「 石破農水族内閣がコメ騒動の元凶だ 」
『週刊新潮』 2025年5月22日号
日本ルネッサンス 第1146回
驚いた。地元のスーパーマーケットには5キロで4000円以下のコメはなく、最高値は7000円台だ。1年前の2倍から3.5倍である。備蓄米30万トン以上を放出したのに、コメ市場は正常化する気配が全くない。石破農水族政権の大失政だ。
すぐに二つの原因が思い浮かぶ。⓵政府が放出米を消費者に近い卸売業者や大手スーパーではなく、その約90%をJA全農(全国農業協同組合連合会)に譲り渡したこと、⓶放出する備蓄米と同量のコメを1年以内に買い戻すと決定したことだ。
⓵はせっかく市場に出したコメが出回らない原因となっている。また⓶によってコメ市場の需給バランスが供給不足の方向に押しやられ、コメ不足も米価高騰も是正されず、来年も同様の現象が続く結果になる。
それにしても備蓄米を大量に放出したのになぜコメは市場に出回らないのか。小野寺五典自民党政調会長に尋ねると、開口一番、誰かがコメを囲っていると語った。
「全農に政府備蓄米が渡り、それが卸売業者に渡りましたが、そこから先、市場に余り出回っていないのです。卸売業者が手元にある(以前仕入れた)高いコメからまず売りたいと考え、安い政府備蓄米の販売を控えているからだと思われます」
奇妙だ。NHKがコメ不足の原因解明のために展開した論理と同じで、農林水産省の立場を代弁する内容だ。そこで私は、コメは卸売業者の手元ではなく、JA全農の手元にあるのではないかと尋ねた。小野寺氏はそれを否定し、どこかに売り惜しみしている人(組織)がいると説明した。
「政府は農協経由で備蓄米を売らざるを得ません。農協はそれを卸売業者に売った。彼らの手元に備蓄米が滞留しているのです。そこで私は備蓄米を手元にためないで市場に流す別ルートを探すように指示しました。早い段階で報告が来るはずです」
全農は、コメが出回らないのは今、玄米を精米中で、配送にも時間がかかるからだと説明する。そこで別の農協関係者に取材した。全農の内部事情を知っている人物である。名前は伏せるがその人物は「コメは全農とその傘下のパールライスという企業の手元にある」と明言した。
買い付けの実情
全農は精米した白米を老人ホームなど従来の大手取引先にまず売り、その後、一般の卸売業者に出しているという。販売と流通を担うのが全農パールライスである。
このプロセスの中でコメが全農とパールライスの手元にたまってしまっていることが、普通のスーパーなどに出回らない理由だと、この人物は説明した。全農とパールライスが事実上コメの在庫調整を行い、流通を妨げているというわけだ。
令和のコメ騒動を解決するにはまず政府が全農に殆どのコメを売り渡すことをやめて、1年以内の買い戻しもやめることだ、と私はネット配信の「言論テレビ」で主張してきた。すると政府は5月9日、備蓄米の入札条件を緩和して卸売業者も直接応札できるよう改善する考えを打ち出した。1年以内に放出量と同量分を買い戻すのも見直すと発表した。本当にそうなれば問題の改善につながるが、農水省の思惑どおりに事は運ばず、失政は続くと考えざるを得ない。全農などが現在行っているコメの買い付けの実情を知っているからだ。
私の母方の親戚に新潟県のコメ農家がいる。水田12ヘクタール、中堅農家の彼の作るコシヒカリは日本一だと、私は誇りに思っている。その彼を5月早々、全農が訪ねて来た。コメ60キロに2万5000円、前年比7000円高の価格を提示した。彼が語る。
「凄い値段と買い付け時期の早さに驚きました。例年はコメの刈り入れ時、秋の少し手前に来ます。新潟ではまだ肌寒さの残る5月のこんな早い時期の買い付けは初めてです」
似た事例は全国で起きている。コメ市場の5割強を取り扱う全農の価格設定が事実上米価の相場を決める。その強い力を維持するためにも、市場シェアは守らなければならない。十分な量を集めるには他の業者に買い負けてはならない。そのための高い値段提示だ。
仮に1年以内の放出備蓄米の買い戻しを農水省が本当にやめたとする。政府の備蓄米放出は7月まで続き、計約60万トンが市場に出る予定だ。供給量の拡大だ。同じ動きは農家の側からも起きている。今年秋に出回る新米は昨年より約30万トン多くなる見込みである。昨年は猛暑でコメの出来が悪く、量が不足し、価格も高騰した。それで農家が作付面積を少し増やしたのだ。このように供給量が増えれば、米価は下がる。これを誰よりも嫌うのが全国で高値でコメを買い付けている全農である。
米価が下がれば全農による農家への支払いも減額される。すると農家は必ずしも全農にコメを売らなくなる。コメが十分に集まらなければ全農の市場支配の力は弱まる。そのような気配が見えてくるとき、彼らはいつも奥の手を使ってきた。価格維持のための在庫調整である。
国益の視点
元農水官僚で農業政策の第一人者、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は、わが国の農業政策の最も深刻な問題は全農と農水省のための利益追求が第一義になっていることだと指摘する。国民のための農業という視点が欠けており、コメ農家を強く大きく育てて、瑞穂の国と国民を支える産業として永続させる発想がないことだと憤る。
「農協はずっと米価を一定の水準に保って、兼業収入がなければ暮らしていけない小規模農家も含めて守る護送船団方式の考えです」
小規模農家を守るという考えはやがてJAの組織防衛の手段へと変節するのだが、今はその問題は措く。
「他方」と山下氏は続ける。
「農水省は国家の立場からコメ農業には構造改革が必要だと考えていました。わが国の農家は規模拡大なしには産業として自立できないことを見通していたのです。この点で小規模農家をそのままの形で守るJAとは反対の戦略でした」
両者の対立は続いたが、ある時期、農水省が考えを変えた。
「大規模化を進めると農業人口が減る。すると選挙の時、農業票が減る。農水族議員の数が減る。予算獲得で農水省の味方となる政治家が減る。このことにハタと気づいた農水省が小規模農家も守る路線に変わった。農水省の既得権益を優先して現状維持政策に転換した」と氏は憤る。
国益なきこの種の農業政策を推進するのが農水族だ。自民党幹事長の森山裕氏、国対委員長の坂本哲志氏、石破茂首相らは同類だ。
農水族がこれまでと同様の政策を維持しようとするのは当然だろう。だが、国益の視点からそれを変えるのがトップに立つ首相の役割であり責任だ。しかし、石破氏にそんな気持ちはない。党の重鎮の農水族議員らに頼りながら、首相の座にとどまり続けることしか考えない。国民の怒りがおさまらないコメ問題の元凶は、他ならぬ石破氏だということだ。
