「 ビジネス部門から家計へマネーが逆流するなか支援なき米国経済の危うさ 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年6月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 498回
米国経済を数字で見ると、おのずと覚悟を迫られる。複雑骨折の患者のように、どこか1ヵ所を手当てすれば回復への展望が開けるというものではない。だからこそ、逆に21世紀型の新しい発想が生きてくる。
米国で何が起きているのか。ドイツ証券チーフストラテジストの武者陵司氏が語る。
「米国のFFレートが異常に下がっています。2001年初めに6.5%だったものが、テロ攻撃を受けた年末には1.75%に下がりました。今、1.25%で6月下旬には0.75%になると見られています」
この異常な低金利は経済に対する大きなテコ入れにはなるが、米国経済を真に支えることにはならないと武者氏は分析する。不良債権はそのまま残り、金利は極端に下がり、財政赤字は肥大化し、慢性疾患のようになった日本と似た道を、米国も歩む可能性があるというのだ。通常の経済なら、金融緩和は強力な処方箋である。だが、米国も日本も、通常の経済の範囲を超えた問題を抱えている。だから金融緩和の効果には大いなる限界がある。
もう一つ注目したい米国経済の数字は、借金に関してである。
米国の家計の債務カバー比率、家計の収入でどれだけ借金をカバーできるかを見ると、2002年4月で85%となっている。言い換えると、米国の家庭は、借金返済に充てる資産が平均値で借金の85%しかないということだ。
このなかには持ち家と株式は含まれていないが、日本と較べて米国経済の脆弱さが目立つ。
ちなみに、日本の家計は預貯金が720兆円、借金は320兆円だ。日本の家計は、少なくとも自分の借金は十分に返せる状況にあるが、米国の家計は、状況が悪くなれば、忽ち返済不能に陥りかねないのだ。
問題は、現在の米国経済を支える力が、ビジネスセクターではなく、この家計の消費にある点だ。家計部門の借金が猛烈に増えているのと同時進行で、ビジネス向けの貸し付けが急速に減って、貸し剥がしも行われている。
貸し剥がしは、マネーが本来あるべき姿と逆行して逆流しているということだ。本来なら、家計が蓄えたものを企業が借りて、それによって富を創造し、雇用を生み出し、設備投資を行い、経済のパイを広げていくかたちでなければならないのが、米国では、貯蓄しなければならない家計が借金にのめり込み、住宅ローンの急増に見られるように、マネーがビジネス部門から離れて、ますます家計部門に流れている。
マネーの逆流のなかでブッシュ政権は3500億ドル、約40兆円の減税に踏み切ることになった。
「減税は米国のGDP10兆ドルを、ここ1年間で1%押し上げるといわれています。他方、米国の地方政府は財政均衡主義ですから、歳入減は歳出減になります。となれば、減税のGDP押し上げ効果は0.7%くらいでしょうか。これでは楽観できません。もう一つは、日本の景気は米国に支えられる面が大きいのですが、米国経済を支える海外の力はないのです。米国は、自身以外、頼れるところがない。そこが不利です」
米国経済を支える力は、もはやどの国にもない。米国も欧州も中国も、世界全域で、期待する経済回復が望み得ない状況が広がる、と武者氏。
世界全体が停滞するなかで、日本のりそな銀行が部分的に国有化された。りそなに限らず、半身不随の邦銀が、実態としての国有化を経ずして立ち直ることは不可能だ。また、ハードランディング、法的に整理しての再出発。その種のきれいなかたちの解決法は、いまや日本の経済では難しい。りそなの部分的国有化によって、似た道が、たとえばみずほ、UFJなどにも切り開きやすくなった。そんな状況が見える気がする。