「 それでも普天間を現行案で移設せよ! 」
『週刊新潮』 2010年4月1日号
日本ルネッサンス・拡大版 第405回
どうみても、成熟した大人になりきれていない鳩山由紀夫首相は、普天間飛行場の移設先について、閣議決定を前に打つ手もなく、思案投げ首の苦境に陥った。
移設先は、日本国政府、地元、米国政府の三者の合意なしには決められない。たとえ思いつきの移設先を、首相が呟いたとしても、地元と米国の合意がなければ無意味である。
日本政府の提案は、①沖縄県うるま市のホワイトビーチ埋め立て案と、②キャンプシュワブ陸上案だ。
①には、平野博文官房長官が強い関心を寄せていると言われる。沖縄本島中部の勝連(かつれん)半島と津堅(つけん)島の間、もしくは同半島と宮城島、或いは浮原(うきばる)島の間を埋め立てる案である。
この海域は水深十数メートルと浅く、埋め立ては比較的容易である。海域も広いため、本格的な基地建設が可能である。強大化する中国の軍事力とその脅威を考えれば、将来の国防の要のひとつとして、軍事的には極めて有望な案と言える。
②は現行案に比べて短い滑走路を、現存するキャンプシュワブ内に建設し、普天間飛行場の機能を鹿児島県徳之島や馬毛(まげ)島などに分散移転するというものだ。
両案はしかし、まず米国が拒否した。①案はその有望性にもかかわらず、一蹴された。今更鳩山政権の言葉は信用出来ない、どんな提案も実現には結びつかないと判断されたと見る向きもある。②については、とりわけ名護市議会が強く反発し、3月の定例議会で反対の意見書を全会一致で可決した。「体を張ってでも阻止する」との強硬意見さえ聞こえてくる。
だが、地元の声に注意深く耳を傾けると、意外なことがわかってくる。普天間飛行場の移設が、辺野古沿岸部にV字型滑走路を作って行われるのであれば、つまり、現行案どおりに行われるのであれば、辺野古の人々は必ずしも反対しないということだ。
実態はどこにあるのか。「地元の中の地元」、辺野古の人々の言い分にまず耳を傾けてみよう。
ちなみに現行案による移設先は、正式には久辺(くべ)地区と呼ばれ、辺野古、久志(くし)、豊原の3区で構成される。人口は各々約2,000、600、400で計3,000人だ。辺野古区長の大城康昌氏と辺野古行政委員会副委員長の宮城安秀氏に話を聞いてみた。
大城氏は、なぜ、普天間飛行場が辺野古に移設されるようになったか、その経緯を思い出してほしいと、次のように語った。
「自民党政権のとき、政府がどうしても辺野古に飛行場をもってくるというので、われわれは苦渋の選択として受け入れたのです。受け入れに当たっては相互に協議して条件を整えました。騒音は基準値以下、安全対策も、受け入れ地域への経済振興策も住民への経済的補償も含めて話し合い、13年もかけて、話し合いから合意へ、そして実現へと事態を進めてきた。それを、政権交代だといって鳩山首相は地元になんらの説明もなしに政府約束を無視し、新案として辺野古の陸上案やホワイトビーチ案まで出してきた。とんでもない話です」
前述の「意外な」発言は、このあと大城氏の口から飛び出したのだ。
「辺野古沿岸部にV字型滑走路を作るという現行案は政府とわれわれの合意事項です。辺野古のわれわれはいまもこの現行案は生きていると考えています。政府も正式には否定していないはずです。鳩山首相が地元の意見に耳を傾けるというのなら、地元の中の地元のわれわれの声に、なぜ、耳を貸さないのでしょうか」
名護市議会議員で自民党系会派「新風21」に属する人物も、匿名で語った。
「そのとおりです。久辺3区の住民の殆どが現行案は生きているという認識で、同案を容認しています。地元の新聞もほとんどの大手メディアも報じませんが、3区の区長さんらはそのことを頻りに仰っています」
国民新党国対委員長で沖縄1区選出の下地幹郎氏も、「辺野古の地元で現行案に賛成の声が上がっているのは認識している」と語る。
「70~80%が移設を支持」
だが、現実の政治で起きているのは、そのような「地元意見」とは正反対の現象だ。去る1月24日の名護市市長選挙では移設反対派の稲嶺進氏が1万7,950票で、移設容認派の島袋吉和前市長に1,600票弱の差をつけて当選した。沖縄の主要2紙を見ても中央紙を見ても、名護市に普天間飛行場移設を受け入れる声はないように見える。その点を大城区長が説明した。
「地図を広げて名護市をよく見て下さい。山を境にして東部と西部に大きく二分されます。海に面した辺野古は東側、名護市役所や大きな企業、人口の大半が西側に存在しています。先の選挙で辺野古への移設に反対したのは主として西側の有権者でした。たとえ辺野古に飛行場が作られても、彼らには騒音をはじめ基地を置くことの負担はないのです。被害を受けるのはわれわれの地区です。にもかかわらず、この久辺3区の住民は、各報道機関の出口調査によると70~80%が移設を支持しています」
市長選挙で地区毎の票の動向を具体的に知る唯一の手懸りは報道機関による出口調査である。それによると辺野古地区有権者の70~80%が、移設容認の島袋氏に票を投じたとされる。
大城氏が強調した。
「名護市の東海岸地帯には久辺地区3区の他に10の区があります。現行案受け入れの私たちの考えは、久辺3区だけでなく、この10区の区長さんらにも理解されていると思います。これまで、われわれは10区とも協力関係を築いてきましたから。たとえば、飛行場移設に関連して北部振興策がとられてきました。交付金を久辺3区だけが受け取るのでなく、その一部を頭割りで各区に配分するなど、相互に助け合う努力を通して、協力関係を築いてきたのです」
