「 外国にも円が乱舞、鳩山子ども手当 」
『週刊新潮』 2010年3月25日号
日本ルネッサンス 第404回
「子ども手当法案」と「高校授業料無償化法案」が与党3党と公明、共産などの賛成多数で法案成立の方向に進んでいる。だが、鳩山由紀夫首相の思い入れが強い同法案には、まだ一般に知られていない奇妙な点が沢山ある。
そのひとつは、在日外国人が母国に残してきた子どもにも手当が支給されることだ。私の手元に、厚生労働省が子ども手当についての疑問に答えたやり取りがある。自民党参院議員の山谷えり子氏から送られてきたもので、その中身の正しさは厚労省にも確認済みだというので読んでみた。
要旨を引用する。
Q 在日外国人に子ども手当は支給されるのか。
厚労省(以下A) 国内に住んで税金を納めていれば支給されます。永住資格のない短期滞在者、たとえば1年の滞在者でも、支給されます。特に審査要件はありません。
Q その外国人が子どもを母国に残している場合も支給されるのか。
A 支給されます。養子や婚外子も同様です。
Q 親子であることの確認は?
A 申請書類と、子どもとの定期的なメール等のやり取りがあれば良い事になっています。
Q 子どもや養子が何人いようと申請だけで支給されるのか?
A 特に人数の制限はありません。
Q 母国に何十人の子どもがいると主張するだけで、人数分支給されるのか?
A はい、支給されます。
Q では海外駐在の日本人家族や、子どもを日本に残して海外に駐在している日本人家族はどうか。支給されるのか?
A 親が日本に住んでいませんので支給されません。
まるで漫画のようなやり取りだ。確認済みだと山谷氏は言ったけれど、私自身も確認した。そうでもしなければ、余りに酷い内容で信じられないからだ。子ども手当支給の事務を実際に取り仕切る立場の自治体に問い合わせたのである。すると、右の信じ難い問答はまさに事実そのままを反映したものだというのだ。
鳩山首相の希望
取材に応じたのは、東京都葛飾区である。同区の人口は約45万人、内、在住外国人は1万4,411人、3%強である。担当課長は、在日外国人の子どもたちは実子でなくとも手当の対象となり、養子にも支給される点を確認したうえで、海外在住の日本人には支給されない理由を、以下のように説明した。
「子どもたちへの手当は、昭和47(1972)年1月以来、児童手当法に基づいて支給されてきました。同法では、児童手当は子どもに直接支給するのでなく、子どもを養育する世帯主に支給することになっています。そこには住所要件があり、世帯主が国内に居住していることが求められます。一家で海外に住んでいる場合は、したがって支給対象とはなりません。また、お父さんが海外で働いていて、住民票を海外に移したと仮定します。すると、お母さんが養育者としてお父さんに代わる形で手続きをしなければ、子どもさんが日本にいても支給されません」
72年に出来た法律である。その後の社会変化に対応するには改正が必要な点はあるだろう。完全だとはいえないが、それでも児童手当には所得制限が設けられており、それなりの節度はあった。先に進む前にその内容をみてみよう。再び葛飾区の説明だ。
「現在の支給額は、3歳未満のお子さんに月額1万円、3歳以上は第1子と第2子が5,000円、第3子以降は1万円です。この金額を12歳まで支給します。在日外国人の子どもさんも同様です」
所得制限は、世帯主の加入年金の種類によって年収860万円未満、もしくは780万円未満とされている。一方、新設される子ども手当には所得制限はなく、両親がどれほどの高額所得者でも、中学卒業までの15年間、子ども全員に支給される。前述のように外国人が海外に置いてきた子どもにも支給される。当然、予算は増える。
葛飾区の場合、小学6年生以下の児童手当の対象者は、日本人外国人合わせて3万6,492人である。子ども手当には中学生も入るため、対象者は5万3,689人に増える。児童手当の場合、約29億円で済んだ予算が、子ども手当で約2・6倍の74億6,800万円に跳ね上がる。増加分の45億6,800万円は全額、国が持つ。言うまでもなく、税金である。
山谷氏が嘆息した。
「これが鳩山さんの友愛精神です。厚労省はこの政策は鳩山首相の希望に加えて、日本が難民条約を締結しているからだと説明しています。そこで、難民条約と在日外国人への子ども手当がどう結びつくのか、在日中国人らは難民かと尋ねると、とにかく政策が決定されれば、支給が優先される、問題があれば平成23年度に支給条件の検討を行う、と言うばかりです」
山谷氏の憤慨は当然である。
ツケを払うのは子どもたち
「こんな内容なのに、厚労省は一向に国民に告知しようとしない。たとえば母国に10人の子どもと10人の養子を残してきた、だから20人分の子ども手当がほしいといって申請すればその分、払うというのです。法的に養子は実子と同じだからだそうです。まさか外国の人たちもそんな無茶な要求はしないと思うかもしれませんが、こんな隙間を残していること自体、法律として承認出来るものではありません。日本人に対する基準との差も、納税者には納得してもらえないでしょう」
そもそも鳩山首相の子ども手当の目的はなんなのか。少子化対策か、経済的支援策か、景気対策か、首相自身、わけが分からなくなって混乱しているとしか思えない。
鳩山首相の作った2010年度予算は総額92兆3,000億円、税収は約37兆円にとどまり、赤字国債は44兆円発行される。「埋蔵金」を掘り起して残りを手当したが、11年度には埋蔵金はもはや使えない。赤字国債の発行を増やさざるを得ない。そうした中、去る2月12日、シンクタンク国家基本問題研究所の経済セミナーで大塚耕平内閣府副大臣は消費税率を二桁台まで引き上げる必要性に言及した。菅直人財務相も、2月14日、消費税率引き上げを含む抜本的税制改正の議論を、3月にも始めたい旨、明らかにした。
ところが、鳩山首相は「(消費税を)4年間引き上げないという思いを守ることは、菅財務相も理解している」と述べ、議論の芽を摘んでしまった。
鳩山首相が強調する「友愛」は現金の洪水としての「子ども手当」で表現されるのであろう。そのツケを払うのが子ども手当の支給対象である現在の子どもたちだということを、首相は分かっているだろうか。