「 北朝鮮関与を否定したい李大統領 」
『週刊新潮』 2010年4月22日号
日本ルネッサンス 第408回
突然真っ二つに割れて沈没した韓国海軍の哨戒艦「天安」、韓国沿岸作戦の主力艦の轟沈という一大事件への韓国政府の対応は奇妙である。
沈没から2週間が過ぎたいま、北朝鮮が関与した可能性が言及されつつある。かといって、北朝鮮との決定的な対立を好まない李明博大統領が、どこまで真相解明を進めるかについては、未だ不明瞭だ。
沈没までの経緯を振り返ってみよう。天安(1,200トン)は3月26日夜、韓国北西部沖の黄海で警戒任務中だった。海上の軍事境界線(NLL)近くの同海域は北朝鮮の西海岸を監視する、南北対立の最前線だ。天安が展開していたのは、NLL近くの白翎島(ぺニョンド)の、北朝鮮側から見れば島影に隠れる海域、つまり、北朝鮮のレーダーに映りにくく、その分攻撃されにくい海域だった。
だが、そこで午後9時22分、「爆発」が起きた。韓国地質資源研究院の観測所が地震波としてこれを観測したのが9時21分58秒だ。その1秒後には強力な爆発があったことを示す音波が1・1秒間隔で2回にわたって観測された。「ドーンドーンという爆発音を2回、聞いた」という生存者らの証言を裏づけるものだ。
真っ二つに割れた天安の艦尾が沈んでいく様子は、白翎島の韓国海兵隊のカメラに記録されていた。異変をとらえてカメラが作動し始めてからの撮影であるため、爆発の瞬間はないが、公開映像から艦尾がほぼ1分で、あっという間に沈んだのが見てとれる。爆発から沈没までは約2分、乗組員104人のうち46人が犠牲になった。艦首の自室で就寝中だった艦長は閉じ込められたが、扉を壊して脱出、船上に出た。
少し離れた海域にいたもう一隻の哨戒艦が現場海域に急行し、レーダーに映った「42ノットで走るもの」を見つけて攻撃した。42ノットは時速78キロだ。これは後に「鳥の群れ」だったと発表されたが、午後9時半、暗闇の海を、果たして鳥は群れをなして飛ぶのだろうか。
長官の手元に一枚のメモ
天安の艦首に残っていた乗組員58人の救助が終わったのは11時過ぎ、艦首が完全に沈んだのが日をまたいだ27日の午前1時だった。
この間、李大統領は直ちに緊急安保閣僚会議を招集、翌日まで断続的に4回会議を重ね、天安沈没の原因は「艦内で爆発が起きた」「岩礁にぶつかった」「老朽艦ゆえの金属疲労だった」など、事故の可能性を前面に打ち出し、北朝鮮の関与を、事実上、否定した。
韓国の国会は原因究明のため、4月2日、金泰栄(キム・テヨン)国防長官を呼んで質したが、長官の答弁は青瓦台(大統領府)と軍当局の事件に対する見方の相違を全国民の目に晒す結果となった。詳細を韓国の有力紙『朝鮮日報』から拾ってみる。
与党ハンナラ党議員の問いに、長官はまず、艦内爆発説の可能性を否定した。「可能性は非常に低い」、「船体内での爆発であれば、砲弾などが爆発していたはずだが、その可能性はほとんどない。自分は砲兵将校出身で多くの砲弾を取り扱った」と述べたのだ。次に、座礁について、その場合は船底に穴が開くが2つに割れるケースはこれまで見当たらないとして退けた。消去法で原因と思われる要素をひとつずつ潰していくと、残るのは「機雷か魚雷」である。どちらがより可能性が高いかと問われて金長官は答えた。
「どちらも可能性があるが、魚雷の可能性の方がやや現実的と思う」
魚雷を韓国艦船に向けて発射する能力、意図、動機などを考えると、北朝鮮に行きつかざるを得ない。金長官は、事実上、北朝鮮の攻撃によって撃沈されたと考えるのが妥当だと、答弁したわけだ。
ところが、そのあと、長官の手元に一枚のメモが届いた。それをインターネットメディアの「ノーカットニュース」が報じた。メモは手書きで、内容が拡大されて画面に映った。そこには、「次の答弁では、魚雷以外にも複数の可能性があるとの趣旨で発言せよ」と書かれていた。結果、長官は質疑応答の後半部分で、先に述べた北朝鮮の関与以外に考えられない魚雷攻撃の可能性を否定し、すべての可能性を検討しなければならないと、自身の発言を変えたのだ。
大統領府は直ちに弁明した。これは大統領の指示ではなく、国防長官秘書官が国会中継を見て国防部に伝えたのだが、国防部が「行き過ぎた」解釈で大統領の意向だと誤解し、国防長官にメモを渡したというのだ。
早稲田大学客員研究員の洪熒(ホン・ヒョン)氏が指摘した。
北朝鮮を疑う情報は否定
「大統領は、軍に如何なる予断も慎重にせよと指示しています。26日夜から27日朝にかけての安保閣僚会議の出席者は大統領、首相、大統領室長、大統領の外交・安保首席秘書官、国家情報院院長、国防長官です。国防長官は北朝鮮の関与を、当然、疑っていました。それは2日の国会答弁からも明らかです。しかし、国防長官を除く5人は、北朝鮮関与の証拠は何かと、問うたのです。この5人は軍を指揮したことのない人々です。それが、事件発生直後の夜中の会議で、専門家である国防長官の意見を聞かず、北朝鮮犯行説の可能性を語るなら証拠を出せと迫った。その時点で証拠を出せると考える方が不合理です。結局、素人たちが多数決で、予断し、北朝鮮による攻撃の可能性を打ち消した。実に愚かです」
事件発生から半月、李大統領は一度も同事件に関して直接国民に語りかけていない。46名もの兵の命が奪われた一大事件で国のトップが一言も発言しないのは異常である。加えて青瓦台から発信される情報は北朝鮮犯人説を打ち消すものばかりだ。金国防長官へのメモに象徴されるように、北朝鮮を疑う情報は積極的に否定する姿勢が目立つ。その理由を、洪氏は大統領が南北関係を進展させたいと考えているからだと語る。
「大統領の側近を見れば、大統領が北朝鮮関与の可能性を否定する理由が自ずと解ります。金大中、盧武鉉と二代続いた左翼政権の主要人物がそのまま政権中枢に残留していて、影響されているのです」
一例が統一秘書官の鄭文憲氏だと洪氏は語る。
「(2000年の)6・15(金大中・金正日首脳会談)を、当時、反金大中だった野党ハンナラ党の議員だったのに支持したのが鄭氏です。北朝鮮の主張どおりの内容となった6・15宣言の履行が持論で、その立場から李大統領に影響を与えています」
金大中、盧武鉉路線の鄭氏ら、現在李大統領を取り巻く人々は北朝鮮の脅威を最小化して考える。有事の際の中国介入の可能性も極めて低く見る。彼らに影響される李大統領の危機管理能力は極めて低い。このことを前提に、日本は朝鮮半島政策を考えなければならないだろう。