「 中国漁船衝突の映像公開を国民は国益と考えている 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年11月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 863
政治家の役割は国民のための国家をつくることである。政府の役割は、国家が国際社会の中で生き残ることを担保することである。領土、領海、国益への侵略を許さない勁(つよ)い国家をつくることだ。外交が武器なき戦いの最前線といわれるゆえんである。
今月9日から10日にかけての、菅直人首相および仙谷由人官房長官の言動は、国益重視という点において、重大な懸念を抱かせるものだった。
9日の「読売新聞」夕刊に、仙谷氏作成の「厳秘」資料がスクープ報道された。衆議院予算委員会の最中、仙谷氏が菅首相に見せて、2人で額を寄せ合うようにして話していたのを、カメラがとらえたのだ。資料は、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像を国民に公開することの「メリット」と「デメリット」を分析したもので、次のような文章が鮮明に読み取れる。
映像を公開することのメリットとして、「中国による日本非難の主張を退けることができる」と書かれている。中国が政府ぐるみで今回の事件を歪曲し、船を衝突させたのは日本の海上保安庁のほうだったと主張していることを考えれば、これはきわめて妥当な分析だ。中国政府の機関メディア「新華社」は、海保の船がこういうふうにぶつけたという虚偽の図まで、ウェブサイトに掲載したのである。真実を示す映像を公開すれば、そのような中国の主張が虚偽であることが明確になる。
そこまでわかっていながら、仙谷氏らは映像公開を拒み通して現在に至る。なぜか。その理由が、仙谷氏作成の資料にデメリットとして次のように書かれている。
「流出犯人が検挙・起訴された場合、『政府が一般公開に応じたのだから、非公開の必要性は低かった』と主張し、量刑が下がるおそれがある」「犯罪者を追認するに等しく、悪しき前例となる」
仙谷氏と氏の助言に従う菅首相がいまだに映像の公開に応じようとしないのは、映像公開でビデオを流出させた「犯人」の刑が軽くなるからだというのだ。両氏の関心が国益よりも、自分たちに逆らった人物への報復に偏重しているのが見て取れる。
10日の衆議院予算委員会で、自民党の小泉進次郎氏が、首相らはなぜ、メリットと考える道、つまり、映像を公開して事実を中国もしくは国際社会に知らせるという道を選ばないのかと質した。首相はメリット、デメリットの次元のことではなく、法律にのっとって処理するのか、法律を無視するのかの問題だと答えたが、「厳秘」資料のメリット、デメリットでこの問題を分析していたのは首相らである。
さて、仙谷氏は言うに事欠いて、映像非公開への批判を次のように語った。
「(メディア側に)中、長期的国益よりも、今(映像を)流したい(報道したい)というビジネス的欲望がある。それで(非公開の)われわれに批判的になる」
仙谷氏は前日、自分の手持ちの「厳秘」資料をカメラにとらえられたことについて、これを「盗撮」と断じた。
言葉に注意するがよい。議場に入るメディア関係者は全員が身分を証明し、登録する。議場の2階の所定の位置を割り振られ、そこから見ていることは周知のことだ。そんな議場にウカウカと「厳秘」資料を持ち込み、しかも予算委員会の質疑応答の最中、首相、官房長官が額を寄せて書類を見せ合っていれば、メディアの注意を集めないわけがない。「盗撮」などという事実と異なり、しかも無礼な言葉の前に、自らの情報管理の甘さを反省するがよい。
ビデオ流出が法律違反なら、確かに公正に裁かなければならない。しかし、圧倒的多数の国民は映像公開こそ、国益だと考えている。にも拘らず、首相は一連の事件への自らの対応を「歴史に堪える対応」と自負する。反省なき首相は金輪際、自らの真の姿に気づかないのであろう。