「 米国が日本を守り得ない可能性を示唆した軍事報告書 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年4月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 784
米国防総省は3月25日、2009年版の「中国の軍事力に関する年次報告書」を発表した。オバマ政権になって初めての報告書から、米国の中国政策の微妙な変化が読み取れる。
8回目となる今回の報告で、米国は、中国が初めて海中からの核攻撃能力を身につけたことを明記した。米本土への攻撃が可能な潜水艦発射弾道ミサイル搭載の原子力潜水艦が、実戦運用に入るとの分析だ。これによって、中国の脅威は一段と高まることになる。
06年夏、沖縄沖で訓練中の米第7艦隊の空母キティホークからわずか八キロメートル地点まで、米軍に気づかれずに中国の原子力潜水艦が迫り、浮上した。中国海軍の能力の飛躍的向上として注目された“事件”だったが、以来、中国は米本土に届く戦略核能力を増大してきたのだ。西太平洋に配備する軍艦、潜水艦、航空機も増やし続けた。対艦ミサイル攻撃能力も向上させた。
中国政府はすでに、航空母艦建造の意図を発表しているが、国防総省は、中国海軍は「20年までに」「複数の空母を建造する」と見る。わずか11年後、中国は米国に次ぐ世界第二の海軍力を持つわけだ。
中国は、昨年12月、ソマリア沖の海賊対策に軍艦2隻と補給艦1隻を派遣、遠洋作戦能力を高めつつある。国防総省報告は複数の領有権問題を抱える中国が、「領有権の主張を強制的に実現しようとするための兵力展開を可能にする」と指摘しているが、それだけではあるまい。前述した西太平洋での軍事力強化は否応なく、「太平洋分割統治案」を連想させる。
ハワイを基点として太平洋を二分し、中国が西太平洋を、米国が東太平洋を支配しようと中国が米国に提案したのだ。同提案が明らかにされた08年、世界は驚いたが、西太平洋での軍拡の速度と規模は、中国が分割統治に関して真剣であることを示す。
過去20年間に中国の軍事費は19倍にふくれ上がった。世界でたった1ヵ国、今も戦略核能力を高め続ける中国の軍事力は、確実に国際政治を動かす大きな要因になりつつある。
一例が尖閣諸島だ。国防総省報告は、「潜在敵の側の航空母艦までを抑止する能力をつけ始め、東シナ海での尖閣諸島をめぐる日本との領土紛争への対処能力をも高めた」と分析した。平たくいえば、米国の航空母艦の動きは中国によって妨害され、牽制されかねない。したがって、尖閣諸島に中国が手を出した場合、米国は必ずしも、日本の側に立って、日本の領土を守り切ることは出来ないかもしれないという意味だ。
尖閣諸島がそうであれば、台湾も同様であろう。
では、米国は中国にどう対応しようとしているのか。シンクタンク「国家基本問題研究所」の主任研究員、冨山泰氏は、「ヘッジ」という言葉が巻頭の要約から消えたことに注目する。
「『ヘッジ』は06年の報告書から中国の軍事力増強に防衛措置を講じるという意味で、一貫して使われてきました。それが今年の報告書にはありません。代わりに『域内の同盟・友好国と協力して事態を見守り、政策を適宜調整する』というあいまいな文章が挿入されました。また、中国の軍事費の『透明性の欠如』という表現も消えて、『限られた透明性』という、より穏やかな表現に差し替えられています」
これらをもってただちに、オバマ外交は対中融和だと断定できるわけではない。だが、少なくとも、米国が日本の領土や台湾を守りたくとも守り得ない可能性も生じることを示唆したのが今年の国防総省報告だ。であれば、日本の防衛について、日本自身が深く考え、自衛力を高めなければならないのは、自明の理である。
そのための喫緊の課題が自衛隊を通常の軍隊にすること、つまり、集団的自衛権の行使を可能にすることだ。