「 民主党は議論無用の革命政党か 」
『週刊新潮』 2009年12月24日号
日本ルネッサンス 第392回
日本人は昔から皇室を権威とし、権力によって支えられる政党や政治家との間に一線を引き区別してきた。
時代によって皇室を巡る状況は変化し、歴史を振りかえれば、皇室が権威の次元を超えて権力を握ったときもある。反対に、経済的逼迫の中で権威を保つことさえ侭ならなかったと思われる時代もある。
そんな苦労の時代の典型が大永(だいえい)6(1526)年の天皇崩御によって践祚(せんそ)した第105代後奈良(ごなら)天皇の時代だったと、竹田恒泰氏が『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP新書)に書いている。
著書によると、その頃は、御所の築地塀(ついじべい)が崩れても修繕出来ず、三条大橋から内侍所(ないしどころ)の灯火を見通すことが出来たそうだ。内侍所は宮中三殿のひとつで、三種の神器のひとつである八咫鏡(やたのかがみ)を模した神鏡を祀る神聖な場所である。その神聖な内侍所の灯を遠くから見通せるほど無防備な状況にあっても、御所が襲われたり、天皇が傷つけられたりすることはなかった。皇室が日本人の心の中に、大切な存在として刻みこまれていたことの証左である。
権威としての存在と権力者としての存在の決定的な相違は、生存の形にも表れていた。たとえば、江戸城や大坂城は外堀、内堀で守られ、城壁は堅牢な造りで敵の侵入を防いだ。権力者としての武将たちはそうした砦の中に住み暮した。一方、天皇のおわします御所は敷地のまわりにささやかな疏水を走らせているだけの造りだった。民と共に在り、民のために祈る権威としての存在だからこその佇まいだ。
これも竹田氏の著書で学んだことだが、鎌倉時代の蒙古襲来のとき、亀山上皇は石清水八幡宮に行幸して、敵の降伏を祈願した。加えて、8ヵ所の御陵(天皇、皇后の墓所)に勅使を送り、宣命を持たせた。宣命には、自分の命はどうなってもよいから、国と民を守ってほしいと書かれていたという。日本が大東亜戦争で敗れたとき、昭和天皇が占領者として来日したマッカーサーに語られたのと同じ言葉である。
鳩山氏の知的特徴
お言葉は、昭和天皇のお人柄を示していたというより、民を守る祈りから発せられた日本国の天皇としての特徴を表わしていたと考えてよいだろう。
このような皇室であればこそ、御所の周りのささやかな疏水を乱暴にまたぎ、侵入する者はいなかったのだ。権威は鎧をまとわずして、自ずと国民の上に君臨する。皇室と政府、権威と権力の共存が日本国の特徴である。
今回、民主党政権が強引に実現させた天皇と中国の国家副主席、習近平氏の会見は、日本人が幾世紀にもわたって大切にしてきた権威と権力を隔てる仕切り線を乱暴に踏み越えるものだった。鳩山政権はまさに皇室を政治的に利用したのである。
羽毛田信吾宮内庁長官の怒りの会見をきっかけに、鳩山由紀夫首相や平野博文官房長官らの宮内庁への働きかけの実態が明らかになった。14日の小沢一郎氏の会見から、同件に関する氏の考え方の一端も明らかになった。
三氏はいずれも、今回の件は天皇の政治利用ではないと強弁する。が、聞けば聞くほど、三氏の主張は皆、絵に描いたような政治利用である。彼らは、まるで、自分たちの政治目的のために皇室を活用するのは当然だと考えているかのようだ。
鳩山首相は、天皇の会見は1ヵ月前に申請しなければ受けつけないという内規、「1ヵ月ルール」は知っていたと述べ、しかし、「杓子定規が、国際的な親善の意味で正しいことなのか」と疑問を呈した。
首相は、「日中関係において非常に重要な方なので、何とか(会見を実現)出来ないか」と、平野官房長官に働きかけの指示を与えたという。
宮内庁側は、まず、宮内庁式部職が、打診してきた外務省に断り、次に、羽毛田長官が平野官房長官の要請を断っている。平野官房長官は「首相の指示を受けての要請だ」として、再度要請した。この2度目の要請に、宮内庁は屈服した。
このように事実を辿ってみると、政治の力で内規を変えさせたことは明らかだ。首相自身、「杓子定規」を批判して、政治力で変えさせたことを公にしているにも拘らず、それが政治的圧力であることを、理解していないのだ。自分の語る言葉の意味を理解出来ないのが、鳩山氏の知的特徴であることに、この約3ヵ月、私は驚き続けてきたが、その場その場を無意味な言葉で弁明する姿は見るに堪えない。
中国の従属関数国として
小沢氏は、皇室の政治利用を認めたり、恐縮したり謝ったりするかわりに、内規自体、誰が作ったのかも不明で、法律でもないとして、それに縛られることはないとの姿勢を強く打ち出した。憲法には天皇の国事行為は内閣の助言と承認で行われると明記されており、今回の件もその範疇だと、逆に、主張した。
この内規は、陛下の御体調を考えて政府と宮内庁が合意して決めたものである。作者不明ではなく、日本国政府の意思が明確に示されているので、内規を守ろうとした宮内庁長官を責めるのはおかしい。
今回の件を、小沢氏や鳩山氏らの言葉尻を捕えての論争で終わらせては、日本が直面する危機の本質を見失うことになる。民主党中枢部がどっぷりと浸って染まりきってしまっている中国の影響が、これからの日本の外交を決定的に変えていく危険性に目を向けなければならない。
小沢幹事長と胡錦涛国家主席は10日の会談で、「日米中の3ヵ国はバランスの取れた正三角形の関係であるべきだとの認識で一致した」と、山岡賢次氏が語っている。
「正三角形」論を証明するように、鳩山首相は14日、「(天皇との会見は)日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味がある。判断は間違っていない」と強調する一方で、同日午後には、社民党などとの連立を重視する立場から普天間問題を先送りする決定を下した。問題の早期決着と日米合意の尊重という、同盟国の強い要望を拒否したのである。小沢氏も民主党議員の半分近くを率いて、中国への接近を印象づけた。民主党は、同盟国よりも社民党を、そして中国を選んだのだ。
首相はそれでも「米国との交渉で是非、理解を求めていきたい」と語る。まさか再び「Trust me」と言うつもりではあるまい。
恐ろしいことに、私たちの国は国会での論議もなしに、安全保障政策の大転換をはかりつつあるのだ。鳩山政権は日米同盟を日中関係に置き換えようとしつつあるのだ。日中関係では、わが国は間違いなく、中国の従属関数国として扱われる。それを象徴するのが今回の天皇陛下の政治利用である。