「 現状と同じ構図でしかない道路公団民営化案の不備 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年9月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 460回
小泉改革の象徴ともなった道路公団民営化。四公団民営化推進委員会が8月23日に出した基本方針を見る限り、行方が不安である。
まず、公団を上下分離にするのか上下一体にするのかに関して、民営化委員会が出した案は、かたちも、実態も完全に上下分離である。これは中村英夫・武蔵工大教授の私案によって方向付けられたと報道されたが、内容は、公団のすべての道路と借金を資産保有・債務返済機構(機構)が引き継ぎ、民営化会社(会社)はここから道路を借りて運営し、料金収入の大半をリース料として機構に納めるというものだ。また、会社が新しく道路を建設するときは、機構が会社に資金を貸与することとなっている。
国の政策に強く影響される機構が道路建設の費用を出すとなれば、当然のことながら、国の道路政策が会社の道路経営に強く反映されることだろう。会社は、合理的な経営判断に基づいて道路を建設するかしないかを決めるより、国の政策によって経営方針を左右されることにもなる。繰り返すが、資金は機構によって貸与される。資本市場で、建設計画の採算性、合理性がチェックされたうえで調達されるわけではない。これでは、これまでの道路公団の採算無視、コスト無視、市場のニーズ無視と同じ類いの杜撰な建設計画に陥っていくといわざるをえない。
市場の合理性とは無縁の国の関与や影響を排除するために、一応の対策は立てたとも説明されている。その対策とは、路線ごとに機構と会社が契約を結び、採算性のない路線の建設は、会社が断わることができるように拒否権を与えたのだという。
しかし、民営化委員会が打ち出した会社像は、拒否権についても疑問を生じさせる。まず、会社には、経営に責任を持ち、意欲的に事業に取り組むインセンティブがない。借金も引き受けない代わり、資産も持たないのだ。単に料金を徴収し、リース料を払うのみだ。借りているのであれば、道路の管理にも改善にも気をつかわなくてすむ。むしろ、そんなことには気をつかわずに、ひたすら料金収入を得ることだけを考えればよいという類いの経営に陥りかねない。
よりよい経営へのインセンティブがない会社が、細かい数字を積み上げて採算性を計算し、そのうえで機構や国に対して毅然として拒否権を行使することがありうるだろうか。
もう一つの疑問は、この機構の解散時期が明記されていないことだ。
上下分離の下で、機構が債務と資産を“一時的”に引き受けるにしても、一定期間の後に解散するのでなければ、会社が真に自律的な経営体として機能することはないだろう。保有機構をつくるにしても、それは旧国鉄の清算事業団のような役割を担うものでなければならない。つまり、会社が自立するまでのあいだの支援機関という位置付けだ。
言い換えると、会社が引き受けることができる水準まで債務が減少したときには、機構は役割を終えて解散するという担保が必要だ。最終的には会社が債務も資産も引き受けて、自ら経営に責任を持ち、その後の道路建設の道筋も自ら決めることが重要で、そのためにも、機構は一時的な存在でなければならないのだ。
今回の案では、機構が長く存続し、やがてそのまま居座り、いつの間にか現状と同じ構図が再現されていく、という悪夢につながりかねない。
小泉首相は公団の株式上場を指示した。にもかかわらず、この案では、株式上場は叶わない。委員の一人が、早い段階で税金を投入して株式上場を実現させる案を提出していた。同案の考えや、小泉首相の指示を軸にして、委員会は再度、案を練り直すべきだ。