間のNPO(非営利団体)への寄附金が23兆円規模に達したことを示している。その一部は当然大学に渡り、各大学の豊富な資金と資産になり、日本の学者や研究者に与えられた環境とは比較にならない恵まれた研究・教育環境を創り出している。
日本では、財務省がおカネの流れをすべてコントロールしようとするあまり、NPOへの寄附も認めない。欧米で優れた大学を支える力となっている寄附の道が、日本ではピタリと閉ざされている。そのうえに、今回の運営費交付金一律年2%の削減案である。
だが、国会決議を反古にすることは許されない。日本の将来のために、大学とその他の独立行政法人とを一緒くたにする予算措置はやめたほうがよい。
現状を見れば、日本の最も深刻な問題が人材の欠落にあることは誰しもが合意するだろう。人材育成と教育に幾層倍もの力を入れ、国立大学に対する附帯決議を、政府が守らなければならないゆえんだ。