「 どちらを選ぶか、小泉VS菅・小沢 」
『週刊新潮』 2003年10月23日号
日本ルネッサンス 第89回
改革選挙か、マニフェスト選挙か。11月9日の衆院議員選挙は、政権選択の現実的可能性を帯びた、はじめての選挙となる。
菅・小沢両氏の提携によって、現在単独過半数を超える自民党に、互角の勝負を挑む態勢が出来たといえる。新生民主党は、現在は議席数も支持率も、華やかさも人気も、小泉・安倍両氏のそれらに較べれば見劣りする。しかし自民党が侮ってはならない要素は大きく分けて3つある。
第1は小選挙区制の下では民意が敏感に反映され、政権交替がおこり易い点だ。1つの選挙区から1人しか選ばれないため、選択は必然的に厳しくなり、オール・オア・ナッシングの制度のため変化は民意を拡大して表現される。過去2回の小選挙区制選挙でいずれの党に拘わらず、如何に人材の入れ替えが進んだか。旧弊からの脱却を望む有権者の意図を選挙制度が敏感に掬いあげた結果である。
自民、民主共に、特定の業界の利益を守る族議員的候補者でなく、国民全体の利益を守る候補者を並べなくては勝ちにくくなっているのだ。
第2の点はマニフェストである。共産、社民両党を除く超党派の中堅若手議員62人が中心になって作りあげた新しい法律によって、国民は政策をじっくり較べて選択する機会をはじめて与えられたと思う。従来の公約は議員個々人が選挙区向けに発言したことが多かったが、党として、期間と数値目標を明示して公約としたことは、選挙に新たな地平を切り開いてみせた。
自民、民主両党のマニフェストを較べ読むと各々の長短が見えてくる。
たとえば小泉首相が改革の目玉としてあげた郵政事業の民営化である。自民党は郵政事業を2007年4月に民営化するとしながらも、2004年秋頃までに結論を得るとするのみで、具体論に踏み込めていない。所管の麻生太郎総務大臣をはじめ、郵政事業民営化に反対する党内勢力は依然として強く、首相の構造改革へのブレーキとなっている。
だが、この点について民主党は、民営化さえも言明せず、最終的な経営形態を考える前に、郵貯、簡保資金をどうするかを決めるべきとするのみだ。事実上、郵政問題を避けた形となっている。
道路公団問題は、藤井治芳公団総裁の更迭に手間取っていることに象徴されるように小泉改革は進んでいない。道路族と国土交通省、道路公団がひと塊となって首相の改革の前に立ち塞がっているのが見てとれる。
一方の民主党は、そんな道路公団は廃止し、高速道路は一部大都市を除いて3年以内に無料化する大胆な政策を明記した。債務は年間約9兆円の道路予算から返済し、無料化によって物流コストが下がり、全国の土地の有効利用が進み、景気は大いに上方に刺激されると主張する。
結局国民の税負担がふえるとの反論もあるが、注目すべきは、このマニフェストには民主党の衆院議員全員が署名したことだ。民主党政権になれば、この政策は実現する。小泉首相の構造改革が、族議員の反対で阻まれている現状とは対照的である。
一長一短の政策争い
年金はどうか。両党とも基礎年金の国庫負担率を現行の3分の1から2分の1への引きあげは合意済みだが、その先の具体論は民主党の方が明確だ。同党は基礎年金とその上に積み上げる所得比例、つまり支払った年金保険料に比例する年金の二本立てを公約し、財源として消費税率の引き上げも検討すると表明。対して自民党は、年内に年金制度改革案をまとめるとして、具体論はない。
その他目を引くのは民主党のNPO税制の公約である。現在、日本には1万2000余のNPO法人があるが、国民がNPOに自由に寄付出来るわけではない。地方分権と同じく、分権しても財源を移譲しなければ何も変わらない。国民からの寄付を可能にし、NPOに資金が集まるようにしなければ、NPOが真に力を発揮することは難しい。
NPO税制、寄付税制を変えることは、中央集権と官僚支配を突き崩す大きな力となる。自民党は「NPOが活躍する経済社会の実現」とは書いたが、それ以上の具体論はない。脱官僚支配という点で、民主党案の方に手応えを感ずる理由だ。
議員定数を比例の部分から80名削減するとの民主党の公約も評価したい。480名の衆院議員は多すぎる。比例部分の削減は二大政党制により近づき、政権交代をより可能にすることになる。
一方、自民党の政策で評価すべきは安全保障政策である。日米、日中、米中関係を総合的にとらえ、日本の国益を守るためには日米関係の重視、国際社会の秩序の回復を最優先しなければならない。イラクの復興支援で日本が出来る限りの協力をすべきであり、自衛隊を派遣すべきゆえんである。時期は明言してはいないが、自衛隊派遣を明確に打ち出している自民党とは異なり、民主党のイラク政策は不明瞭だ。
両党の公約を見較べよ
外交と安全保障問題は、国家観の問題である。独立国として、自らの力で自国民を守り、国益を守る心構えをもつのか。その心構えを支える憲法、法律、制度を整えるのか。周囲の政治、軍事、外交情勢を分析して、戦略戦術を構築出来るのか。実行出来るのか。こうした点について、自民党にも不足はあるが、民主党には、もっと大きな不足がある。この分野で成長出来なければ、政権政党としての民主党に付けられた疑問符は払拭されず、政権政党としての力は認められないだろう。
党首と党の関係については、菅氏は小泉氏より安定していると言わざるを得ない。菅氏は民主党衆院議員全員からマニフェストへの署名を得た。小泉氏は依然として抵抗勢力を党内に抱え、氏の政策が自民党によって承認される保証は必ずしもない。
小泉氏が首相に就任してまっ先に断行しようとしたのが事前審査制度の廃止だった。内閣が与党の事前承認を受けることなしに、国会に法案を提出出来るようにするために、2001年11月に「自民党国家戦略本部」を作り、自ら本部長に就任、保岡興治氏を事務総長に任命した。
自民党側は強く抵抗し、小泉首相の考えを全否定した。法案はまず、各部会で審議し、政務調査会、総務会で了承してはじめて内閣が法案を作ることが出来るという悪しき制度は変わらなかった。部会などを舞台に族議員らが介入する仕組はそのまま残ったのだ。小泉首相と旧い自民党的体質の乖離は以来、埋まってはいない。首相の構造改革が思うように進まない状況が続いているのだ。
さて、11月9日には、私たちはまず、各党の公約を見較べることだ。党だけでなく、個々の人物もしっかり見ることだ。小選挙区制の3度目の選挙は、日本の将来を大きく変える結果を、きっともたらす。選択するのは私たちである。