「 危うし、民主党国防政策の揺らぎ 」
『週刊新潮』 2009年10月8日号
日本ルネッサンス 第381回
日本最西端の国境の島、与那国島は沖縄本島から約500キロ、九州南端の鹿児島からは約1,000キロも離れている。長径1,000キロとは、東京を基点に北に向かえば北海道の名寄、紋別、網走まで、西に向かえば本州、九州を飛び越して種子島までの距離である。
この広い海域に点在する島々が、日本の排他的経済水域を広大ならしめ、日本を世界第6位の海洋大国に押し上げる。南西の海とその海に浮かぶ島々を守ることは、海洋国家日本の国益を守ることである。
しかし、南西の海の守りは冗談かと疑うほどに手薄である。190に上る有人島のうち、自衛隊の部隊が配置されているのはわずか5島にとどまる。過日取材した与那国島は、日本列島の西の国境を形成するにもかかわらず、島を守るのはお巡りさん2名と拳銃2丁にすぎない。
島の防備の手薄さゆえか、程度の差こそあれ、島の人々には防人意識が強い。現町長の外間守吉(ほかましゅきち)氏(59)は長年、与那国島の町の活性化と安全の担保のために一番よいのは陸上自衛隊の誘致だと主張してきた。氏は今年8月2日の選挙で再選を果たした。島には無論、自衛隊誘致について賛否両論はあるが、自衛隊誘致を持論とする外間氏の再選は島民の意思を反映すると見てよいだろう。
その与那国島の人々がいま、北澤俊美防衛大臣の発言に驚いている。9月25日、防衛相として初めて沖縄を訪れた北澤氏は、訪問前に与那国島への陸上自衛隊誘致に関してこう述べたのだ。
「早急に配備する必要があるのか。いたずらに近隣諸国に懸念を抱かせることはしないで、丁寧にやっていきたい」
外間町長が電話での取材に答えた。
「私は大臣にはまだお目にかかってもいません。大臣が来島されたこともありません。私たちが要請してきた陸上自衛隊の配備について仰る前に、この島の現状を見ていただくのが先だと思います」
「裸に近い状況」
町長は穏やかながら、北澤大臣の発言は到底理解出来ないと語った。
「近隣諸国の軍事大国化はそのまま容認し、日本はなにもしないということでしょうか。我々の安全、安心を、国はどのように担保してくれるのでしょうか。大臣の言葉には、少なくとも地元の民意は反映されていない。国境の島の守りを国家としての日本はどうするのか、大臣の言葉からはまったく見えてきません」
与那国町議会議員で、町の防衛協会副会長、糸数健一氏(56)も、北澤大臣の発言に大いなる異を唱えた。
「与那国島に自衛隊を置けば、近隣諸国に懸念を抱かせると大臣は仰ったけれど、近隣諸国の方が軍拡を続けて、私たちに懸念を抱かせているのです。中国はこの島の周辺でも領海を侵犯しました。東シナ海のガス田では一方的に開発を進めています。それなのに、与那国島には2人の警官で十分と考えるのでしょうか」
氏は、夕闇にまぎれて中国の調査船が3日連続で与那国島の岸に接近したのを目撃した体験がある。その間、海上自衛隊の船も海上保安庁の船も、一度も、与那国島の周辺海域には来なかった、少なくとも自分は一度も日本政府の船が、中国船による明らかな領海侵犯に警告したり、中国船を追い払おうとしたりするのを見たことがないと、氏は語る。
「海自も海保も中国の調査船の動きに気づいていないのです。それは海自や海保の責任というより、この最西端の島の安全保障体制がスカスカだからでしょう。人も船も予算も不足していて、手が回らない、目が届かない。私たちは、この島があまりにも置き去りにされ、安全保障において裸に近い状況で放置されていると考えています。この無防備さが心配で、3年前に防衛協会を結成しました。安心してこの島に住めるようにしてほしい。そういう思いから、陸自の誘致をお願いしてきました。それなのに、北澤大臣は自衛隊の駐屯は中国などに懸念を抱かせると言いました。繰り返します。懸念しているのは我々です。憤りを感じます」
沖縄における防衛相の発言は政権の座についたばかりの民主党の基本政策の危うさを象徴する。安全保障政策だけでなく、国家の基本を構成する重要問題について、閣内の意思統一は、明らかに出来ていない。
たとえば、日米間の懸案であり、解決に失敗すると日米同盟にヒビが入りかねない米軍普天間飛行場の移転計画である。この点について鳩山由紀夫首相は9月25日、ピッツバーグ市内で県外に移設することを改めて表明した。一方、那覇で県内移設を容認する仲井眞弘多(なかいまひろかず)沖縄県知事らと会談した北澤防衛相は「理想の中で現実を見失うのは得策でない」と述べ、県内移設に理解を示した。
中国に逆らえない米国
周知のように、同問題は96年の橋本龍太郎・クリントン両首脳の合意以来の懸案である。日本側の優柔不断で無為に時間を費やし、進展がないまま、3年前、日米両政府が再協議し、沖縄本島北部の辺野古への移転、滑走路の位置などについて、合意し直した経緯がある。こうして14年目に入った移転問題を三度、見直して、日米関係はもつのか。
従来の交渉を白紙に戻して県外移設だと首相は言うが、実現出来るのか。出来ない場合、日米間の信頼も沖縄県民の心も揺らぐだろう。
普天間問題や与那国問題で大きな振幅を見せる民主党は、日本をとり囲む安全保障体制が深刻に変化していることに気づくべきだ。
米国は、中国は敵対するには強くなり過ぎた、重要になり過ぎたと考えている。敵対も対立も止め、いまや協力こそが両国関係の第一義と考えている。
その結果生じた、米国のアジア政策の変化を見よ。一例が台湾だ。米国は台湾が「独立」に向かうことを許さない。かつて米国の国務副長官を務めたゼーリック氏は06年、米下院外交問題委員会で「(台湾の)独立は戦争を意味する。それは米兵の犠牲を意味する」と述べ、なぜ、台湾に独立を言わせないか、その理由を説明した。いま、米国では民主党も共和党も、いずれ台湾は中国に併合されるとの前提でアジア情勢を論ずる傾向が強い。武力を以てしても台湾独立を阻止すると言明し続ける中国に、米国は逆らえないのである。逆らわず協調することこそが米国の国益だと言うのだ。
尖閣諸島や東シナ海問題で日中間に事が生じたとき、右の米国の姿勢は、日本への対処の基本となると考えてよいだろう。即ち、日本の安全は日本自身が守らなければならず、従って国境の島を無防備で放置してよいはずはないのである。
北澤防衛相はこうした米中関係の変化が日本に及ぼす影響をまず理解せよ。そのうえで、与那国島の人々の要請に耳を傾け、彼らの防人意識に誠実に応えることが必要だ。
周辺国への「不要な」配慮…
与那国島への陸自配備を撤回北沢俊美防衛相は24日、日本経済新聞などとのインタビューで、沖縄県与那国島への陸上自衛隊の配備について「アジア諸国と連携していく情勢のなかで、いたずらに隣国を刺激する政策はどうかと思う」と述べ、撤回する方針を明らかにした。与那国島…….
トラックバック by 尽忠報国記 — 2009年10月27日 07:08