「 緊急提言 『鳩山さん、日本を自滅させるおつもりですか』 」
『週刊新潮』 2009年12月17日号
日本ルネッサンス 第391回
「日米同盟」壊滅の日
鳩山由紀夫首相の幼稚な理想論が日本を自滅の道に追い込みつつある。来年の日米安全保障条約改定50周年に向けて開始予定だった同盟深化のための協議を、米政府が延期すると伝えてきた。
日本政府筋はこれを「かつてない深刻な危機」だと語る。
米国バンダービルト大学日米研究協力センター所長ジェームス・アワー氏も、日米同盟は最大の危機だと強調する。氏は米国きっての知日・親日家である。20年間を海軍軍人としてすごし、退官後も国防総省の日本部長にとどまった。都合10年間の国防総省時代に、現首相の鳩山氏に会った。
「日本部長時代に会った日本人は、記者、政治家を含めて5,000~6,000人でしょうか。その中で、最後に会った日本人が鳩山由紀夫氏でした。北海道選出の武部勤氏らと一緒にワシントンを訪れ、私が日米安全保障上の問題点についてブリーフしました」
国防総省で氏の説明を聞いた鳩山氏は、「もっと突っ込んだ話を伺いたい」と述べて、翌日、再びアワー氏を訪ね、昼食をとりながら3時間、話し込んだという。そのときの主要な議題は日米の戦略的絆の強化だった。具体的事例としての集団的自衛権も話し合われた。
日米戦略対話が必要だとの持論を述べるアワー氏は、「いま問題になっている普天間飛行場の移転問題は重要だが個別案件であり、一体どんな戦略的関係を築くのかを相互で納得してはじめて、個別案件としての普天間問題の解決がなされる」と強調する。
更にアワー氏は、「両国の首脳は常に大きな枠組としての戦略をまず確認すべきで、だからこそ、11月13日に来日したオバマ大統領は、普天間問題に特化せず、日米関係の重要性を強調した。それに合意するなら鳩山首相は証しとして迅速に普天間問題を解決すべきだ」と言うのだ。
だが、日本の防衛をどのように担保するのか、鳩山首相の考えは全く見えてこない。緊密な日米安保体制は、かつてはソ連、現在では中国への強い抑止力となっている。日本や米国とは価値観を異にし、しかも、軍事力の効用をあからさまに外交の場に持ち出す国々の脅威に、日米安保体制で対抗してきた歴史がある。
アワー氏が当時、鳩山氏に、日米同盟を真に効果あるものにするために、日本は同盟の積極的なパートナーとして振舞うべきだと、持論を述べたゆえんであろう。88年の夏のことだった。
会話は弾み、鳩山氏はアワー氏にこう言った。
「あなたの話を聞いて、日本外務省の説明が無意味(ノンセンス)であることがわかりました」
「たしかに、日本には集団的自衛権を行使する権利があります」
能力も責任感もない
それから8年後、鳩山氏は『文藝春秋』96年11月号に「民主党 私の政権構想」を発表した。
この中で鳩山氏は「二〇一〇年を目途として、日米安保条約を抜本的に見直し」、「常時駐留なき安保」への転換を目指し、「対等なパートナーシップとして深化させていく」と述べている。集団的自衛権に関しては「なし崩し的な拡大解釈によって自衛隊を海外での作戦行動に従事させることは、冷戦時代への逆行であり、認めることはできない」と、断じている。
では、日本及びアジアの平和をどのように守るのか。鳩山氏は、「『極東有事』が発生しない北東アジア情勢を作り出していく」「そのような条件は次第に生まれつつある」と書いた。
氏の認識が、アワー氏と語り合った時点から反転しているのがわかる。
人間の成長は、学びの連続の中で実現する。考えが間違っていたと判断すれば修正するのがよい。その意味で、鳩山氏が考えを変えたこと自体を批判するつもりはない。だが、中国は、当時から明白に日本にとって最大の脅威となりつつあった。その動きを見れば、「極東有事が発生しない北東アジア情勢」への条件が整いつつあるなどと、なぜ言えるのか、厳しく問わなければならない。
当時日本周辺で起きたことはすべて、中国の侵略体質を示していた。92年、中国はいきなり領海法を制定し、尖閣諸島も東シナ海も中国領だと宣言した。93年、江沢民国家主席は愛国教育という名の反日教育を開始した。遮二無二軍事大国を目指す中国は96年、核実験を強行した。抗議した日本政府に、当時の徐敦信駐日大使は「国力(軍事力)なき国は侮られる」と反論し、強力な軍事力の構築が侮りを撥ねのける、核実験はそのためだと主張した。同じく、96年3月、台湾総統選挙に立候補した李登輝氏を独立論者と見て、中国は台湾海峡に13発のミサイルを撃ち込み、台湾独立阻止のためには軍事力をも行使するという鉄の国家意思を示した。
中国の軍事侵略の事例はもっとある。ベトナム戦争で米軍が後退を続けると、中国はすかさず南シナ海に侵出し、西沙諸島を取った。91年、フィリピン、ルソン島のピナトゥボ火山が大爆発し、米軍基地は火山灰に埋もれ、米国が撤退すると、中国はすかさず南シナ海に侵出し南沙諸島を取った。第二次大戦後、武力によって国土を広げてきたのは、唯一、中国だけである。
こうした中国の脅威が、直接間接に日本に降りかかっていたのが96年までのアジア情勢だ。にも拘らず、鳩山氏は、極東有事が発生しない条件が整いつつあると言う。現在も、中国は東シナ海で日本の海域にある天然ガスを窺っている。あの大きな目で、氏は一体どこを見ているのか。現実の政治が鳩山首相には理解出来ないのであろう。政治や安全保障についてまともに考える能力も責任感もないのであろう。まともに考えられないからこそ、言葉で日米同盟の重要性を強調しながら、日米同盟とわずか12名の小党、社民党との連立のどちらがより重要かも判断出来ないのだ。
前述の96年の論文で首相は、「理念や政策をないがしろにして、右から左まで極端に違う主張を持つ人たちを抱え込んで数の論理を振りかざすばかりで、まともな党内議論もしない」と、自民党を非難した。だが、これこそ、現在の鳩山内閣にぴったりの批判ではないか。アワー氏が強調する。
「米国は中国との経済協力の重要性を十分に承知しています。しかし同時に、中国の正体も米国は明確に認識しています。米国は日本に、日米同盟にもっと積極的に関与してほしいと切望しています。しかし、日本が決断し行動しない限り、日米関係が疎遠になっていくことは避けられません」
首相は、時代錯誤で存在意義を失って久しい社民党を選んで、日本をどこに導こうというのか。日米同盟を崩しつつあるのはまさに鳩山首相その人であり、首相を担ぐ民主党政権である。