大城氏は訥々とした口調で、自身の考えは、久辺3区の区長らと住民の考えでもあると強調した。地元住民の考えが仮に五分五分に分かれ住民同士が対立していたら、区長としてとてもこのように容認の立場は表明出来ないと語る。先の「新風21」の市議も指摘した。
「確かに3月8日、名護市議会は陸上案への反対意見と抗議決議案を全会一致で可決しました。しかし、注意してほしいのは、昨年末から俎上に載せられていた県外・国外移設を求める意見書は全会一致どころか可決もされなかったことです」
陸上案反対決議の中に現行案を示す沿岸部案反対の言葉はない。また、県外・国外案への不同意は現行案受け入れの余地を担保するものでもある。「新風21」の市議は、『県外・国外案』に反対の3つの理由を挙げた。
①現政権も現行案を否定していない。②政府との合意があるからこそ、北部振興事業が、10年来、約789億円規模で行われてきた。③久辺3区の住民の大半が現行案は生きていると考え容認している。
同市議はこうも語る。
「地元の側から辺野古へ基地を誘致したことは一切ありません。ただ、名護市長選挙の結果をうけて、平野官房長官が『結果を斟酌しなければならない理由はない』と言った。移設反対の声に対しても、必要なら国の判断は覆らないとの認識を示唆したように、政府決定には抵抗出来なかった歴史が幾つも重なってきた。であれば、現実論として一体、どうすればよいのか。だからこそ地元は長年、政府と地道に交渉し、辿りついたのが現行案です。その現行案を地元がいまも否定しないのであれば、その声を吸い上げ市政に反映させるのが、市議会の役割です」
ここまできて、気づくはずだ。普天間の移設先を決定する重要な2つの要素、地元と米国の賛同を、辺野古の現行案は満たしているということに。
米国側は一貫して、現行案の実現にこだわってきた。ホワイトビーチ案もキャンプシュワブ陸上案も拒絶したことはすでに述べた。つまり、米国側は現行案にこだわり、地元はそれを受け入れると言っているのだ。残るは鳩山政権だけである。
無視される住民の真の声
それにしてもなぜ、こうした地元の声を、鳩山政権は政策に反映させないのか。理由は2つ、メディアの偏向報道と鳩山首相の定見の欠如である。
先の宮城安秀氏が訴えた。
「本当の地元のわれわれの所には、政府の人たちは意見を聞きに来ません。岡田(克也)外相は名護市には来ましたが、西側だけに行って、反対派の人たちばかり集めて意見を聞きました。東側の辺野古には来ない。マスコミが取材に来て、われわれの意見を聞いたとしても、報じてはくれません。久辺3区の全世帯の住民が安心して暮らせて、しかも、国防に貢献するにはどうしたらよいか。われわれは一応、きちんとした案をまとめていて、政府に提案したいと考えています。しかし、政府はわれわれに目を向けず、提案には至っていません。メディアは移設反対派の意見ばかりを伝え、真実を伝えてくれません」
先の名護市議が訴えた。
「現行案容認派は保守派だと見做され、沖縄の新聞は取り上げないのです。われわれが地元の声を代弁しようと行動に出ても、無視される。『基地は撤去せよ』という社是の前で、住民の真の声が打ち消されるのです」
メディアの問題に加えて、鳩山首相の国防に対する無責任さが混乱を深めてきた。現行案を否定するなら、首相は、理由を説明する責任がある。だが、明確な説明がないばかりか、首相の言葉は虚構に満ちている。首相は「沖縄の皆様のお気持を大事にしたい思い」を幾度となく強調したが、「沖縄の皆様」の中の、地元の中の地元の皆さんが、政府が頼むのなら現行案でもよいと言っているのだ。その声を無視して実現不可能な県外や国外を主張し続けるのは欺瞞である。
そもそも鳩山首相は政権発足から半年もの長きにわたって、国家の基盤である安全保障問題、そのまた基盤である日米安保体制について、見苦しくも絶望的な迷走を重ねてきた。国民の生命財産を守り、日本の国土と海を守る最高責任者としての任務を全く果たしてこなかった。
空しく現行案を否定し続けて今日に至った真の理由は、単に自民党政権時代の決定には反対するということではないのか。
今回、現行案支持の声の受け止め方について、政府に質問状を送ったが、回答は得られなかった。回答がなくとも、合理的な解決策はひとつしかない。それは結局、現行案に戻ることだ。但し、単に戻ることは許されない。国政の基盤である安全保障を蔑ろにし、日本国は果たして信頼に値する国なのかという疑念を国際社会に抱かせた首相として、恥を知り辞任すべきなのはいうまでもないだろう。
国防の施設は、国民にとって負担でしかないのか…
米国海兵隊の普天間飛行場の移設先が、決まらない。普天間飛行場を他の場所に移設し、普天間飛行場の土地を、地権者に返還する。このことは、1996年に、日米両政府(橋本政権とクリントン政権)が、合意したことである。そして、10年以上の歳月をかけて移設先を決める作業を進め、…
トラックバック by 不易流行 -日本再生に向けて- — 2010年04月17日 13:55
国防の施設は、国民にとって負担でしかないのか…
アメンバー限定公開記事です。…
トラックバック by 不易流行 -日本再生に向けて- — 2010年04月17日 14:40
「選挙で信を問え!」と言えば言うほど、当事者の意思がもみ消されてしまった沖縄県知事選…
普天間移設問題に関して、当事者である辺野古地区の住民が移設に賛成していたということをご存じだろうか。話が沖縄県知事選にまで広がってしまうと、そういう一地区の住民の意思は逆につぶされてしまうことが多くなるわけだな。…
トラックバック by できるだけごまかさないで考えてみる — 2010年11月29日 08:50